第13話
(どうしてこうなったんだろう…)とセイガは思っていた。
開放的な雰囲気の港街の食堂にセイガとユメカ、そしてレイチェルは来ていた。
白いテーブル、セイガの目の前、右にレイチェル左にユメカが並んで座っている…そして沈黙
元々は授業の後、セイガはふとした疑問があったのでレイチェルに話を聞きに行ったのた。
そういう意味では受講人数が少なかったのは幸いだった。
ユメカもその質問に興味を持ったようで、昼食も近いということでそれならばとレイチェルおすすめの港街の大衆食堂「オリゾンテ」に(テレポートで)やって来た。
そこまではよかったのだが、ウェイトレスさんに通された奥の個室、3人だけのその空間に於いて何故かセイガを問い詰めるように対面する女性ふたり…
妙な圧力がセイガを襲う、これは強敵に相対するのと同等…いやそれ以上かもしれない。
そんなセイガの緊張を知ってか知らずかふたりの女性は笑顔だった。
セイガは女性の笑顔が怖いと思ったのはおそらく初めてだった。
長い静寂…ユメカがにこりとしながら告げた。
「…ねぇ、どっちなの?」
セイガは答えられなかった。
というかどう答えていいか分からなかったのだ。
人間、その時々の決断がとても大切なことはセイガ自身よく分かっているつもりだ。
しかし優柔不断と言われようが容易に決めることが出来ないものだってある筈なのだ。
そうセイガが思い悩んでいるとレイチェルが微笑みながらここにきて初めて口を開いた。
「勿論セイガ君はこっちよね?」
こっち?レイチェルの自信を持ったような口振りにさらに混乱する。
「…私の方を選んで欲しいなぁ」
続いて瞳を潤ませながらユメカ、これは何かおかしい。
セイガはこれ以上苦しむのならいっそ自分の考えを伝えるべきだと判断した。
「俺はっ!」
「こっちのハンバーグセットよね♪」
「いやいや、スパゲティセットが私のオススメだよ☆」
…
「あの?」
ふたりの目の前には本日のランチメニュー、右がデミグラスソースのハンバーグとパン+サラダのセット、左がミートソースのスパゲティとハーフサイズのピザ+サラダのセットが並んでいた。
「はんばーぐ?すぱげてー?」
「…ぷぷっゴメンゴメン、まさかこんなにうまく引っ掛かるとは思わなかったよ」
ユメカが堪えきれず噴き出していた。
「実は店に入る直前にユメカさんとふたりでこっそり打合せしてたの、騙すような真似してごめんなさいね」
どうやら自分はからかわれたらしい、そのことにようやく気づいた。
「身に覚えもないのに女性ふたりから詰め寄られるとかちょっと面白いかなぁと思って…ホントゴメンね」
手を合わせて謝るユメカに対して…何となく身に覚えが無いとは言い切れなかったのは言わないことにする。
「それで結局どちらのメニューにするの?」
「あ…ええとはんばーぐの方で」
「やっぱりハンバーグかぁ…分かってはいたけどちょっと悔しいなぁ」
「ふふっ、それじゃあ給仕さんを呼ぶわね」
どうやら嵐は去ったようだった。
美味しそうな品々が並ぶ中、最初に話し出したのはレイチェルだった。
「ふたりは話しながら食事をするのはマナー的に嫌い?私は食べながらゆっくり会話するのが好きなのだけれど」
「俺は別に大丈夫ですよ」
「私も時と場合によるけど今は構わないです」
「それでは、セイガ君の質問について説明するわね、聞きながら食べててくれて結構よ」
フォークを教鞭のように軽く振って課外授業が始まった。
「セイガ君が聞きたかったのは枝世界についてよね。セイガ君はどれくらい枝世界の事は理解しているの?」
「ええと、俺達が元々いた世界で…それは沢山あるってことですよね…それがどれくらいあるのかとか、どうしてそんな沢山の世界があるって説明できるのか、が不思議です」
ハンバーグを運ぼうとしていた手が止まる、セイガにとって自分が前の世界で生きていたころは他にも世界があるなんて空想の話だった。
「そうね、それにはまず世界の区分から話しましょうね。元々は最上位の存在、時間も空間も超越した『真なる世界』があるの、これに関しては残念ながら私にも詳細は分からないのだけれどね。それに対して下位の世界が『枝世界』ここの管理者は一般的には神だと言われているわ」
