第7話
街に入ってすぐ、商店街から少し外れた坂の上に、その店はあった。
見た目はただの民家に見えるが、表札には『
「ここですか、思ったよりこじんまりとした所ですね」
「うん、ここは本来店主のお家だからね、少し改装してお店にしたんだって言ってたよ」
どうやらユメカはここの店のことを良く知っているようだった。
「ごめんくださ~い、はいりますよ~」
呼び鈴などが無いのでユメカはそのまま入口のドアを開けた、靴を脱ぐための玄関があり、その先には廊下、カウンターが続いていた。
セイガにとっても何となく親近感がある店だった。
「はいはいあいてるよ~ってユメカさんかい、よく来たのぅ」
廊下の脇から、銀髪に紫の瞳の美形の男性が現れた、西洋風の面持ちだが作務衣に袢纏を羽織る姿が妙に似合っていた。
「おやおや男連れとはユメカさんも隅に置けないのじゃ」
「新しく出来た友達です~、セイガ、こちらは『
「聖河・ラムルです、よろしくお願いします」
セイガは深くお辞儀をした。
「あ~、そんなに畏まらんでもええよ、儂は上野下野、因みに上野が名字というわけではないので気を付けてなw」
何故か店主は妙に年寄ぶった言葉遣いだった。
年齢は30~40くらいに見えたのだが、ユメカが普通に接しているので、セイガは気にしないことにしてまずは要件を告げた。
「実は近く何処かに冒険に出たいと思っておりまして、その恰好な場所及び準備品を探しているのですが、ここで揃うでしょうか?」
「なるほどのう、それじゃちょっくら待っていなさい」
店主は奥に独りで向かうとゴソゴソと何かを探し始めた。
「ああ、暇じゃろうから客間で遊んでるといいよ」
「は~い♪おじゃましま~す」
ユメカはそう言うと先程まで店主が居た部屋に入って行った。
セイガもそれに続くと、部屋の中央には炬燵があった、それからよくわからない額縁状のものが二つと装置らしき箱状のものが沢山、それから幾つかある本棚には沢山の本が置いてあった。
趣味丸出しの部屋である。
「これは…なんだかすごいですね」
「でしょ♪」
ユメカは適当な本を手に取ると炬燵に入って読みだした。
「わはは」
早速笑っている。
セイガも倣って本棚の本を見て回る、面白そうなタイトルの小説を見つけたのでそれを読むことにした。
十数分ほど経っただろうか
「ほ~い、準備が出来たよ~」
店主の呼び声がした、しかしふたりとも本に夢中だったので反応が少し遅れてしまった。
「さて、これがこの周辺の地図じゃ」
先程のカウンターの台の上に羊皮紙の地図が広げられていた。
元々そこに置いてあった機械と思われる箱は脇に寄せられている。
縮尺はよく分からなかったが学園を中心に幅広く様々な場所が名前と共に描かれていた。
「マケドニア広平原…霊峰グランディア……ああ、ここは多分俺が最初にいた洞窟だ」
セイガが地図の一点を指差した。
「へぇ、どれどれ?」
ユメカが覗いて見ると洞窟はセイガたちの生活圏からはかなり離れているようだった、セイガはレイチェルのテレポートに感謝した。
「『ヤミの寝床』と書いてある…もしかして上野下野さんはヤミのことを知っているのですか?」
セイガは驚いた、学園の教師であるレイチェルもデータに無いと言っていたので知るものは殆どいないと思っていたのだ。
「…ああ、ごく稀にだが食べ物を食べにくるよ」
「それってもしかしてアイスですか!?」
「そうそう…どうやらお前さん、ヤミに会ったようじゃの」
「そうです、まさかヤミを知る人が他にいたなんて…」
「ヤミちゃんってセイガが洞窟で助けてもらったって女の子だよね」
一人蚊帳の外だったユメカが質問した。
「そうです、ずっと忙しかったけれど、今度機会を見つけて会いに行こうと思っています」
「ふむ、話がそれたがいい場所は見つかったかい?」
店主が話を戻した。
「そうですね…この次元城というのは?」
「ここは最近見つかった場所での、どうやら人は住んでいないようなのだが不思議な現象が多発しているらしい…例えば『その城の謎を知ってしまって帰ってきたものはいない』とかじゃな」
