第10話

 射程外に逃れていたセイガが野ドラゴンのいた場所に近付くと、地面に何かが落ちていた。

 額窓ステータス越しに見てみると、「ファイアドラゴンの牙」とあった。

「わは、ドロップアイテムだね、運がいいかも」

 傍にいたユメカが説明してくれた。

「これはモンスターと戦って途中で奪ったり最後消滅したトキにたまに手に入るアイテムのコトなのだ、素材になったりそのまま使用したり出来る、なんていうか報酬みたいなモノかな?」

 ユメカがその白い牙を手に取る、唾液等のぬめりはなくキラキラとして宝石のような感じがしていた。

「おふたりとも~おまたせです~」

 説明が終わったと同じ頃、ルーシアがとてとてと歩いてきた。

「3人揃ったね…まずはお疲れさまでした。とはいえ他のモンスターに遭遇する前に態勢を整えないといけないのだが…」

 セイガが周囲を見渡す。

 燃える木の森は茂みなど隠れる場所はあるが、一時休めるような場所には乏しい…目の前に火の海があるのも熱くないとはいえ今はなんとなく心休まない…

「それならちょっと考えがあるよっ」

 ユメカが先程最初に聖竜を呼び出した、すこし窪んだすり鉢状の場所まで来てみた。

「ここに大きめのシールドを作ります」

 窪地を覆うように青いシールドが展開された。

「そして…みんなっ周りの落ち葉を撒いていこう!」

 水を掛け合うように落ち葉を降らせると、丁度良い大きさのテントが出来上がった。多少盛り上がっているが外からは自然に見える。

「さあさあ、入ってみようよ♪」

 燃える木の葉も基本赤く光るが、シールドの光のお陰かあまり気にならなかった、入ってみると思ったよりは暗かったのでセイガはアンファングを取り出し照らした、そんな内部は想像以上に快適な空間だった。

「どうですか?コレなら何とかなりそうでしょ?」

 地面もシールドで覆われているのでユメカは腰を下ろした。

「すごいですユメカさま、…ゆっくりできますね」

 やはり疲れていただろうルーシアもぺたんと座った。

「さすがユメカ…だね!」

「あんまり褒められると照れちゃうにゃあ、昔から色んなアイディアを出すのは好きだからかな、流石に一晩中シールドをもたせるのは無理だけどコレでひとやすみできるよね」

 ほっとした3人をアンファングが下から照らす。

「それでは、これからどうするか考えましょう、単純に言えば、進むか戻るかですね」

 想像以上に森のモンスターは強かった。

「まずはルーシア、正直に言ってね、今どれくらい頑張れるの?」

 ユメカが優しくルーシアに話し掛けた、ルーシアが今後の冒険のカギになるからだ。

「そらをとんで帰るだけのちからはまだあります、ただそれに加えてせんとうをするとなると…あと1、2回くらいです」

「ホントに?ムリしてない?」

「はい~、聖竜さんのほうは疲れてないのでぜんぜんだいじょうぶですよ~…あ、わたしもだいじょうぶなのですよ?」

 ルーシアが明るく微笑む、その健気な姿にふたりは心配しながらも少しほっこりした。

「地図を見るともうすぐ大樹に着くと考えられる、まだ日が暮れるまでは時間があるとして、俺の意見としては戻るよりも大樹まで進んで、場合によってはそこで一晩休むのがいいと思います」

 セイガとしては出来るなら冒険を成功させたかった。

「う~ん、折角だから私も先には進みたいけれど…帰り道は本当に大丈夫かなぁ…」

 ユメカはやや不安げだった。

「わたし、上から見たときにおもったのですが、大樹のあるばしょはちょっとだけじめんがみえたので、上からかっくうしており立つのはむずかしかったけど、下から飛び上がるのはできるかもです」