神は世界の代行者なのか。
「枝世界は時系列によって分岐してまさに枝状に無数に広がるの、そしてその大元も無数に存在するからまさにその数は無限なのです」
「えっと、色んな世界が沢山あって、しかもそれがパラレルワールドのように幾つも分かれるってコトですよね、確か」
ユメカがフォローに回った、しかしセイガには「パラレルワールド」という概念がそもそも分かってなかったりする。
「そう、とにかく人間が想像できないくらいの枝世界が確かに存在するのです。ただし基本的に枝世界にいる存在は別の枝世界には行けないのでその存在を証明する事は出来ないわね」
「そうですよね」
「そして最後にこのワールド、ここは本来何て呼ばれていますか?」
セイガは少しだけ顔を光らせた。
「『もうひとつの真なる世界』です!」
「その通り、詳しい原理までは分かりませんが、この世界にいる存在は確かに枝世界を認知できます、何故なら…」
「ここから枝世界に行けるから!」
ユメカが先生のとっておきを奪う形で大きな声を上げた。
「行けるのか!?」
「そうです、ワールドからは枝世界への行き帰りが可能な上にここから枝世界を観測する事もできます」
「それでは自分がいた枝世界に帰ることもできるのですか?」
興奮するセイガ、ここで得た様々な経験を持って元の世界に帰ったら…それはとても凄いのではないか、だがそれを少し寂しそうな瞳で眺めながらレイチェルが説明を続けた。
「それは少し難しいですね、そもそも私達の大半は自分がいた世界とその時の記憶を覚えていません。もし全部思い出したとしても枝世界は無数に広がってますから『鍵』が合わない可能性が高いのです」
「鍵…ですか」
「そう、私達が特定の枝世界に行くためには鍵が必要なのです。観測して行きたい世界には行けるのですがそこが必ずしも自分が生きていた世界とは限らないのです」
「似ているけれど違う…とか?」
「或いは元は同じだったけれど分かれた世界とかですね、それと鍵で移動した場合、極力その世界に干渉しないよう決められています。特に自分及びそれに近しい人に会うのはご法度です」
「あ…そうなんですね」
ユメカがちょっと残念そうに呟いた、もしかしたら自分に会いたかったのかもしれない。
「大きな干渉が起きると枝世界はそこから分岐してしまうのです『干渉が起きて変化してしまった世界』と『干渉が起きなかった事にする世界』という風にですね」
「へぇ、そんなに簡単に世界って増えるんだぁ」
ユメカが感心したように呟いた。
「ただ、無数に増えるとはいえ故意に特定の人物が枝世界を増やすのは危険なのです、そのほんの些細な変化で世界に悪影響…下手したら崩壊を起こす事もあり得るのですから」
「崩壊…ということは世界が滅ぶという意味ですか?」
「そうです、無数にある枝世界とはいえ、そこに住む人にとっては唯一の大切な世界です、それを勝手に奪う事は許されない行為です」
「枝世界に行く時は色々気をつけなきゃってコトですね」
「ええ、枝世界に行く事自体は禁止されていませんし、寧ろ自らを高めるためにも行く事を私はおすすめします」
「俺…枝世界にも行ってみたいです」
そこまで聞いて、セイガは大いに興味を持っていた。
そしてそれを聞いたユメカは少し嬉しそうにしていた。
「ワールドってのは枝世界より上の存在なのですか?」
ユメカの質問にレイチェルはフォークを回す。
「う~ん…そのあたりは意見が分かれるのですよ、この世界には学園も含めて沢山の研究家がいますがまだ決定的な説はないそうです。ワールドは枝世界より下の次元の存在だという人もいますし」
「難しいんですね」
「私としては、上とか下とかではなく折角の『真価』であり『世界構成力』なのだからそれを活かしてこの世界で生活していければいいと思っています、そのための教師であり学園なのですから」
それがレイチェルが先生である理由でもあった。
「ありがとうございます。興味深い話を聞けて良かったです」
元の世界に帰れるかどうかはともかく、枝世界のことが分かったのは嬉しかった。
「ちゃんと理解できたのかにゃあ?」
からかうようにユメカ
「ええと…まだ分からないことも多いけど、凄く頑張ろうって気持ちにはなった。まずは枝世界にも行ってみたいな」