店主は後半わざと声色を変えてそう告げた。
「ええー、それはちょっと嫌かなぁ、もうちょっとピクニックにもなるような景色のいい場所がいいな」
「そうか、因みにルー嬢ちゃんは気に入ったようじゃよ、もしかしたら3人で行くつもりかもしれんの」
ルー嬢ちゃんが誰かはセイガには分からなかったが、セイガ的にはこの城は思っていたのと違ったのだった。
「俺としては、それなりに強いモンスターとかも生息していて、奥地にはお宝とか希少なものが手に入るような場所がいいです」
「ふむふむ…その条件を満たすスポットとしては…ちと遠いがここなんかどうじゃの」
店主は地図の一点を指し示した。
『…燃える木の森?』
セイガとユメカの声が重なった。
「ああ、燃える木というのは葉や幹に火が付いて燃えているような見た目じゃが、触れても熱くはないし燃え尽きることも無いという不思議な種類の木じゃの、それが一面中生えているのがこの森なのじゃよ」
「ふえぇ~、それはスゴく楽しそう! 見てみたいな」
まずはユメカが食いついた。
「ここの奥…森の中心部には野生のモンスターが結構いるらしく、さらに中央にある大樹の葉や皮は結構高値で取引されているのじゃ」
続いてセイガが食いついた。
「それはかなり冒険っぽいです、行く価値は大いにあります」
「距離的に日帰りはつらいかもしれんの」
「ああ、それならいい伝手があるからちょっと待ってて」
ユメカは
男ふたり、待ちぼうけになる。
「上野下野さん、あそこの本は凄いですね、感動しました」
「そうじゃろそうじゃろ、因みにこっちはもっと凄いぞ?」
店主に手招きされセイガは別室に入る、そこは壁中に本棚が並び、様々な本が収蔵されていた。
「これは素晴らしい! 今度また遊びに来てもいいですか?」
「モチのロンじゃよ、儂の趣味が分かってくれるのは嬉しいのう」
心の中で握手を交わすふたりであった。
「おまたせ~、3日後なら大丈夫だって…ってふたりとも何かあったの?みつめあったりして」
妙な雰囲気にユメカは首を傾げた。
「あとは幾つか道具があった方がいいじゃろうな、ロープとか懐中電灯とか…ああ、念のため防火マントもあった方がいいぞ?」
地図の脇には色んな道具が並んでいた。
「え? でも燃える木は熱くないんでしょ?」
ユメカは疑問を口にする。
「その通り、しかし逆にいうと本当の火と区別がつかないんじゃよ、あの森にはそれを利用した炎を使うモンスターが結構おるんじゃ」
「うわ、それは危険だね…因みに燃える木は本当の炎だと燃えるの?」
「それが燃える木は火耐性がもの凄く高いので燃えないんじゃよ、それもあって皮や葉は貴重品なのじゃ」
「なるほど…いい装備品が出来そうですね」
「まあ、そう言う訳じゃから、買っておいた方がええよ?充分安くしとくからな♪」
そうしてふたりは店主オススメの道具一式を購入したのだった。
「あ、そうだ…実は自転車が壊れたんで直して欲しいの」
ユメカが折り畳み自転車を取り出した、チェーンやペダルなど幾つかの箇所が壊れている。
「ありゃま、直すのは構わないんじゃが、帰りはどうするの?」
「あー、どうしよう…歩くしかないかなぁ」
帰りのことを考えていなかったのでユメカは思案した、そろそろ日が暮れる…夜に歩いて帰るのは嫌だった。
「直るまで代車として別の自転車を貸そうか?」
「ホントにっ? ありがとう上野下野さん…大好き♪」
「ぐはっ、ユメカさんの『声』で『大好き』頂きました…もうこの世に悔いはないわい」
店主は胸に手を当てたまま、大仰な仕草で倒れるふりをした。
「大げさだなぁ…それじゃ遠慮なくお借りします」
「良かったですね、ユメカさ…ごほん」
実はまだ、気を付けないと「さん」付けしてしまうセイガだった。
「それじゃ、またね♪」
「また機会があったら遊びに行きます」
「ほっほっほっ、気をつけて帰るんじゃぞ~」
店主に手を振られながら、少し大きめの自転車を借りて、ふたりは帰りの道を急いだ、もう日が落ちる。
