第29話

 赤い魔法陣が平原に現れ、セイガ達4人をヤミホムラから2km程離れた場所へと運んでいた。

「なんだ…アレは…」

 セイガがヤミホムラの気配のする方を見る。

 そこには天を衝くほどの爆炎と闇が混在した、地獄のような光景が広がっていた。

「何とか間に合ったようね…これは非常事態だわ」

 緊急テレポートは距離こそ稼げないが、瞬時に承諾、行使可能な瞬間移動手段で、レイチェルなど一部の権限を持つ者だけが使用を許可されていた。

「急いでこの場から離れなきゃ…学園スクールにも連絡を取らないと」

 レイチェルが額窓ステータスを開く、しかし

『無駄』

 通常テレポートどころか緊急テレポートも使用不可となっていた。

 そして遙か遠くにいる筈のヤミホムラの声がする。

『逃げられても、邪魔をされても困る』

「ダメ…連絡も出来なくなってるよっ」

 ユメカも額窓を開いていたが、その通信機能は完全に停止していた。

「恐らくアレの『世界構成力』によるジャミングだろう」

 ヤミホムラの方を睨みながらアルザスが冷静に分析した。

「そんな…」

「ここにいる面々で戦うしかない、時間さえ稼げればこの事態に気付いた者が加勢に来るだろう…どこまで保つかは疑問だがな」

「そういう意味ではこの何も無い場所は好都合かもです、被害が少なくて済む…でも…」

 セイガも戦うことに賛成だった。

 元々彼女はセイガを狙っている以上、セイガは自分だけは逃げきれないと理解していた。

 ただ、深淵の力が分かるセイガだからこそ、その圧倒的な彼我の差を痛感しているのも事実だった。

「みんなは逃げてください、ヤミホムラが狙っているのは俺だけ」

 セイガが言い終わる前にその頬がユメカの両手によって止められた。

「ダメだよ、そんなコト言っちゃ…セイガが私を助けてくれたように、私達だってセイガを助けたいんだよ♪」

 セイガが3人を見る、そこには自分を気遣う温かい姿があった。

「ここで大事な生徒を見捨てる先生だと…思うのですか?」

「レイチェル先生」

「自分は強い者と戦うのが生きがいだ、相手がどんなに強くともそれは変わらない」

「アルザス…」

「状況は絶望的だけど…諦めちゃダメだよ、私は正直なんの役にも立たないかもだけど…全力でサポートするよ」

「ユメカ…ありがとう…みんなっ」

 3人の気持ちが嬉しかった…泣きそうになりながらも前を見る。

「不思議なんだけど、こんなに圧倒的な力を見ているのに…心は前向きなんだ、生き返ったばかりだからかなぁ」

 一番実力のないユメカが、ふわりと微笑んだ。

「そうだな…まずはやるだけやろう…俺が囮と迎撃をします」

「自分はセイガを守りつつ隙あらば攻めよう」

「私の攻撃は届かないだろうからここからふたりのサポートと、この場所…ユメカさんを守るわ」

「私は魔法で情報の伝達…それとみんなの応援、かな」

 4人がそれぞれ、決意を新たにした。

 それはユメカのお陰だった。

 ヤミホムラは動く気配が無い…おそらく待っているのだろう。

 逃げなければ…勝機はあるかもしれない。

「行こう、俺達が生き残る為に!」

 セイガが宣言し、4人はヤミホムラへと向かったのだった。


 一方、両者からかなり離れた場所の上空に、佇む人影があった。

「ふむ…これは俺も動かねばならんな」

 ばさりと翼を上下させる音がする。

 手元の機械を操作すると、複数の部下に的確な指示を送る。

「さあ、深淵の力とやらを見せてもらうぞ」

 巨大な体躯が、そしてその場所から消えた。


「待たせたな…ヤミホムラ…そう呼んでいいか」

 セイガとアルザスがそれぞれ、別の離れた場所からヤミホムラに対峙していた。

 広範囲の攻撃を持つヤミホムラ相手に固まるのは得策ではない。

『好きに呼べばいい…全員で来るつもりか?』

 大地に根を伸ばした、大樹のような存在感だった。

「ああ、俺一人では勝てる気がしないからな」

『セイガが戦う心算ならば、問題無い』

 ヤミホムラはゆっくりと浮上する…青く広い空に闇の炎が昇臨する。

 それは圧倒的な力、見る者を絶望させる御姿、ヤミホムラの周りを劫火と暗黒が席巻する。

 戦いの準備は整っていた。

 そして…


 イメージソング「 jihad 」KOTOKO


上空から闇が降り注ぐ、それは同時に激しく燃え上がりふたりに襲い掛かる、アルザスは大きく飛び退いてそれを防ぐ、セイガは一瞬屈むと、次の瞬間には上空のヤミホムラを捉えていた。

