けもみみ陰陽師

夢水 四季

 雪が辺り一面を覆っていた。

 雪原の真ん中に一人の少年が膝を抱えて座っている。

 寒空の下、少年は何も身に着けていない。下を向いてぶるぶると震えている。

「白いな……」

 ざくりと雪を踏みしめる足音がして、何処からともなくその声の主は少年の前に現れた。

 白い、というのは、この雪原のことを言ったのか、それとも少年の髪の色か雪のような肌のことを言ったのかは分からない。

 輝くばかりの金色の髪に透き通るような青い目をした男は、白髪の少年を見下ろして、言う。

「付いてこい」

 少年に背を向けてさっさと歩き出す。

 少年が立ちあがろうとした時、男は思い出したように振り返った。

「その前に服を着ろ」

 何処からか衣服を取り出して、少年に投げて寄越す。

 和服である。赤い小袖に緋色の帯、白い羽織と足袋の一式。

 慌てて受け取ったものの、少年にはどのように着たらよいのか分からない。

「仕方がないか」

 男が手をぱんと打つと、男の腰の辺りから二人の童子が飛び出した。

 今まで何処に潜んでいたのか、突然湧いたように現れたのだ。

 ぎょっとする少年に二人は服を着せていく。

 男と女の双子の童子だった。

 この童子らも男も皆、和服を着ている。

 三人とも輝くばかりの金色の髪である。

 一見、人間と変わらないように見える、この二人の童子。

 だが、頭には狐の耳が付いている。尻には尾がゆらゆら揺れている。

 子狐が童子に化けているのだ。


 そして、少年の頭の上にも白くて長い、兎の耳が付いていた。


「ふん、まあまあだな」

 和服に身を包んだ少年を一瞥すると、男はくるりと背を向け、歩き出す。二人の童子が男の後に続く。

 少年は自分が着せられた服をまじまじと見詰め、匂いを嗅いだりしている。少年が付いてきていないのを察した女の童子が振り返り、手招きをする。はっと我に返った少年は、

早足で三人の後を追う。

 ほんの数刻進んだ頃だった。

 周囲の景色がぼんやりと変わっていることに少年は気付いた。

 雪景色の中に、何やら赤い物が浮かんでくる。

 それが、だんだんはっきりとした形になっていく。

 真っ赤な鳥居。

 何処までも続いているかのように見える、赤い道。

 所謂、千本鳥居というものだ。日本の京都にある、伏見稲荷大社をイメージしてもらえると分かるだろう。あんな感じだ。

 地面も雪ではなく、石畳に変わっている。

 少年は鳥居の前で立ち止まる。顔には驚きの色が浮かんでいた。

 女の童子がまた手招きをする。

 少年は恐る恐る鳥居を潜り、三人に付いていく。

 石段を転ばないように上っていく。

 鳥居は延々と続いているようにも思われた。終着点が見えない。

 少年の顔は終止不安そうである。

 実際、どのくらいの時間が経っていたのかは定かではない。

 いつの間にか鳥居は消えていた。

 少年の後ろ、彼が今まで通ってきたはずの鳥居の道はなくなっていた。

 そんなもの最初からなかったかのように、忽然と消えていた。

 口をあんぐりと開け、周りを見回す少年。

 強い風がどうっと吹いてきて、少年の耳、兎の耳が風に煽られる。

 前方を見ると、先を行く三人の前に、建物があった。

 鳥居の先には普通、神社の境内があるものである。

 だから、そこにもあった。

 石の階段、賽銭箱、鈴、本殿。

 何処にでもあるような神社が、そこにはあった。

 男はすたすたと、階段を上がり本殿の中に入っていく。

 少年はいつまでも周りをキョロキョロと見回しており、落ち着きがない。

 見兼ねた女の童子が少年の手を引いて、本殿へ向かわせる。

 繋いだ手から童子の温もりが伝わってくる。

 温かい手に引かれ、少年は本殿の中へ足を踏み入れた。

 中はシンプルな造りになっていた。長机、座布団があるだけで、神社らしく何かを祀っている様子はない。奥にある戸の先に、まだ部屋があるようだ。

 がらんとした板張りの部屋の真ん中に立ち、男は言った。

「さて、何から話すか」

 少年を軽く見やりながら、男は一瞬思案する。

「お前、言葉は分かるか?」

 少年はこくりと頷く。

「そうか。ならば、話は早い」

 少年自身が声を発することはなかったが、どうやら男の言葉は理解しているようだ。

「お前は、物の怪だ」

 唐突に、他言を許さないように、言い切る。

 少年が何者かを明かす。

「妖怪、怪異、ともいう。人間ではないもの、変化のもの。不可思議なもの」

 もののけ、という言葉の意味を少年が理解しているかどうかは分からない。

 男は構わずに続ける。

「その耳から察するに、兎の物の怪だろうがな」

 少年の耳がピンと張る。

「自分の手を見てみろ」

 五本の指を広げ、じっと見つめる。兎の手ではない、人間の手だ。そして、顔に手を当て、ぺたぺたと触る。目、鼻、口、毛に覆われていない、人間のそれである。

「元は兎だったのだろうが、何らかの理由で、人間に変じた。まあ、耳と尾は兎のままだが。そこはこいつらと同じか」

 と、少年の後ろで控えている童子二人を見やる。

「完全変身できる」

「これは、ただのオプション」

 二人の童子は表情を変えずに淡々と言葉を発する。

 少年が振り向くと、童子らの耳と尻尾は消えていた。 

 驚き、童子らの頭を手で触る。女の童子の尾の生えていた辺りを触ろうとした途端、物凄い力で払われ、部屋の隅まで吹っ飛ばされる。

「女の子のお尻に気安く触らないで」

 男が呆れながら少年を見ると、目を回しながら床の上に伸びていた。

 男の童子が駆け寄り、つんつんと突く。

「気絶してる」

「何もそこまですることはなかろう」

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