第2話 揺らぐ

商品研修は同期と会うことがある。その日はたまたま同期の倉田あさみがいた。

「撫子じゃん、久しぶり。」

あさみは声の抑揚があまりなくて最初は感情が読めなかったが、話していくうちに交友的な子だとわかった。

「久しぶり!まだ中目黒の店舗にいるの?」

あさみと相反する声音で迎え撃つ。

「そうだよ。撫子も変わらず?」

「いや、異動したよ!異動って色々大変だねー」

あさみは確か3店舗くらい異動してたはずだ。

「そう?そうでもないと思うけど。」

余裕を見せてマウントをとっているとかそういうのではなく、本当にそうでもないようにいうあさみを見て、こういう人はそうだよな、とちょっと疲れる。

「そういえば、武井とこの前会ったんだけど、異動してめちゃめちゃ仕事楽しそうにしてた。笑」ちょっと小馬鹿にした感じで話す。

武井も同期だ。今日の商品研修には来てないようだ。

「どういうふうに仕事してるって言ってたの?」

「売価変えたり推売品ちゃんと売ったり、売り上げ見たりしてるんだって。」

え。

ドクンと心臓が一瞬止まった。正しくは止まっていないけど、撫子にとっては止まった。

「へえ、そうなんだねー!大変そうだね。」

それって普通のことじゃないのか。私が当たり前の仕事だと思ってたことは、ちょっと小馬鹿にされながら話されることなのか。

「あとさ、店長候補研修参加者でたの見た?あれ私参加するんだよねー。私店長嫌だって言ったのに。」

撫子は普段から人の顔色や声音を意識しているだけあって、その抑揚がない声の中に嬉しさが混じっているのを聞き取った。

私は真面目に仕事をこなして、プラスアルファの業務もやっているのに、それをやっていないあさみが店長か。

店長候補研修か。そんなのあったのか。私知らなかったな。嫌な気持ちになったのをそのまま声に出しそうだったのを慌てて戻して

「おめでとう!お給料増えるね。笑」なんて頭の中のコマンドに出てた言葉を発した。


子供の頃は、もうちょっと素直な性格だったと思う。

三兄弟の長女だけあって


撫子は最近自分がおかしいのに気づき始めた。

こんなに仕事を一生懸命にやるのはおかしなことなのか、やっていても認められないのは当たり前のことなのか。

本当は知っていた。撫子は今までの人生も真面目に生きていたが、人とのコミュニケーションが異常に取りづらいと思っていたけど、それでも部活ではそれなりに成績を残せていたから、部活の仲間から仲間はずれにされることはなかったし、むしろ割と中に入れてもらっていた方だと思う。

ただ、最近撫子は気づいてしまったのだ。それがステータスだと思っていた撫子にとって、自分基準のものがないことに。

それを証明するかのようにグループで集まることはあっても個人で遊ぶことはほとんどない。人は自分を持っていない人と遊ぶことほど暇ではない。

話が面白くなくても、リアクションが大きくなくても、それでもその個人が持つ独特な雰囲気や面白さ、価値観が人を繋ぐ。

撫子にはそれがない。

人が怖くて逃げる技しか学んでこなかった。

そうしていくうちに誰かに誘われることも、誘うこともなくなっていた。

そんな撫子にとって部活や仕事は外界と自分を繋ぐ大事なものだった。

成果を出せば自分を見てもらえる。自分が意見を言っても間違ってない。他人の批判をしても成果を出している分、自分が言っていることが正しいと自信が持てた。

私生活で不足しているものを補ているように思って心地よかったし、生きている気がした。

店長批判も、同期への不快感もそれが正しいと思えたから感情を出せたのだ。

絶望だった。

真面目に生きた結果がこれか。

自分の基準がないから、誰でもわかる正しさしか信じられない。

周りが心地よく生きるために合わせた結果がこれか。

誰だ、みんなに優しくしよう、合わせようなんていう教育をしたのは。

憎い。

でもきっと自分が悪いんだ、だってみんなも同じ教育を受けているはずなのに、

撫子みたいに窮屈そうな素振りはない。

みんな結婚したり、友達と遊んだり、SNSにそれを載せて人生を謳歌している。人と人との繋がりを楽しんでいる。

撫子が恐怖しているものを恐怖の対象とせず生きている。


どこだ。

大人になったらこうなっているとそう思っていた大人像はいつから消えたのだろう。

子供の頃の自分がなりたくなくなかった大人に日々近づいている音を聞きながら、

それでも生きる選択をした撫子は死体で息をする。


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