第30話

 100m程の大きさになった闇色の雲は、四方八方に炎をまき散らした、それはこの世の終わりを告げるような光景だった。

「どうする…どこを攻撃したらいい?」

 炎を躱すことは容易だったが、打つ手が見当たらない。

 アルザスが強力な衝撃波を遠くから浴びせたが、全く効いている風ではなかった。

 下手に雲に突入するのは内部も分からない以上、リスクが大きかった。

「私の絶対領域なら…もしかしたら」

「無茶だよ先生っ」

 一歩前に出たレイチェルをユメカが制した。

「遠距離から攻撃し続ける…効かなければまた考えよう」

 セイガの提案に各自が反応した。

 しかしそこで異変が起きた、闇色の雲が広範囲に赤い光を放ったのだ。

 それは周囲一帯の温度を一気に上げた。

「あっつ!」

 堪らずユメカはレイチェルに縋りつく、セイガとアルザスは各自防ぐしかないがこれは躱せない、さらに闇の雷が断続的に4人を襲う。

 攻撃を浴びせるどころかこのままでは4人とも一気に消耗して倒れるしかなかった。

「くぅ…どうしたらいい……」

 高熱によるダメージがじわじわとセイガを苛む。

「これは…直接行って雲を消し去るしかないか?」

「ダメだよっ近付けばもっと熱くなるしキケン過ぎるよ!」

 一番動けそうなアルザスが動こうとしたが、ユメカの言う通りここで近付くのは得策ではなかった。

「はぁ…はぁ…俺が……行く…危なくなったらすぐに逃げるから…」

 周囲の温度はさらに上がっていく、このまま手をこまねいていては全滅してしまうだろう。

 セイガが決死の覚悟でヤミホムラを見上げる…

「セイガっ…」

 ユメカが唇をぎゅっと結ぶ。

 その時、それは聞こえた。

「みなさまーー、その雲からはなれてくださいませーー」

 魔法によって拡張された大音量だった。

 音のした方角を4人が振り向くと、その彼方には翡翠色の竜が雲へ向けて飛翔している。

「巻き添えを喰らいたくなければ、さっさと逃げろ」

 続けて聞き覚えのある尊大な声が轟く。

 そして…

 とてつもない熱量が聖竜の背中の方から生じる。

「王の、裁きを受けろ<暴 民 熱 束ライオット・ビーム>」

 黄金色の巨大なビームが闇色の雲を一瞬で蹴散らした。

 轟音が鳴り響き、その衝撃は地上にまで届いた。

それはエンデルクの王技だった。

 彼は深紅のマントを翻しながら右手を掲げ、その強力な攻撃をたったひとりで放ったのだ。

「うむ、やはりこの方が調子がいいな」

 エンデルクはマントを軽く握る、その熱くはないが燃えている紅い生地はルーシアが持ち帰った燃える木の皮から作られた特注品だった。

「スゴい…スゴいじゃないエンちゃん!」

 ユメカが歓声を上げると、それに気づいたルーシアの喜びの声が平原にこだました。

「ユメカさま、ユメカさまっ…ほんとうにユメカさまなのですね♪」

「ルーシア…ただいま♪ 心配かけちゃったね」

「セイガさまならきっとユメカさまを助けてくれるとしんじてましたから…ふぐっ…へいきですっ」

 ルーシアはそのまま号泣した。

 大平原に大きく可愛らしい泣き声が響く。

「あー、もうちょっと声を抑えて…さすがに大音量過ぎるよ」

「ははは、それじゃあ会話はユメカ様に任せますね、それにしてもまさに生き返りなんて重畳です」

「テヌートもありがと、ここで会えるとは思わなかったよ」

「我は来るつもりでは無かったのだがな…この鬼が」

「…まだだよ!」

 刹那、聖竜から何者かが大きく飛び出した。

 『飛』の『真価』が中空に浮かぶ。

 そして矢のように走るとその先に向けて大きく斧を振り下ろした。

 ガキンと大きな音と火花が散る。

「キナさん!?」

 褐色の鬼娘、キナさんが捉えたのは灰色の点だった。

 しかしそれはみるみると人型を取る、闇と炎の巫女しょうじょ、ヤミホムラだ。

 先程と寸分違わぬ姿で復活したヤミホムラはキナさんの一撃を簡単に弾き返す。

「やはり『灰色の巫女みこ』…予言の通りとんでもない存在だね」

 地上に降りたキナさんの言葉に場は驚いた、どうやら彼女はヤミホムラのことを前から知っていたようだったからだ。


 話は数時間前に遡る。

 エンデルク邸のドアが烈風と共に激しい音を立て開いた。

 そして轟音と共に褐色の肌の血相を変えたキナさんが突入した。

「キナサさま?どうかしたのですか?」

