第3話

 それは本当に一瞬のことだった。

 セイガが再び目を開けると、先程の丘ではなく、緑の木々と黄金色の麦畑が広がる平地が現れたのだ。

「うわぁ、本当に瞬間移動…したんですね、これは…凄いや」

 自分の手足を確認してからセイガはキョロキョロと辺りを見渡した、目の前には洋風の少し古めかしい屋敷が建っていた。

「ここが今日から使える、セイガ君の家よ」

 レイチェルが少し誇らしげに言った。

「ええ!? ここに住んでいいのですか?この家には誰か他にいるのですか」

「今のところ君だけね、勿論誰かを呼ぶなり雇うなりするのは自由よ」

 屋敷は人が一人で住むにはやや大きかった。

「この家はね、君がこの世界に再誕した時に一緒に出現したものなの、つまりセイガ君の所有物と言えるわ、だから好きに使って頂戴」

 セイガは改めて屋敷を眺めた、確かにはっきりとは分からないが何処か懐かしい、しっくりくるものを感じた。

 まるで前からここで暮らしていたかのような…

「ありがとうございます♪入ってみていいですか?」

「勿論、どうぞ確認してみて」

 セイガはワクワクしながら扉を開けてみる、居間に寝室、本が大量に詰まった書斎や畳敷きの茶室まである、それから…

「これは…道場?」

 奥の区画、離れにあたるその場所は、大きく開けた板間と瓦屋根を持つ和風の建物だった、この雰囲気…セイガは息を大きく吸った。

「嗚呼、これはとてもいい…空間だ」

 知らずうちにセイガはアンファングを握りしめていた。

「…これはまた古式ゆかしい場所だけれど、セイガ君は剣道とか剣術を嗜んでいたのかもですね」

 やっと追いついたレイチェルがそう言った。

「覚えていないですけれど、そうかも知れないですね」

 それくらいセイガには馴染みを感じる場所だった。

「そういえば、さっきの洋館の方に台所があったわ、まずは夕食でも食べながら君の実情についてお話しましょう♪」

「はい! 実はお腹が空いてしょうがない所でした」

 そうしてふたりは屋敷に戻ったのだった。


 洋館の隅の勝手口から家に入り、そろそろと台所を抜けてふたりは食卓へと向かった。

 台所にはセイガの知らない物が幾つか置いてあったが、ひとまずそれは気にしないことにした。

 気にし過ぎない、ということは意外と大切なのかもしれない。

 ふたりは自然とテーブルに向いあうように座った。

「それではまず、君がこの世界に来た経緯を説明するわね」

 レイチェルは両肘をテーブルにつけ手を合わせセイガを覗き込みながら言葉を続けた。たわわなものが目の前で主張していたがセイガはそれも気にしないようにした。

「もうひとつの真なる世界、長いからワールドとも呼ばれるのだけれど、ここに存在する多くのものは別の世界、枝世界と私たちは名付けている場所から来ているの、その現象を再誕と呼びます」

