第17話
ここは都内でも有名なお店だ、ちょっとお高いがとても良質なものを提供してくれる。
壁や棚などに雑貨が並ぶ、どこか懐かしくそしてゆったりできる店内のテーブルにふたりは座っていた。
そして
「これも…はんばーがーなのか!」
ふたりの前にはかなりのボリュームを持ち、見た目からして非常に美味しそうなハンバーガーとフライドポテト、ドリンクが並んでいた。
「前にユメカが作ってくれたものも大変美味しかったけど、これはまた大きくて凄いな」
それは女性や子供の手だと両手で持ちきれないくらい大きい。
「こっちは専門店だから私のより上じゃないかなぁ」
「いえ、まだこちらは食べてませんがユメカのも絶品だった」
「うふふ…ありがと」
「それにしてもはんばーぐだけでもとても美味なのに、それをパンで挟むなんて」
「バンズね」
「はんばーがー、なんて素晴らしい料理なんだろう」
「うん、喜んでくれているようで良かった」
すこしあきれたような表情のユメカだったが、喜んでくれるのは確かに嬉しかったので、情報をくれたテヌートには心の中で感謝しておく。
「それでは…いただきます」
両手を顔の前で合わせてから、片手にあまるそのハンバーガーを持ち、セイガは一気にかぶりついた。
レタスが少しこぼれてしまうのはご愛嬌だろう。
「んぐ……凄く美味しいです!」
「セイガはホント美味しそうに食べるけど…全部『美味しい』だよね」
ちょっとからかうようにユメカはそう言った。
「はい、正直どう表現すれば分からないけれど…美味しいのだけは確かだから仕方ないと自分では思ってる」
ユメカも手に取り、思いっきり上下からつぶして両手で持ち、あ~んと口を開ける…その点は非常に豪快だ。
「あ、ダメだ入りきらないや」
仕方ないので齧れる分だけ頬張る。
「ん~~♪ 確かにコレはお肉もジューシーだし独特なソースも絶妙にチーズや他の具材をまとめてて…ナイスだね」
「うん、それは…分かる」
そうしてふたりは大物を前にもぐもぐと食を進めた。
「ポテトも美味しい、サクサクしてる」
「ハンバーガーにはポテトだよねぇ…ソースやケチャップ、マヨネーズをつけてもいいんだよ、ホントじゃがいもはいい仕事するわ」
お腹が空いていたのもあってか、ふたりは名物ハンバーガーを一気に食べ尽くしたのだった。
そうして昼食を堪能したあとは、ライブ開場まではまだ時間の余裕があったのでのんびりと紅茶を頼み、午後のひと時を過ごす。
「こんなに長居していいのかな?外でずっと待っているお客さんがいないといいのだけど」
お店に入る前に結構な人が並んでいるのを見たので、セイガはそれが気になっていた。
「大丈夫♪私達は予約をしているし、このお店意外と席数は多いし、並んでいた人の半数はお持ち帰りだしね」
「なるほど」
「セイガってそれに…」
ユメカが話を途中で止めてニカっと笑う。
「それにまだ注文あるしね♪」
「お待たせしました、チェリーパイ二つです」
ユメカの声に合わせるかのように店員さんがメニューを届けてくれた。
「私さくらんぼ大好きなんだ♪ここはパイも絶品との情報だからもう楽しみで楽しみで…でへへ」
口元がどうしても緩んでしまう。
どうやらユメカ的にはこちらが本命だったらしい、セイガも一口食べてみるとクリームの甘さとさくらんぼの甘さ、さくりとしたパイ生地の味わいが口の中に広がった。
『美味しいっ』
ふたり同時に声を上げる。
「本当はふたり別々のものを頼んでシェアしようかとも思ったんだけど…流石に男の人とは…ねえ?」
首を傾げ覗き込むようにユメカはセイガに尋ねた。
「ああ…それは確かに」
「まあ、別に私は構わないんだよ?セイガは友達だし男とか女とか関係なくね、ホントだよ?」
「ありがとう、でも俺は多分意識してしまうかな」
「そっか」
紅茶を一口、
「さっき言いかけたんだけど、セイガってそれにしても何だろう…正義感が強いよね」
セイガは意外だったのかきょとんとした顔つきになった。
「そうなのか?俺は…正義が嫌いだから似つかわしくないと思う」
「正義が…嫌い?」
今度はユメカが意外だった。
「ああ、多分前の世界の影響だと思う…まだ全然思い出せてはいないけれど…これだけは分かる、俺は正義が嫌いだったんだ」
