第15話
ユメカは車を運転していた。
緑色の丸くて愛嬌のあるその自動車は颯爽と路面を走り、セイガの家へと向かっていた。
車内のBGMは勿論レイミアの曲、ユメカは口ずさむ…というより最早熱唱に近い音量で歌いながらハンドルを切る。
麦畑の間にある道を抜ければもうすぐセイガの家である。
ライブの日はいつもテンションが上がり下がりするが、今日はいつも以上に時別な気分だった。
緑の車はようやくセイガの家に辿り着く、エンジンを止めてユメカはセイガの姿を探す、それは意外とすぐに見つかった。
セイガの家の横にある大きな木の前、そこで汗をかき大きく息をする姿…そして一拍してセイガはその木を駆け上るように何度も剣筋をはためかせながら飛び上がった。
(…すごい)
素直にそう思った、以前見た動きよりも格段にスピードが上がって、しかも美しいくらいその剣の閃きは正確だった。
すとっと、静かに地面に降りてからセイガはユメカの方に歩いた。
「おはよう、今日もいい天気でよかったですね」
「おはよっ、でも今日は枝世界にいくのだよ?」
「ああ、そうだった」
「ちゃんとソッチも調べたから大丈夫、向こうの世界も快晴だって♪」
「それは良かった…因みにその服装はやはりライブ向けなのかな?」
この日のユメカは髪は上の方から左右に結ぶ所謂ツインテールに黒いパーカー、インナーは緑と白のものを重ね着していた。下は白地に飾りも入ったもこもこのミニスカートにも見える膝までのパンツに白いタイツ、オレンジと黄色の片方ずつ色が違う靴下に黒い厚底のブーツを履いていた。
「凄く似合ってると思う」
「えへへ、そんなに褒められると困っちゃうなぁ」
くるりと回るユメカ、薄桃色の毛先が跳ねる。
「そう、これが今回の戦闘服なのですよ♪ライブ中はさらに現地で購入したライブTを着るけどねっ、セイガもそうした方がイイと思うよ♪」
「なるほど…分かりました」
そう言うとセイガは汗まみれになった自分の服を見やった。
流石にこのまま出掛けるわけにもいかない。
「ええと…すいませんが汗を流したいので少し家の中で待っていてもらえるかな?」
「うん、そうだね」
…と返事したのは良かったが、考えてみるとユメカは男性の一人暮らしの家の中に入るのはここに来て初めてだった。
「あ、上野下野さんも男性だったか(笑)」
そんな風に口に出しながらも少しだけ緊張していた。
セイガは露天風呂、まさか家の横に露天風呂があるとは…
ユメカは感服しながら邸内の書斎で待っていた。
開いた窓から優しい風がおりる。
「へぇ~本が沢山あるんだぁ…そういえば楽多堂でも本に興味をもってたもんね」
ついつい独り言をつきながら手近にあった本を手に取るが…ユメカには読めなかった。
本などの無機物は『世界構成力』が小さく、自分の方の『世界構成力』を行使しないと判読しずらいのだ。
面倒だったので読むのは止めてうろうろと部屋を回る。
床に未分別の本が置きっぱなしだったりテーブルの上に食べかけのお菓子が残っていたりと意外と雑多な雰囲気だ、セイガはもっときちんと整理整頓をしていると思っていた。
そうしているとセイガがやってきた。
「お待たせしました、ああその本はなかなか面白いよ」
その時ユメカは初めて本を手に持ったままだと気づいた、平静を装いながらセイガにその本を手渡す。
セイガは先日ユメカに選んでもらった服装だった。
「そうなんだ、どんな話?」
セイガはテーブルに置いてあった黒い額縁の眼鏡を取りそれを掛けた。
「昔の人の随想集だね、科学がそれほど発達していないのに物事の性質を語るその着眼点がとても秀逸なんだ」
眼鏡姿のセイガはいつもより静かで理知的な印象だった。
「セイガって視力は良かったよね?」
「はい、これは上野下野さんに貰った『翻訳メガネ』っていう目に映る文字を自分の世界の文字に変換してくれるアイテムなんだ」
気になったユメカはセイガの顔に手を伸ばし眼鏡を取って自らの瞳にそれを移した。
眼鏡をかけた姿も魅力的だ。
「うわーホントだ、知ってる文字に変わったぁ」
「『世界構成力』を使っても本は読めるけれど自分の知っている言葉に翻訳してもらうとまた印象が変わって面白くてね、重宝してる」
改めてセイガの方を見る、彼はいつも優しい…それに真面目で勉強熱心だ。
本来は戦闘などよりもこういう方面が似合っているのかもしれない。
「今度私もこのアイテムを作って貰おうかな?」
「それはいいと思う」
「さあて、そろそろ大丈夫なら出発するよ♪」
セイガは首にかけたタオルで軽く顔を拭く。
「はい、準備は万端だ!」
「それでは私めの車にご案内しましょう☆」
