ep6/空猫ノ絆(前編)


 深淵魔獄アビスロックから発生した獣災スタンピードが帝都を襲撃し、絶望に打ちひしがれていた人々の前に、救世主のごとく空猫ノ絆スカイキャッツが現れ――ついに反撃の狼煙のろしが上がろうとしていた。



 一方で帝都の中心では、止めない爆音と剣戟けんげきが響き渡っていた。

 爆音の源には、人知を超える激闘を繰り広げる歪蝕竜ツイストドラゴンとリゼータの姿があった。


 リゼータは女闘士たちの救出に成功した後、単身で歪蝕竜に戦いを挑んでいた。

 遠方に仲間たちの姿が確認できたが、慌てながら何事かを話し合っている。リゼータが独断で戦闘を開始したせいで、戦術が定まっていないのだろう。

 むろんリゼータとしては覚悟していた状況であり、仲間たちの準備が出来るまでは、元凶である己が時間を稼ぐつもりだった。


「グギャオ*@ャオ:*オ2オ+オ`@5オオ$%オオ:*オオ#オ"+:オ1オオ1オッ!!」


 憤怒ふんぬ狂吼きょうこうを上げる歪蝕竜が、大口を開けてリゼータに襲いかかる。

 右眼を斬り潰された事に激怒しているのだろう、そのねじくれた凶貌きょうぼうには激烈な殺意が浮かんでおり、怒濤どとうの勢いで襲いかかるその姿は、荒れ狂う巨大な竜巻のようだった。


「来いよヘドロトカゲ。俺を殺してみろ」


 不敵な笑みを浮かべるリゼータが立ち向かうのは、凡庸ぼんよう歪蝕獣ツイスターとは一線を画す歪蝕竜。獣災の首魁である歪蝕竜ツイストドラゴンをここで倒せなければ、被害は天井知らずに拡大するだろう。


 王侯貴族などの裕福層は黄金宮殿に立てもって生きびるだろうが、平民以下の多くの人命が失われることは間違いない。都市機能は壊滅状態におちいり、復興にどれほどの時間がかかるのか想像もつかない。

 逆に歪蝕竜さえ撃退できれば、首魁しゅかいを失った歪蝕獣たちは逃げ去り、獣災は終わりを告げるだろう。つまりここが戦局の分岐点ぶんきてんであり――帝都防衛の正念場なのだった。


 リゼータが軽やかな動きで、歪蝕竜の動きを封じ込める。

 飛翔の霊術を展開しながら、絶妙の間合いを維持して張り付くリゼータを、歪蝕竜が鬱陶うっとうしそうに巨大な尾で振り払う。


 その尾撃をまともに食らえば、簡単にリゼータは即死するだろう。

 かすったとしても重傷はまぬがれない。しかもその尾は凄まじい速度で動きながら、変幻自在に襲いかかるのだ。

 しかしリゼータは、脅威の集中力で全てをかわし、時には反撃すら繰り出していた。


「グル*ア3オ#オ"56オ)ォ&ォ|80ォ*ォ2ォ@ォ*\6ォ'ォォ!!」


 歪蝕竜ツイストドラゴンが怒号と共に、ほとばしる紫電の衣をまとった。

 そして尾とあごによる二重攻撃に戦法を切り替える。大顎を『ガチン、ガチン!』と打ち鳴らしながら、リゼータを噛み殺そうと襲いかかった。間違って体に触れただけでも感電死という凶悪さだ。

 間断なく降りそそぐ暴風雨のような攻撃に、さしものリゼータも反撃する余裕など無く、ひたすらに回避かいひに専念するしかなかった。


 そして――ついに歪蝕竜が勝負に出る。

 リゼータの背に尾を飛ばし、前方からは大口を開けて突進し、はさみ込むように襲いかかったのだ。

 あえなくリゼータは歪蝕竜に飲み込まれた――だが、それは残像だった。


 実際は牙が服の端をかすめただけで、リゼータには傷一つない。

 危うい瞬間だったが、リゼータはまゆ一つ動かさず、その平静は微塵みじんも揺るがない。

 逆に会心の一撃をかわされた事で、歪蝕竜の方が動揺してしまった。


 その一瞬のすきを見逃さず、光のごとき速さで反撃を繰り出すリゼータ。

 旋風せんぷうのように身を切り返すと――両手の甲に浮かぶ暴竜紋と六翼紋が光り輝き――歪蝕竜のひたいを双剣で十文字に切り裂いた。だが重傷というには程遠く、それによって残されたのは小さな傷跡だけだった。


