第5話

 そのあとセイガは午後からの授業を受けたり、とにかく広い校内を歩いたりしていた、その都度生徒や教師の人に声を掛けられたりもしたのだが、つい表面的な調子で軽く会話をする程度だったので、セイガとしては反省すべきと思っていた。

(折角だからもっと本心で話せたらいいのにな)

 そんな後ろ向きな気持ちで歩いていたら、だいぶ奥の、人があまり通らなさそうな場所にいつの間にか踏み入れていた。

 夕方のなびく風はほんの少しだけ寂しく、セイガの足音だけが響いていた……いいや、別の音がする。

 その音が何故か気になって、セイガは足を進めた、

 野外の開けた位置、アーチ状に続く観客席がある、その先には大きなステージが見える。

 その中央に、少女がひとり立って歌っていた。

 それはとても優しくも切なく、悲しくも最後は希望を与えるような、そんな独特な調子の歌だった。

 数刻も過ぎただろうか、ずっとその歌を聴いていたのだが…

(どうしてだろう…涙が…止まらない)

 少女が一度歌い終わった時、気づけばセイガは声もなく泣いていた。

 それだけ少女の歌は素晴らしかった、しかしそれだけなのか

 この歌はどうやって生まれたのか…

 一方少女は納得いかなかったのかもう一度途中から歌い始めていた。

 長い茶色の柔らかそうな髪は左右で束ねられ、毛先は染めているのか薄桃色に煌いていた。パステル調の上は青いブラウス、下は緑の花柄の足まで届くスカート姿の少女はピンと背筋を伸ばした姿勢で歌い続けていた。

(これは…なんていう歌なのだろう…心が締め付けられるような)

 セイガは入口から一歩進むと声を掛けようとした、それは少女が歌い終わるのと同時だった。

『あ…』

 ふたりの声が重なった。

「うわぁ、聞いてたんですか?というか大丈夫!?涙が出てるよっ?」

 歌声も最高だったがその優しい話し声もまた癒されるものだった。

 心から安心できる…そんな声だった。

「ああ、はい大丈夫です…その、あなたの歌を聴いて感動してしまったようです」

 目元を手の甲で拭きながらセイガは階段を降りていく、何故だか心臓が高鳴る、これはエンデルクと戦った時よりも激しいかもしれない。

「それはありがとうございます♪えへへ…でもまだまだ未完成な歌だったからちょっとだけ恥ずかしいな、だからこの演舞場でこっそり隠れて練習してるのだ」

 照れる少女、年の頃は10代後半といった所だろう、ようやくセイガはステージの上に立つ、改めてみると少女の身長は150cmくらいとだいぶ小さいが、スタイルは良く、ステージでの存在感と胸元の存在感は相当だった。

「あの…はじめまして、俺は聖河・ラムルと言います」

「はじめまして♪ 『沢渡 夢叶ゆめか』です、よろしくねっ」

にこりと笑い掛ける、光の反射によっては紫にも見える黒い瞳がセイガを映す。

「ええとその、凄くいい歌ですねっ…俺も何処かでこの歌を聴いたかもしれないのですが、これはなんていう曲名ですか?」

 この世界に来て間もないセイガだったが、先程の歌にはその内容以外にもやはり何か心惹かれるものがあった。

「コレはね、『鎮魂と再生の歌』といってこの世界ではないんだけど、とある世界的に有名で私の一番好きなアーティスト『レイミア』さんの曲だよ」

 夢見るような面持ちでユメカ

「レイミアさんは向こうでは『歌姫』とも称されていてね、どんなジャンルの曲も圧倒的な歌唱力で完璧に歌い切る七色の歌声の持ち主なの、マジスゴイでしょ♪」

 ユメカに詰め寄られた、魅力的な唇がセイガに近付く。

「本当にその歌手の人が好きなのですね、俺にもそういう気持ちは分かります」

 レイミアという名前に、少しだけ気に掛かる面があったがセイガはそれ以上に目の前のユメカに心奪われていた。

「うふふ、そうでしょそうでしょ♪…ってゴメン近付き過ぎたよ」

 ユメカは一歩下がり、改めてセイガを見上げる。

「今度レイミアさんのオススメCDを貸してあげるね」

「しーでぃー?」

「あ、CDを知らない世界の人か、名前に漢字が入っているようだし会話に違和感が無いからからてっきり現代日本語圏の人かと思ってたよ」

 赤い文字盤、額窓ステータスを確認しながらユメカ、実は額窓は近くの人間の情報を調べることも出来るのだった、勿論非公開にする設定も可能だがセイガはまだそんな方法は知らなかった。