 ルーシアの情報は明るいものだった。

「つまり大樹まで行ければ、帰りは森の中を戻らずに飛べるかも知れないのか?」

「それなら大樹に向かった方が安全だね♪」

「あう~、大樹にいってみないとわからないです…ごめんなさい」

 ルーシアはちょっと困ってしまっていた。

「俺も上から見ていたけれど、テントと調理場を作れるくらいの空地は確かにあったから少なくとも野営は出来るよ、それだけでも進んだ方がいいんじゃないかな」

「うん、私もセイガに賛成かなぁ」

「わたしも、セイガさまのきめたことなら従います♪」

 3人での初めての冒険、どうしても嬉しい結果にしたい…

「では、ここであと少し休憩した後、再び大樹まで向かいましょう。絶対におふたりは俺が守ります」

 迷いなくセイガはそう告げた、警戒中なのでやや小さい声だったがふたりの胸には充分に響いていた。

「それじゃ、お願いね♪」

「かしこまりました♪」

 静かなドームの中、3人はそうして英気を養ったのだった。


今まで以上に警戒しながら3人は森の中心部、大樹を目指した。

 何度か小型のモンスターをやり過ごしながら3人は遂に…

「コレは…想像以上に絶景だね」

 ユメカがまず声を上げた。

 夕映えにも負けないほど紅く、他の木々を圧倒する大きさと存在感、大火の熱量をもって、大樹はそびえていた。

 セイガもその大きさと存在に感動しながらもまず確認を取る。

「ルーシアはこの木の幹の部分が必要なんだよね」

 そう、ルーシアの目的はこの大樹の皮だった。

「はい、これでエンデルクさまの装備がかんせいします♪」

 確かに大樹からがこの森で一番質のいい樹皮を取り出せるだろう。

 ルーシアは目的の達成に安堵していた。

「高い方がいいとか低い方がいいとかあるのかなぁ?」

 ユメカがふとした疑問を口にした、もし上の方の幹ならば相当な体力が必要そうだったからだ。

「たしか根元の幹のほうが古くて価値があるそうですよ?」

 よく見ると根元の方は確かに何か所か剝がされたような跡があった。

「それなら大丈夫だね♪ 早速取りに行こう!私もアクセサリーとかなにか作ったりしようかなぁ」

 喜び勇んでユメカが大樹へと向かい、ルーシアも少し慌てて、とてとてと追いかけた。

 大樹の付近は思ったより開けていて、ふたりともすぐには到達しなかった、が

「ユメカ、離れて!!」

 突然セイガがふたりを制止した。

「ふえ?」

 ユメカが立ち止まり、セイガの視線の先…木の上を見てみると、それはいた。

 黒く堅い外皮を連ね、無数の赤い足が木の幹を捉えている。

 胴体は長く左右にくねり張り付いて、さらに黒い頭部には大きく鋭い牙があり、炯々けいけいと眼を光らせている。

 それは巨大な百足だった。

「わー、おっきい…って驚いている場合じゃなかった、ルーシア早く聖竜を呼んで…ってルーシア?」

 背後のルーシアを確認して怪訝そうに近付くユメカ、ルーシアは返答もせずプルプルと体を震わせていた。

「はぅ…わたしむしは…ムカデはだめなのれす…っっ」

 ただでさえ、苦手なのにこの巨大で恐怖をもたらす姿…

 刹那失神するルーシアを寸でのところでユメカが抱きとめた。

「今行きます!」

 敵を見上げながらセイガがふたりに駆け寄る、大百足は大樹の中ほどであるその場から動かない…不気味に足だけを蠢かせていた。

「ユメカ、大丈夫ですか?」

 セイガも正直、巨大な虫の姿には恐れるものがあった…あまり戦いたくはないという気持ちだ。

「うん♪ 私は虫大好きだし、大きいのはビックリしたけれどちょっとカッコいいよね。ひとまずこの子は『ムカデローン』と呼ぼう」

 ユメカは思った以上に冷静というか、妙に楽しそうだった。

「それより…ルーシアはちょっと戦闘、無理そうだけれどセイガの方こそ大丈夫?」

「はい、何とかします、ユメカはルーシアと一緒に後ろに下がっていてください」

 アンファングを取り出すタイミングを見計らいながらセイガ

「わかった、それじゃ離れたら個人用シールドを張るね、コレはダメージを受けると青から黄、赤に色が変わるの、赤になったらほぼ切れかけだから注意してね」

 ルーシアを両手で持ち上げてそろりそろりとユメカが離れていく。

 ムカデローンはまだ動かない、牙をカチカチと鳴らすだけだ。

 充分な距離ふたりは離れて、ユメカはルーシアを横たわらせる。

 セイガの体の表面をまるまる包むように青い光が現れた。

「おお、これなら武器を持っていても大丈夫だ」

 いつもユメカが使っている壁のようなシールドしか知らなかったのでセイガは感心していた。

「さあ…参るぞ、ムカデローン!」

