第14話

 その翌日、セイガは演舞場にやってきた。

 ユメカから話したいことがあると呼ばれたのだ。

 午前中の淡い陽光が注ぐ白いステージはとても爽やかで、そこに立って広がる観客席を見渡すとなんともいえない高揚感があった。

 野外とはいえ、ステージ側には屋根もあるのでとても居心地がよくセイガもお気に入りの場所になりつつあった。

 ユメカに薦められた曲でも口ずさんでみようかと思った時、ちょうど彼女が現れてセイガは少しだけ胸が鳴った。

「ごめーん、私から誘っておいて遅れちゃったね」

 入口からタンタンと階段を降りていく小気味よい足音

「いえいえ、俺も今来たところだから大丈夫」

 ユメカの長い髪が揺れる、毛先に色をつけているので赤い子兎が踊るような可愛らしさがあった。

「それにしてもユメカの方から話があるなんて驚いた…もしかして何かあったのか?」

 ユメカの方から時間を決めて会うということは今まで無かったので少し心配や何やらで昨晩はあまり眠れなかったのだ。

「うふふっ、そこまで重い話じゃないから安心していいよ」

「それは良かった、ユメカが心配だったから」

 つい正直に話してしまった。

「…それより、今日の話はちょっと長くなるかもだから座って話そっ」

 そうしてふたりは客席に並んで座った、目の前にあるステージは当然誰もいない。

「あー、まずはアレです。セイガってライブは知ってる?」

 足をふりふりと動かしながらユメカ

「らいぶ?」

「歌や演奏や踊りをね、みんなで見に行くの」

「ええと…なんとなく分かってきました」

 セイガの脳内では街の広場で人を集めて歌う旅芸人の姿があった。

「うん、それで例えばこの前話したレイミアさんなんかもライブをするわけなのです」 

 今日のユメカは妙にかしこまっているようだった。

「ふむふむ、それは楽しそうだね」

 セイガはそんな風に思いつつ軽く相槌を打ったつもりだったのだが。

「そう!ものすっごく楽しいのライブは!勿論歌を聴くだけならいい環境で録音してノイズを取った物の方が綺麗だけれど、ライブは目の前のその瞬間の生の演奏、そして歌声を直接感じられるんだ!自分と歌い手、バンドのメンバー、さらに観客やスタッフを巻き込んでの一体感、コレはライブじゃないと味わえないのよね、たまには失敗やアクシデントもあるけどそれすら愛おしいし同じセトリでも会場や時間によって様変わりするから何回来たって楽しめる…そうそれがライブなのっ!!」

 何かのスイッチが入ったのか、ユメカは興奮しながら一気にまくし立てたのだった。

「ええと…せとり?」

『世界構成力』のお陰である程度内容が入るとはいえ、セイガには知らない情報が多かった。

「セトリはセットリスト、ライブでやる曲の順番を表したもの、かな」

「なるほどです」

 ライブとは、とにかく凄いものだとセイガは感じた。

「…ライブの楽しさを語るともっと長くなっちゃうから話を戻すとね、私の大好きなレイミアさんも近いうちに大きなライブをするのです」

 息を整えながら語るユメカは、セイガから見て少しだけ眩しく映った。

「…そんなに楽しいなら俺も行ってみ」

「そう!ライブは勿論一人もいいけど気の合う仲間とか好きで繋がったファン同士と一緒に参加するのも最高なの!一人でならより推しとの共有が強く感じられるし友達が傍にいればライブ中やその後で感想が言い合えるしとにかく参加者全員にとってライブは素晴らしい思い出になる…それがライブの醍醐味なのよ!」

