第16話
気付いたら、そこはひっそりとした林の中だった。
目の前には小さな石の祠がある。
「枝世界の降世門は基本的に目立たない場所にあるんだ」
ユメカがそう説明してくれた。
自分がいた世界にもこっそりそんな物があったのかもしれないと思うと不思議な心持ちがした。
「それじゃ、まずはライブの会場に行くよ♪」
ユメカの案内で林の中を少しだけ歩く、そこは思ったより小さな面積だったらしく次第に何かの音がしてきた。
そして
「うわぁぁぁぁぁ!」
セイガは思わず大きく叫んでいた。
ここはどうやら公園だったのだが…
木々の遮りが無くなって分かった。
360度、見渡す先に天にも届かんばかりの高い構造物…ビルが立ち並んでいた、さらに地上から100m程の上空には無数の機械の乗り物が網のような景色を作り移動していた。
青い空があるのは変わりない、でも空にもまた何かセイガの知らない模様のようなものが貼りついていた。
ここは全く知らない。
セイガの想像を超えた未来の世界だった。
「うんうん…私も最初に来た時は驚いたものですよ」
「あの…大きな建物は人間が作ったものなのですか?」
ワールドにも時々あのような建物があったので、おそらく別の世界の人のものだと思っていたわけだが、この数は異常だった。
「そうだよ、ただこの世界では自動的に作るコトが可能らしいけど…なんせこの大都市には人口が1億人くらい?いるんだって」
「1億!?」
1億もの人間が暮らす場所なんて…
あともう一つ気付いたことがある、確かに沢山の人工物が溢れているがこの地上の大規模な公園や中空のそこかしらに自然物も広がっていたのだ。
どんな仕組みかは分からないが科学と自然が調和した、とても美しい光景だとセイガは感じた。
「ちょっと騒がしい感じもあるけどいい街でしょ?私は結構好きだったりするんだ」
「そうですね」
最早驚くのにも麻痺しそうなセイガだった。
「ハイ、ここが今回の会場、『スカイアリーナ』です☆」
「わぁぁぁ」
セイガの立っているのは高度500m程にある浮島の一つ、海を臨む半径2km程の敷地全体が施設になっていた。
メインの会場も円形の広大なもので、果たしてどれだけの人数がここに集まるのかセイガには予想だにしなかった。
「ここに来るまでも驚いたけど、これもまた凄いね」
会場までは自動運転の電車のようなモノ(公共)に乗って来たのだが、空にレールを引いたように滑り移動するそれにもセイガは
「コレひとつでなんでも解決だしね」
ユメカは今回のチケット…正しくはチケット情報も入った携帯端末の画面を透かすように見た。
乗り物の支払いもこれで可能だったのだ。
「
「上野下野さんの話では額窓はコレより発達した技術らしいけど…もう私達には区別がつかないもんね」
そう言いながら前方をみつめる、会場の前にはすでにかなりの人数が並んでいた。
「そのライブ?は夕方からだよね」
時刻はまだ昼前だった。
「うん、コレは今回のライブ限定のグッズを買うための先行物販の列なのです、大抵の物は並ばなくても買えるのですがついつい並んでしまうのは人間のサガなのかもね」
そう話しながらふたりも列に並ぶことにした。
列はよく見ると宙に浮くポールと表示板によってキレイに区画分けがされており、人数がキャパを超えそうになるとポールが増えて自動的に新たな区画を作り出していた。
これらの誘導も全て無人で管理されているのだからこの世界の技術の高さがよくわかる。
「それでね、今回の物販の目玉は終演後にレイミアさんと直接会える権なんだけど、一定額以上購入したら引ける『くじ』でそれが決まるわけですよ」
並んでいる最中もユメカの熱は止まらない。
「なるほど、さっきからたまに前方であがる歓声はもしかして?」
「そう!アレは多分くじで当たった人とそれを讃える人達の声だね、モチロン当たるかどうかは運次第で先に並べばイイってものじゃあ無いけれど、あとで自分が引く時にもう特賞が無かったら悲しいじゃない?」
前の人達に気を使いつつユメカは熱弁する。
「そうだね…ん?」
セイガは少し前の異変に気付いた。
「…離れます」
セイガは真顔になると列を抜けて少し前へと行く、そこには口論する男性ふたりの姿があった。
「どうしたのですか?」
「俺は一時的に列を離れただけだって言ってるのにコイツが割り込みしたってぬかすんだ」
「だって…僕はそんなの知らない」
「俺はちゃんとトイレに行く前に頼んだよな!」