少しさみしそうな表情だった。
「正義という言葉はとても高尚で美しい…けれど正義なんてものに振り回されると人は狂ってしまう…正義を口にする者は…特にだ」
何が彼にあったのだろうか
「正義はひとつじゃない…それどころか普遍的な正義が本当にあるのかすら分からないのに…正義は善いものとなっている」
正義が彼の世界に何をしたのか
「正義という言葉自体は悪くないと思う、でも俺は正義が嫌いだ、できれば正義なんて概念が無くても幸せになれる世界がいい」
それは誰にも分からない
「う~ん、セイガは難しいコトを考えてるんだね、何となくだけどセイガの言いたいコトも分かる気がするな」
ユメカも恐らくだが、正義という言葉を口にする機会はあまり無い方だった、正義というのはとても責任のいるものだったのだろう。
ユメカにとって正義とは…
「勿論これはあくまで自論なのでユメカはあまり気にしないで欲しい、気を悪くしたならすまない」
テーブルにつくほど、頭を下げた。
「わわ、ダイジョーブ気にしてないよっ…でもなるほどねぇ…ふふっ」
「?」
(私には誰よりも正義を行っている人に見えるよ…)
これまでのセイガの行動を思い出しながらユメカはそう思った。
「はい、この話はおしまいにして紅茶を飲みましょう♪ちなみにセイガは紅茶って好き?私はかなり好きなんだ、うふふっ」
明るく、努めて明るくユメカは笑った。
「ああ、紅茶自体は前から好きだけどここの紅茶はさらに美味しいな」
「おっ、なかなか通ですなぁ」
(正義が嫌いな正義漢…か)
紅茶をみるからに美味しく飲むセイガを眺めながら、ユメカもまた納得したように紅茶を楽しんだ。
「そういえば…ユメカには夢はあるのか?」
「ふぇ?」
唐突にセイガが変なことを聞いてきた。
ユメカは慌てて、落としそうになったティーカップを持ち直した。
「どうしたの急に…びっくりしちゃったじゃん」
少し困った表情でセイガを責めた、彼は至って真面目な顔だった。
「いや、ユメカの名前って『夢』が『叶う』と書くだろう?多分親御さんがそう願って名付けてくれたものだろうと思って…気になったんだ」
「うん…夢は…あるよ?」
少し恥ずかしかったがユメカはそう告げた。
「でもね…叶えたい夢が沢山ありすぎて大変…かな」
「そうか…俺も夢は大事だと思う、沢山あってもいいんじゃないかな」
「全部叶えたいだなんて…ワガママだって思わない?」
上目遣いでセイガを不安げに覗き込む。
自分で自分はワガママだと言うのと、誰かにワガママだと思われるのは、きっと違うのだろう。
「ああ、でも我儘も悪くないと思うぞ、ちなみにどんな夢とか…」
もしかして聞かせてくれるのではないかと、セイガはちょっと食い下がってみる。
「そうだよね、ワガママでも…欲張りでもいいよね♪それじゃあもう曲は持っているけれどレイミアさんのサイン入り音楽ディスクも記念に買っちゃおっと☆」
「ええと…欲張りは違うんじゃ」
「さあさあ、そうと決まったら早く会場に戻るよっ…へへへ♪」
セイガの手を掴み、ユメカが勢い良く立ち上がった。
なんだかはぐらかされた気がしたが、セイガはそんなユメカの花咲く笑顔を見ることが出来て嬉しかったのだった。
再びふたりはスカイアリーナのある浮島に戻る。
「これは…」
そこにはセイガが見たこともないほどの沢山の人が集まっていた。
「会場までの道がかなり幅広いとは思っていたが…これがみんなライブを見に来た人なのか?」
スカイアリーナには複数の出入口があるが、それもこの来客数なら納得できた。
「そうです、ちなみにキャパは10万人! 今回もソールドアウトしているからこの浮島に10万人が来ようとしているのです!」
立ち止まっているふたりを気にしない風で周囲では続々と人が会場へ向けて流れていた、まさに人波だ。
「はぐれないようにね、チケットがあるから合流はできると思うけど」
「ああ、大丈夫」
ふたりは歩き出す、高揚感が半端ない、これだけの人が集まるライブというイベント…セイガにとっては初めてだし、何度も通ったユメカにとってもこの時間はとても心躍るものだ。