「グウ#ウ3&ウ4ゥ*ゥ5+ゥ>ゥ<……!?」


 しかし歪蝕竜ツイストドラゴンの心理には、深い傷跡を残す結果となった。

 歪蝕竜はうなり声を上げながら、リゼータからじりじりと距離を取る。先程までは憎悪と侮蔑ぶべつしか浮かんでいなかったその顔には、今は驚愕と焦燥しょうそうが刻まれている。

 しかしそんな動揺を見て取っても、リゼータは全く油断しない。大きく息を一つだけ吐き、ゆっくりと双剣を構え直したのだった。


 そしてここに至り――準備が完了し、ついに空猫ノ絆が連動を開始した。



「受けてみなさい! 精霊使役狂戦歌奏バーサーク・アンサンブル!」


 リゼータが歪蝕竜の警戒を生み出し、戦局が停滞する瞬間を狙っていたのだろう。

 褐色肌かっしょくはだ妖艶ようえんな美女が、ここぞとばかりに四体の大精霊を解き放った。


「鬼さんこちら♪ 私にも構ってちょうだい!」


 そう言って艶笑えんしょうを浮かべるのは、【魂奏こんそうのアローゼ】の二ツ名を持つ帝都随一の精霊士シャーマン

 アローゼはその扇情的な肉体を空中で踊らせながら、香り立つような色気を振り撒いて歪蝕竜を挑発する。しかしその琥珀色こはくいろの瞳がリゼータにとらえると、一転して不安げな表情に変わった。


「これ以上、リゼ君に負担をかけるわけにはいかないわね……」


 超人的な技巧と精神力で立ち向かっているが、今もリゼータが危機的状況なのは変わらない。

 この機を逃せば、再び彼と歪蝕竜の一騎打ちとなってしまうだろう。そうさせない為に、アローゼは歪蝕竜の注意をらそうと躍起やっきになっていた。


《戦い狂え精霊よ。滅ぼし尽くせ我が仇。おのが衝動そのままに。その肉体を焼き尽くし。その心臓を凍て付かせ。その臓物ぞうもつを切り刻み。その精神を踏み砕け。戦い狂え精霊よ。我に勝利をもたらせよ――》


 アローゼは胸上の歌鳥紋かちょうもんを妖しく輝かせ、七五調の韻を踏みつつ朗々と精霊への捧歌ほうかを歌い上げる。すると美声に酔いしれる四体の精霊が、戦狂いのように歪蝕竜に突撃していった。


 アローゼが使役している精霊は、高位であるだけではなく、それぞれが異なる多彩な属性を持っている。そして高位精霊の力を借りるのではなく、思うがままに使役している者など、世界中にも数えるほどしかいない。

 それこそがアローゼが、帝都随一の精霊士と呼ばれる由縁ゆえんだった。


 火炎に焼かれ、風刃に切り刻まれ、水弾に貫かれ、巨岩に潰され。

 しつこく四精霊から攻撃を受け続けた歪蝕竜が、激高しながら雷弾を撃ち返す。しかしアローゼは風を操り、ひらりとひらりと踊るように身をかわした。

 歪蝕竜は更に苛立ち、直接アローゼを攻撃しようとするが、背後にそなえるリゼータに気付いて動きを止める。それから周囲をにらみ回しながら、憎々しげにうなり声を上げた。



 停滞する戦局と消耗していく時間。

 それこそが、空猫ノ絆スカイキャッツが望む展開だった。このまま時が過ぎれば、リーダーの大剣使いの詠唱が完成し、その絶大な威力の霊技を放てば、一気に勝負が着くからだ。