 ルーシアが冷静に応対する、実は彼女は過去にも何回かこうやって唐突に来訪していたのだ。

「大変、大変…大変なんだよっ、エンデルクの旦那はいるかい?」

 ちょうどその声に反応するように階段上のドアが開きエンデルクがうんざりとした表情で現れた。

「煩いぞ鬼、今度は何の用だ?」

「おお旦那、それが今回は本当に緊急事態なんだよ」 

「お前の言う事は全くあてにはならん」

 取り付く島もない、部屋に戻ろうとするエンデルクの腕を一足飛びに階段を駆け上がったキナさんが掴む。

「そんな風に言わないでさぁ…今朝の日課の占術でトンでもない卦が出ちゃったんだよぅ!」

 エンデルクがこめかみを押さえる。

「やはり使えない占いか、我が運命は自力で選ぶ物だ」

 キナさんはそんなエンデルクを両手でゆさゆさと揺らす。

「それは一理あるけどコレばかりはどうしようもない災厄なんだよう」

「災厄とは…確かに物騒というか大変ですね、それで今回はどういう内容なのですかな?」

 テヌートが促すと、青白い表情のまま大きく息を吸い

「今日、マケドニア広平原に『灰色の巫女』が降臨するんだ」

 託宣を告げた、

「灰色の…ミコ?」

 エンデルクの脳裏には灰色の綺麗な毛並みの猫が映っていた。

「たしかにミーコさまの毛並みは灰色でしたけど」

 ルーシアも不思議そうに小首をかしげる。

「毛並み?」

「はい、猫さまの話ではないのですか?」

「違うよ、これはうちの実家に代々伝わる予言の存在なんだ」

 キナさんの前の世界、彼女の一族は鬼道を司っていたので、占術やら予言というものが普通に生活に溶け込んでいたのだ。

「この世ならざる力を持った童女、世界に終焉をもたらす荒神に仕えると謂われる凶兆のしるしだよ」

「胡散臭いな」

 エンデルクは一気に切り捨てた。

「それにしてもマケドニア広平原とは…如何にも曰くありげですね」

 テヌートが指摘した。

「そう! セイガさんと剣聖アルザスの決闘の日、その場所でなんて絶対何かあるだろう?だからうちは急いでここにやって来た…みんなで一緒に行って世界を救って欲しいんだ!旦那達ならと信じてる!」

 キナさんは本気だった、灰色の巫女が直接世界を滅ぼすとは考えていなかったが、それでも注意すべき存在なら直接関与しなければいけない。

 それが彼女の生き方だったからだ。

「…仕方無い、それは今すぐか」

「っ!勿論、出来るだけ急いだほうがいい、出現する時間までは分からなかったけれど…もうあまり残されていない気がするんだ」

 キナさんのグレーの瞳が明るく輝く、彼女はその2mを超える体格と、鬼という容姿からかなりの威圧感を常に纏っているが、この時の表情はむしろ無垢で可愛らしいものだった。

「お茶をお出しするじかんは無いようですね」

 ルーシアは外に出ると、両手を雨の降りしきる空へ伸ばした。

「来たれっ<聖竜召喚>」

 光が頭上から降り、海神わだつみから渦が生ずるように聖竜が顕現した。

「ありがとうみんなっ、本当に感謝するよ」

 待ちきれないのかキナさんが一番に聖竜の翡翠色の背中に飛び乗る、そこは聖竜の力のお陰なのか雨風を遮断していた。

 聖竜はひれ伏し、3人も次々とそこに乗り込む。

「それでは飛竜よ、マケドニアへ向かうのだ」

 エンデルクが右手を前に突き出すと共に、聖竜は翼を上下させ雨落ちる空へと飛び立った。

「……!…?」

「あのー、何か…下から聞こえますよ?」

 テヌートが地上を指差すと、そこには女性が一人、何ごとか大声を上げながらこちらに手を振っていた。

「ああ…アレは気にしないでいいよ、今朝から何故かうちに気付いて…すごく一緒に行きたがってたんだけど、残念ながら戦力的には何の役にも立たないし、寧ろ連れていくと面倒なことになりかねないから撒いてきたんだ」

「…それは賢明だな」

 エンデルクも事情を察したのか苦々しく頷いた。

「オオサワさま…すこしかわいそうです」

「まあ、『モブ沢さん』だし、しょうがないでしょ」

 そうして、エンデルク達4人は急遽マケドニア広平原…セイガとアルザスの場所へと向かったのだった。


「…って! まってっ…らぁぁぁ!!」   

 美少女の声は、虚しく雨音に消えていた。

「どうしたんだい?そこの綺麗なお嬢さん?」

 しかし、その背後には彼女の声を聞くまさかの小者がいたのだ。

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