第9話

 10数分ほど森の小道を進むと、不意に視界が開けて、大きな湖が広がっていた。

「うわぁ、これもまた絶景だねっ」

 澄んだ水面が燃える木を対称に映して、赤い光が溢れている。

 そして雲一つない青空との対比もまた素晴らしかった。

「それでは、ここで予定通り昼食にしましょうか」

 セイガが静かな湖を見渡しながらそう告げた、たまたまなのかこの日は観光などで他に訪れる者はいなかった。

「はひ~、おなかぺっこぺこです♪」

「この場所を3人だけど、『ひとり占め』とか、凄く贅沢~」

 ほとりの適当な場所を見つけて、3人はお弁当を広げた。

「はい、サンドウィッチです♪」

 両手を広げたユメカ、この日の恰好は長い髪を後ろでまとめて、下は薄青いデニム地のパンツに柄の入ったスニーカー、上はゆったりとしたチュニックと動きやすさ重視のコーデだった。

「からあげくんもありますよ~」

 ルーシアの方はいつも通りのメイド服、ルーシア曰く、「これは制服だけではなく戦闘服なのです」とのことだった。この先、枝に引っ掛けないかセイガはちょっと不安だった。

「これは何ですか?はんばーぐがパンに挟まっているようですが」

「それは特製ハンバーガーだよ☆ 私の好きなもの全部入れです!」

 見ると他にもアボカドやチーズが挟んであった。

「はんばーぐがこんな風になるなんて…はんばーがー、素晴らしいです!」

 セイガは感激した。

「賞賛は食べてから言って欲しいかな、ではいただきます♪」

『いただきま~す』

 セイガは当然ハンバーガーを一番に取った、思い切り大きな口でほおばる…

「ん…コレは美味しいです!凄く美味しいですよ!」

「ありがとうっ…んーーっ、確かに今回はいい出来だわ」

 セイガは(レイチェル先生の作ったはんばーくと同じくらい美味しいです)と言いそうになったが、この表現はあまり良くない気がして口をつぐんだ。

「あれ?セイガ何かあった?」

「いえ、何でもないです。こちらの鶏の唐揚げも美味しいですね」

 最早『美味しい』しか出ないセイガだった。

「それはわたしが作ったのです」

「ルーシアはメイドをやっているだけあって料理も上手だよね~」

「料理はありがとうございます~でもユメカさま、それは違いますよ」

 何が違うのだろうか珍しくルーシアが口を尖らせた。

「わたしは乳母ナースなのです、そこはだいじなので覚えてくださいませ」

「あ、そうだった…ゴメンねルーシア」

 ユメカは素直に謝った、それにしても

「乳母というのは赤ちゃんを育てる人ですよね」

 セイガは不思議に思った。

「はい、お乳はあげられませんでしたがエンデルクさまが赤ん坊のときからずっとお世話をしてきました」

「エンデルク殿っ!?」

 確かに意味は繋がったが、セイガには理解出来なかった。

「あー、確かに初めて知ると驚くよね~ルーシアは私達とは違う種族なんだって」

「はい、聖竜族といいまして、みなさまよりはだいぶじゅみょうがながいようです、わたしはまだこどもですけれどおふたりよりはずっと年上なのですよ」

 やはりこの世界は驚くことばかりだと、セイガは痛感した。

「それでもよかったら、なかよくしてくださいね?」

「モチロン、そんなコトじゃ私達の友情は変わらないよ、ルーシアは初めて会った時からずっと大切な友達なんだから」

「ユメカさま…」

「俺も…驚いたけれどルーシアにはとても感謝しているし出来ればもっと仲良くなりたいと思ってる」

 セイガの正直な気持ちだった。

「セイガさま…ありがとうございます…おふたりともほんとうにやさしくて…であえてよかったです」

 ルーシアは少し涙ぐんでいた。

「さあさあ、ごはんを食べよっ、お茶もお菓子もさくらんぼも用意したんだから目いっぱい食べなきゃね♪」

「ええと、あまり食べ過ぎるとこれからの動きに支障が出るのでほどほどにお願いします」

「もう、セイガは真面目なんだから」

 そんなふたりの他愛のないやり取りを見て、くすくすと泣き笑いするルーシアだった。

「そういえば、俺もふたりにばかり料理を任せて申し訳ないと思って、お菓子を用意したのでした」