入退場は機械による監視で自動的に制御されているので、大勢の人がいるにも関わらずスムーズに会場内、2階席まで通ることが出来た。
「これは…中も広いなぁ、大きいステージが小さく見えます」
「これでも前の方、いい場所なんだよ?」
「はい、前に席が無くて見渡しがいいね」
ふたりのいる場所は2階ではあるがステージからは正面に位置しているうえに前列なので遮るものは無かった。
「アリーナが良かったけど場所によっては見えなくなるから…」
小柄なユメカがぴょんと跳ねる、確かに女性には不利なのだろう。
「あ、でもこのライブではそこらへんは問題ないのだ、使い方を教えるからチケットを見せて?」
ユメカは自分も携帯端末を取り出すと操作した、すると
「この『レイミア』というのは?」
「これがレイミアさんを見たい時のモード、左右を押すと別の名前が出るでしょ?これはバンドメンバーとかダンサーさんとかそれぞれ…あとこれは俯瞰で全員を見たい時のモード」
そう言ってタッチすると表示される名前が変わっていく。
「ふむふむ」
「まだライブは始まってないから、『テスト』って所を押してみて」
セイガは言われるまま『レイミア』の『テスト』を押してみた。
「わぁ」
すると自分の少し前に綺麗な女性の姿が映った。
本来いない筈の空中にだ。
「これが特別な拡張映像機能♪それぞれの観客が『自分の目の前で』ステージの姿を見るコトができるの」
「ということはこの女性の姿はユメカには見えていないのか?」
セイガが顔を動かすと、映像のレイミアもそれに合わせてうまく移動していた。
因みに不埒な見方をしようとすると規制が入るのだが、セイガはそんなことは思いもよらないようだった。
「うん、私も装置をオンにすれば自分の目の前に映せるよ♪つまり観客全員が映像とはいえ最高の位置でライブを見るコトができるのです☆」
「それは観客想いというか…凄いなぁ」
人を思いやる技術、その点がセイガにはとてもよく思えた。
「勿論最前列で実物を見るのと比べると負けるけど、この機能のおかげでライブ感を楽しみつつすぐ近くでレイミアさんの姿を拝めるのです」
「ああ…この女性がレイミアさんだったか」
「気付くのが遅いよ~どう?美人でしょ?可愛いでしょ♪」
そこにはスタイルのいい女性が映っていた。腰まで
容姿も非の打ちどころがない、時々こちらに向けて微笑む映像が入るがそれも本当に愛らしかった。
「ああ…なんだかファンが多いのが分かる気がする」
この姿で、歌もあれだけ上手いのだから、人気が出るのは当然に思えた、それにユメカがあれだけ入れ込むのだからきっと性格もいいのだろう…それがセイガの感じた印象だった。
「あー、もうすぐ開演っドキドキするなぁ」
会場中がざわざわとしている、これから始まるステージに皆想いを馳せているのだ。
確かにセイガもどんどん楽しくなってきた。
一体どんな展開になるのだろう。
「あと、これがペンライト、曲に合わせて自由に振るといいよ♪」
そう言ってユメカが棒状のものを渡してきた。
ちなみに、ふたりは会場入りした後に一時別れて着替えと追加の買い物を済ませているので上半身は黒いライブT姿だった、ユメカは最初に買っていたタオルを首にかける。
「これで戦闘態勢…覚悟完了!」
びしっと青いタオルを両手で引っ張る。
気合と共にポニーテールがふるふると揺れる。
「あーもー、ドキドキが止まらない♪ちなみに私は『レイミア』さんモード一択だけどセイガは折角だから色々見てみてもいいかもね」
セイガはひとまず、ずっと映っていたテスト映像は閉じて拡張映像を『レイミア』モードにした。ユメカの話ではレイミアは勿論だが演奏するバンドメンバーやダンサーにもファンが多く、モードを切り替えながら楽しむ人も多いのだとか…セイガはそこまで器用に出来なさそうなのでペンライトも(曲によって自動で光の色が変わる)オートモードのままで待つことにした。
そわそわしながら腕時計を何度も見続けて、いよいよ…
定刻、ふと天井の明かりが落ちる。
わぁーーーという大歓声の後、静かになる。
皆が、暗闇の中、始まるのを息を潜めて待っているのだ。
そして……
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