男は大声を上げるが周りは無言だった。
険悪な空気が流れる。
「残念ながら貴男が此処にいたという証拠はありません、もう一度並びなおしましょう…貴男だってレイミアさんのファン同士で争うのは本意ではないでしょう?」
セイガは少し苦しそうな目で男にそう言った。
ファンについてはユメカに聞いていた。
レイミアのファンは争いを好まず、人助けを大事にすると…
「わかったよ……すいませんでした」
男はそういうと後方へと下がって行った。セイガも列に戻るためそれに付いていく形になる。
「どうだったの?大丈夫?」
列にいるユメカも声は聞こえていたのである程度事情は分かっていたが、セイガに尋ねた。
「なんとか大喧嘩にはなりませんでした、それですいませんが俺も列から離れてしまったのでまた並びなおしますね」
その言葉に男は驚いた。
「いや、だってお前は連れがいるんだろ?」
「それでも貴男や周りの人にああ言ったのだから責任もって並びなおすのが一番だと思います」
「全くセイガらしいね…それだったら私も並びなおすよ」
ユメカは止める間もなく列からはみ出した。
そうして3人はすごすごと最後尾まで戻る。
「もしかしたら…ここで引いた方が特賞とか出るかもしれないしねっ♪へへへっ」
先程とは趣旨替えした模様でユメカは笑った。
「ちなみに俺は何を買ったらいいんだい?」
「う~ん、まずライブTとタオルはマストでしょ?あとはパンフレットもオススメかな♪これだけ買えばくじも引けるしね」
「了解」
「私は勿論グッズ全種類購入するけどね」
歯が光るほどの笑顔でユメカは断言した。
「あの…さ」
その時ふたりの前に並んでいた例の男が振り返り口を開いた。
「さっきはすまなかった、実はトイレに行く前に人に頼んで列を抜けたのは本当だったんだけど戻った時に列が思ったより進んでて元居た場所が分かんなくて…当てずっぽうであそこに入ったんだ」
「列は絶えず動いてますから…分からなくなるのは仕方ないですね」
「少しくらい場所が違くても一度は並んでたし強引に入ればいいと思った…それじゃ割り込みと言われても仕方ないのに…本当にゴメン」
そこではじめて男は頭を下げた。
「ちゃんと謝って並びなおしたのですから、もう気にはせずにお互い楽しみましょう…俺は『ファン』としてはまだまだですけどね」
それからは3人での話が弾んだ、気付けば後ろに並んでいた女性陣も話に加わってきて…レイミアのこととなるとセイガ以外のファンは皆話すことは尽きないのだ、それは本当に楽しい時間だった。
そうしていよいよグッズの購入をする段となる。
レジは数か所並んでいて、機械に対して前もって注文を入力した携帯端末をかざすと自動的に商品が出る仕組みだった。
セイガは道中悩みつつも幾つかグッズを購入する。充分に弾数は用意しているのでまだ売り切れのものはなかった。
そして、くじの条件を満たしていたので目の前に大きなバルーン状のものが現れた。中には沢山の光が踊っている。
『手を入れてお好きなくじを1枚引いてください』
機械からの音声がくじを促す。
セイガは手を差し出す、それは膜を抜け光を探す、意を決してそこからひとつだけ引き出す…
「あ、あたりました」
「ええっ?もしかして特賞!?」
横のレジでまだ購入処理中のユメカが目を剥いた。
「ええと」
『おめでとうございます♪1等レイミアサイン入りプレート(シリアルナンバー付き)が当たりました』
周囲に歓声が起こる、1等もまた相当にレアなのだ。
それから数分後、ユメカはしょんもりとしていた。
「ああ…全然当たらなかった…ガチャ(くじ)は本当に毒よね…でもグッズは嬉しいからいっか♪」
両手の袋にはいっぱいのグッズが入っていた。
くじを引くために想定以上のグッズを買ったのだ。
額窓の中に入れればいいのだが、それは会場では持っていたいというユメカの心意気だった。(見栄ともいう)
「あの…これ良かったら貰ってくれませんか?」
「えっ?」
セイガは、プレートを…男に差し出した。
「は?」
「折角お話しして、仲良くなれたのでその記念です」
ファン垂涎の品である、男どころかユメカも出来るなら手にしたい。
「…心の底からそれは欲しいけれど、それはお前が持っておけ」
男はそっぽを向いたまま
「それはお前が当てた物だろ、それを簡単に他の人に渡したり…ましてや売ったりしたらファンは許さない…だからそれはお前が大切にしないとダメなヤツだ」
