ep6/双罪紋のリゼータ(後編)


「ところで……くだん推薦すいせんの話だがな」


 唐突にメギルの口から始まったニュースに、リゼータは思わず立ち上がった。それはリゼータにとって待ちわびた情報だ。恐る恐る「進展があったのか?」と問えば、メギルは得意気な笑みを浮かべた。


「協会の反応は悪くないな。むしろ非常に協力的だ。特に今回の雷乱禁域サンダーガーデンでの功績が効いているようだ。公式に母神教会に申請する流れになっている……これは特例だぞ」


「本当か。じゃあ、ついに俺たちが……」


「ああ。現実味が出てきた。ついに空猫ノ絆スカイキャッツ神還騎士団アルムセイバーズに入団する日が来そうだ」


 神還騎士団アルムセイバーズについて語る前に、まずは探獄者ダイバーとは何かを説明する必要がある。一般的な探獄者――探獄者協会に所属する探獄者は、十六の階級に分けられる。


 第十六位・粘獣級から始まり、第十五位・卑霊級、第十四位・小鬼級、第十三位・霊骨級。ここまでが初心者。


 第十二位・豚鬼級から始まり、第十一位・呪像級、第十位・牛鬼級、第九位・呪鳥級。ここまでが中級者。


 第八位・戦鬼級から始まり、第七位・冥僧級、第六位・鬼将級、第五位・飛竜級。ここまでが上級者である。


 中級までいけば、稼ぎは一般市民を大きく超える。上級者ともなれば、仕事の依頼は引く手数多となり、引退しても裕福に暮らせるようになる。


 だが――更に上位の探獄者ダイバーが存在する。


 第四位・銅竜級、第三位・鉄竜級、第二位・銀竜級。そして十六階級の頂点となる、第一位・金竜級。


 金竜級ともなれば英雄視され、世界的に賞賛を受ける存在となる。そして現時点で空猫ノ絆スカイキャッツは金竜級にランクされている。


 通常ならば、ここから王侯貴族がこぞって囲い込みに動き出し、ついに冒険者の頂点である神還騎士団セイバーズへと勧誘される者も現れる。


 神還騎士団ともなれば、王侯貴族のごとき権力を有することとなる。更に深淵魔獄アビスロックの自由探索権が与えられ、最深層へと挑戦することさえ許される。


 そしてその神還騎士団セイバーズに入団する事こそが、空猫ノ絆スカイキャッツの結成当時からの悲願だったのだ。


「ありがとうメギル。あんたのおかげだ……本当にありがとう」


 しばらく呆然としていたリゼータだったが、我に返ってメギルに向き直ると、そのてのひらを力強く握り締めて感謝を告げる。


 メギルは力強く口角を上げてこたえ、リゼータの肩を優しく叩きながら「おめでとう。まだ確定ではないがな」と祝福の言葉を贈った。


「あんたに礼がしたい。何か欲しいものはないのか?」


 そうリゼータが尋ねる、と急にメギルの様子が変わる。妖艶な笑みを浮かべながら、リゼータの胸にしなだれかかり――その唇をむさぼるように奪った。


 メギルの口付けは、激しさを増していく。やがてそれにリゼータも応じ、しばらく二人は呼吸も忘れてキスに夢中になった。


「はぁ、はぁ、はぁ……私の今の願いはたった一つだ。気が狂うほど抱いてくれ。戻れなくなるくらい滅茶苦茶めちゃくちゃにしてほしい。お前が雷乱禁域サンダーガーデンの準備で大変だったのは分かるが、前に会ったのは三ヶ月前だぞ。なぁ、リゼータ……その間、どれだけ私がお前を想いながら自分をなぐさめたか分かるか?」