ふたりは外に停めてあった車の元へとやってきた。
「じゃ~~ん、『カエル3号』です♪」
両手をそれぞれ上と横に、緑色の車を引き立たせるようにユメカは両足を広げて立った。
おどけたようなポーズがとても愛らしい。
「ほう、これがユメカの愛車ですか、小型だけど精密な造りだね」
ユメカの車は一応4人乗りだが、後ろの座席は少し窮屈そうだった。
「アマガエルみたいで可愛いでしょ?」
「…時々思うんだがユメカの感覚は独特というか」
「ヘンテコだよね♪」
セイガが言いにくかったことを嬉しそうにユメカは言い放った。
「昔からね…といっても記憶はほとんど無いんだけど周りの子供たちと違うって言われてたんだ…例えば声とか」
改めてセイガはユメカの声を意識してみる。
「俺は、とても好きですよ。ユメカの声は凄く独特だけれど心に響く」
ユメカの声は何というか…音を結わえたような色を持っていた。
「うん、嬉しいけど…多分その独特なのが無邪気な子供達にとっては『変』に見えたんだと思う」
少し悲しそうに
「実は他にも原因は色々あったけれど子供の頃はいじめられて…」
そして手を振った
「でも、今は全然平気というかそれで心が強くなったしそもそもこちらに来てすっかりいじめられてたコトすら忘れてたんだけどね」
「俺も分かる気がする、特別視されるのは…必ずしもいいことだけではないから…」
覚えてはいない、何かをセイガもまた感じていた。
「自分でも昔は周りと違うのを気にしてたけど…今はそんなヘンテコな自分も含めて私なんだって誇るコトにしたんだ」
へにゃりと笑うユメカ
「そうだね、それは凄くいい考えだと思う」
この話はそれでおしまい、折角の楽しいライブなのだからとセイガは気持ちを切り替えることにした。
「しかしそれにしても俺の知っている自動車は蒸気機関を利用しているのだけど…これは違うのかな?」
覗き込むセイガ、すでにアイドリングをはじめたカエル3号は音からしてセイガの知っているものと違ったのだ。
「コレはガソリンエンジンを使用してます♪ 他はよく分からないです~整備はオリゾンテのマスターに任せてるのだ」
「オリゾンテというのは確かこの前に行った食堂だよね?」
「そうそう、あそこのマスターはほとんど何でも作れるんだよねぇ、私もアクセサリー作りを習ったりしてるんだ」
そう言って右手の鉱石であつらわれたブレスレットを軽く振った。
前にマスターと話していたのはアクセサリー作りのことだったようだ。
「さあ、運転するよ~♪セイガはこちらの席に座ってね」
早速乗り込む、車内は思ったよりは広かったが、それでもお互いを意識するくらいには近い距離になっていた。
ユメカは手前のモニター、カーナビに情報を入力、ついでにとっておきのレイミアのプレイリストも最初から流し直した。
「それでは、『北の昇世門』へ向けて、しゅっぱーーーつ!」
流れる緑の景色は心地よく、窓を大きく開いた車内は風が遊ぶ。
車を走らせて30分余り、最初はエアコンを入れていたのだが、セイガが少し気分を悪くしたので窓を開けたのだ。
「ありがとう…お陰でだいぶ気分も良くなった」
「初めての車だし仕方ないよ♪」
「どうも車内の独特な匂いが苦手のようだ」
「う~ん、エアコンかなぁ?それとも私の方!?」
「いや、多分車の方だと思う…」
ユメカの匂いはとても好ましいのだが、流石にそれは恥ずかしくて言わなかった。
「そっか、それなら良かった♪」
ユメカはレイミアの歌を口ずさむ、特に対向車もなく広い道が続くのでどうしてもスピードは上がり、それに伴い振動もそこそこあった。
「慣れると揺れも平気だしドライブって楽しいんだよ」
「ああ、速さは一緒だが普通に走るのとは違う感覚だ。それに長時間動くのは凄くいいな」
「普通の人間は車と同じくらいの速度では走れません~」
そういえばセイガは自動車と同等以上に速く走ることが出来るのを忘れていた。
「思い出したついで…なんだけどさ、ひとつ聞いていい?」
歌うのを止め、少しだけかしこまった調子でユメカが尋ねた。
「ああ、いいよ」
セイガとしてはユメカの嬉しそうな歌声をもっと聞いていたかったがそれは言わないでおく。
「セイガはなんで『
おそらく自分自身の場面を思い出してのことなのだろう、ユメカは視線は前を向きながらもセイガの反応を真っすぐに待っていた。
「…時間はあまり掛からなかったかな。俺は…多分昔から剣を生業にして生きていた…のだと思う。それも勿論考慮にはあったのだけど…」
そこでセイガは大きく息を吸った。
「俺が『剣』を選んだのは、カッコよかったから だと今は思う」
意外な答えにユメカは驚いた。