「…はい」

 ユメカの勢いに完全に敗北した気分のセイガだった。

「ゴメン、ついハイになってしまいました。でもセイガもレイミアさんのライブ…本当に行ってみたい?」

 伺うようにユメカがみつめる。

「はい、以前借りた歌もとても良かったし俺も参加できるなら。でも確か彼女は他の世界にいると前に言って…あ」

「気づいたかな? レイミアさんは枝世界にいるから…鍵とチケットさえあれば見に行くコトができるのです!そしてコレがチケット!」

 バーンとユメカの繰り出された手には2枚の板片があった。

「鍵の方は既にふたり分学園に申請中だからこれでセイガも念願の枝世界に行って、さらにライブに参加できるわけです」

 その準備の良さに素直に感心するセイガだった。

「ありがとう、ユメカは本当に凄いな」

「まあ、もともとこのライブには行くつもりで…セイガも良かったらどうかなと思ったからで…そんなにスゴくはないよ?」

 ふたりの目の前には演舞場のステージがあった、誰もいないのに何故かきらきらとしたものをセイガは感じていた。

 その視界の中にユメカが入り込み、ゆっくりと1枚のチケットを差し出した。

「それじゃあ、今度はこのライブ(冒険)に一緒に行こうね♪」

「はい」

「ちなみに今回はふたりだけになるけれどコレは別に他意はありません」

「はい?」

 チケットを立ちながら素直に受け取るが、最後の一言はちょっと考えないようにしたのだった。


 その後、予定とか準備とかお互いに確認して数刻、ふたりが演舞場から建物内に戻った時、廊下の先の教室から人の気配を感じた。

 それ自体は大したことは無いのだが、不思議とふたりとも不穏な予感を抱いたのでそっと近付いてみた。

「げっ、やっぱりベレスだ」

 いわんやそこには自称妖精のベレスともう一人意外な人物がいた。

「どうもどうもおふたりさん、もしかして事後ですか?」

「こら」

 思いっきり背を伸ばしたユメカにぽこりと叩かれる長身の男性、エンデルクのお供で確か名は

「テヌートさん、でしたっけ?」

「そうですよ、因みに『音を保って』という意味です♪あと僕達は事前なので邪魔はしないで貰えると幸いです」

 テヌートは、はぐらかすようにユメカから離れた。

「冗談はいいから、一体何してたの?このふたりだと悪い予感しかしないけど」

 確かにセイガにはこのふたりの接点が分からなかったが、なんとも良くない空気を感じることはできた。

「うっさいなぁ、俺様達のことを詮索されるいわれはないわい」

「単純な情報交換ですよ」

 テヌートがあっさりバラした。

「ちょいちょーい、テヌートお前」

「別に内容まで言わなければ問題ないでしょう?ベレスは元々情報屋ですし、僕もその『真価』から情報収集は得意な方なのでこうして有益な情報を共有しているわけですよ」

 そういいながらテヌートはセイガの肩をポンポンと叩いた。

 途端、少しだけ違和感を感じる。

「ふむふむ…今度の週末は枝世界でデートですか、それはそれは微笑ましいですね♪」

 まさかの言葉にセイガは身構えた、しかしユメカがやんわりとそれを後ろから止めたのだった。

「もう、悪趣味なんだから…コイツの『真価』は『侵』で触れた相手の情報や能力に干渉できるの」

「失礼しました、代わりと言ってはなんですがこちらの情報をどうぞ」

 大きく慇懃に頭を下げてから、テヌートはユメカに何かを与えたようだった、ユメカは額窓ステータスを見ながらふむむと頷く。

「うん、これでチャラにしてあげる…セイガもいいかな?コイツは別に悪気があってやったわけじゃあなくて…元々こういう人間なの」

「ああ、俺は気にしていないよ。そもそも俺が簡単に情報を取られたのは油断があったから…『世界構成力』が高ければそうはならなかった」

「ほう、ここに来たのが浅い割には結構勉強してますね」

 テヌートの『侵』も万能ではない、それより高い能力で防ぐかそもそも『世界構成力』が高い相手には殆ど効果を発揮しないのだ。

「俺様の邪魔はもういいだろ?さっさと消えろよ」

