第24話
アルザスとの対戦前日の夜、セイガはレイチェルに作って貰っていた夕食をゆっくりと食べていた。
こんな時でも、食事を美味しいと感じられる…それはきっと幸せなのだろう…そわそわする気持ちはどうしても抑えきれなかったが、セイガは穏やかにそう思っていた。
その時、ふと玄関の呼び鈴がからんと鳴った。
特に思い当たる節が無いままドアを開けると、そこにはエンデルクと供のふたりが立っていた。
「エンデルク殿」
「話があって来た」
「それでは中へ」
「いや、ここで構わない…それに話があるのは我ではない」
エンデルクがそう告げると、傍らのメイド服の少女がすいと一歩前に出た…ルーシアだ。
「セイガさまにおききしたいことと、おはなししたいことがあって参りました」
ルーシアは軽く一礼するとセイガを見上げた。
その真摯な赤茶色の瞳に不思議とセイガは癒されていた。
「セイガさまは明日…ただ戦うのではなくユメカさまを助けようとしていらっしゃるのではないですか?」
「そうなのか?」
どうやら事前に内容を聞いていなかったらしく、最初にエンデルクが少し驚いた口調でそう返した。
「…はい、確証は全く無いけれど、俺は明日…ユメカを救い出すために剣聖、アルザスと戦うつもりです」
改めて口にすると、虚しさも同時に襲ってきた。
それでも信じたいものがあるから、ここまで来れた。
「やはり…セイガさまはわたしの思っていた方のままでした」
ほう、と優しく微笑む。
「だからこそ、お願いもあわせてセイガさまにお話しておきたいです」
大きく息を吸う、心を落ち着かせるように、そして語った。
「わたしがはじめてユメカさまに会った時の話を」
「わたしとユメカさまが出会ったのも、今夜のように雨のふる夜…街の端にある公園でした」
テヌートが持っていた3人分入る大きな傘をばさりと閉じた。
今夜はあまり強い雨でもなかったので屋根の下までは雨はこない。
「わたしは傘をもっていましたがユメカさまはずぶぬれのまま公園のベンチに座っていたのです」
「ずぶ濡れ…どうして」
想像してみるが、それは自分の知っているユメカとは少し違っていた。
「わたしも不思議でちかづいたのです、そして聞いてしまったのです」
『誰か…助けてよ』
「そう呟くユメカさまの姿を…それは雨音のなか何とか聞こえるほどの音量でしたが…わたしには叫んでいるように聞こえました」
彼女に何があったのか…それをもう聞くことは出来ない。
「わたしはすぐに駆けよりました、ユメカさまはわたしに気付いていなかったようですごくおどろかれてました」
『だいじょうぶですか!?』
急に現れたメイド服の小さな少女
『あ…ええと…』
『だめです、こんなところでぬれてしまっては!』
「わたしはユメカさんを急いで屋敷につれていくと服とタオルと温かい飲み物を用意しました…わたしのふくはサイズが合わなかったので一部エンデルクさまのものになりました」
「おい、それは初耳だぞ」
エンデルクの不満ににこりと微笑むルーシア、そのまま話を続けた。
『ありがとう…ございます』
「ユメカさまは泣きそうな表情でしたが、わらってくれました。それからふたりで夜通しおはなししたのです…好きなごはん、お洋服の話、歌に対するユメカさまの情熱、他にも女の子だけのナイショなお話…それはとてもとても楽しい時間でした」
「あの時は確かに朝まで明かりがついてましたな…ああそれにエンデルク様の所も」
ルーシアの話を聞きながらテヌートが付け加えた。
「あの頃から煩い女ではあったな」
「ユメカさまは結局あの夜どうして泣いていたのかはおしえてくれませんでした、でもしだいに明るい、今のユメカさまにちかづいていきましたので少しだけあんしんしたのです…」
ルーシアは改めてセイガをじっと見る。
「セイガさまも多分きづいてらしたとおもうのですが…ユメカさまの奥にある翳はきっと、とても深いのです。あの日からずっとユメカさまと仲良くさせてもらっていますが…わたしはずっと思っていました」
『彼女を助けたい』
「でも…いまのわたしはユメカさまをお助けすることができません」
項垂れた。
「だからお願いです…セイガさま…どうか」
瞳から涙が零れる。
「どうかユメカさまを助けてください!きっと…ユメカさまを救うことができるのはセイガさま、ただ一人なのです」
「…」
セイガは何も言葉が出なかった。
「……」
それでも、心の奥底から湧き上がるものを意識した。
それから数刻、誰も言葉を出さなかった。
ようやく、泣き止んだルーシアが口を開いた。
「ほんとうは…ユメカさまからセイガさまにはこのおはなしは言わないようにと約束していたのです」
目尻を指で押さえながら、てへりとルーシアが言った。
「だからセイガさま…これはナイショ…ですよ?」
「ああ…ありがとう」
ユメカに逢いたい…そう、心からセイガは思った。
「明日…我等は見に行かないぞ」
エンデルクが先に口にした。
「そうなんですか?てっきりセイガさんの応援にお弁当等持って物見遊山するものだと思ってましたよぅ、つまらないなぁ」
テヌートが不満を漏らした、ルーシアも口にしてはいないがちょっとだけ頬を膨らませていた。
「邪魔になるだけだ、そもそも我の関する物は無い」
供のふたりの視線をものともせず言葉を続けた。
「だから…責任を持って報告に来い…ふたりでな」
強い光だった。
セイガへ向けられたその鋭い視線と言葉は確かに、心に刺さる光のようだった。
「承知しました」
「勝てよ」
エンデルクが、ふと笑ったように見えた。
「必ず」
「戦闘馬鹿共め、話は以上だ…さっさと休むといい」
「面白い話、期待してますよ」
「ごぶうんをおいのりしています」
そうしてエンデルク達は三者三様の挨拶で帰って行った。
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