 こうして戦場の天秤は、徐々に空猫ノ絆に傾いていった――しかし、ここで状況が一変する。


 『ズドドドドドドドドドドドドドドドド…………!』

 千は優に超えるであろう。膨大な数量の歪蝕獣ツイスターが轟音を響かせ、首魁しゅかいを護るべく一斉に戦場へとなだれ込んで来たのだ。

 単機では大した脅威ではないが、大軍となれば話は変わってくる。

 数の暴力の前には、どんな実力者であれ対抗するのは困難だ。五対千。戦いの趨勢すうせいは明らかだと思えたが――


「いっくぜぇ~っ! 十八式霊葬舞タイプシグマッ!!」


 黒き疾風しっぷうが歪蝕獣の軍団を切り刻み、青黒い血飛沫ちしぶきが上がった。

 うなるような風切り音と共に、瞬く間に怪物のむくろの山が積み上げられていく。嵐の中心では小柄な暗殺士アサシンの少女が、細いあし牙狼紋がろうもんを輝かせ、狂笑を浮かべながら気炎を吐いていた。


もろいしノロいし動きも単調ッ! ぜんぜん話になんねぇぞ、雑魚どもが!」


 彼女こそが【瞬狼しゅんろうのラピア】の二ツ名を持つ、帝都最速の暗殺士アサシン

 小さく未熟な身体に、丸みを帯びた幼い顔付き。一見すると可愛らしい少女に見えるが、その容貌ようぼうだまされて痛い目を見た者は数知れない。

 彼女はかつて、疾風迅雷しっぷうじんらいと称された伝説の暗殺士に師事し、苛烈な修行に耐え抜いて、二十四の霊葬舞技を受け継いだ天才なのだから。


 ラピアはその肉体と心魂が、半分精霊で半分人間――半霊半人といえる。

 修行の過程において、ラピアは幾度も肉体と心魂ソウルの改造手術を繰り返し、半精霊化に成功していた。

 それにより彼女が信仰する、地と風の神霊の加護を最大限に活かす事が出来るようになり、その上で最凶と名高い暗殺士に徹底的に鍛え上げられた。


 誰よりも速く地をけ、誰よりも激しく風を操り、そして敵を抹殺する。その常人を遙かに超越する身体能力と、血のにじむような修練の末に得た『武』から繰り出される攻撃は――まさに『神速の絶技』と言えた。


「てめーらを相手にしてる暇はねぇ! あたいはリゼ兄ぃを助けに行くんだ!」


 ラピアは狼のごとく咆吼ほうこうし、災厄じみた魔技を爆発させていく。

 いち速く敵を殲滅せんめつし、リゼータの負担を少しでも減らす為に。

 『ズシャシャシャシャシャシャッ!』双手両足に風の円刃チャクラムまとい、軽業かるわざじみた動きで密集地帯を切り裂いていく。

 その勢いはとどまる事を知らず、歪蝕獣ツイスターはみるみる数を減らしていった。



 援軍がまるで役に立たず、ギリギリと歯噛はがみする歪蝕竜ツイストドラゴン

 それからしばらく逡巡しゅんじゅんした後、唐突に戦場に背を向けて飛び去った。

 “まさか逃亡する気か?”といぶかしむ空猫ノ絆スカイキャッツを置き去りにして、歪蝕竜は天高く舞い上がる。しかしよく見れば、その口元には蓄積ちくせきされた電光が火花を散らしていた。


「しまった……そういう事か!」


 歪蝕竜のおぞましい目論もくろみに気付き、リゼータが全速で飛翔霊術を解放して追いかける。

 しかし単純な飛行速度では、空を主戦場とする竜の方に一日の長があった。追っ手を充分に引き離した事を確認した歪蝕竜は、ぐるりと旋回し空中に射場を構える。


 そして戦場を再び睥睨へいげいすると――天を切り裂くような稲光いなびかりと、鼓膜こまくを破らんばかりの雷音を轟かせ――渾身こんしん竜霊滅破ドラゴンブレスを撃ち放った。


「ギ4ャア$ア&アアッ!!」「ピギ#ィ6)ィッ!?」「グ#"ゲ90エェ%ェェ4ェ!?」


 撃ち下ろされた超電熱が地表を焼き焦がし、電雷でんらいうずに飲み込まれた歪蝕獣ツイスターたちが、断末魔だんまつまを上げながら消し炭となっていく。

 そんな滅びゆく同胞の姿を眺めながら、しかし歪蝕竜の顔には喜悦きえつが浮かんでいた。憎悪と殺戮さつりく魅入みいられた歪蝕獣にとっては、同胞の死ですら喜劇にしか映らないのだ。