 ベレスは地団太を踏みながら苛立っていたが、4人の中で一番小さいのでその姿はやや滑稽だった。

「うるさいなぁ、別にアンタたちのコトに興味は無いけれど悪さはしちゃダメだからね」

 ユメカが悪さをしそうなふたりに指を突き立てる。

「勿論、重々承知してますよ。それに一部嘘情報を交えているのでご安心を」

「はぁ!?それはホントかテヌート、おいどれが嘘なんだよおい」

「さぁ、それは秘密です♪」

「いや待てぃ、じゃあこれから話すのも」

「さぁ、どうでしょうねぇ?」

「じゃあコッチも嘘情報を話してやる…ってそんなん考えてないわい」

「はっはっはっ、ちなみに先日あなたから貰った次元城の情報はハズレだったので1ペナですからね」

「アレはあくまで噂だと言ったろうが」

「1ペナ、ですよ♪」

 柔らかな表情だったが、底知れぬ圧力を感じる笑みだった。

「うー、こうなったら実力行使やー!」

 ベレスが自白作用のある毒手でテヌートを掴もうとした。

「あぶないっ」

「大丈夫ですよ?」

 ユメカが声を上げたが、当の本人は穏やかに返答した。

 見ると、いつの間にかテヌートは細身の剣、レイピアを抜いており、しかもベレスの指と指の間に刃が差し込まれていた…これ以上手を出せば容赦はしない…そう警告するように…

「ぬわっ」

 ベレスは観念したのかゆっくり毒手を戻して縮こまった。

 セイガにもその動きは捉えられなかった、どうやらテヌートは非戦闘要員などではなく見立て以上に剣の腕がある、それだけは分かった。

「おイタはダメですよぅ…これで2ペナですね♪」

「あーもーっ」

「3ペナで大変なことが起きますのでご注意を(笑)」

 そんな風にグダグダに言い合うふたりを尻目にセイガとユメカは教室を去った。


「ユメカさま、わたし…ぷんすこですよぅ」

 ルーシアはちいさな頬を膨らませている、珍しく怒っているようだ。

 真っすぐ下した長い緑の髪がぬるりとなびく。

「ゴメンね、ルーシアには前もって連絡したかったんだけど額窓に繋がらなくて…つい」

 ユメカが肩をすくめながら謝った。

 ここはユメカがお気に入りにしている洋服店の中、ライブの前に服を新しく買おうと訪れたのだが、そこで偶然ルーシアに会ったのだ。

 ついつい長話をしているうちに、枝世界にライブに行く話になったのだが…

「わたしもさそってほしかったです…」

 ユメカはルーシアのことをすっかり忘れていたのだ。

「じげんじょうにいて、ユメカさまと話せなかったのはしかたないです、あのあと不在つうちもあったので事情はおはなししましたが」

 ユメカもルーシアと連絡が取れずとても心配だったが翌日無事に返事があって嬉しかったのだ…安心して気が抜けたのか連絡の本題、枝世界に行く話を説明しなかったというのがその顛末だった。

「本当に今回はゴメンっ!必ず埋め合わせするから…」

 不注意とはいえ、大切な友達を悲しませてしまったことがユメカには本当につらかった。

「…ユメカさまはしようのないかたですね、こんかいはどうかセイガさまとたのしんできてくださいね」

 ルーシアもそれが分かったので、優しくそう告げた。

「ありがとう…ルーシア」

「セイガさまとのでーと、まちどおしいですね♪」

「で…うぁ、違うよルーシア、コレはデートではなくあくまでお友達同士のライブ観戦であってだね」

 ついつい動揺してしまうユメカだった。

「いっしょにらいぶをみるのですよね?」

「うん」

「いっしょにおしょくじもするのですよね?」

「うん…」

「あたらしくおようふくもよういするのですよね?」

「…うん」

「それってでーとですよ、わたし、しってます♪」

 えっへんとルーシアはささやかに胸を張った。

「ふむむ…でもそれで言うならルーシア『達』だって今デート中ってコトだよね?」

 そう言ってユメカは店の隅に憮然として立っているエンデルクを見やった、よく見るとルーシアもいつものメイド服、ではなく民族衣装にあるような文様を施した緑のワンピースを身に着けていた。