 セイガが自分の額窓からお菓子を取り出す、それは銀紙に包まれたちょっこっと御高そうなチョコレートだった。

『……』

 何やら変な空気がユメカとルーシアの間で流れた。

「…あれ?どうしましたか?」

「あの…確かユメカさまって…」

 ルーシアが言いにくそうな表情でユメカを見やる。

「えへへ……チョコ、嫌いだよ♪」

 ユメカが断言した、あまりに明るく言ったので一瞬意味が分からなかったセイガだが

「…ああっ、ごめんなさい知らなかったとはいえ失礼しました」

 即座に謝った。

「大丈夫大丈夫、珍しいもんねチョコが嫌いな人って、それにホワイトチョコなら平気だよ♪」

 セイガが手に持っていたのはビターチョコとホワイトチョコだった、ユメカはホワイトチョコの方を手に取り銀紙をめくるとパクリと食べた。

「んむ…ありがとうねセイガ」

「どうもです、女の子なら甘いものを用意すれば大丈夫だ思って楽多堂で少しいいものを購入したのだけど…安易でしたね」

 セイガにとってチョコレートは高級なお菓子の代表格だったのだ。

「楽多堂で?…上野下野こうずけしもつけさんったら私がチョコ苦手なの知っていてセイガに売ったんだ…あの人はもうっ」

「まあ、あの方も悪気は無かったと思うので、…多分その方が面白くなると考えたのでしょうね」

 セイガもだいぶ店主のことが分かってきたようだった。


 昼食を終え、3人はもう少しだけ休憩を楽しんだ。

 セイガは靴を脱ぎ足を湖に浸していた、丁度いい冷たさと静かな風が体を癒すようだった。

 一方、女子ふたりはまだおしゃべりを続けていた。

「でもルーシアってホント怒らないよね」

「そうですか?さすがにエンデルクさまを傷つけるようなかたにはおこりますよ?」

 乳母であるのもそうだが、やはりルーシアにとってエンデルクは特別な存在だった、それはユメカも知っていたので

「ああなるほど…流石にそれはダメだから言わないけれど、もし怒ったらどんな感じなの?マネでいいからやってみてよ」

 そう無茶ぶりをした。

「う~~ん、どうなんでしょう…」

 ルーシアが頭を押さえて思案している、そして思い切り顔を上げ

「ぷ、ぷんすこーー」

 捻り出したのはそんな可愛い表情(>_<)と声だった。

「くふっ、ははは可愛らしすぎるよぅ」

 ユメカはツボだったのか笑い転げる。

「そんなにわらっちゃだめです~ ぷんぷんすこですよー」

「もうダメっ ぷんぷんすこって!?」

「もっとおこったからぷんぷんぷんすこなんです~」

「!増えてるじゃないっ…そっか、ルーシアはそんな風に怒るんだね…うん、分かったよ…ぷっ」

 目頭を押さえ耐えながらも、つい笑ってしまうユメカだった。

「ユメカさま~もう~おこです~」

 それはそれは微笑ましい光景だった。


「さて、準備も整ったしそろそろ行こうか」

 3人は防火マントをそれぞれ羽織っていた、これは材質自体も耐火性があるが、さらに魔法で装備者の全身を守ってくれるという逸品である。

 楽多堂でのアドバイスを生かし、3人分購入したのだ。

「う~ん、大丈夫だとは思うんだけどコレで炎を浴びたくは無いかな」

 さすがにちょっと怖い、そんなユメカの考えも少し頷けた。

 湖より奥は道が舗装されていなく、獣道のような木々の隙間を歩く運びとなった、邪魔な草木は先頭のセイガが切って進む。

「…これは?」

 一瞬、違和感を感じた、それは残りのふたりも同じだった。

「どうやらけっかいをこえたようですね」

 ルーシアが一番感覚が鋭いのだろう、そう告げた。

「ということはここから奥はモンスターがいるんだね…ふと思ったのですが動物とモンスターは何が違うのでしょうか?」

 セイガにとってはあまり区別がつかなかったのだ。

「確か授業で聞いた話だと…この世界におけるモンスターというのは『自然の理に属してないモノ』のコトをいうんだって」

 人差し指を動かし、思い出しながらユメカがそう説明した。

「どうぶつさんはしぜんとともにいきていますが、モンスターは『作られたとか超常的に発生した存在』なのだそうですよ~」

 ルーシアがさらに説明を加えた、難しい言葉をよく知っているものだとセイガは感心していた。