「つまり、レイチェルさんも再誕してきたという訳ですか?」

「その通り、理解が早くて助かるわ。そしてこのワールドに再誕する時には必ず『真価ワース』という特殊な力を与えられるの」

「…それは誰が与えるのですか?」

 セイガは不思議に思ったので聞いてみた、レイチェルは初めて少し困った表情をした。

「あ~、実はそれに関しては残念ながら私達も知らないの、とにかくそういうものだと思ってくれると助かるわ」

「ふむふむ…レイチェルさんにもワールドについて知らないことはあるわけですね」

「そうね、このワールドはあまりに広大で人の常識の範囲外にある世界だから、正直私もまだまだ知らない事の方が多いかも」

 軽く息を吐く、そんな仕草も色っぽい。

「なので次は『真価』について、これは各個人が『一文字』の力を持つものでその文字の意味に則した様々な能力を使い高める事が可能です」

 レイチェルがセイガを指差す。

「セイガ君の場合は『剣』なので今は自分の剣を出す事が可能ね、おそらく他にも剣と剣術に関する力が行使できる筈よ」

「へぇー、それは嬉しいですね、俺の力…か」

「それに対して各個人が元々持っていた力は『真価』と区別するために『固有能力』と呼ばれているわ。…それを踏まえてそれじゃあ、夕食を用意するわね」

 レイチェルは立ち上がった。

「セイガ君、何か食べたいものはある?」

「えと何でも…いや、洋食が食べてみたいです」

 何となく家の雰囲気がセイガ的には洋風だったのでそう頼んだ。

「了解…ヨシ、いくわよ」

 その瞬間、セイガは何かの気配を感じた、それはセイガとレイチェルとテーブルを囲んでいるかのような…

「え?」

 テーブルを見ると、いつの間にかそこには料理が並んでいた。

「ハンバーグにコーンスープにパンにサラダ、ひとまずこんな物かしらっ、どうぞ召し上がれ♪」

 両手を広げ、そう言ってレイチェルがテーブルについた。

「ええ?これは一体どうゆうことですか?」

「これが私の『固有能力』、単に料理を作る能力ではなくて自分で設定した領域内で色々な事が可能になる能力よ。私的には絶対領域と名付けています」

「それは…凄いですね色々なことって…まるで魔法みたいです」

「因みに『固有能力』で魔法を実際に使える人、所謂魔法使いもこの世界にはいるわよ♪さあさあ、冷める前に食べましょう?」

「はい、いただきます」

「いただきます♪」

 セイガは困惑しながらも目の前のハンバーグに箸をつけた。

「…はんばーぐ、美味しいです!」

 つい笑顔になるセイガ、口の中で柔らかく溶けていくようなその初めての料理に興奮を隠せなかった。

「それはよかった、どんどん食べてね、おかわりも大丈夫だから」

 無言で頷きながら食べ続けるセイガ、本当にお腹が空いていたのだ。 

「…あ、やっぱりセイガ君は箸の方を使うのね、もしかしてパンよりごはんの方が良かったかしら?」

 テーブルには箸とナイフ、スプーン、フォークが並んでいたが、セイガは箸だけでサラダもコーンスープもこなしていたのだ。

 因みにコーンスープは味噌汁を食べるような仕草だった。

「パンも好きなのでコレが嬉しいです♪」

 そう言いながらセイガは自分の手元を見やる。

「お箸…そうですね、多分ずっと箸で食べてたんでしょうね。それにしてもレイチェルさんの料理、とても美味しいです」

「ありがとう、でもコレは能力で出したものだから」

「それでも何かレイチェルさんの味がします、とても優しくて温かい」

 そう、今までどれほどの料理を食べてきたか覚えてはいないが、この料理には特別な想いを感じた、セイガはきっとこれからもこの味を忘れないと思った。

「そう言って貰えると嬉しいわ」

 レイチェルは紅潮していた。

「そういえば、セイガ君はどれくらい前の世界の事を覚えている?」

 セイガは思案した、もぐもぐとハンバーグを嚙み味わいながら。

「少しだけ、自分が昔から剣術の修行をしていたこととか、仕事は…何か大事なことをしていたようで…それと家族は…両親と姉?がいたはずですね」

 考え出すと言葉が自然と漏れてきた

「あんまり無理に思い出さなくてもいいわ、ただこうやって人に聞かれると案外思い出す事も多いから、少しずつ進めていきましょう」

「ありがとうございます」

「因みに恋人は、いた?」

 そう言いながらレイチェルに注視されセイガはどきりとした。

「…いなかった…ような気がします」

 パンに手を伸ばしながら 

「そうなんだ、セイガ君モテそうなのにね」

 レイチェルはそう笑い掛けた。

「あまりからかわないで下さい、多分仕事…使命とかに専念していたんだと思います…それよりもレイチェルさんの居た世界はどんな感じでしたか?」

 ここでもない、自分のいた世界でもないものにセイガは興味があった。

「そうね…多分セイガ君のいた世界よりはずっと文明が進んだ場所よ、人が死ぬ事のない競技的なバトルが流行していて私もそこで選手として戦っていたわ、これでも結構有名だったのよ?」

「それは分かる気がします、あの絶対領域…戦闘で使ったら相当強そうでした」

 自分ならどう戦うか…セイガはそれを考えていた。

 そんな話をしながら数分後、ようやくふたりは食事を終えた。


「まだ大丈夫かしら?、次にまた教えたい事があるのだけれど」

 レイチェルはすこしトロンとした瞳でセイガをみつめた、食事中に自分だけワインを飲んでいたからかも知れない。

「そろそろ頭の許容量が決壊してしまいそうですが…頑張ります!」

 ぐっと両手を握る。

 気合を入れて、少し声が大きくなってしまうセイガだった。

「よろしい、一応今日はコレで最後にするつもりなのだけれど、この世界において非常に大事で便利なツールがあるからそれの使い方を今から説明します」

「はい」

「まずは意識して、目の前に浮かぶものがあると」

「浮かぶもの…」

 セイガは分からないなりに言われたまま意識してみる。

「続いて、…そうね剣を呼ぶときと同じような感じで『ステータスよ、出ろ』と言ってみて」

 セイガは集中する、そして…

「すてーたすよ でろ!」

 その声に合わせて、セイガの目の前に白い額縁のような物が現れた、そこには色んな文字が描かれている。

 ふと見るとレイチェルの前にも紫色の額縁が浮かんでいた、

「そう、コレが『額窓ステータス』よ♪ワールドの住人はほぼ全てこのツールを持っているの、そしてここには持ち主の名前などの個人情報、自分の持っている『真価』や『固有能力』についての項目、さらにデータベースへのアクセスや他の人との連絡も可能なの…って大丈夫?」