ユメカが自転車を漕いで、その横をセイガが走る。
街ゆく人には少し奇異な目で見られながらもふたりは進み、長い坂道まで到達した。
「あーー、そっかコレがあったかぁ」
少し疲れた声でユメカ
「大丈夫ですか?」
セイガの方は息も乱れてない。
「迂回する手もあるんだけど、そっちはそっちで時間が掛かるんだ」
「それなら…俺が自転車を漕ぎましょうか?」
セイガが結構な提案をしてきた。
「え?それってふたり乗りってコト?」
「そう…なりますね、ユメカの動かすのを見ていて、おそらく自分でも漕ぐことが出来そうだと思ったので」
ユメカは考える、気恥ずかしさと疲れと時間とを考慮して。
「それじゃ、お願いしようかな♪」
セイガに自転車を任せる、ユメカは後ろの荷物置きに横向きでちょこんと座るとセイガの背中に手を回した。
セイガはその時はじめてユメカが恥ずかしそうに見えた意味を知った。
(ユメカさんの手…柔らかい…そしていい匂いがする)
体が熱くなるのを感じた、それを隠すように
「行きます!落ちないように気を付けてっ」
気合を入れてセイガは自転車を漕ぎだした、それは一気に加速して坂道を登り始める。
「わー、スゴイ、速い!」
ユメカが平地で乗るよりも速く、セイガは漕いでいる。同時にセイガの吐く息の激しさに気付く、ふたり乗りでやや急な坂道…相当な体力が必要なはずだ。
「大丈夫? もうちょっとゆっくりでもいいよ?」
「いえ、これもっ鍛錬になるのでっやらせてっ…くださいっ」
あくまで漕ぎ続けるセイガだった。
坂の終盤、セイガは集中力が切れかけていたのか、少しバランスを崩した。
「きゃっ」
ユメカはたまらず、落ちないようセイガに抱きつく。
何とか自転車は横転せずに進んだ。
「ごめっんなさい、大丈夫ですかっ?」
ユメカの横顔はセイガの背中に埋まっていた…恥ずかしくて離れることも出来ないが…このままもやばい…セイガの背中も相当熱くなっている…そっとユメカは顔を離して手を置きかえた。
「セイガ…体が熱いね」
そっと囁いた。
「はいっ、何かっ言いまっしたか?」
残念ながらセイガには聞こえなかったようだ。
「なんでもない! もうすぐ坂も終わるね!」
「そうですね、折角っだから…このままユメカのっ家まで送ります、指示してっください!」
坂が終わる、セイガはそのまま学園の方へと向かっていた。
「…ありがとう、それじゃあ正門まで~まずは行って!」
そうして指示を受けながらセイガはユメカを家まで届けたのだった。
自転車を降りるふたり、もう辺りは暗くなっていた。
ユメカの家はセイガの家よりは真新しい洋風の二階建てだった。
アーチ状の門がありそこにはウサギの彫刻が施されていた。
「ありがとう、ここでいいよ」
自転車を持ちながらユメカ
「はい、今日はお付き合い頂き本当にありがとうございました」
「3日後が楽しみだね♪ワクワクする」
「俺も興奮しています…ところで新たに一緒に行ってくれる方ってどなたですか?」
そう、今回はセイガとユメカ、そしてもう一人で行くことが決定したのだが、セイガはその三人目をまだ知らないのだった。
「それは当日まで、な・い・しょ☆ 移動手段は速いとはいえ出発は朝早いからお互い気をつけようね」
「わかりました、楽しみにしています…それではまた明日」
「うん、帰り道も気を付けてね」
手を振り別れる、(セイガは絶対にそんなコトしない)と思うけれど、まだ流石に自分の家に招くことは出来ないユメカだった。
そんな事情も知らずにセイガは新たな冒険への期待に胸を躍らせながら走って行ったのだった。
もう一つの真なる世界、その意味も分からず再誕したセイガは果たしてここで何を成すのだろうか?
それから、深淵とは何を意味するのだろうか?
わずかな準備期間、セイガは鍛錬に一層励み、ユメカは前日からお弁当作りに励んでいた。
そして、彼らのはじめての冒険の日がやってきた。
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