「そうなんだ…それじゃ前から言っていた強くなりたいっていうのも」
「同機は不純かもしれない、強さを求めるというのは誰かを守るだけではなく…誰かを害することも意味する。それでも俺は出来る限り自分の思う道を進みたい、カッコいいというのは自らが一番素晴らしいと感じている自分でいたいという気持ちの現れだ」
ユメカと同じく行き先を見つめる。
「武器ではあるけれど…剣って格好いいと俺は思うんだ」
「セイガは…そう考えていたんだね…」
「この『真価』には様々な剣と剣技、そして剣士の情報が詰まっているんだけど…彼等は其々考え方や理想、研鑽や激しい戦いがあって、人が死ぬこともある以上それを全部肯定するわけではないのだけれど、個人的にはその生き様は素晴らしいと思う」
「ふむむ」
自然とセイガは挑戦的な笑みを浮かべていた。
「俺も目指す道がある、それは俺が『真価』で知った最強の剣と技と姿…出来るならその場所に辿り着くまで頑張りたい」
ちょっとだけ、ユメカはセイガの方を見た、どこまでも前を見続けるその姿にユメカはすこしの嫉妬と好意を感じた。
「セイガはきっと…どんどん前に走っていくんだろうね」
「そうありたいとは思う」
セイガはいつもみたく純朴そうに微笑む。
「ありがと、あらためてセイガの『真価』について聞けて良かった♪」
ユメカの中でも何かが改めて決まった…というか分かった気がした。
「ユメカの方は…」
「ナイショです☆」
「…狡いぞ、俺はきちんと正直に話したのに」
別に怒った風ではなく単純に親近感からセイガは軽口を叩いていた。
「もしかしたら…ちゃんと話す日が来るかもだけどね。私はこうやってセイガと知り合えて良かったと思ってるから…まだ教えないけど信頼はしてほしいかな…なんてワガママ言っちゃうくらいにはセイガのコトを大切に思ってるんだよ」
そして本当に言いたかったことを続けた。
「これから…多分セイガはもっともっと強くなって、私なんか太刀打ちできない思いもよらないような危険なコトや大きな事件に遭遇すると思うんだ…でもね、それでも私はセイガの後ろでいいから一緒にそれを乗り越えていきたい…」
恥ずかしいからセイガのことは見てやらないで
「ねぇいいでしょ」
そう告げた。
(私にとってもそれが一番の道だから…)
「…このワールドで、俺に何が起きたとしても、ユメカが傍にいてくれたらきっと大きな力になるよ…だから」
「おおっと!」
少し大きな下り坂になっているのに気付かずにスピードを上げていたカエル3号はぴょんと跳ねた。
大きな衝撃がふたりを襲う。
ガタガタと揺れながらもどうにか車は故障することもなく進み続けていった。
「ふふふ」
「はははっ」
あまりのタイミングの悪さにふたりとも笑ってしまった。
「うふふっ、ほらあの石造りの大きな柱が昇世門だよ!」
ふたりの視界の先、霊峰の麓には白くて大きな門がその扉を開いて静かに待っていた。
草原には白い花が満開だった。
門の近くにある道の終わりに駐車して、ふたりは車から降りた。
「凄い…威厳を感じるな」
セイガが門を見上げる、近くからだと首が痛くなるほど上を見ないといけないほどそれは大きかった。
材質は分からないが周りの白い花にも負けないほど白くて汚れ一つない姿だった。
視線の先にはさらに霊峰グランディアの白い山影が映り込み、その壮麗さを際立たせていた。
「さあて、ここから先はセイガにとっては驚きの連続だろうから覚悟しておいてね♪」
悪戯っ子のように微笑みながらユメカが肩掛け鞄から金色の金属のプレートを取り出した。
余談だがユメカの黒い鞄には幾つもの可愛らしいイラストの入った缶バッジが飾られている、聞くとそれもレイミアのグッズとのことだった。
「さあ、扉よ開け!」
その声に呼応してふたりの額窓が出現する。
『確認 昇世するのはこの二名で間違いないですか?』
どこからか柔らかな声が聞こえる、おそらくこの門に関わるものの声なのだとセイガは思った。
「はい、大丈夫です」
『最終確認、準備の方は宜しいですか?』
ユメカはセイガを見、セイガも軽く頷く。
「はい、それも大丈夫です☆」
『それでは昇世を開始します カウント10…9…』
門の周りが光り輝く、本格的に起動したのだろう。
心臓が高鳴るのが分かる、テレポートは体験したが今度は別の世界に行くのだ…最早想像も出来ない。
『5…4…』
隣のユメカを見る、笑顔だ、ワクワクを隠しきれないような笑顔だ。
『1…0』
光がふたりを完全に包み込む。
『それでは、良い旅路を』
そして世界はかたちを失った。
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