「そっかそっかぁそれはイイかもね」
何故かますます嬉しそうなユメカ
「それじゃあ課外授業はここまで…かな?せっかくだからドルチェも頼みましょ、ここのジェラートは絶品なのよ♪」
レイチェルはそう言うと店員を呼んだのだった。
ドアが開き、白い厨房服の女性が入ってきた。
「お客様…ご注文はアタイですか?」
「あらっリチア…もう料理の方はいいの?」
そう、彼女はこのオリゾンテのマスター、リチア・ファルネーゼ。
意志の強そうな金色の瞳、赤茶色の清潔なショートカット、肌は日焼けをして、さらにレイチェルと並んでも見劣りしないほどのスタイルを誇っていた。
「ああ、ひと段落ついたんでお得意さんに挨拶に来たのさ♪」
屈託なく笑う姿は少女のようだが、見た目は色々な意味でレイチェルと近い年齢に思えた。
「マスター、ご無沙汰してます♪」
「おお、ユメカじゃないか、最近アッチの方はどうなんだい?」
「はい、ぼちぼち続けてますよ~」
どうやらマスターはユメカとも知り合いらしい。
「それで…美女ふたりに囲まれたこの色男は誰なんだい、紹介しておくれよ」
興味津々のマスターにみつめられると妙に気恥ずかしくなるセイガだった。
「もう、冗談は言わないの…彼はセイガ君、少し前に再誕したばかりで私が先生としてよくしている子よ」
「聖河・ラムルです、よろしくお願いします」
座ったままだと失礼かと思い、直立してセイガは挨拶した。
「ははっ、面白そうな子だね。アタイはリチア・ファルネーゼ、ここオリゾンテで料理とか色々なものを提供しているモンだ、よろしくな♪」
そう言って手を差し伸べ、セイガも握手に応じた。
「マスター、ここはいいお店ですね」
セイガはユメカに倣ってマスターと呼ぶことにした、料理やお店の雰囲気もそうだが、建物自体や中の絵画、調度品それらがひとうひとつ独特でセイガはとても心地が良かったのだ。
例えば海辺を映す窓の反対側の壁には山と森の絵がそれぞれ飾ってあったりして不思議な調和を生み出していた。
「ほう、なかなか素直じゃないか、ここのモノは全部アタイが作っているからそう見えるのかもな」
大きく手を開き、マスターは部屋全体を示した、
「全部!? この絵もですか?」
「おう」
「そこの壺とか置物も?」
「おう♪」
面白そうにうんうんと頷くマスター
「ついでに言うとこの建屋の建築から、テーブルや椅子、制服や雑貨フロアの商品…全部マスターが作ったんだよ…スゴイよねぇ」
ユメカがまるで自分の手柄のように補足で説明してくれた。
「なんでもできる『真価』も凄いとは思うけどさ、アタイは全部自分で最初から作りたいんだよ、だからアタイの『真価』は『創』にしたってワケさ」
彼女の『創』は「材料を生み出す」力だった。
材料の定義は幅広く、場合によっては道具を最初から作ることも可能らしいが、彼女は極力手を加える前の物を生み出すのが好きとのことだった。
「それでもかなり強力な力よね」
「レイチェルには負けるよ…アタイはこうやって自分の店で自分のやりたいことをするのが性に合ってるんでね、強さとかはそこまで気にしてないのさ」
セイガには意外だったが、確かに強くなる、『真価』を高めることだけがこの世界の意味ではないのだと、人それぞれ願いや生き方は違うのだというのがひとつ分かった気がした。
「ところで、セイガは結局レイチェルとユメカ、どちらかとデキてるのかい?」
「…へ?」
あまりの質問に先程のことも思い出してかセイガは赤くなった。
「いや、付き合い長いからわかるけどレイチェルは結構セイガのコト好きだと思うしユメカだって…」
「キャーー、何を言ってるのリチア!」
これまた珍しくレイチェルが可愛らしい声を上げていた。
ユメカの方はやれやれ顔で
「マスター、恋バナとかホント大好きなのよ…もう私は慣れたけど…セイガも挨拶くらいに思っていていいよ?」
そう説明してくれたが、実はユメカも耳の所はちょっと赤くなっていたりした。
そうして、マスターに3人ともが振り回されたまま午後のひと時が過ぎたのだった。
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