 どうにもまだセイガはルーシアの幼い見た目に印象が引きずられているようだ。 

「だからモンスターは倒すと大体は消滅しちゃうんだって」

 セイガはヤミの寝床で倒した白い魔物のことを思い出していた。

「なるほど、ちょっと分かった気がします」

 森の入口の方では最初の兎をはじめ遠目に鹿や猪の姿もあった、つまり動物は結界の影響を受けなかったからいたのだ。

「…すこし、静かにしてください」

 もう何度目かになるが、一行は足を止めた。

 ここに至る前にも何度かモンスターらしき影があった、それは何とかこうやって隠れて気付かれずに進めた、セイガ達は出来ればモンスターとは極力戦わずに大樹まで向かうつもりだった。

 あまり連戦ともなると奥まで辿り着けるか分からなかったから最低限必要な分だけ戦う方法を取ったのである。

 そうして、やり過ごせるかどうか声を殺していると、かなり前方から大きな足音がした。

 これは相当大きい、目を凝らすと木々の間からでも判別できる巨体が確認出来た。

「うわ、あれドラゴンじゃない?」

 小声でユメカが言った、赤い鱗、トカゲのような顔に巨大な牙、四足歩行、翼は無いようだがあれは確かに

「野ドラゴンですね、かきゅうなのでレッサーかミドルというかんじです~かきゅうですが火炎のブレスは使えるのでちゅういです」

 一番詳しいであろうルーシアが説明した。

(ドラゴン…)

 外国の小説でしか聞いたことのない存在にセイガの胸は高鳴った。

 出来るなら戦って倒したい、そんな欲求が生まれたが安全第一で行くと決めたのでここは静かに通り過ぎるのを辛抱強く待つ。

 ところが、15mも近付いた頃だろうか、ドラゴンは大きく吠えると一気にセイガ達の方へ迫ってきたのだ。

「ダメだ、戦闘態勢! ルーシアは呼べそうなら聖竜を頼む!」

 セイガは剣を出し前に向かった。

 そして見たのは…咆哮に怯えて動けなくなった鹿を丸齧りするドラゴンの姿だった。

 そう、ドラゴンが見つけたのは鹿だったのだ。

「しまった!」

 ユメカとルーシアは召喚場所を探しに迂回していたがセイガはまんまとドラゴンの視界に入っていた。

「グワァァァァァァン」

 再びドラゴンが咆哮する、空気が鳴動してセイガを襲う。

「動きが…」

 セイガの体がぎこちなく震える、あの鳴き声は単純な音だけではなく動きを鈍らせる何かがあったのだ。

 セイガは身体強化で一気に後ろへ飛び退いた、そこは狭い空間で幾つか切り傷がついたが気にしている暇はない。

『今、ちょっと開けた場所を見つけたからルーシアが召喚はじめるね、あと1分程我慢して!』

 指向性のある声がセイガの耳に届く、ユメカの魔法だ。

 ドラゴンはセイガを睨む、自分の咆哮が効かなかったのが不満だったのか食事を邪魔されたからか怒っているように見えた。

「時間を…稼げるか?」

 大きく息を吸う、まずはこちらの攻撃が利くかどうか…セイガは間合いを詰め一撃を浴びせようとした。

 だが、息を吸ったのはセイガだけではなかった、ドラゴンは口元に炎を纏わせていた。

「くっ、間に合え!」

 大きな攻撃が来ることを感じたセイガはその前に突っ込み足を切りつけた、しかし鱗は想像以上に硬く大きなダメージにはなってない。

 そしてセイガの逃げざまにドラゴンは息を大きく吐く、同時に赤い炎が放射状に一面を覆いセイガに襲い掛かった。

「うわっ!」

 防火マントがその熱を防いだが、それでも多少焦げ付きも残る、これはあまり連続では喰らいたくない攻撃だった。

(近付かないとこちらの攻撃は当たらないし、ここは逃げの一手だ)

 間違ってもユメカ達のことを気付かれてはならない…セイガはその反対方向にゆっくりと歩く。

「ガァッ」

 ドラゴンは短く唸ると木々をものともせずに突進してきた。

 5m程の巨体が迫る、この状態では逃げきれない。

「よし、上だっ」

 自分の瞳を左手で隠し、アンファングの閃光を浴びせる。

 ドラゴンは眩しさに顔を左右に揺らす、しかし突進は止めない。

 セイガは射線上から少し外れた木まで歩くと身体強化を使ってドラゴンの体長よりも高い地点まで何とか登った。

(これで見失ってくれるといいのだが…)