「ファスネイトスラッシュ!!」

 セイガの一閃はヤミホムラに辿り着く前に闇にかき消された。

 自然落下で地上に降りるセイガにヤミホムラの視線が集まる、その隙をついてアルザスの一振り、強力な衝撃波が放たれるがそれもまたヤミホムラの炎に無力化された。

「ああっ、うまくいったと思ったのにぃ…でもまだチャンスはあるよ」

 ヤミホムラから500m程離れた地点にユメカとレイチェルは陣取っていた、これくらい離れれば強力な攻撃にも対処できると踏んだからだ。

「ふたりとも、一応絶対領域による攻撃無効化フィールドを張っているけど極力攻撃は受けないよう…気を付けてね」

 レイチェルの絶対領域は効果範囲があまり広くない、なので攻撃ではなくセイガとアルザスに防御の力を纏わせたのだ。

 そんな中、再びヤミホムラの極大範囲の炎が炸裂した。

「わわっ」

 それは遠く離れたユメカ達まで迫ったがレイチェルが無効化した。

「ここまで距離があれば何とか防げるのね」

 それでも、かなりの消耗があった。

「ふたりとも大丈夫? 返事して!」

「ああ、何とか…躱せた」

 ユメカの呼びかけにセイガが答える。

「自分の方はギリギリ防げたがフィールドは消えてしまったな」

「それじゃあアルザス君はこっちに戻って」

 アルザスが下がり、レイチェルに回復と防御を受ける。

 一方ひとりになったセイガを目掛けてヤミホムラは地上に降りて集中して攻撃する。

「うおっ」

 それをセイガは見切り、時に瞬間移動のような動きで躱していく。

 その度に荒野は抉れていく、とんでもない威力だった。

「あの闇と炎…強力なうえに広範囲…厄介ね」

「だが、ヤミホムラ自身は戦闘経験が少ないようだ、隙をつくことは不可能ではない」

 回復を終えたアルザスが語った、これらの会話は全てユメカが魔法で拾って4人でだけ共有している。

「だって♪ ガンバレ! セイガ」

「ああ…行くぞ、アルザスっ!」

 アルザスが合流して再び二対一、地上近くにいるヤミホムラの前後を挟むようにセイガは立った。

『これならどうだ』

 ヤミホムラの周囲に2mほどの火の玉が無数に浮かぶ。

 それらが一斉にふたりを狙う。

 セイガとアルザスはそれぞれ火球をよけながらヤミホムラを目指す。

「ヴァニシング・ストライク!!」

 紅に染まったセイガがヤミホムラに切迫するが振り返り激しい闇を繰り出されまともに喰らってしまう。

 赤い奔流とレイチェルの防御、その両方が一気に消滅した。

『セイガ…もっと力を見せろ』

 さらなるヤミホムラの追撃の炎、セイガは攻撃は諦め急ぎ横に逃げた。

 しかしその瞬間大きく飛んでいたアルザスが重力を振り翳しヤミホムラの背後から強烈な一撃を浴びせた。

「やった!?」

 ユメカが両手に力を込め期待する、しかし何事もなかったように…

 ヤミホムラが振り向きアルザスをみつめる。

「くっ」

 刹那衝撃がアルザスを捉え、アルザスは大地に投げ出された。

「アルザス!」

「自分は大丈夫だ、それよりお前はレイチェルに回復して貰え」

 確かにアルザスのダメージは軽微だったようでまだ絶対領域も残っている、セイガは安堵してユメカ達の方へ戻った。

「なるほど…そう言うことか」

 アルザスがヤミホムラを鋭く睨む、ヤミホムラは何も答えず再び上空へと昇って行った。

「だが、利用できるものは使うだけだ」


「セイガ、大丈夫?」

 戻って来たセイガにユメカが尋ねた。

「ああ…しかし少しでも気を抜くと…持っていかれるな」

「そっか…でもセイガなら大丈夫、私が保証する」

「さあセイガ君、これで行けるわ」

 レイチェルの回復と、ユメカの励まし、それらはとても心地よいものだった、諦めそうになる心に力をくれる。

「セイガ、次に自分が隙を作るからその時の攻撃を考えておけ」

「分かった」

 セイガは再び戦場へと向かう。

 頭の中でイメージを組み立てておく、すると合図なのかアルザスが大きな声を上げた。

「おおおおおお!」

 アルザスの体が宙に浮きヤミホムラ目掛けて飛翔した。

「アルザスって空飛べたんだ…いいなぁ」

 それはユメカのちょっとした望みだったから。

 その攻撃は非常に「みえみえ」だった、ヤミホムラは簡単に迎撃できてしまう…だがそれがアルザスの狙いだった。

 大きく剣を振りかぶり、ヤミホムラの視線がそこに注がれた瞬間、絶剣が眩しい光を放ったのだ。

 ヤミホムラは視覚を失ったまま前方一体に炎を振りまいた、アルザスはその為攻撃は出来ずに後退した。

 だがそれで十分だった。

「高速剣『 空刃うつは 』!」

 セイガがそう唱えた直後、ヤミホムラは背中から狼牙に切り裂かれた。

 視覚を失い、気配も感じなかったから全く対応できなかった。

『きゃああああ』

 悲鳴が上がる、そしてセイガは一気に空中のヤミホムラの眼前に現れ

「喰らえ! 高速剣『 あぎと 』!!」

 上下の斬撃がヤミホムラを襲った。

 セイガはそのまま地上に降り立つ、アルザスも空中に制止したまま様子を見守る。

「これで…決まったの?」

 ユメカ達の位置からでは細かいところまでは見えなかった。

 しかし確実に攻撃が当たったのは分かった。

「まだ…ヤミホムラの気配を感じる」

 レイチェルがユメカにも分かるよう眼前に大きなモニターを作る、ヤミホムラを映すとそこには真っ二つに分かれたヤミホムラの体から闇色の雲が生まれていた。

「嘘…こんなのって…」

 そしてヤミホムラを完全に隠したまま雲は爆発音を発しながら増大していった。 

「セイガ、どうやらまだ終わってないようだ」

「それならば、全力でいけばいいさ」

 そう、戦いはまだ続くのだった。


(イメージソング終了)

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