第22話

 次の日、セイガは思いもよらない場所にいた。

 豪勢な赤いソファに深く腰掛けていると…

「…お紅茶です…どうぞ」

 メイド服の少女、ルーシアが目の前の質のいいテーブルにカップをつとと置いてくれた。そんな彼女のぷにぷにの頬には泣きはらした跡が痛々しく残っていた。

「今日も、雨は止まないな」

 エンデルクは窓際に立ち外を見ていた、庭園には季節の薔薇が雨に濡れ、それでも鮮やかに咲いていた。たしかテヌートが世話をしているとの話だったか、とても手入れが行き届いた庭だった。

 ここはエンデルク達3人が住んでいる館だ。

 再誕した際に家をもたらされたセイガとは違い、元々このワールドで建てられたものを購入したのだった。

 突然、エンデルクから連絡があったのは今朝早く、断ろうかとも思ったが内容を聞くうちに改めて来るべきとセイガは思った。

 それほど、この3人にとっても…ユメカは大切な人だった。

「…」

 その後のエンデルクは無言、だがその表情には明らかに苛立ちというか葛藤が見えるようだった。

「……」

 セイガも何を話していいか分からず、沈黙を保っていた。

 カチコチと時計の音だけが室内を支配する、気付けばそろそろ昼時だ。

 ふと、ドアを鳴らすものがいる。

「何だ」

「お客様が参られました」

 テヌートが外に控えていた。

「入れ」

「かしこまりました」

 ドアが軽く開かれる、そこには長身の庭師と、さらに大きな男…剣聖アルザスの姿があった。

「…」

 アルザスはただ、軽く会釈をした、そして乞われるままに背中の愛剣を外しセイガの隣に腰かける。

「足労だったな、早速だが全て話せ」

 対面に座るエンデルクが断言した。

「どうしてユメカが殺されたかをな」

 そこには全ての言い訳を許さない、そんな気迫があった。

 あの日のことを最初からひとつひとつ…セイガが主に説明をして、アルザスも状況を付け足しながら話をした。

 そこで分かったのだが、運がいいのか悪いのか、アルザスもあの日、枝世界に出掛けていて帰還した直後だったそうだ。

 だから怪我をしていたのか…セイガ達とは違ってどうやら危険な旅路だったらしい。

「本当にお前等は阿呆だな」

 ふたりが戦う段落になって、エンデルクが言い捨てた。ルーシアも直接言葉にはしないが責めるような瞳でセイガをみつめていた。

 なにも言い返せなかった。

 そして、苦々しく思いながら、ユメカの最期を話す。

 話が終わり、一様の無言…ルーシアは感受性が強いのだろう、再び目に涙が浮かんでいた。

 テヌートが顎に手を置きながら思案する。

「つまり3人ともが誰かを守ろうとして、ユメカさんが犠牲になった…そういうことですね…不幸な事故ですか」

「いや、俺の責任だ」

 セイガが重々しく言った。

「自分が殺した、それが全てだ」 

 アルザスの感情は読めない。

 ふとセイガは立てかけてあるアルザスの剣を見た。

 何故か一瞬光った気がしたのだが…

「お前等がそうだったように、おそらくだがユメカもまた覚悟を持って命を懸けて全力で戦っていたのだろう、その結果が死だった。我も…ただ生き伸びる事が大切だとは思ってない。そう、つまらない生き方をするくらいならな」

 エンデルクは、紅茶を一口いれると続けた。

「だが、ユメカは我にとっても代えがたい存在だった。ルーシアにとってもだ…少なくともお前等のエゴで汚されていいものでは無い」

 それは王の仕事、必要な場面で処断を下す。

「だから、お前等の罪は許さん、責任は取って貰う」

「それならば…ひとつだけ頼みがある」

 セイガだった。

 今回ここにきた一番の理由

「どうか…アルザスともう一回戦わせて欲しい…決着をつけたい」

「セイガさまっ?」

 裏切られたような驚きでルーシアはセイガを睨んだ。

「そんなものが責任だと?」

 エンデルクも冷ややかな目でセイガを見る、しかしふたりともセイガの表情をあらためて見て…何かを感じた。

「ふん…何か考えはあるようだな…アルザス、お前はどうする?」

「自分はそれで構わない」

 アルザスも迷うことなく承諾した。

「って今すぐですか?それは物騒な話ですねぇ」

 ここでは止めてくださいとばかりにテヌートが口を挟む。

「いや、すまないが1週間ほど時間が欲しい、それまでに準備を整えたいと思っている」

 1週間…たったそれだけで何が変わるのか…

 それでもセイガの口調に迷いは無かった。

「別にお前等がそれでいいなら構わんが、正式な決闘ならば立会人が必要だぞ」

「それはレイチェル先生に頼もうと思っている」

「我では無くか?」

「決戦の場所はマケドニア広平原で行おうと思っている、あそこなら誰の迷惑も掛けない」

 マケドニア広平原は大陸中部にあるとてつもなく広い荒野だった。

 レイチェルのテレポート無しでは行くまですらも難しい。

「そうか…なら最期に聞きたい」

 エンデルクは敢えて「最期」を強調した。

「お前等にとって『剣』とは…お前の剣は何の為にある?」

 セイガは、目を瞑り考えを巡らす。

「自分の剣は敵を殺すためにある」

 先にアルザスがそう言った。

「剣は人を殺すのに特化した武器だ、それを極めるということは即ち倒すべき相手を超えることだと考えている」

「それが『剣聖』の考えなのか」

 セイガは少し悲しくなった、それは剣に綺麗な理想を抱いている自分に改めて気付いてしまったからでもあった。 

「自分は…自分のことを『剣聖』などと思っていない…これは外からついた称号に過ぎない…剣聖はもっと強くあるべきだ」

 アルザスがどうしてそんな風に言ったのか、それは分からなかったが…剣に対する真摯さが窺えた。

「俺は…」

 セイガはまだ言い淀む、今は何を言っても綺麗事にしか聞こえないのではないか?そんな迷いがあったからだ。

「それでも、俺の剣は大切なものを守るための、この世界で生きていくための大事なものだと思っている」

 口にして、ようやく…自分が今すべきことを思い出せた。

 そうだ

「ならば互いにその剣で決着をつける事だな」

 エンデルクは不敵に微笑んだ、結局こうなることは最初から分かっていたかのような口振りだった。

 そうして、1週間後に再びセイガとアルザスは戦うことが決まった。

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