 激しくなる息を何とか押し止めセイガはドラゴンを見る。

 ドラゴンはある程度突進してから止まった、おそらくセイガがいなくなったことに気付いたのだろう。

 嫌な時間が流れる…ドラゴンは左右を見回す…アンファングは常に光っているので既に消していた…忌々し気にドラゴンは尻尾を地面に叩きつける…その衝撃でセイガの立っていた枝がみしりと傾いだ。

「ガオオッ」

 ドラゴンはそのまま尻尾をセイガのいる木へ勢いよくぶつけた。

 木はあっさりと根元から折れ倒れる。

「こなくそぉ!」

 セイガは地面に落とされる前に大きくジャンプして茂みに飛び込んだ。

「痛っ」

 流石にダメージが大きい、セイガが呻く、ドラゴンが茂みに向かう。

 その時、青い熱線がそれを阻むように地面ごと薙ぎ払った。

「セイガさまっ、ぶじですか!?」

 ルーシアの聖竜がレーザー・ブレスを使ったのだ。

 木々の向こうから、狭そうに枝を払いながら翡翠色のドラゴン…聖竜が現れた。

 赤いドラゴンは怯まずに叫んだ。

「やはりこの野ドラゴンはかきゅうですね、分別がわかるなら格のちがいをしってにげだすのに…」

 ルーシアの冷静な声がする。

 野ドラゴンはセイガには目もくれず聖竜に突進した。

 聖竜は野ドラゴンよりさらに大きい、ただドラゴン達にとってはこの狭い場所での戦闘は苦手そうだった。

 聖竜は何とか野ドラゴンの突進からの嚙みつきを躱し、横から体をぶつけ跳ね飛ばした。

 野ドラゴンが大きく転がり、轟音が響く。

「セイガっ、セイガどこ!?」

 ユメカの声がする、セイガは何とか立ち上がると茂みから出た。

「…!、無事でよかった!怪我は…」

 ユメカは言葉を失った、かすり傷が殆どとはいえ、セイガは何処かで引っ掛けたのか防火マントも失くし、体中ボロボロだったのだ。

「早く治さないとっ」

 ユメカがようやく隣に来て、セイガに回復魔法を使った。

「ああ…痛みが消えていく…ありがとうユメカ」

「かすり傷ばかりで良かったよ、私‥大けがは治せないんだから」

 一方ドラゴン同士の戦いは思ったより長引いていた。

 翼やその巨体に対して木々が邪魔で聖竜が上手く動かせないのだ。残念ながら地の利は野ドラゴンにあった。 

「聖竜さん…ごめんなさい」

 召喚中は聖竜本体ではなくルーシアが全て動かしている、本来の聖竜ならこんな下級のドラゴンに負ける筈はないのだが、ルーシアはまだ聖竜の扱いに慣れていないのだった。

『ルーシア、大丈夫?』

「ユメカさま…あまりだいじょうぶではないです」

 ルーシアの声は弱弱しかった。

『今、なんとか隙を作るからレーザー・ブレスだっけ?を使う準備をしていてっ』

 ユメカの声に励まされ、ルーシアは再び闘志を起こした。

「ええぃ!」

 尻尾を振り回して野ドラゴンをいなす。野ドラゴンは再び振り返ると突進…出来なかった。

 野ドラゴンの背後、木が倒され開けた空間を切り裂いて、セイガが全力で野ドラゴンの背中をアンファングで突き刺したのだ。

 悶える野ドラゴン、横跳びして退避するセイガ、これならブレスが…

 しかし野ドラゴンもまたセイガを焼き払うためだったのか既にブレスを吐く準備をしていた。

 目が合う2体のドラゴン、それはほぼ同時にブレスを出した。

「つらぬけっ レーザー・ブレス!」

 先に野ドラゴンの炎が聖竜目掛けて放たれる。

 燃える木と同じ赤い光りの火…

 しかしそれは聖竜の青い光の奔流に比べたら児戯のようなものだった。

 炎をかき消し、そのまま野ドラゴンに向かった熱線は相手の体をまっすぐ貫いた。

 そして大きく後ろに倒れた野ドラゴンはさらさらと光を撒いて消滅したのだった。

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