第12話
第3章
あの冒険から幾数日がまたたく間に過ぎた。
このもうひとつの真なる世界、ワールドにも季節は存在するようで、昼間は少しずつ温かくなり、日の入りも伸びていた。
セイガにとってそれは鍛錬を続けるうえで好都合だった。
前回の冒険での反省点、それは巨大な敵や飛んでいる敵、モンスターがそれにあたるのだが、そういう特殊な相手と戦う上での技や経験の不足だった。
学園での戦闘訓練は主に生徒同士なので、自ずと人型で、身長も大きくても2m前後の相手だった。
勿論、中には空を飛ぶ者や、魔法やセイガの知らない道具を使う者もいたが、それでも戦い方は無意識に固まっていたのだろう。
ドラゴンとはじめて遭遇した時、うろたえて全く攻め手に欠けていたのがその証拠だった。
改めてセイガは自分の認識を広げつつ、新しい技、及び今までの技の強化を進めていた。
そもそも、『剣』にある技はどれも達人が編み出した奥義とも言えるものばかりなので、実のところセイガが使うそれは殆ど未完成なのだ。
戦闘訓練の先生に話を聞いたり、今まで以上に戦闘訓練での動きを考えてみたり、とにかく貪欲に活動した。
さらに、アンファングには愛着があったが、新たな別用途の剣も考案することにした。こちらは不慣れな点が多くてまだあくまで構想段階といったところか…出来ればアンファングと対となる長めの剣が欲しいと思っていた。
それからセイガは一度ヤミに会いに行っていた。白い魔物や別のモンスターと数回遭遇はしたが、準備も覚悟もあの頃とは違うセイガにとっては最早恐れるほどの敵ではなかった。
どうにか記憶とマッピングの末、最初にヤミと出会った広間まで辿り着き、大きな声で呼んでみたのだが残念ながらヤミは現れなかった。
もっと奥まで行くことも考えたが、想像以上にヤミの寝床は深かったのでその日は諦めて帰った。
それでも、いつかまた機会を見つけてヤミに会いに行こうとセイガは思っていたのだった。
ルーシアもまた、どうやら思うところがあったようで今まで以上に〈聖竜召喚〉について勉強しているそうだ。
それからエンデルクとテヌートと3人で何日か出掛けていた。
それは前に楽多堂で聞いた、次元城という場所だった。
どうも以前から予定していた探索のようでもし使えるようなら自らの居城にしたいとエンデルクは思っているそうだ。
前もって知っていたらセイガもお礼も含めて同行したかったのだが、それは仕方ない。
ユメカの話だと、帰ってきてからの3人はその関係性も含めてちょっとだけ印象が変わったとのことらしく、セイガは3人にまた会って話がしたいと思った。
そしてそんな中、ユメカは…
「あれ?珍しいじゃない、ユメカが戦闘訓練に顔を出すなんて」
膝小僧を抱える所謂体育座りをしているユメカを見つける声がした。
ここは学園の小演習場、学園にはその内外に多数の演習場がある。
海上や山林などの敷地外にある広域演習場が一番大きく、それから学園内で大規模な訓練を行う大演習場、簡単なレクチャーや室内での試合をする小演習場と続く。
そんな小演習場のひとつに、ユメカとキナさんはいた。
ふたりは笑いあってお互いの趣味の話をするくらい仲が良かったのだ。
「まあね、たまにはコッチもやってみようと思って…ね」
後ろでお団子状にまとめた髪を抑えながらユメカが立ち上がる。
今日のこの訓練では対人及びモンスターも想定した護身術を先生から教わっていた。
なのでこの日のユメカの服装は黄色いジャージ姿だった。
袖にラインが2本入ったそれはどちらかというと地味目でお洒落に気を遣うユメカにしては珍しい恰好である。
「うん、いいんじゃない?…心境の変化でもあったのかにゃあ?」
「ぬぬ…」
キナさんの方は黒い短パンに白いTシャツ姿で彼女の引き締まった筋肉が映えていた。
とにかく体格など色々なものががっしりとしている。
