第18話

 真っ白い、一筋の光がステージ中央を照らす。

 そこには黒いドレスのような衣装を纏った女性が一人。

 セイガの眼前にもすぐ傍にいるかのようなその姿が映る、拡張映像だ。

 レイミアの翡翠色の視線に会場の全員が射貫かれる。

 一瞬の歓声、そのあとの静寂。

 息を吞む…

 レイミアは両手を広げ大きく天を仰ぎ


「―――――― ―――――――」


 歌詞無き歌を捧げるように歌った。

 それは荘厳にして流麗、会場中を照らすように、響き渡った。

 その歌が終わるとステージ全体が一気に明るくなり、バンドメンバーが一堂に会していた。

 深く礼をするレイミア、さらりと金色の髪が落ちる。

 ずっと鳴りやまない拍手…

 顔を上げてステージを見渡すレイミア、その美貌は生ということもあってか想像以上にセイガの心を動かした、それはきっとセイガだけじゃない、横のユメカは涙を流さんがばかりに喜んでいたから。

 皆の視線がレイミアに降り注ぐ。

「みなさーーん、今日は

 『レイミア ライブツアー イン スカイアリーナ』

 へ ようこそーー!

 今回も沢山の曲を用意してきたので

 どうか存分に楽しんでいってくださーーい♪」

 続いて伴奏が流れて最初の曲が始まった。

 セイガは、気付けば周りに合わせてペンライトを振っていた、曲をあまり知らなくても不思議と一体感は生まれるのだ。

 驚いたことに、レイミアの曲は明るい曲から激しい曲、可愛い曲もあればスローテンポの寂しい曲まで、まさに一曲一曲が千差万別だった。

 レイミアはその動き、ダンスも秀逸でその姿は存在感をさらに大きく映すようだった。

 しかも何曲かごと、曲調が大きく変わる度に衣装も一瞬で変わるのだ。

 衣装だけでなく、様々な色の光や炎など特殊な演出、レイミア自身が浮遊する床に乗ったまま会場を周るなど、毎回目を見張るもので溢れていた。

 なので、セイガはその度についつい横のユメカの姿を見てしまう。

 ユメカはそれに気づかないほど没頭しているようで、曲ごとに驚いたり、歓声を上げたり、掛け声を入れたりと存分に楽しんでいた。

 ただ、とても激しくて内容が黒い、ダークな曲をレイミアが熱唱していた時…ユメカは立ち尽くしたままだった、何かを殺すようなその昏い瞳を、セイガもただ見守っていたのだった。

 …

 ただ、その心配は杞憂だったかのように次のロック調の曲ではユメカも再び踊りまくっていた。

「(おっ、この曲では最後みんなで一緒にジャンプするよ♪)」

 曲の間奏中、ユメカが耳打ちした。

「(わかった…全力で飛べばいいのか)」

 セイガもライブの雰囲気が分かって来たのか興奮しながら囁いた。

「うん、でもセイガが全力出したら天井までいっちゃいそうだねっ」

 その想像が面白くてユメカは噴き出した。

「(ああ、でも大丈夫…そのあたりはギアを変えるようなものでちゃんと周りと同じくらいの跳躍になるよ)」

「なるほどね…あ、歌がくるよ」

 再びふたりは歌唱に集中する。

「それじゃ最後は

 みんなで一緒に飛ぶよー!

 せーーーのっ」

 会場中が弾かれるように沸き、その一瞬はまさに輝いていた。

 セイガもユメカもレイミアも、めいっぱいの笑顔だった。

 また、MCではレイミア本人の人柄を感じた、どうもセイガが思っていたよりもレイミアはもの静かな性格のようだった、ただその誠実さは言葉の端々にも現れていて、曲とも相まって観客を魅了していた。

