妖博士の狂乱

「生まれつき妖が見えなくても陰陽師になる者もいる。その場合は大抵、家が代々陰陽師で自分しか継ぐ者がいなかった時だ。修行をすれば妖が見えるようになる者もいるが、本当にこれっぽっちも才がなく、そのまま家だけ継ぐ者もいる。酷い輩は妖が見えないのにも関わらず、自分が持っている陰陽道の知識を悪用し詐欺紛いの商売をする者もいる」


「たまに、陰陽道にまるで縁がないのに妖が見えるようになる者がいる。自己流の対処法まで身に着け商売に使う猛者もいるが、まあ度が過ぎていたり法外な値段を受け取っていたら私が説教をしに行く」


「妖が見えることで周囲から奇異の目で見られ、もう妖を眼中に入れない、いるのにいないものとして扱っている者もいる。妖とは縁のない職に就き、普通に暮らすのを選ぶのも良かろう。そして、いないものと認識された妖を本当に見られなくなる場合もある。まあ本人が元々見たくないと望んでいるのなら良いが」


「これは、とある男の、もう彼奴あやつは狂人と言っても良いのかもしれないが……」


 これは私に送られてきた奇妙な手紙の全文である。


「拝啓 巡査殿

 

 突然のお手紙を失礼致します。私には昔から忌々しいものが見えておりました。怪異、妖の類です。見えない巡査殿には分からないと思いますが、奴らは狡猾で厄介なのです。

部屋に帰れば部屋が散らかっているなんていうのは日常茶飯事。奴らの世迷言を囁かれることも多々あります。お祓いを受けても効果はありませんでした。私は、もう奴らに構っているのも嫌になったので御座います。奴らにはほとほと呆れ果てました。もう奴らの話を聞くのは止めだ、私はそう決心致しました。ひたすらに奴らを無視し続けました。   いつの間にか奴らの声が聞こえなくなり、姿も見えなくなったのです。私はもう妖博士ではなくなったのであります。なんて晴れ晴れしいことなのでしょう! これからは真っ当な人間として生きていける、そう確信致しました。しかし、ある時ふと私はある恐ろしい考えに辿り着いてしまったのです。私は奴らが見えなくなっただけです、しかし奴らは存在しています。私が見えないのを良いことに何か企んではいないかしら、考えれば考えるほど背筋が凍るようで御座いました。今この瞬間も奴らは私の喉を掻き切ろうと狙っているのではありますまいか。見えれば憂鬱、見えねば恐怖。私は悩みました。その頃、私には恋人がいました。彼女には妖怪が見えることは打ち明けていません。悩み錯乱した私は妖を始末すべくナイフを振り回しました。しかし、運の悪いことに、そのナイフの切っ先が私の愛する恋人を貫いたのです。これがあなた方のいう事件の全貌です。さて私はどう裁かれるのでしょうか?」






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