第6話

 次の日からも、セイガは積極的に授業や戦闘訓練に参加していた。

 周りの人達とも話す機会が増え、特にユメカに授業や食事、料理について色々教わることが多かった。

 学食で食べる時以外は自炊にチャレンジしたのだが、セイガはどうやら料理の経験が無かったらしい。

 だから教わりながら自分で新しく作るのが楽しかったのだ。

 戦闘訓練では今まで出会ったことのない様々な『真価ワース』を持った者達と1対1または多数対多数で戦うという貴重な経験が出来た。

 この世界は本当に面白い、まだまだ知らないことばかりなれど、こうやって相手を殺すこともなく全力で戦えるのが嬉しかった。

 閑話、登校初日に行ったエンデルクとの対戦も校内規定のバトルに含まれていたようで所持金と経験値が大量に入っていた。

 経験値の差が大きいほど入るお金は多いのである。

 蛇足だが一方、ベレスの経験値は低かった。

 閑話休題、セイガは日々精進し、成長していった。

 それは長らく教師をしているレイチェルも驚くほどの早さだったし、隣でよく見ていたユメカにとっても見惚れるほどのものだった。

 そんな中、セイガには一つ頭によぎる想いがあった。

 折角この世界に生を受けたのだからこその願い…

 これは、セイガがユメカと会う約束をしていた、ある日のことだった。


 セイガは広い廊下を歩いていた、次の授業に向かうためである。

 ユメカは既に別の授業を受けていたのでセイガは一人だった。

 ふと気づくと前方で何やら人だかりが出来ていた。

 何が起きているのか気になってると、その中から一人の男が抜け出し、セイガを見つけると駆け寄ってきた。

 セイガよりも高い190cm程の細身に黒いスーツが似合う姿、烏の羽のような黒い髪に何かを隠しているような赤い瞳…

 そう、エンデルクの傍に仕えていた…

「ああ、セイガさんコレはいいところに」

「あなたは確かエンデルク殿の所の」

「はい、『テヌート』と申しましてエンデルク様の下で庭師をやっております、以後お見知りおきを」

 テヌートは手を胸元において丁寧にお辞儀をした。

「あれは何か起きているのですか?」

「そうなのです、大変な事情でして急ぎセイガさんのような実力者に助けて頂きたく動いていたところなのです、ホント僕みたいな非戦闘要員ではどうしようもない事情でして」

 一体どんな事情…戦い?にセイガも気になった。

「まあ、簡単に説明すると喧嘩の仲裁なんですけどね」

「ケンカ?」

 ざわざわと広い廊下を塞ぐほどの人々、事情を察してか道ができる。

 その先には見知った背中と知らない大きな姿が目に映った。

「どうしてもそこを退かないと言うつもりか?」

 自信溢れるその背中はエンデルクのものだった、そのすぐ脇におろおろとする小さなメイド姿の少女も見える。

「別に退いてもいい…自分より強い者ならば」

 その男は2mを超える長身だった、校内だというのにかなり性能の高そうなブレストアーマーを着けて、背中にはその身長に負けないほどの大きな剣を携えている。

 燃えるような赤い髪に赤い目、隙を見せない泰然とした姿だった。

「王は、退かない…つまりお前は我より弱いという事だ」

「それは楽しみだな」

 男は背中の剣に手を掛ける、すると鞘が自ずから開き、すらりと天を撫でながら男は大剣を抜き放った。

 一触即発、このままでは学園に大きな被害が起きかねなかった。

 物音を立てるのも躊躇われるその状況で…セイガがふたりの間に入った。

「ここは学園の構内です、もしどうしても戦うというのならばせめて場所をあらためてください」

 冷静にセイガは諭した、エンデルクを遮るように立ったので、自然と大きな男と視線が合う。

(…これは、相当強い、エンデルク殿と同等か…それ以上)