「わかりました。大切にします…そしていつかこれを当てて本当に良かったと思えるようになります」
「ふん、分かればいいんだよ」
男とはそこで別れた、違う世界でもこうやって誰かと心を通わせることができる…それが本当に嬉しいセイガだった。
一方ユメカはこっそり(セイガなら自分にくれるかも)と淡い期待を抱いていたので今更言うわけにもいかず心の中で泣いていた。
まだ開場まで時間があるので、時間つぶしとお昼ごはんを取るためにふたりは別の場所に移動することにした。
「本当に、思ったより自然も豊かなんだな」
会場のある浮島もそうだが道中あちこちに木や花が植えこまれており、そこには虫や鳥、兎などの生き物もいた。
ユメカの話では場所によっては熊などもいるとのことだが、携帯端末の機能で人を襲う危険性は無いとのことだった。
そんな並ぶ木々をふたりが見ていると、前方で幼い子供が泣きそうな顔をしていた。
「だいじょうぶ?どうしたの?」
ユメカが駆け寄ると幼女は涙をためた瞳で一本の木を見上げた。
「しーちゃんがおりてこないのっ」
探しながら木を見てみると、高い枝端に雉毛の子猫が体を縮こませて座っていた。
おそらく勢いよく登ったはいいが降りてこられなくなったのだろう。
「しーちゃん、にげちゃって…キツネにおいかけられて…」
幼女の手には猫を連れて歩く用の小さなケージがあった。
「そうかぁ…おとうさんとおかあさんは?」
あくまで優しくユメカが話しかける。
「ようじがおわるまでここでまっていてって…わたしひとりでちゃんとまてるってゆったから…」
「うんうん、えらいね♪」
幼女が少しだけ落ち着いたのをみて、セイガがはじめて動いた。
「猫は俺が助けるよ」
セイガは軽くそう言うと木に近づき、音もなく一瞬で枝まで登った。
しゃあと声を上げ子猫がセイガを睨む、その視線を躱し静かに手を伸ばす、なぁおと苦し気に鳴く子猫を落ち着かせるようにセイガも猫のような声を出し、さらに手を子猫より下の位置から進める。
「…よし、えらいぞ」
それはいい手際だった、セイガは子猫の喉にそっと手をやり優しく撫でた、そして子猫が安心した瞬間にすっと抱きとめたのだ。
「いい子だな、ありがとう」
子猫の頭をポンポンと軽くたたく、嬉しそうに鳴くのを聞いてから再び一瞬で地面まで降りた、それは子猫も気付かないほど静かだった。
「うわぁ、凄いね」
「あいがとぅ、おにいちゃん♪」
子猫を返すと、幼女はすかさずケージに入れた。
セイガは驚いた、小さいケージのはずなのに、入れられた子猫はその中で走り回ったのだ。どうやら額窓と同じく凄い技術が備わっているようだ。
「しーちゃん、たすかってよかったね♪」
「うん、おねいちゃんもあいがとう」
その後すぐに、両親が現れ、ずいぶんと感謝されたのちにふたりはようやく公道、といっても空中だがの場所までやってきた。
「これは気をつけないと落下してしまいそうだな」
下は目が眩むほど遠く、堅い地面や鋭い建物も多く、落ちたらただでは済まないだろう。
「そだね、でも落下防止システムが色々あるらしいよ?私もよくは知らないけど…てへっ」
怖いもの見たさか、つい歩道の先、ギリギリまで顔を伸ばすセイガ
「ふむ…見た感じはよくわかないけど…」
「危ないっ」
ユメカが即座にセイガの手を取り引き付けた。
その直後に脇を車が走り抜ける…
「あ…」
「もう、言ったすぐそばから」
すこし気が抜けていたのかもしれない…
「ありがとう」
そう言ってセイガはユメカの頭をポンポンと軽くたたいた。
勿論、素直な感謝の気持ちからだったのだが
「それは反則だよぅ」
両手で頭を押さえながらユメカは顔を赤らめた、その時セイガはようやく自分のやったことに気付いて急激に恥ずかしくなった。
「あ、いやさっき嬉しくて子猫にしててつい…癖というか何というか」
「嬉しいと頭ポンポンするんだ」
上目づかいでセイガを問い質す。
「はい、昔はよく飼っていた猫にしていました」
何故か敬語に戻ってしまう。
猫の頭はとても触り心地が良かったことを思い出す、勿論ユメカも…
自分で触っておいてなんだが、その感触はとても心地よいものだった。
「うふふっ、じゃあヨシ、それじゃ早く移動しよっ♪」
ユメカは恥ずかしさを振り払うように駆け出し、それを追うようにセイガもまた駅まで走ったのだった。
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