 互いの鼻が触れ合う距離。うるんだ瞳でリゼータをにらみ付け、切なげに息を切らしながら、メギルは心の恥部をさらけ出す。


 そしてその燃えたぎる情欲に当てられて、リゼータの理性のおりに閉じ込められていたケダモノが目を覚ました。


「……分かった、今日は容赦ようしゃしない」


「――ひっ!」


 リゼータが見せたき出しの獣欲じゅうよくに、乙女のように小さな悲鳴を上げてメギルは後ずさる。


 しかし、この後に吹き荒れる快楽を妄想もうそうしたのだろう。恐怖を期待が上回り、メギルのかおみだらにけ出した。


 かといって、過剰かじょうすぎる快感は激痛に似ており――それに怯えたメギルの弱々しい懇願こんがんが、逃げ場のない小さな部屋に響く。


「リ、リゼータ……頼む。最初は……優しくしてくれ」


「ダメだ。本気にさせたお前が悪い。覚悟しろメギル」 


「ううっ……この女殺しめ。地獄に落ちろぉ……あんっ!」


 メギルがベッドに押し倒され――耳に、ほほに、首筋に。愛撫あいぶの雨が降る。その淫靡いんびな雨音を皮切りに、狂宴きょうえんの幕が上がる――はずだった。


「……むっ?」


 リゼータがかすかな違和感を感じ取り、その動きを停止する。それは死線を幾度もくぐり抜けてきた戦士の直感だ。そしてその違和感は秒を追うごとに育っていき、やがてぬぐいようのない危機感へと姿を変える。


 寸前でおあずけを食らったメギルは、実に不満そうな顔をしていたが――やがて異変に気付いたのか、はだけた胸元を隠して五感を研ぎ澄ませた。


 リゼータの対応は速やかだった。すぐさま窓を開放して襲い来る異変の正体を探る。いつものよどんだ帝都の空気に、北天からおぞましい風が流れ込んでくる。


 その吐き気をもよお瘴気しょうき――腐った肉血と発酵した汚物のような臭い、金鉱物や動植物が焼けるような臭い、絶望と憎悪が渦巻く邪悪な思念を――リゼータはよく知っていた。認めるのは、勇気が必要だったが。


「……メギル、落ち着いて聞け」


「ど、どうした? 何だ一体……?」


 不安げに訊ねるメギルには、いつもの毅然きぜんとした姿は無く、まるで泣きそうな幼子のようだった。だが、彼女もすでに勘付いている。しかし理性が現実を認める事をこばんでいるのだ。


 それも仕方の無い事だ。間違いなくこれから、数え切れない人間が無残なしかばねと化すのだから。それでもリゼータは――混乱するメギルの肩に、力強くてのひらを置きながら――はっきりと真実を告げた。


「間もなく魔獄獣災スタンピードが来る。すぐに動くぞ」


 目を見開いて息をむメギルだったが、肩にえられたリゼータの手をすがるように取ると、しばらく瞑目めいもくし――そして開かれた瞳には、強い意志が宿っていた。


 もはや狼狽ろうばいしていた面影は無く、そこにはギルド長として尊敬と畏怖を集める、威風堂々とした女傑じょけつの姿があった。


「すまん、無様な姿をさらしたな。それで、これからどうするかだが……リゼータ、お前の考えを聞かせてほしい」





 それから一時間後――地獄がやってきた。


 帝都中に警報がひびき渡り、城壁を破壊した異形のモンスターたちは、手当たり次第に破壊と殺戮さつりくを繰り返す。もはや人々は凱旋パレードの事など忘れ、いたる所で絶望の悲鳴を上げていた。


 そんな阿鼻叫喚あびきょうかん最中さなか、吹き荒れる雷雨の下を、疾風のように駆け抜けるリゼータの姿があった。


 メギルに空猫ノ絆スカイキャッツへの伝言をたくし、現在はひときわ瘴気しょうきい市街地方面へと向かっている。その目的は、速やかに歪蝕獣ツイスター首魁しゅかいを打ち倒す事にあった。


 一見は無秩序に暴れる歪蝕獣ツイスターの軍団ではあるが、その行動にはいくつかの法則があった。その一つが、歪蝕獣は首魁が討伐されると、進軍を止めて退却するというものだ。


 しかし言うはやすし、行うはかたし。大規模な魔獄獣災スタンピードの首魁ともなれば、金竜級の探獄者ダイバーが束になっても撃退することは難しい。大嵐をか弱き人間が打ち消そうとするようなものだ。全く現実的な手段ではない。


 ゆえに常人であれば、首魁を討伐する事に迷いを抱く。しかし――リゼータは瞬時にその選択をした。その理由は、もちろん被害を迅速じんそくかつ最小限で食い止めるため。だが、彼の真意は他にあった。