 セイガは怯みはしなかったが男の気迫に身が引き締まるようだった。

「セイガ、邪魔をするな…これは王の問題だ」

 背後からエンデルク、相当怒っているようなので無視する、この場合話が通じるとしたらこの目の前の男の方だとセイガは考えていた。

「断ると自分が言ったらどうするつもりだ?」

 男の方は冷静にセイガに聞いてきた、ただし、返答によっては死を招くような強い攻撃的な視線だった。

 セイガはアンファングを取り出す、セイガの意思のように強い光が廊下を照らした。

「俺がふたりとも止めてみせる。ただし此処ではなく別の所でだ、この場を戦場にすることは許さない」

 真っすぐにセイガは男を見つめ返す。

 恐ろしいほどに静かだ、強烈な男の気迫とセイガの実直な意志、それらがぶつかり合う…

 先に動いたのは男の方だった。

「…分かった、ここは自分が退くとしよう…お前の名は?」

「聖河・ラムル…俺の『真価』は『剣』だ」

 アンファングを目の前で掲げ、相手に分かるようにセイガは言った、それは本気で戦う構えだった。

「『アルザス・ウォーレント』…自分も『剣』だ、奇遇だな」

 アルザスは自らの大剣をしまいながら、笑った。

「聖河・ラムルよ、これは約束だ。次に会った時は必ず戦おうぞ………必ずだ。それではその時まで健勝でな…力を磨けよ」

 アルザスはセイガとエンデルクの横を通り過ぎるとそのまま人垣を抜けて去って行った。

 場にようやく声が戻る。  

「セイガさま、ほんとうにありがとうございました」

 ぺこりとメイドの少女が頭を下げる。

「いえいえ、そんなお礼を言うほどではないですよ?」

「その通りだ、余計な真似をしてくれたな」

 エンデルクはいたく不満そうだったが、さっき程は怒っていないようだった。

 その様子にセイガはひとまず安心した、正直この先エンデルクともまた争う可能性を考えていたからだ。

「エンデルク殿、確かに出過ぎたことだったが…それでもこの場を鎮めたかったんだ、悪かった」

 セイガは素直に謝った、エンデルクの気持ちも分かったからだ。

「ふん、仕方ないから今回は許してやる…もう無茶はするな」

「エンデルクさまぁ…もう仕様のないかたですね」

「セイガさん、いやホントありがとうございましたぁ、それにしてもあの『剣聖』に勝負を挑むなんてふたりとも大物ですよね(笑)」

 テヌートがいつの間にか傍に立っていた。

「剣聖…何処かで聞いたような…ああ」

「けんせいアルザスさまはとても強くて有名なかたです~、ただすくーるにはほとんど顔を出さないことでもゆうめいなのですよ?」

 メイド少女が説明してくれた、そしてその前にセイガはモブ沢さんから名前が出ていたことも思い出していた。

「まあ、我程ではないがな、如何せんタイプが違い過ぎる」

 少し競うようにエンデルクが付け加えた。

 それでも性格は似ているようにセイガには思えた。

「何を見ている? セイガよ、アレは我と違って戦う事に関しては容赦がないからな…気をつけろよ」

 エンデルクにしては珍しく気遣うような言葉だった。

「ありがとうございます、もっと俺も頑張らないといけないですね」

(やはりそうだ…俺は目標を作りたい…そうなんだな)

 その時、あらためてセイガは抱えていたモヤモヤが少しだけ晴れた気がしたのだった。


 一通りの授業が終わった後、セイガは演舞場に足を向けていた。

「こんにちは、…もしかして待たせてしまいましたか?」

「こんにちは~、私もさっき来たばかりだから大丈夫だよ」

 そこにはステージの段差に座ってユメカが待っていた。

「すいません、俺から呼び出したのに」

「もう、あんまり謝りすぎると人生損しちゃうぞ?」

「すいません…あ、」

 ユメカがクスリと笑った。

「そういう時は『ありがとう』って言えばいいと思うな」

「そうですね…今度からそうします、助言…ありがとう」

 ちょっとぎこちない笑顔でセイガは言った。

「ふふふ、それで相談したいコトってなにかな?」

「ああ、それがですね、少し前から考えていたのですが…俺はとにかく何処か冒険に出たいのです」

「へぇー、それは何だかスゴイね」

 ユメカはあまり驚く様子はなかった。

「俺は…強くなりたい、それは単純に戦う力だけではなく、困っているあるいは身近にいる誰かの支えになれるような強さを目指してます」

「ふむふむ…セイガはもう結構そうなっている気もするけどなぁ」

「俺は我儘なのでもっと…それこそ、この世界で一番というくらい強くなりたいです…それからもう一つ、この世界は調べれば調べるほど広大で不思議な場所がいっぱいあるのが分かりました」

