ep5/双罪紋のリゼータ(後編)
「……何だ。
リゼータの
「起きたのか……メギル」
リゼータに名を呼ばれた女――メギルは、引き締まった裸身を
「世間のくだらん風評など気にするな。
二人は五年以上にも及ぶ、深く
ゆえに聞かずとも、メギルはリゼータの苦悩が分かっていた。
「お前が誰よりも努力していることを私は知っている。お前が
リゼータの頭を、
されるがままに、温かい
「……ありがとう。帝都最大ギルドのボスにそう言って貰えると救われるよ」
「ふふふ、そうだろう。偉い私が言うんだ。自信を持っていいぞ」
そんな彼女は三十前半の
外から見ると今にも
こうなった理由は、
手に入れた秘密の部屋に愛着が
こうして月に幾度か、二人は情報交換も兼ねて、密かな
隠すのは
特にリゼータは社会的に攻撃されやすい
ゆえに二人は日頃から出来る限り接触を避け、その親密な関係を知るのは宿屋の主しかおらず、まず他者に知られる事は考え
しかし二人は時折こうして情交を重ねるものの、ギルト長と探獄者というビジネスパートナーでもあり、年の離れた親友のようなものでもあり、互いに仕事が第一ということもあって――それ以上の関係に踏み込む事は望んでいなかった。
「……そう言えば、
まだ酒量は少ないはずだが、場の雰囲気に酔ったのかメギルは
そんな上機嫌のメギルを眺めながら、リゼータは静かにグラスを
「たまたまだ。少し立てば誰かが気付いたさ」
「たまたまなものか。それに、お前がやり遂げた事はそれだけじゃない。最奥にいたのは千年級の
「まぁ、一撃の威力はヤバかったが、トロいヤツだったからな。それに敵からのヘイトを集めて足止めするのは、普段からやってることだ」
「おいおい、それを出来るのは金竜級にもほとんどいないんだぞ! リゼータ、お前はもう少し調子に乗ってもいいんだ! お前は常人に出来ないことをやったんだからな」
「過信は嫌いなんでね。皆の力があって乗り越えられた冒険だよ」
「相変わらず無駄に
メギルはテーブル越しに手を伸ばすと、リゼータの頭をよしよしと子供をあやすように撫でる。
居心地が悪そうに受け入れるリゼータだったが、どうにか抵抗を
「なぁ、メギル。その酔うと撫でる
「ハハハハハッ、照れるな照れるな。そういう部分は昔と全然変わらんくせに、図体の方はデカくなりおって。
カラカラと笑いながら身を離し、ドサリとソファの背にもたれ掛かるメギル。
それから
「あの頃は、メギルも
「ふふふ……人を見る目には少しばかり自信があってな。こいつらはきっとデカくなると思ったよ。お前たち
「とにかく必死だったからな。俺たちは後戻りが出来ない。もしも
「必死なのは伝わっていたが……いつもヒヤヒヤさせられたもんだよ。
「だからそれは何度も謝ってるだろう。あの頃は少しでも金と実績が欲しかったんだ。他の探獄者にもナメられたくなくてな。ただでさえ俺たちはスラム出身の嫌われ者で、吹けば飛びそうな小さなガキだったから」
「そういえば、思い出した。お前たちの冒険に同行して、スケルトンの大軍に取り囲まれた事があったな。あの時はもう終わりかと思ったぞ。あの時は確か……他の連中と離れ離れになって、お前と一晩過ごす事になったんだよな」
「ああ。あの時は大変だったな。やけに冷える晩だった。毛布に二人で包まりながら寝たっけ。ちょっと十代半ばのガキには刺激が強かったよ」
「ふふふふっ……
「そんなに純情だったわけでもないさ。とっくにスラムで童貞も食われてたしな。もしもあんたが
「ははははは。
「……そうだな。確かに楽しかったよ」
「しかし、問題児だった空猫ノ絆が立派に力をつけて、ひたすらに功績を積み続け――そのおかげでお前たちの監督官だった私が、上司や同期を出し抜いてギルド長に就任出来たわけだから、人生とは何があるのか分からんものだな」
大分酔いが回って来たようで、酒を
「それにしてもまさか……あの頃は、一回り近く年の離れた
「……俺もだよ。ここまで親密になれるとは思いもしなかった。あんたはお堅い監督官で、特に
「全く……お前が悪いんだぞ。酔った弾みで一回やっただけなのに、もう他の男じゃ満足出来ない
「スラムじゃ男娼もやっていたからな。まぁ喜んでくれて何よりだよ」
「絶対にそのテクニックを悪用するなよ。いつか刺されるぞ」
「
リゼータが神妙な顔で横腹にある古傷を指差すと、メギルは呆れたように杯を
「ところで……
唐突にメギルの口から始まったニュースに、リゼータは思わず立ち上がった。
それはリゼータにとって待ちわびた情報だった。恐る恐る「進展があったのか?」と問えば、メギルはニヤリと
「協会の反応は悪くない。むしろ非常に協力的だ。特に今回の
「本当か。じゃあ、ついに俺たちが……」
「ああ。現実味が出てきたぞ。ついに
一般的な探獄者――探獄者協会に所属する探獄者は、十六の階級に分けられる。
第十六位・粘獣級から始まり、第十五位・卑霊級、第十四位・小鬼級、第十三位・霊骨級。ここまでが初心者。第十二位・豚鬼級から始まり、第十一位・呪像級、第十位・牛鬼級、第九位・呪鳥級。ここまでが中級者。第八位・戦鬼級から始まり、第七位・冥僧級、第六位・鬼将級、第五位・飛竜級。ここまでが上級者である。
中級までいけば、稼ぎは一般市民を大きく超える。上級者ともなれば、仕事の依頼は引く手数多となり、引退しても裕福に暮らせるようになる。