 そして当然、惨劇の只中にいたラピアも無事では済まない――はずだった。



「――させません。仲間は私が守ります」


 咲き誇る大輪の氷華が、竜霊滅波ドラゴンブレス跡形あとかたもなく打ち消していた。

 その根元ではラピアを護り、虹色の大盾に氷鯨紋ひょうげいもんを輝かせる淑女レディ悠然ゆうぜんと立っていた。

 彼女こそが【氷壁のジルミード】の二ツ名を持つ、帝都最堅と讃えられる霊盾士シールダーである。

 白銀に輝く美髪。雪のように透き通る白肌。妖精のごときはかなさを漂わせながらも、瑠璃色るりいろの瞳には、仲間を守り抜く強い意志が宿っていた。


「sギ#ャfアア#アgアア#hアjj%ア9p8)ッ!」


 歪蝕獣は忌々しそうに一吼ひとほえすると、ジルミードに向けて雷弾を撃ち放つ。

 しかしジルミードが構えた大盾が閃光を発し、するりと雷弾を吸収する。続けざまに放たれた風弾も、大盾に吸収されてしまう。

 その奇跡とも思える現象は、彼女が得意とする属性変換防御サーキュレーションによって起こされたものだ。


「甘すぎます。そんな単調な攻撃は通用しませんよ」


 若くして博士号はくしごうを保持するジルミードは、三万種を超える霊術を全て記憶している。そして盾聖じゅんせいと称される老探獄者に師事し、わずか三年で免許皆伝を言い渡された。

 まさに文武両道の天才。ジルミードが持つ膨大な知識と、磨き抜かれた技量の前には、歪蝕竜自慢の竜霊滅破ドラゴンブレスでさえも効力を失ってしまうのだった。


 ジルミードの瑠璃色るりいろの視線が、上空で息を切らす仲間――先程の全力の飛翔霊術によって疲労した――リゼータを射貫いぬく。

 するとその氷のような無表情が崩れ、今にも泣き出しそうになる。

 気を取り直したジルミードは歪蝕竜に向き直り、絶対零度の瞳でにらみ付けると、静やかな声音に怒りを秘めながら――怨敵おんてきの破滅を宣言した。


「……許しません。よくもリゼータを危険な目に遭わせてくれましたね。手下を率いて好き放題暴れていたようですが、もう終わりです――霊封氷華絶界アイス・ゾーン


 既に心内で詠唱を完成させていたジルミードが、虎の子の霊術を展開する。

 するとジルミードの盾が起点となり、瞬く間に氷雪の結界が広がっていった。


 歪蝕竜が怒りまかせに雷弾や風弾を乱射するが、その全てを白銀に輝く氷華が打ち消していく。こうして歪蝕竜は遠距離戦の優位を奪われ、ついに窮地きゅうちに追い込まれたのだった。



 歪蝕竜ツイストドラゴンは氷華の庭園の上空で――苦しげに唸り声を上げながら、暴れ狂う本能をどうにか抑え――これからどうすべきかを思案しているようだった。

 空猫ノ絆スカイキャッツの神がかった連携の前には、歪蝕竜の戦法が通用しないのは明らかだ。ならば、無理をせずに撤退をするのが、生き残る為には最善のはずだった。


 だが、それを選択をすることを、歪蝕竜の傲慢ごうまんすぎるプライドがこばんだ。

 心の底から侮蔑ぶべつし見下していた人間に、千年以上を生きる怪物の王たる己が敗北する現実が、どうしても認めることが出来なかったのだ。


 その逡巡しゅんじゅんわずかなものだったが――だがそれが怪物の命取りになった。

 歪蝕竜はく逃げるべきだった。あまりにも時間を費やしてしまったのだ。


「待たせたね。やっと詠唱が完了したよ」


 ぞくりと。強烈な死の予感に歪蝕竜ツイストドラゴンが振り返ると――黄金の大剣を担いだ美丈夫びじょうふが、必勝の笑みを浮かべて悠然と歩を進めていた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


〈作者コメント〉

どうも。クレボシと申します。

戦闘シーンは書いてて熱くなっちゃう。

応援・感想・評価などをつけて頂けると嬉しいです。

誤字脱字の報告もしていただけると助かります。

※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。

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