サメとしての本能のスイッチ

こうなるともう、『どうせ夢だ』と思っていることとも相まって、彰太しょうたは調子に乗ってしまった。まるで自分が<ヒーロー>であるかのごとく全能感に囚われて、猛然とサメの群れを打ちのめしていく。


実際、彼の力は圧倒的で、群れていたサメ達ではまったく相手にならなかった。あるものは気を失ったのか海底へと沈んでいき、あるものは一目散に逃げだした。だから彰太はますます高揚感に包まれていく。自身の強さが本物だと感じたのだろう。


ただ、さすがにいきなりの乱入者に意表を突かれたサメ達の方も、時間と共に冷静になれたようだ。数は半数ほどになってしまったものの、彰太の攻撃をひらりと躱し、倒されなくなってきた。


『こいつっ!』


それを見て今度は苛立ちを覚え始める。気持ちよく活躍できていたと思ったのにも拘わらずのことに、興が削がれてしまったのだろう。


だがそうなると攻撃が雑になり、意識が散漫になってしまう。そうして見落としていたサメが彼の体に牙を立てた。


『痛っ!?』


思わぬ痛みに体をひねると、赤いものが視界に捉えられた瞬間に、カアッと頭の中が真っ赤になるような感覚が。


血だ。サメに嚙まれたことで出血したのだ。そしてその血の臭いが、


<サメとしての本能のスイッチ>


を入れてしまった。<瞬膜>と呼ばれる目を保護するための半透明の<もう一つの瞼>が閉ざされ、白目を剥いたような形相になる。これは当然、相手のサメ達も同じだった。血の臭いが激しい攻撃衝動を揺り起こす。


『ガアアッッ!!』


彰太は、生まれて今まで味わったことのない激しい感覚に突き動かされ、それまでは体当たりであったり尾ビレでの打撃であったりという形で攻撃してたのが、巨大な口を開けて容赦なく目の前のサメに食らいついていった。


その威力はすさまじく、噛み付かれた方のサメの体が一瞬で抉り取られ、さらに濃密な血の臭いが辺りを包む。


そこから先はまさしく<狂乱状態>だった。血の臭いのする方へと、彰太もサメ達も群がり、牙を立てていく。


すると他のサメ達も次々と傷付いて血を流し、そこに仲間だったはずのサメまでが食らいついていって、もはや収集が付かなくなった。


「……」


この凄惨な光景を、人魚達は距離を置きつつ見ていた。一目散に逃げるべきだったのかもしれないが、ここで慌てて逃げようとして気を引いてしまうとかえって危険であると判断したようだ。なるべく血の臭いが濃い部分からゆっくりと離れることで回避しようとしているのだろう。


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