「ちょっとゴメン見せてね…うん、やっぱり時代はともかく言語体系はいっしょだね♪」

「ああ、確かに会話に違和感を感じなかったです」

 何度か色々な人と話していた時、不思議と全員と無事に会話は出来たのだが、人によっては間に薄布が掛かったような違和感をセイガは感じていたのだった。

「それはええと…世界うんたら、忘れちゃったけどそれぞれの世界の人を結びつける力があるんだって、そんな力が無くても同じ日本語同士だから気にせず喋れるっていうワケですよ」

「そうか、俺と夢叶さんは似た世界の住人なのですね」

「そうだね、身近にそういう人は少なかったからとっても嬉しいな♪」

「はい、俺もです」

「話がそれちゃったね、それじゃあ近いうちにレイミアさんの曲を渡すから良かったら聴いてみてね♪」

「ありがとう、それは是非…『鎮魂と再生の歌』…これは別れの歌なのでしょうか」

 セイガは「鎮魂」という言葉が気になっていた。

「多分そうだろうね…死んでしまった身近な人のコトを想っている……そんな内容だしね」

「やはりそうなのですね、しかし悲しいだけじゃない…なにか希望のようなものを俺は感じました」

「うんうん、私もそう思う、これは私の勝手な解釈だけれど、きっとこの歌は残された人の悲しみの心が立ち直るだけじゃない…いつかの再会を信じた歌、この歌を歌っていると…」

 ユメカは両手を結んだ…それは祈り、両目を閉じて、世界を信じて 

「別れた大切な人とも、きっとまた逢える気がするんだ」

「そうだと…いいですね」

 会話が終わり、沈黙が流れた。

 自然とふたりの視線が重なる。

 『運命の出逢い』…そのようなものが本当にあるとして、これがその出逢いであったなら幸せだろうなとセイガは感じた。

『あのっ』

 また声が重なった、ふたりとも少し恥ずかしがる。

「夢叶さんから先にどうぞ」

「うん、もしかしてセイガさんってこの世界に来てまだ日が浅いんじゃないかなぁと思って」

 ユメカはそう口にした。

「はい!昨日ここに来ました」

「昨日!?うはっ、それはまた大変だったでしょ、いきなりだしホント訳分からないコトばかりだったしね」

「そうですね、今も何が何やらという状態です」

 セイガは苦笑いしながら頭を搔いた。

「そっかぁ…それじゃ私がこの世界のコト、色々案内してもいいかな?勿論セイガさんが迷惑じゃなければだけどね」

「迷惑だなんてないですっ…凄く嬉しいです」

「ホントにっ?それじゃあ、お姉さんがアレやコレやを教えちゃうぞー…って多分セイガさんの方が年上だよね、うふふっ」

 ユメカは両手を猫のように丸めておどけた調子でそう言った、そんな仕草もとても愛らしかった。

「それじゃあ連絡先を交換しよっか、額窓を出してみて」

 セイガは自分の額窓を呼び出す、白い文字盤が目の前に浮かぶ。

 ユメカが横に立ちセイガの額窓をいじった。

「はい、これでヨシ…ん? レイチェル先生の連絡先もあるんだね」

 少しいぶかし気にユメカはセイガを見つめる。

「あ、これは昨日レイチェル先生に助けられたからでその」

「わかってるよ~♪ふふ…セイガさんって本当に真面目だね」

 からかいが上手くいったのでちょっと嬉しいユメカだった。

「自分ではあまり真面目だと考えたことは無いです、むしろ我が儘で人に迷惑を掛ける性格だと思っています」

 セイガは申し訳なさそうだった。

「ふむふむ、ワガママかぁ、そういう意味では私もワガママかも、だって好きなコトしたいコトがたっくさんあるもんね、セイガさんは周りに迷惑を掛けてるって自分を責めているようだけど、それでも私はセイガさんのそんな性格…嫌いじゃないよ?」