 セイガが半身になりアンファングを取り出す。『剣』の文字が浮かび、アンファングをさらに光らせる。

 その闘気を感じたのか、ムカデローンは自由落下しながらセイガを目掛けて襲い掛かってきた。

「うわぁぁ」

 大きく横跳びしてその攻撃を何とか躱す。

 ムカデローンはぐるりとその体躯をうねらせるとセイガにワサワサと向かってきた。

 牙だけは喰らわないよう避けながら足を薙ぎ払う、1本は切るがその直後別の足がぶつかりセイガはゴロゴロと地面を転がった。

「…思ったより痛くない、これがシールドの効果か」

 シールドはまだ青い、ひとまず安堵した。

「セイガっまた来るよ!」

 ユメカの言う通りムカデローンは旋回すると再びセイガに向かってきた、このまま交差を繰り返すばかりでは勝機が見えない。

 走って逃げるように大樹へと向かう。

「え?そっちは…ダメっ」

 幹に背を向けるようにしてムカデローンと対峙する、これではまるで壁に追い詰められたようだ。

 ムカデローンはゆっくりと逃げ道を塞ぐようにセイガににじり寄った。

「…今だっ」

 セイガは身体強化で大きくジャンプする、さらに背後の燃える木の幹を踏み台にして放物線を描きながら跳躍した。

 そしてムカデローンの背中に乗りその勢いのままムカデローンの体を突き刺した。

 暴れ狂う巨体、セイガは仰け反る外皮に叩かれ大きく飛ばされた。

「ぐはっ」

 受け身は何とか取れたが再び地面を転がる、見るとシールドは一気に赤くなっていた。

「もういっかい、全力でいくねっ!」

 ずっと様子を見ていたユメカが再びシールドを張ってくれ、その色は青く戻った。

(この戦法ならあるいは…)

 ユメカのフォローのお陰で少しだけ勝機が見えた気がした。

 遠くでぐるぐると蠢くムカデローンを睨みつける。

 しかし、ムカデローンはユメカの活躍に気付いたのか今立っているセイガの位置とはほぼ反対の場所に避難していたユメカとルーシアのいる方へと狙いを変えたのだった。

「そんなっ!」

 判断の遅れと位置関係のせいで今からではユメカ達のいる所まで間に合わない、それでもセイガはふたりを助けに走った。

 突進するムカデローン、ルーシアが倒れている以上ユメカは動けない、大きくシールドを立ててはいたが果たして…

(これは…まだ未完成だけどここで使うしか…ない!)

 ムカデローンがユメカ達の前にあるシールドに直撃して大きな音と火花が起きた。

「むぅぅぅっ!」

 ユメカの表情にも焦りの色が見える。

 セイガは走りながら両手を大上段に構えた、ようやく到達したそこはムカデローンの横側、数mの位置だった。

「ファスネイトスラッシュ!!」

 大きく振り下ろす、その剣撃は衝撃波となり一瞬で離れた位置にいるムカデローンの体を切り裂いた。

 地面を多数の足が叩き、ムカデローンは体をくねらせユメカから離れていった。

「無事かっユメカ!」

 ようやくユメカたちの下へセイガが到着する。

「な…なんとか、でもシールドはコレで打ち止めかも」

 ユメカも今ので全力を出し切った感じだった。

 ムカデローンは傷をうけ身悶えしているがまだ倒せてはいなかった。

(遠当てではやはりダメージが少ないか…)

 ユメカとルーシアを守るようにセイガはムカデローンに相対する。

 もう一度上段に構える、右足をやや前に置き、大きく息を吸う。

「いくぞ…精神を加速させろ」

 呪文のように呟く、そして弓を引くように力を溜めこむ。

 ムカデローンが持ち直したのかこちらを振り返る、声は無いが怒りが目に見えるようだった。

 そして勢いをつけてセイガ目掛けて一気に襲い掛かる。

 同時にセイガも矢が放たれたかのように大きく一足飛びでムカデローンの顔、つまり牙と牙の間に入る。

「!」

 大きく息をのむユメカ、そして…

 ムカデローンの体が半分に裂かれ、大地に落ちた。

 牙が挟みこまれる前にセイガの一撃、ファスネイトスラッシュが見事に決まったのだ。それはまさに間一髪の攻防だった。

「…ふぅ、危なかった」

 天を仰ぎ、大きく息を吸う、目の前でムカデローンは消滅していく。

 その時、上を見たセイガの視線の先…上空に見える大樹からもう一匹の大百足が落下するのが見えた。

 おそらく向こうは臨戦態勢である。

(ダメだ…これは流石に無理だ)

 セイガもまた力を殆ど使い切っていた、大百足がスローモーションのように落ちてくる、絶望と共に…

セイガは…ただふたりが逃げ延びてくれることだけを望んだ。

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