(今、帝都でまともに動けるのは空猫ノ絆おれたちだけ……つまり)


 現在の帝都の戦力は手薄となっており、最も頼りになるはずの神還騎士団セイバーズは、市民を救済する義務を放棄し、皇帝と有力者たちを護るべく黄金宮殿で籠城ろうじょうしている。


 次いで期待の出来る戦力としては、上級の探獄団だが、不運な事に金竜級は空猫ノ絆スカイキャッツ以外は帝都から出払っている。絶体絶命の状況だが――大きく見方を変えれば、絶好機とも言えた。


(この獣災を収めれば、空猫ノ絆は確実に神還騎士になれる)


 空猫ノ絆スカイキャッツだけで獣災スタンピードの首魁を単独撃破する。そんな圧倒的功績を得ることが、リゼータの真の目的だったのだ。むろんそれを聞かされたメギルは、声を荒げて大反対したが、成功時の結果を否定することは出来なかった。


 雷乱禁域サンダーガーデンを踏破し、大衆はおろか探獄者協会をも味方につけた空猫ノ絆だが、最後の最後に――皇帝や大司教の機嫌一つで――全てを台無しにされてしまう可能性があった。


 さらに言えば、リゼータはやはり罪紋者ざいもんしゃである自分が、最後まで足を引っ張るのではないかという不安がぬぐえずにいたのだ。


(入団を確実なものにする為に。ここで絶対的な功績を上げる……!)


 ――こうしてリゼータは、危地へと辿り着いた。


 勢いを増した風雨にさらされながら、半壊した時計塔の上から見下ろせば、瓦礫がれきに覆われた市街地の中央で――いびつな翼と身体を持つ醜悪な巨竜が、狂おしく咆吼いていた。


「……なるほど。千年級の歪蝕竜ツイストドラゴンときたか……全く、最悪で最高の獲物だな」


 それは協会が指定する脅威度の、最高値を超える怪物だった。もはや生きる天災とも言えるだろう。


 幾多の強敵を屠ってきたリゼータではあったが、今回ばかりは分が悪いと暗澹あんたんたる気持ちになるが、それでも仲間たちの夢を叶えたいという想いが、恐怖に凍り付いた身体に熱を起こした。


 リゼータは大きく深呼吸して精神統一すると、これから繰り広げられる戦闘について、頭の中でいくつもの展開を想定し、素早く戦術を組み上げていった。


「そろそろ、空猫ノ絆あいつらが来るはずだが……むっ?」


 後は仲間の集結を待つのみとなったリゼータだったが、眼下で異様な事態が起こっている事に気が付いた。緋髪ひはつ朱鎧あけよろいという赤揃あかぞろえの女戦士が、勝ち目など全く無いにも関わらず――たった一人で歪蝕竜に立ち向かっていたのだ。


 そしてすぐに、リゼータはその理由に気付く。女戦士は背後にいる子供たちをまもろうとしているのだ。


「……馬鹿な。あいつ死ぬぞ」


 か弱い子供を護りたい――その気持ちは分かった。理解もできる。だがこのままいけば、女戦士も子供も間違いなく死ぬだろう。全滅は必至ひっしだ。


 女のたたずまいから察するに、その腕前はかなりのものだろう。もし全力で逃走を計れば、逃げ切れる可能性もある。このままでは無駄死にではないか。だが女戦士は、断固として子供たちを護るつもりのようだった。


 リゼータの喉から、思わず「ふっ」と笑いが込み上げる。それは愚かとあなどるものではない。賞賛したくなったのだ。その女戦士が持つ気高き魂に。


 本来であれば、仲間がそろってから戦闘に突入すべきだった。だが、リゼータはその計画を破棄し、単独で戦う事に決めた。

 あの勇敢ゆうかんで情の深い女戦士を、このまま死なせるのは惜しいと思ってしまったのだ。


(……なに、あいつらが来るまでなら、一人でもどうにか持ちこたえられるさ)


 不敵な笑み浮かべると、リゼータは双剣をかかげ――天空から歪蝕竜ツイスタードラゴンに斬りかった。

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