 セイガは両手を大きく広げる。

「俺はそんな素晴らしい場所を沢山見てみたいんです! それで自分なりに考えた結果が…」

「冒険、なのね。それは確かにおもしろい提案かも」

 ユメカの瞳もきらきら光りだした。

「それで、残念ながら俺だけだとどうしたらいいか分からないことが多かったので一番頼りにしているユメカに助力をお願いしたいんだ」

 ユメカはこっそりレイチェルよりも自分が頼りにされていることを知って内心にんまりとした。

「そっかそっかぁ、それじゃあ個人的に力になりそうなお店を知っているから今からソコに行ってみる?」

 そうして、ユメカの提案で早速ふたりは街に向かったのだった。


 学園の東、坂をやや下った方面は大きな港街になっている。

 学園の方から見ると白い家が続く街並みと青い海が繋がるその光景はとても綺麗だった。

「へぇ…なかなか大きな街ですね、こちらには行ったことがありませんでした」

 学園には大きな購買部もあって、セイガは食材など必要品は全てそこで買っていたのだ。

「歩くと少し時間が掛かりそうですね、ユメカは大丈夫ですか?」

「ふっふっふっ、そこはちゃんと用意があるのでした♪」

 ユメカは額窓を取り出すと自分の所持物を取り出した。

「じゃぁーーーん、自転車~☆」

 それは折り畳み式の自転車だった、額窓の中は無尽蔵ではないがこのくらいの大きさのものは収納できるのである。

「おお、これは凄いですね」

 セイガの知っている自転車とは形が違っていたがそれはあまり気にならなかった。

「残念ながら一人乗りだからセイガは走るコトになるけれど大丈夫?」

「問題無しです、鍛錬にもなりますし」

 ユメカが自転車に乗る、この日の服装がパンツスタイルでよかったとユメカはこっそり思っていた。

 そうしてふたりは走り出した、坂道はやや傾斜があって自転車はぐんぐんスピードを上げていく。

 セイガも離されないように強く大地を蹴った。

「ふたり乗りだったら、もっと楽しかったかもねーー!」

 心地よい潮を感じる風がふたりを吹き抜ける。

 自転車の振動と共にユメカのサイドでとめた髪が跳ねた。

「それはっ、いいですねっ、俺も自転車にっ、乗ってみたいですっ」

 息を切りながらセイガは自転車に続く。

「あーもー…きーもちいいいぃ!」

 ユメカはハイテンションのまま颯爽と自転車を操る…が、目の前の道の出っ張りに気付かずに突っ込んだ。

 瞬間ユメカの体は大きく自転車から投げ出された。

 時間がゆっくりに感じる、早くシールドを出さなくちゃ…

 そうユメカが思ったその時、ユメカの体は大きなものに包まれた。

「…怪我は、ありませんか?」

 見上げるとセイガの真剣そうな表情があった。

 そう、セイガに抱えられて助かったのだ、所謂「お姫様抱っこ」の状態になっていた。

「…あ、うんダイジョウブ…ありがとうセイガ」

 道に降ろしてもらって、よろよろと立ち上がる。

(普段は結構情けないくせに、いざという時は決めるよね、この人)

「あー、自転車壊れちゃったかなl」

 ユメカは歩み寄ってボロボロでペダルが曲がってしまった自転車をひとまず額窓にしまった。

「たまにやっちゃうんだよねぇ…今回は助かりました」

 ぺこりと感謝する。

 そんなユメカより寧ろセイガの方が慌てていたようだった。

「ええっ?、たまにって…これは大事故じゃないですか」

「ああうん、でも私シールドが張れるから結構何とかなるんだよね」

「それでも気を付けてください、こんなに綺麗な身体なのだから」

 そう言ってからセイガは全身赤くなる、考えてみると相当なことを言ってしまっているからだ。

「わはは、注意するね。さてもうお店も近いし歩こっか♪」

 その後は何となくふたりは無言のまま、歩いて目指す店へと向かったのだった。

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