 優しい目でユメカはそう告げた。

 再び沈黙が世界を満たす…


「みぃつけたぜぃ、ユメカ!!」

 ふたりのいい雰囲気を裂くようなダミ声が演舞場を汚した。

 セイガが見上げると観客席側の入口には小さくてひょろっとした紫髪で緑色の肌のものがいた。

「アレは小鬼…モンスターですか?」

「誰がモンスターじゃーい! 俺様は可愛い妖精さんだぞっ」

「可愛くないし、邪妖精でしょ…セイガさん、アレは残念ながらモンスターではないんだわ」

「だから残念ってなんでやねん…まあ、いいや今日もバトルしようぜユメカちゃぁん」

 矢継ぎ早にまくし立てた男は舌なめずりして近付いてきた。

「ヤダ! 『ベレス』となんかバトルしたくないっ」

 ぷいと頬を膨らませて横を向くユメカ。

「そうはいかないぜぃ、お前は貴重な収入源なんだからな」

 ベレスと呼ばれた男はなおも近付いてくる。

「どういう了見か知らないがそれ以上近付くな」

 セイガがユメカを庇うように立ち塞がった、その表情にベレスどころかユメカも驚いていた、どうやら自分で思っている以上に…怒りが込み上げているらしい。

「おいおい、カッコいい台詞いうけどこっちにもユメカと戦う理由はあるんだぜ」

 そういいつつもベレスは数歩後ずさる。

「セイガさん…」

 ユメカは少し安心しつつもセイガが心配だった。

 何故なら、ベレスもまた『真価』を持っているからだ。 

「そいつは防御魔法が使えるくらいの雑魚なんだが経験値がとんでもなく高いんだよ、だから1日1回バトルする度にいい感じで経験値とお金が入るわけさぁ、だから邪魔するなよっ」

 へっへっへっ、とふざけた笑いを見せた。

「どういうことだ?」

 困惑した表情でユメカとベレスを見比べる。

「ええとね、学園の生徒同士は特定の条件の元でバトルが出来るの、それでひとりにつき1日1回勝者は敗者に応じた経験値とお金が学園から与えられるの、つまりこの学園においてはバトルをするのが一番効率のいい経験値稼ぎなんだよね」

 ユメカが説明してくれた。

「ただ、普通は同じグループとか友達同士でね、摸擬戦みたいな風に使うコトの方が多いのだけれど…」

「ベレスのような輩もいるというわけだ」

「そういうコト、ホント迷惑…学園にもあまり来れなくなるし」

 考えるに学園に来る度にユメカはベレスの餌食になっていたということなのだろう…セイガにとって最早、許す道理はどこにもなかった。

「おいおい、俺様を置いていつまでくっちゃべってるんだいおふたりさんよぅう」

「俺が相手をする、俺が勝ったら夢叶さんには手を出すな」

「はぁ?…聖河・ラムル?昨日来たばっかりだって!?ずぶの素人じゃん、かははっ」

 ベレスは自分の額窓を見てほくそ笑んだ。

「あっ、しまった!」

 ユメカが出したままになっていたセイガの額窓に触れると何かの操作をした。

「セイガさんの額窓はオープン、つまり全部の情報が他の額窓からも見える状態だったの、今ロックしたけど遅かったよ」

「ふん、もうちょっと中身を見たかったが、来たばっかで『真価』もロクに使いこなせないヤツに俺様がまけるかよ」

 ベレスは俄然強気になった。

「それではバトル…勝負を受けてくれるのだな」

「ああ、いいぜぇ」

「先程も言ったが俺が勝ったら今後一切夢叶さんに手を出すな」

 セイガが強く睨みつけた。

「俺様が勝ったらどうしてくれるんだい?ユメカに毎日手を出していいってか?」

 ベレスは下卑た表情を浮かべた。

「夢叶さんの権利を俺が決めるなんて出来ない、代わりに俺がお前の言うことを聞く」

「ふ~~ん?まあいっか、それで手を打とう」

(色々使い道はありそうだもんな)

