第23話

 それからの日々は慌ただしく過ぎた。

 まずは様々な準備、残された時間を考えると1秒も無駄にはしたくなかった。

 レイチェルが話していたもう一つの打開策の方は彼女とその頼る人物に任せ、セイガは自分がすべきことをとにかく…全て実行した。

「ほっほっほっ、精が出るのう」

 セイガは自宅脇の道場で朝から素振りをしていた。

「上野下野さん、おはようございます…おふたりもいつもありがとう」

 店主の後ろにはレイチェルともう一人、大衆食堂オリゾンテのマスター、リチアがいた。

「今日はいよいよコレを使う時だぜ」

 彼女は布に包まれた長いものを手にしていた。

 それは一振りの刀だった。

「『狼牙』、完成したのですね」

 セイガは新たな武器を作成していたのだ、ただ自分の力量だけでは完成は難しかったので専門家、刀鍛冶でもあるリチアに協力してもらっていたのだ。

「ああ、自信作だっ、受け取れ」

 黒く、端正な意匠を施された鞘ごとセイガに投げる。

 その刃渡りは1.5m程と日本刀としてはかなり長い。

 セイガは真横に構え抜くために左へその刀を流す。

 すらり

 小気味よい音を鳴らし、その姿が露わになる。

「これは…予想以上にいいですね」

 とても綺麗な刀身だった。

 白銀の、自らが光り放つかのような色合い、鋭利だが芸術的ともいえる反りを見せ、何者をも切り裂く強さと、見る者をうっとりさせる気品を同時に持ち合わせていた。

「元が良かったからな、磨き上げるのも楽しかったぜ」

 セイガは自分の真価、『剣』の情報をマスターに見せていた。

 ふたりは試行錯誤したうえで、現状アルザスと戦うのに最適な武器としてこの刀を選んだのだ。

 セイガが原型を生み出し、彼女が鍛え上げ、磨いた。

 これはふたりの合作ともいえる刀だった。

「それでは早速使ってみますか?」

 レイチェルが不敵な表情でセイガの前に立つ、彼女が今のセイガの修行の主な相手だ。

「はい、よろしくお願いします」

 セイガは鞘を額窓ステータスにしまうと斜めに構えた。

 道場内は天井を含めかなり広いが、この長い武器だとやや狭さを感じた…それは慣らしていくしかない。

 レイチェルはホットパンツにTシャツ、胸にサポーターをつけており、まさに臨戦態勢と言った風だった。長い青髪は先の方で縛り邪魔にならないようにしている。

 その髪のまとまった姿はちょっとだけイルカを彷彿とさせた。

 軽くステップを踏みながらセイガに相対す。

 今は少しでも早く、速く…そんな想いがセイガを駆り立てる。

「ハッ!」

 一足飛びにセイガはレイチェルを捉え刀を薙ぐ、それはレイチェルの右手であっさりと止められる。

 正しくはレイチェルの右手の先に現れた強力な力場、絶対領域の力だ、彼女は刀をいなしながら一歩踏み込み左手を掌底にして突き出す。

「やぁ!」

 その瞬間爆発的な力が発生してセイガは10m程後方の壁際まで飛ばされた。

「その間合いでは倒してくださいというばかりですよ?」

 右手をあげ、くいと指を曲げる、もっとこい、そう言わんばかりに

「セイガ…参る」

 続いてセイガも全力で討ちに掛かる、間合いを速度を確かめるように…その殆どはレイチェルに止められ、返された。

 今度はセイガの下段を躱すと同時に宙返りをしながら絶対領域を乗せた蹴りを顎に向けて打つ、それだけでセイガは眩暈と共に床に転がった。

「セイガ君は思い切りはいいですが、平凡な攻撃になる時があります。もっと一撃に気合を入れなさい」

「はいっ」

 レイチェルはこう見えて体捌き、身体能力もかなり高かった。

 その動きと、攻防ほぼ最強の絶対領域、セイガは何度も倒され、体中が悲鳴を上げていた。

「そろそろかしらね」

 レイチェルが手を止める、セイガに近づくと彼の胸に手のひらを重ねた…するとみるみるうちにセイガの内出血は消え、荒かった息も整い体力もすっかり戻っていた。

 彼女はその戦闘力だけでなく回復力も絶大だったので、セイガの修行の相手としては最適だった。

 レイチェルの回復能力にも実は欠点というべきものがあるのだが…今回の修行ではその点は気にせず戦い続けることが出来た。

「ありがとうございます」

「さあ、まだまだ行くわよ」

「勿論です、ここで止まるわけにはいきません…というより止まってしまったら多分俺はもう生きていけない」

 どんなにつらくても、実際に動いてみる方がまだ楽だった。

 何もしないでいると、絶望に呑まれてしまうからだ。

「今日からのために」

 明日からではなく、ただ今に全てをかける

 それが現在の彼の目標だった。

 考えることは止めず、それでも前に進めるのはひとえに皆の協力と目の前に全力を傾けられる環境のお陰だった。

 それが間違いだとしても、無意味だとしても、努力を止めない…それがセイガの生き方だった。

「うぉぉぉぉ」

 その一撃が前よりも強くなるのを感じる。

 自分の力が、技が高まるのを感じる。

「本来立会人なら片方に肩入れしない方がいいかもなのにね」

 レイチェルも、覚悟を決めていた。

(もう、後悔なんてしない…させない)

 彼女のハイキックがセイガに見事にヒットした。

「…なぁ、本当にうまくいくとアンタは思うのかい?」

 戦い続けるふたりの姿をみながら、リチアは隣の上野下野に尋ねた。

 金色の瞳には少しの憂いがあった。

「どうじゃろうな…儂個人の見立てではユメカさんの復活は無理だと思っている…魂に情報があるとして、このワールドの学園のデータベースが死亡と断じている以上それは最早修復不可能か決定事項じゃろう」

「…だろうね」

 手を軽く上げながら首を振る。

「だからといって、それが絶対とは言えないだろうしセイガを止める必要はないじゃろ?」

「折角こうやって一生懸命にやってるしね」

 彼女は手伝う前は一度自分の店でセイガに会っただけだが、剣の作成にあたりその事情はあらかた聞いていた。

「それにの…吾奴ならもしかしたら…そう思いたくもなるんじゃよ」

 セイガが再び弾かれ、その衝撃で道場の壁が壊れた。

「ああ、それはアタイにも分かるわ」

 そしてその短い時間でも分かる…彼は心優しい、誠実な人間だ。

 報われて欲しい。

 レイチェルが壁とセイガを修復する、どうやら次は外で続きをはじめるつもりだ。

「お~~い、今度は対剣聖用に大きな剣と戦ってみたくないかあ」

 マスターはいつの間にか自分の身長よりも大きい剣を取り出すと軽々と持ち上げ外へと向かっていった。

「さぁて…お前にはなにが見えてるんじゃ?」

 ひとり残された店主が誰にも聞こえないよう小声で呼びかけた。

 そうしてこの後も日が暮れるまでセイガの修行は続いたのだった。  

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