だが――更に上位の
第四位・銅竜級、第三位・鉄竜級、第二位・銀竜級。そして十六階級の頂点となる、第一位・金竜級。金竜級ともなれば英雄視され、世界的に賞賛を受ける存在となる。そして現時点で
通常ならば、ここから王侯貴族が
神還騎士団ともなれば、王侯貴族のごとき権力を有することとなる。
更に
そしてその
「ありがとうメギル。あんたのおかげだ……本当にありがとう」
しばらく
「あんたに礼がしたい。何か欲しいものはないのか?」とリゼータが尋ねる。すると急にメギルの様子が変わった。妖艶な笑みを浮かべながら、リゼータの胸にしなだれかかり――その唇を
メギルの口付けは、激しさを増していく。やがてそれにリゼータも応じ、しばらく二人は呼吸も忘れて、飢えた獣のようにキスに夢中になった。
「はぁ、はぁ、はぁ…………私の今の願いはたった一つだ。気が狂うほど抱いてくれ。戻れなくなるくらい
互いの鼻と鼻が触れ合う距離。
「……分かった、今日は
「ひっ!」
リゼータが見せた
しかし、この後に吹き荒れる快楽の嵐を
かといって、
「リ、リゼータ……頼む。最初は……優しくしてくれ」
「ダメだ。俺を本気にさせたお前が悪い。覚悟しろメギル」
「ううっ……この女殺し。地獄に落ちろぉ…………あんっ!」
メギルがベッドに押し倒され――耳に、
その
「……むっ?」
リゼータが
それは死線を幾度も
寸前でおあずけを食らったメギルは、非常に不満そうな顔をしていたが――やがて異変に気付いたのか、はだけた胸元を隠しながら五感を研ぎ澄ませた。
リゼータの対応は速やかだった。
情事を即座に切り上げ、窓を開放して襲い来る異変の正体を探る。
いつもの
リゼータは瘴気の根源を確かめるべく北天の彼方を睨み――やがて回答を得た。
「……メギル、落ち着いて聞け」
「ど、どうした? 何なんだ一体……?」
不安げに尋ねるメギルには、いつもの
だが、本当は彼女も勘付いている。しかし理性が現実を認める事を
それでもリゼータは――混乱するメギルの肩に、力強く
「もう間もなく
目を見開いて息を
そして開かれた瞳には、強い意志が宿っていた。
もはや
「すまん、無様な姿を
それから一時間後――はたして地獄の門が開いた。
帝都中に警報が
もはや人々は凱旋パレードの事など忘れ、
そんな
メギルに
その目的は、速やかに
一見は無秩序に暴れる
その一つが、歪蝕獣は首魁が討伐されると、進軍を止めて退却するというものだ。
しかし言うは
大嵐をか弱き人間が打ち消そうとするようなものだ。全く現実的な手段ではない。
ゆえに常人であれば、首魁を討伐しようなどと作戦を立てるものはいない。
しかし――あえてリゼータはその選択をした。その理由は、もちろん被害を
だが、彼の真意は他にあった。
(今、帝都でまともに動けるのは
不運な事に、現在の帝都の戦力は手薄となっており、最も頼りになるはずの
次いで期待の出来る戦力としては、上級の探獄団だが、金竜級は
(この獣災を収めれば、空猫ノ絆は確実に神還騎士になれるだろう)
そんな圧倒的功績を得ることが、リゼータの真の目的だったのだ。
むろんそれを聞かされたメギルは、声を荒げて大反対したが、成功時の結果を否定することは出来なかった。
さらに言えば、リゼータはやはり
(入団を確実なものにする為に。ここで絶対的な功績を上げる……!)
こうしてリゼータは、死地へと辿り着いた。
より一層、勢いを増した風雨に曝されながら、半壊した時計塔の上から見下ろせば、
「なるほど千年級の
それは協会が指定する脅威度の、最高値を超える怪物だった。
もはや生きる天災とも言えるだろう。幾多の強敵を屠ってきたリゼータではあったが、今回ばかりは分が悪いと
リゼータは大きく深呼吸して精神統一すると、これから繰り広げられる戦闘について、頭の中でいくつもの展開を想定し、素早く戦術を組み上げていった。
「そろそろ、
後は仲間の集結を待つのみとなったリゼータだったが、眼下で異様な事態が起こっている事に気が付いた。
「……馬鹿な。あいつ死ぬぞ」
か弱い子供を護りたい――その気持ちは分かった。理解もできる。
だがこのままいけば、女も子供も間違いなく死ぬだろう。全滅は
女の
だが女戦士は、断固として歪蝕竜の前に立ち、子供たちを護るつもりのようだった。
リゼータの喉から、思わず「ふっ」と笑いが込み上げる。
それは愚かと
その女戦士は――暗い絶望の世界で輝く、気高き魂をもっていた。
本来であれば、仲間全員が
だが、リゼータはその計画を破棄し、単独で戦う事に決めた。あの
(……なに、あいつらが来るまでなら、一人でもどうにか持ち
不敵な笑み浮かべると、リゼータは双剣を
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
少し長くなってしまいました。ラブシーンのせいだな。
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誤字脱字の報告もしていただけると助かります。
※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
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