 ベレスはそう算段していた。

 一方ユメカは不安だった、見た目は強そうにも見えるセイガだが、まだ昨日この世界に来たばかりで、おそらく自分の過去も、持っている『真価』も殆ど知らない筈なのだ。

 それに対して、この小狡い男はある意味自分の『真価』にかなり精通している…

「条件は、どちらかが戦闘放棄、『参った』と言った時点で終了…それでいいか?」

 セイガが提案した。

「いいぜぇ、場所はこのスペース一角、ここから逃げても負けだ」

「ああ、それでいい、準備はいいか?」

 ベレスは隠れて『真価』を発動させる。『文字』である程度こちらの手がバレてしまうのでその対策だった。

「気を付けて、ベレスの…」

 避難していたユメカの言葉は

「大丈夫です、正々堂々と倒したいので『真価』を教えるのは無しで」

 セイガの言葉で制止された。

「俺様は準備オッケーだぜ、またカッコいい台詞を言った思い上がった甘ちゃんに超痛い目を見せてやるぜぇ」

 ベレスは爪を立て低く構えた。

「では、聖河・ラムル……参る!」

 走り出す、迎えうつベレスの目には勝利が見えていた。

 両手を広げると紫色の液体が四方に飛び交った。

 ベレスの麻痺毒である。

 ベレスの『真価』は『毒』、爪や体のあちこちから様々な毒を生成することができる。

「これはかわせねぇだろっ」

 ベレスの前方が毒液で満たされる。

「いやぁぁっ」

 ユメカの悲鳴が響く、そこにセイガの姿は…

「なにぃ!?」

 無かった、そしてベレスが異変に気付いた瞬間

「煌け、アンファング!」

 ベレスの眼前に現れたセイガが抜刀する、文字通り輝く剣閃がベレスの長く伸びた爪を切り裂いた。

「俺様の爪がぁ!」

「今のは警告だ、お前の動きでは俺を捉えられない」

 いつの間にか背後に回っていたセイガの刃がベレスの首元に当てられていた。先程のは、実力の差を見せるためにわざわざ危険を冒して射程内に入り爪だけを狙ったのだ。

 セイガは戦闘開始前、既にベレスの実力を見切っていた、ここまで色々あったが特にエンデルクとの一戦でセイガは自分の元々の力をようやく思い出せたのだ。

「ま、参った…俺様の負けだ」

「もう絶対に夢叶さんに無理な戦闘を挑んだりしないな?」

「ああ…それは守る…早く剣を下げてくれ」

 セイガがアンファングを収める、途端ベレスが逃げ出した。

「チキショー、覚えてやがれー、今度は別の手で収入減を見つけてやるからなーー」

 そうしてベレスは舞台の外に消えた。


 ユメカは驚いていた、まさか彼がここまで強かったとは…そして正直カッコよかったとは、思ってなかった。

「夢叶さん、そちらに毒は飛んでなかったですか?」

 セイガが気を回してやってくる。

「あ、うん念のためシールドを出してたから大丈夫だよっ」

「それは良かった、これで夢叶さんが望まない戦闘をする必要が無くなりましたね」

 本当にこの人は私のために戦ってくれたんだ…

「そうだね♪…まあ、あのバカ一応約束は守る方だから、もうバトルはしてこないと思うよ?」

 照れてなんか…ないぞ

「あらためて本当にありがとうございました。セイガさんってすごく強いんだね、ビックリしちゃったよ」

 セイガさん…見た目は温和そうなのにあんな顔もするんだ

「ああ、この2日間があまりに激しい生活だったので体が本来の動きを思い出したようですね」

 そっか…

 「なるほど、『固有能力』がそもそも高かったんだね…今度でいいからそのハードな二日間のコトも聞きたいかな」

 セイガ…さん、も疲れているだろうしね

「それにしてもベレスの『真価』が分かっているなら夢叶さんでも充分戦えたと思うのですが、どうしてそんなに負けていたのですか?」

 ああ、それは

「ベレスの『毒』は触れただけで効いちゃうんだけど…あのバカはシールドに張り付いておぞましい顔をするのよ」

 思い出しちゃう…

「わはは、それでつい笑っちゃったり恥ずかしくなったりしてシールドが維持できなくなっちゃうの…われながら情けない」

「そうでしたか、夢叶さんも大変だったのですね」

 夢叶さん…ああ、そうかコレが気になってたのか

「…あのね?、もしよかったらでいいのだけど、セイガさんのコト…呼び捨てにしてもいいかな?」

 ユメカの不意の言葉に少し驚いたセイガだったが

「ええ、いいですよ」

 そう返した。

「それでね、セイガ…私のコトも呼び捨てで呼んでみて」

 セイガは今度は大きく驚き後ずさった、少し情けないが…

(やっぱりこっちの方がセイガらしいなぁ)

 今日出会ったばかりだけど、そんな風にユメカは思っていた。

「え?あ、ええと…」

「ほらっ、頑張れセイガ」

 なんだかちょっと楽しくなってきたユメカだった。

 セイガはとても困ったような、あるいは照れたような表情で口をパクパク動かしている。

「あー、あーー、よろしく…ユメカ」

「こちらこそよろしくね、セイガ」

 そこには満面の笑顔があった。

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