 それから、レイミアはバンドメンバーやダンサーさん達とも本当に仲がいいらしく、MC中はメンバーからツッコミが入ったりと、何度も笑いの途切れない会話が続いた。

 ユメカの話では彼らの演奏もダンスも超一流だという。

 詳しくないセイガでも心動かされる…

 そんなレイミアとその仲間達がずっと準備して、練習して、ついに披露されたステージ…

 それはまさに魔法にかかっているかのような時間だった。

 連続して歌い、踊り、それは相当体力が要るであろうにレイミアは元気そうだった、飛ぶ汗も綺麗なほどに。

 演奏が終わり、静かになる。

 何度目かのMC

「みなさんは 大切な方を 

 失くされたことは ありますか?」

 レイミアはそう切り出した、応えるファンの声や無言、それらを受け止めてからレイミアは続ける。

「わたしは まだ両親も祖父母も健在で

 恋人?は…それはいいですよね?」

 妙な歓声が沸く。

 ちなみにレイミアが誰か特定の人と付き合っているという噂は無い。

「喪失というものを もしかすると 

 わたしはまだ知らないのかもしれません

 でも ずっと昔 路上で歌っているとき

 なんでだろう…

 とある曲が降りてきたのです 

 それは本当に神様が教えてくれたかのように

 わたしのなかに生まれた曲でした」

 目の前のレイミア(拡張映像)は何処か遠くを見るようだった。

「このエピソードを話すのは

 もう何度目か忘れるくらいなので

 みなさんもご存じだと思いますが

 わたしはこれからもこの曲と

 この曲との出逢いを忘れないよう

 歌い続けていきます

 聴いてください

 『鎮魂と再生の歌』」


 歌声が捧げられる… 

 セイガは泣きそうになる自分を必死で抑えながらその曲を、レイミアが歌う原曲ともいえるその曲を聴いた。

 まだ、どうしてこの曲がここまで自分の心を駆り立てるのか、セイガには分からなかった、しかしこの曲が自分にとって特別なものであることは断言できた。

 …

「レイミアさんの…凄いところはライブ本編中は絶対に…泣かないところだよねっ、流石プロだよっ」 

 嗚咽を抑えながらユメカが話し掛けてきた。

 ユメカにとっても、あの曲は特別だったようでサビ以降は殆ど涙を流し続けていた。

 そんなユメカの姿をみたからこそセイガは自分は泣かずに済んだという気分だった。

「確かに凄い…あんな曲の後なのにいきなりキュンキュンする曲を歌えるのだからな…」

 そう、今は男子の心揺さぶる愛らしい曲を歌っていたのだ。

 髪型もあざといくらい可愛いツインテールに変わって、踊るたびに金色の房がキラキラと揺れている。

「セイガが『キュンキュン』って…うふふっ」

 涙の跡を手で抑えながらユメカがにやける。

「あれ?間違えていたか?」

「ううん、合ってるよ♪」

 レイミアは曲に合ったフリルが満載のピンクの衣装を着て星型の空飛ぶ床で歌いながら会場中を飛び回っている。

 こういう可愛らしい姿も意外とだが、似合っていた。

「あ、こんどはこっちに来る!」

 ふたりのいる2階席の方にいよいよレイミアが来た。

 そして…

「貴方だけに♪」

 そう歌った瞬間セイガはレイミアと目が合った。

 彼女はとても…一瞬だがとても驚いているようにセイガには思えた。

「今…」

「今レイミアさんと目が合っちゃった!!」

 ユメカを含めた歓声が周囲全体に流れる、言われてみると確かに目が合った気がするのは自分だけでは無いのだろうとセイガは納得した。

 そうしてライブは終始盛り上がり、そして

 …

「レイミアさんの可愛いところはアンコールでは感情が爆発するところだよね、プロとしてはダメなんだろうけどっ」

 笑みを抑えながらユメカがそう説明してくれた。

 長い、3時間以上のステージが終演して、会場中がアンコールの渦に包まれてから数分、ステージに戻って来たレイミアなのだが

「みなさんっ

 アンコール…ありが…うぇ」

 言い終わる前に号泣してしまったのだ。

 会場は励ます声やもらい泣きするファンで満ちていた。

 レイミアは自前で改造した白いスタッフ限定ライブTを着たまま大声をあげ泣き止まない。

「レイミアさんが泣いてくれるライブはいいライブ、だよ…それだけレイミアさん本人もバンドメンバーもスタッフもそれから観客も全力だった証拠だもん…くふっ」

 ユメカも笑顔でありながらもちょっと涙ぐんでいた、セイガはそんなユメカの姿を初めてみた、今日は本当に心動かすことばかりだった。

「ゴメン…スイッチが…壊れ…もうっ」

 ぱんぱんと両手で頬を叩きレイミアは気合を入れなおした。

「みなさんが

 本当に嬉しそうで楽しそうで

 わたしもっ

 それが幸せで

 今日は

 ありがとうございました!」

 大きくお辞儀をする、割れんばかりの拍手が会場に流れる。

 セイガも、ユメカも出来る限りの賞賛を込めて拍手をした。

「折角アンコールを頂いたので

 顔はボロボロになっちゃいましたが

 歌はちゃんと歌いますね♪」

 そうしてアンコールでも数曲、しっかり歌い切る。

 どうにか立ち直ったようだった。

「そろそろ…来るよ」

 ユメカがそう呟いた。

「それじゃあ

 本当に最後の曲!」

 終焉を惜しむファンから大歓声が上がる。

「いくよ!

 『NEW∞WORLD』

 あたらしい世界へっ!」


 歓声や叫び声、拍手や足踏み、頭を振るものやペンライトを振るもの、踊り、歌い、全力で駆け回るようなその歌は、最後にふさわしい、大盛り上がりを見せた。

 そうして、長い長いライブは無事に終わったのだった。

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