第28話
何だろう…風が心地よい、疲れきっていた筈なのに全部が回復したような…この感覚は…
「朝だよ…起きて♪」
突然の耳打ち
「うわっ!」
セイガは飛び起きた、今のは…夢?
横を見ると、そこには純白のワンピースを着て、茶色く長い、毛先は薄桃色に染めた髪を風に靡かせた少女、ユメカが座り込んでいた。
「夢じゃ……無いんだな」
「うん、私は…ちゃんといるよ」
セイガは俯く、喉が苦しい、あまりに嬉し過ぎてユメカの顔もまともに見れなかった。
「ずいぶんとびっくりしたのよ?」
ようやく顔を上げるとレイチェル先生とアルザスもいる。
「急に見えない誰かと話していると思ったらセイガ君はそのまま倒れて、回復魔法も覚醒魔法も効かなくて途方に暮れていたら今度はその手のあたりから虹色の光が発生して…いつの間にかユメカさんをしっかりと抱きとめてるんだもの」
レイチェル先生のワールドでの長い人生、その中でも異常な事態だったのだろう、かなり慌てていた。
「私はすぐに目を覚ましたんで、レイチェル先生とアルザスから事情を聞いたんだよ、セイガは相変わらず呼んでも頬をぺちぺち叩いても起きなかったから…前にとある人に対して上手くいった作戦を使ったのでした☆」
それが耳元での囁きだったらしい。
効果はてきめんだった。
「あの虹色の光…どうやら、それが深淵…とやらの力のようだな、お前のダメージも全て治っていたぞ」
アルザスがそう説明した、深淵のことはレイチェルから聞いたのだろう…この戦いの意味も含めて。
「アルザス…」
「自分の完敗だ、お前の剣…確かに認めよう」
アルザスの背中には絶剣が収められていた、その刀身は…何故か元の姿に修復されていた。
どうやら絶剣もただの武器では無いのだろう。
「ありがとう、そしてすまなかった」
ある意味、騙していたことをセイガは詫びたかった。
「構わんさ、全力で戦う者を自分は尊敬している、それだけだ」
アルザスという男は剣と、戦闘に対して何処までも真摯だった。
だからこそぶつかることも多いのだろう。
「それにしても…いいお天気だね」
ユメカが呟いた。
気が付けば先程までの土砂降りが嘘のように、どこまでも広い空は青く晴れ渡っていた。
そして水を得た平原は陽光をキラキラと反射させていて、それはとても美しい、素晴らしい景色だった。
世界はこんなにも美しい。
「さっきまでは世界の終わりかと思えるような有様だったのに…本当に不思議なこと…よ…ね?」
レイチェルの言葉が、滲んだ。
立ち上がったセイガの目の前に…
闇があった。
「…ヤミ…なのか?」
セイガが恐る恐る尋ねた。
繭の形に似た昏い闇、そこから這い出るように黒髪の少女、ヤミが現れた。その表情は…悲しみとも喜びともつかぬものだった。
「ヤミは、最初に邂逅し画策した時から此の時を乞い望んでいた…推察通りセイガは深淵に踏み込める人間だった」
「やはりこの力がヤミの言う深淵なのか」
今のセイガには分かった。ヤミを形成しているのもまたこの大いなる力…深淵だったのだ。
「肯定する、けれど深淵は更に深い…ヤミにも計り知れない程」
「そうか…まずは感謝する、ヤミとホムラがこの力の存在を教えてくれたお陰でユメカを助けることができた…本当にありがとう」
「必要無い、力を行使したのはセイガ、ヤミはそれを仕向けただけ」
「それでも感謝したいんだ」
後ろに立つユメカをセイガはみつめる、ユメカはふたりに向けて軽く手を振った、本当は直接お礼を言いたかったのだが…何故だか分からない強力な圧を感じて、近寄ることが出来なかった。
レイチェルも同じく学園のデータベースにも載っていない彼女に色々聞きたかったが、声を出すことすら出来なかった。
(私達とは何かが…根本的に違う)
そんな異質な脅威を感じていた。
「深淵を知った者は、其の意味を負わぬと生けない」
「?」
「お前の実力を見せろってことだよ、セイガ」
それはホムラの声だった。
セイガの目の前にはいつの間にか朱色の髪の少女、ホムラが立っていた。
ヤミがいたはずの場所にだ。
「ホムラ?」
「だからホムラは嫌だったんだ、セイガのコト結構好きだったのに」
ホムラはセイガの方を見て、愛おしむとも切り捨てるとも取れる表情でそう言った。
「ヤミもセイガは好き」
ホムラがヤミに変わった。
「でもホムラ達と戦ってもらうぞ」
ヤミがホムラに変わった。
「ヤミ…ホムラ…君たちは……ひとつなのか?」
ヤミとホムラ、ふたりには共通の何かを感じてはいたが…まさか同じ存在だとは考えが及ばなかった。
「ああ、ホムラはホムラだけど…ヤミでもある」
「ヤミの力、ホムラの力、両方深淵」
ヤミの右手に『闇』の『真価』が浮かぶ。
「ヤミは 深淵を知りたい」
ホムラの左手に『炎』の『真価』が浮かぶ。
「ホムラは 真理なんてわかんないよ」
そして、それは同時に顕現した。
波打つ黒髪と真っすぐな朱髪が重力を無視して靡く…右の瞳はヤミの朱色、左の瞳はホムラの漆黒、肌と衣服は凍るような灰色の存在…それは名付けるのならヤミホムラと言うべきか。
「『真価』が…ふたつ同時に現れるなんて…あり得ない」
レイチェルは驚愕した、この長いワールドの歴史の中でもふたつの『真価』を会得した者など記録にはないのだ。
ひとつでも無限の可能性と力を持つ『真価』、それがふたつなど…
この世界の法則から外れている。
ただならぬ雰囲気に場の全員が微動だに出来ない。
『さあ…戦いましょう』
「いけないっ 緊急テレポート!!」
直後、その場全てが闇に覆われ、炎が支配した。
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