「これはただの褒美だ」

「はい、でーとですよ♪」

 それぞれ違う言葉が返ってきた。

「エンちゃんがごほうびなんて珍しいね」

「『エンちゃん』と呼ぶな、親しくするつもりならせめて『エンデ』と呼べ」

「え~~?だって『エンデ』だと『エンデルク』とほぼ変わらないんだもん、私『エンちゃん』という呼び方…好きだなぁ」

「…分かった、しかし公では使うなよ?」

「わはは、了解しました王様」

「おふたりはほんとうに仲がいいですね」

 不思議なことに、エンデルクはユメカに対してはいつもほど尊大ではなく、寧ろ親近感のようなものがあった。

「あ、そういえばこの前またテヌートが裏で妖しいコトしてたから今度エンちゃんから注意しておいた方がいいよ?」

 ユメカもこの美形には物怖じしないのか気安く話していた。

 ユメカから見ると、いつも3人でいるのが常だったのでテヌートがいないというのは凄く違和感があった。

「あれは好きにさせて問題ない、そもそも我が注意しても簡単に従う奴ではないからな」

「へ~そうなんだ、でもあのテヌートもエンちゃんの言うコトは聞いていた気がするけど」

「それは命令だからな、注意と命令は違う物だ」

「ふ~~ん…そういうものなんだね」

「テヌートさまはああみえて忠誠心はたかいのですよ?代々トレシア王家につかえてきた家系なのです」

 ひょこっとふたりの間に入り込んでルーシアが説明してくれた。

「私のいた世界だと家柄とか主従とかちょっと分かりにくいけど…そういう関係性も、イイね」

 金髪碧眼である美形の王とそれにかしずく長身、美形の従者…そんな光景をうふふと妄想しながらユメカはつぶやいた。

「何か良からぬ事を考えていないか?」

「いいえ?別にぃ?」

「まあせいぜいセイガと楽しんでくるのだな、あれはまだ枝世界には行った事がないのだろう」

「アレ?エンちゃんってばセイガのコト知ってるの?」

「何度か会っている、非力だが悪い男ではない」

「けっこうセイガさまのことはたかくかっておられるのですよ?わたしもセイガさまのおはなしをたくさんさせてもらいました」

 少しだけばつの悪そうな表情をするエンデルク、珍しい光景だったのでユメカは驚いた。

「それにしても何故ここに奴はいないのだ?」

「え?」

「どうせなら奴の服も見てやればいいではないか、何も言わないと当日に和服など着てくるやも知れんぞ?」

 たまに…セイガは学園に和服を来て来る日もあった。

「あ~確かに」

 自分の選んだ服を前もって見られるのは嫌だがもう大体決まったし、今から呼ぶのなら大丈夫だろう。

「そだね、セイガも呼んでみる♪」

 額窓を開く。

「あ、セイガ?」

『ユメカ?…どうかしたのかい?』

「うんとね…」

 そうして午後は4人で港町を回ったのだった。


 それから約束の日までの時間は、セイガにとって本当にあっという間に過ぎていった。

 セイガは鍛錬の間にもBGMとしてレイミアの曲を予習していた。

 食事をするときも、お風呂に入るときも、まだ見ぬ別の世界のことを思い浮かべ心躍らせていた。

 ユメカとふたりきり、今までもそんな場面はあったが、何を話したらいいか悩んだりもした。

 このワールドにきてまだ20日近く…毎日が変化と充実と驚きに満ち溢れていたが、この気持ちは初めてだった。

 温かく、ドキドキする…

 そして、約束の日が来た。

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