 セイガがふらふらとしていた。

「ええと…スゴイ本?いや箱?機械?」

 これが何なのか、セイガの知識では表せるものが存在しなかったのだ。

 いつの間にかレイチェルの姿が見えない、代わりにセイガの額窓が微かに明滅してた。

『どう?こんな感じで離れた場所からもお話出来るの♪』

 額窓にはレイチェルの姿が映っていた。

「ホントだ…隣の部屋に行ったのですね」

「そういう事☆」

 歩きながらレイチェルが食卓に戻る、その姿も額窓は映していた。

「あとデータベースで調べるというのはこういう事」

 レイチェルは台所に移動すると、そしてそこに置いてあった白くて大きな箱に額窓をかざした。

『冷蔵庫、内部を冷却し、飲食物を低温で保存する箱形の容器や室』

 額窓に表示されたのは冷蔵庫の説明だった。

「こんな風に知りたい事象を簡単に調べる事が出来るの、多分セイガ君にはこの世界に於いて、まだまだ分からない物が多いと思うから使ってみるといいわ」

 台所についてきたセイガは冷蔵庫の隣にある箱に額窓を向けてみた。

『電子レンジ、食品を加熱・調理する電気器具』

「おお、つまりこれらは料理を保管したり調理したりするものだったんですね、なるほどだからここに置いていたのか」

 先程の違和感が晴れてセイガは少し嬉しかった。

「そうそう、これは便利だろうから私が追加して置いておいたの、ここには電気や水道、ガスも通っているからセイガ君がいた世界より大分楽に快適な生活が出来るわ」

「水道に電気まで!こんなに恵まれてていいんですか?」

「気にしないで大丈夫よ?ワールドではお金とかはあまり意味を持たないから…さて、額窓の使い方その三、学園スクールの場所を検索してみます」

 レイチェルは横に並んでセイガの額窓を指でなぞった。すると額窓にこの家の場所と学園と思われる場所を結んだ地図が現れた。

「学園というのはこの世界に来た人達の生活を支援して、『真価』や知識、『固有能力』を高めるための授業や戦闘訓練を行い、交友を広めるための施設、及びそこに組する団体の名称よ、まあ…塾や学び舎みたいなものといえば分かるかしら?」

「はい、何とか…ちなみに検索は俺でも出来るということですよね」

 セイガはもう一度学園の位置を確かめてみる、走ればそう遠くない距離だった。

「そうね、そして私は学園の教師をしているの、明日も授業があるからセイガ君も強制ではないのだけれど良かったら参加してみてください」

「わかりました」

 セイガは真っすぐな姿勢で頷いた。

「言い忘れていたけれど、ここから先はセイガ君の好きなように生きてください、ただ、分からない事も多いだろうから、学園はそのような時に君を助けてくれる存在になると思うわ」

「はい、精進します」

 強い意志を持って頷いた、誰かに頼るだけじゃない…自分の力でここで生きていくのだと…改めて感じた。

「学園もそうだし、困った時は私に話して頼ってくれれば出来るだけ対応するわ」

「ありがとうございます、レイチェルさん…いやレイチェル先生に会えて本当に助かりました」

 そう言ってセイガは大きく頭を下げた。

「もう~そんなコト言わなくていいのに、ちゃんと迎えに行けなかったから余計に恥ずかしいわ」

 レイチェルは顔を手で仰いでいた。

「今日は疲れたでしょう、早くお風呂にでも入って寝なさいね、困ったら額窓に聞けば大体わかるはずよ」

「そうですね、今日はぐっすり眠ることが出来そうです」

「それじゃ、また明日」

 レイチェルが勝手口に向かう。

「あ、もう夜だし家まで送りますよ」

 外はもう暗く、瞬く星々がとても鮮やかで綺麗だった。

「あら、誰に向かってそんなコトを言うのかしら?」

 少しおどけた口調だった。

 それと同時に目の前の地面に緑色の魔法陣が発生する。

「あ、そうでしたね…それではさようなら、おやすみなさいませ」

「おやすみ♪ちゃんとお風呂に入るのよっ」

 魔法陣にレイチェルが入ると、一瞬煌いて、そして何も無い空間が広がった。

 そうしてレイチェルとの一夜、初めての一日が終わったのだった。

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