「わはは、基本は大事だよ。うちはここの先生の戦闘スタイルが好きで受けているけど初心者でも今回の訓練は充分役に立つはずだよ」
因みに件の先生は素手でドラゴンを投げるというので有名だった。
「でも…もう前半時点でくたくたなんですけど…へへ」
そう、今は訓練の合間…休憩の時間だった。
周りにも何人かのグループ、殆どが女子だが固まって談笑していた。
だからか場の雰囲気も殺伐としたものでは無く、なんとなく華やかな印象があった。
「でもユメカはダンスだってやってなかったっけ?」
「ダンスとは全然つかう筋肉がちがうよぅ」
「慣れてないだけだと思うけどね、ひょろひょろしてた最初の頃に比べたら体力はついたんじゃない?」
ルーシアほどではないが、キナさんとの付き合いも大分長い方だった。
この気さくで明るい友人は他に友達も多く、ユメカはすこし羨ましく思う時もあった。
「それにしても、セイガさんと少し前に戦ったんだけど彼、また凄く強くなったよね」
「へぇ~そうなんだ」
「以前から成長著しい感じだったけど、今は覚悟が違うというか…確実に自分の力の方向性が分かってきた風だった。会う度に戦い方も考えてきたり技の完成度も上げているようだしね」
「ふぅん…」
戦闘のことは詳しくないが、セイガが褒められると何となく嬉しいユメカだったが
「一緒に冒険に行った時にセイガさんにも何かあったのかしらねぇ♪」
からかわれているのはちっとも嬉しくなかった。
「さっきからちょくちょく突いてくるけどセイガとは別に何も無かったんだからね?」
「そうなの? でもうちとしてはユメカとセイガさんはかなり相性がいいと思うんだけどなぁ」
キナさんはそういう人を見るところは鋭い。
「勿論セイガとは仲がいいというか、友達として凄くいいけど…あーまた笑ってるぅ!」
「ふふ…いやいや、仲良きことは美しきかな。だよね」
「だからコレはたぶん恋愛感情じゃないもん、私どちらかといえば惚れっぽい方なんだからねっ」
あまりムキになるとエスカレートすると分かっていながらもつい声が大きくなるユメカだった。
「ごめんごめん、何となく事情は分かったけど…友達なら大事にしないと駄目だよ?」
「…うん、わかった」
「それにそうは言うけど、うちの場合も最初は友達だったんだよね」
「彼氏さんのコト?」
「そうそう♪」
キナさんから彼氏の話を何度も聞くので、実はユメカは直接会ったことは無いのだが、彼の可愛らしい性格やなれそめなど色々知っていた。
「うちもそうだったけど、人間どこでどんな恋に落ちるかなんて…自分でも分からないものだよ?」
「…それは理解してる…と思う」
そのまま流石に他の生徒の目が気になったのかふたりとも静かになった。
「あ、因みにセイガさんとの戦績は6勝1分けね」
「うわー流石キナさんだ、鬼強いね」
「鬼だからね」
苦笑しながらキナさんは頭のてっぺんにひっそり生えている白い角を軽く撫でた。
彼女は古来から続く鬼の一族の出身で、このユメカとのやり取りもお馴染みのものだ。
そして彼女は身体能力もずば抜けている上に、妖力も高く魔法斧士として学園内でもかなりの実力を誇っていたのだった。
「うふふっ、でもセイガ結構悔しがってるんじゃない?」
「う~ん、彼もの凄く真面目だから見えるところでは試合の展開とか反省点とか清々しく話し掛けてくるよ?」
「わかる気がする…でもそれと同時に悔しい気持ちも結構強いはずだよ、セイガあれで負けず嫌いな面もあるから」
遠くの何処かでセイガがくしゃみをするのを想像しながらユメカはそう付け加えた。
キナさんは(そういうとこやぞ?)と思ったが流石にもう言わないことにした。
代わりに
「…ああ、話は変わるけど意外とユメカは色々と目をつけられているから気を付けた方がいいよ?」
そう注意した。
「ええっ?やめてよそういうの…実はさっきから変な視線を感じてるんだから」
ユメカはきょろきょろと周りを見渡した、この訓練は女性(に類するもの)向けなのであまり気にしていなかったのだが…確かに何か濃密というかチクチクするような妙な気配は感じていたのだ。
一方のキナさんはとある方向に一度目を向けてから軽くウインクした。
それだけで周りの数人が色めき立ったが、ひとりだけは狼狽えていた。
「まあ、アレはヘタレなんで実害はないと思うけどね、やっぱり気にしなくていいよ?」
「だからぁ~私かなり『気にしぃ』なのキナさん知ってるでしょ!ただでさえキナさんは占いとかすごく得意だし」
「それはあんがと、あ…そういえば今朝の占術でユメカは…」
キナさんがやや困った顔をした。
「ちょっ、もうこれ以上不安にさせないでよっ」
「ごめんて、ホラそろそろ後半戦はじまるよ~♪」
「もぅーー」
そんなこんなで後半の訓練には全然身が入らなかったユメカだった。
そんな穏やかな時間が続いていたある日の授業前、セイガが席についているとそれに気づいて声を掛ける者がいた。
「こんにちは♪ おとなりいいかな?」
ユメカだった、軽く首を横にするとサイドに束ねた長い髪が流れる…今日の服装はチェック柄の短めのスカートに、独特な紺色のジャケット、所謂ブレザー姿だった。
「ああ、勿論」
セイガはその制服を知らなかったが、スカートがいつもより短めだったので無造作に椅子に座るその様子にどきりとしていた。
なんだか見たいけれど見てはいけない気分だったのだ。
「ええと、今日の恰好はその…可愛らしいね」
「ホント?…へへっ、ありがと♪」
本当は気まずさを隠すために口にした言葉だったが、ユメカがとても喜んでくれたのがセイガには意外だった。
「そっかセイガはJKスタイルが好きなのかな?まあ私もまだまだ現役でいけるもんね☆」
指先を顎につけてむふふと微笑む。
「それにしてもユメカがレイチェル先生の授業を受けるのは珍しいね」
レイチェルの授業はワールドの基本知識を扱うものが多く、ある程度生活した者にはあまり有益ではないものだ。
しかし彼女の授業はいつも人が絶えない。
おそらく彼女自身に要因があるのだが…
「うん、今日は私もあまり覚えてない内容だったから来たんだ♪…てっきりこの時間だと座る場所にも苦労すると思ったんだけど」
不思議と今日はいつもよりは人が少なかった。
「そうだね、たまにこんな日もあるのだが…何故だろう?」
因みにセイガの方はレイチェルの授業は皆勤である。
まだワールドに来て日が浅いのもあるが、やはり初めて会った先生なので全部受けたいという心情が大きかった。
「えへっ…まあいい場所に座れたしいっか…ほら授業始まるよ♪」
丁度レイチェルが入ってきた。
「生徒の皆さん、おはようございます♪」
この日の服装は肩を出したニットのセーターにロングスカートだった。
今日はここ数日より少しだけ肌寒かったからだろうか。
「…ああ、なんかわかった気がする」
「何が?」
「この授業の人が少ない理由…多分『絶対領域』だ」
「『絶対領域』?先生の能力が起因しているのか?」
苦笑しながら語るユメカの言葉の意味がセイガには分からなかった。
「あ、そっちじゃなくてね…レイチェル先生は普段ミニスカートにタイツ姿が多いでしょ?その隙間の部分を絶対領域というの…ホラ、ちょっといいじゃん?」
自分の太腿を指差した、ユメカもこの日は黒いタイツだったので、そこには魅惑的な絶対領域が広がっていた。
「…そうだな」
やはり凝視してはいけない…でも
「それでその能力と服装を掛けてレイチェル先生には『絶対領域の女』って異名がつけられてるんだよ。その先生のファンがいつも授業には出てるけれど」
「今日の服装はそうではないからいつもよりは人が少ないわけだ」
「そゆコト」
ついユメカの足を見ながらセイガは話していた。
どうやらレイチェル先生に関するファンの情報網は凄いらしい。
「はいふたりとも~
*小声で(そんな分析は要りませんから)
ちゃんと先生の話を聞いてくださいね~♪」
にっこり顔のレイチェルによって会話は途切れたのだった。
「さて、本日は『世界構成力』、略して『せりょく』のお話です。よくわかってない方も多いと思いますが生活から戦闘まで色々な事象の根幹になる要素なので改めて学ぶのもいいと思います」
レイチェルはそう言うと、正面のモニターにある言葉を書いた。
「なんて書いたかわかる人は手を挙げてください」
セイガには全く分からない文字だった、横を見るとユメカも手を挙げていない。
教室には数名、手を挙げている者がいるくらいだった。
「そうですね、今手を挙げた方は多分私と同じか近い言語形態を持つ世界の出身なのだと思います…続いて」
レイチェルがもう一度その言葉に触れる、すると文字自体は変わっていないのにセイガにはそこに『世界構成力』と書かれていることが理解できたのだ。
「これが『世界構成力』です、『世界構成力』とは異なる世界で自分の世界の力を構成するための概念であり能力です。この言葉、最初に書いた時は敢えて『世界構成力』を極力入れませんでした、一方今は私の『世界構成力』を込めたので皆さんにも読む事が可能になったのです」
教室が少しざわつく、セイガも分かったような…しかしまだちょっと自信がなかった。
「皆さんがいた世界…枝世界は無数に存在します。そしてひとつの世界の中でも住む場所によって言語や習慣が違うように世界によって物事の在り方も全然変わります。例えば魔法、これは世界によって原理が違ったりそもそも存在しない世界だってあります」
正面のモニターに地球のような球体が幾つか浮かび、それぞれが違う情報を流していた。
「そしてこのワールド、皆さんのいたそれぞれの世界とは違うのに皆さんは以前とほとんど変わりなく生活できていますね、それは各自の『世界構成力』によって前にいた世界の力をこのワールドでも構成しているからなのです」
今度はモニターに人と人が現れた。
「同様に私達が世界を隔てても交流できるのはお互いの『世界構成力』によって調和が取られているからなのです」
そしてレイチェルは生徒たちに向き直る。
「もし難しいようでしたら、違う世界と自分の世界を結びつけるモノという風に覚えていてもらえるといいですね」
そう笑い掛けた。
「なるほど…前にユメカが言っていた違和感なく言葉が通じるというのは『世界構成力』のあるなしだったのか」
初めてユメカに逢った時のことだ。
「そゆコト♪違う世界の人とは『世界構成力』を使わないとダメだけどセイガと普通にしゃべれるのはきっと似た世界だったんだね、私達」
改めて、自分とユメカが近い世界なのを感じて嬉しいセイガだった。
「そして異なる世界というのはこのワールドだけでなく枝世界にも適用されます。もし皆さんが枝世界に行ったとして、勿論そこでも同じように『世界構成力』によって自分が今持っている力が行使できるのです」
「魔法が使えない世界でも魔法が使える…」
セイガが呟いた。
「その通り、皆さんはその世界の理に縛られない存在なのです…それはもしかしたら全ての人類が持つものなのかもしれませんね」
少し寂しそうにレイチェルはそう締めくくった。
一方セイガは少し不思議そうな面持ちだった。
「続いて『世界構成力』と戦闘との関連性について説明します」
そうしてレイチェルの授業は続いていった。
しかし、セイガの許容量はこのあたりが限界だったので、ここでは割愛させていただきます。
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