ep4/双罪紋のリゼータ(前編)
――獣災発生の八時間前――
『ワアアアアアアアアァァァァァッ!』
帝都ドルガーナ。その中央通りは、大観衆の熱狂に沸き返っていた。
千を超える観衆の視線は、
小型の地竜に引かれた右方の荷台には、巨岩のような
左方の荷台には、角や毛皮といったレアモンスターの希少部位。高級食材として知られる
あまりにも圧倒的な戦果を前に、観衆のボルテージは上昇していく。
難攻不落と云われる
「よくぞ帰って来てくれた
「
「がははははっ、めでてぇめでてぇ! 今日は俺の
空前絶後の大偉業の達成を受けて、ある者は新たな英雄の誕生と酔いしれ、またある者は明日は我が名を上げようと奮起し、空猫ノ絆に
こうまでも大衆を熱狂させる
一言で言うならば、
魔獄資源に依存するこの社会において、
必然的に探獄者は社会的な地位を強めていき、その過程でギルドや商会といった様々な関連組織が作られ、今をも世界中で影響力を拡大し続けていた。
そして帝都の民衆の関心は――
「
「違ぇねぇ! 今の帝都にいる神還騎士団は貴族のぼっちゃんばかりだからな」
「あんな気取った奴等よりも、俺たちの空猫ノ絆の方が百倍頼りになるぜ!」
帝都市民の空猫ノ絆に対する熱狂的な人気には裏があった。
近年の魔獄資源による文化革命によって、産業が発展したのは喜ぶべきことなのだが、労働者たちはその恩恵をろくに実感しておらず、むしろ貧富の差は拡大していくばかり。
決して声を大にしては言えないが、皇帝や王侯貴族に対する市民の反感は日を追う毎に高まっていたのだ。
そんな折に
対照的に、庶民出身である空猫ノ絆は親近感が湧きやすく、彼等こそが我々の英雄であるという空気が
『スカイキャッツ! スカイキャッツ! スカイキャッツ! スカイキャッツ!』
波紋のように広がっていく、祝福のシュプレヒコール。
止めどない歓声が通りを包み込み、中空には色とりどりの紙吹雪が舞った。
熱狂に応えて四人が大きく手を振る。そしてリーダーとみられる
その輝かしい光景は、新たな英雄の時代を予感させるものだった。
そんな渦中の四人を、厚手の
男はフードを
「おとーさん! ぜんぜん見えないよ~!」
男の足下から、
横に視線を流せば――
「我慢しろ。お前が寝坊したのがいけないんだぞ?」
「だってぇ~! 昨日は楽しみ過ぎて眠れなかったんだもん!」
「やった! 見えたよ! かっこいい~~~っ!」
視界が高くなり御機嫌になった娘は、父親の肩の上で
しばらく目を輝かせて騒いでいた少女だったが、ふと思い出したように父親に
「ねぇ、お父さん。確か
「ああ、そのことか……どう説明したものか」
父親は険しく顔を
「空猫ノ絆には、確かに五人目の団員がいる。しかし、そいつは皆に嫌われているろくでもない奴でな……『
父親の聞き慣れない言葉を聞いて、リサと呼ばれた少女は小首をかしげる。
「ねぇねぇ。
「あ~、そうだなぁ……リサは
「よく知らないけど……悪い人がつけてる印の事だよね?」
「なるほど……まず、幻罪紋について説明するか。その昔に、デストールっていうとんでもなく悪い魔王がいてな。おっかないモンスターが棲む迷宮を作って、そこに優しい母神様を
「じゃあ、そのリゼータも……悪い人だからここに居ないの?」
「ああそうさ。盗み、たかり、強盗、放火、人殺し……悪い事はなんだってするらしい。
「な、なんかよく分からないけど、とんでもなく悪い人なんだね……」
興奮する父親に、どうしていいか分からない様子で
そんな時だった――酔っ払いが足をもつれさせ、後方にいた父娘へと勢いよくもたれかかった。あえなく細身の父親がバランスを崩し、はずみで肩車を解かれたリサが空中に放り出されてしまう。
栗色の髪を振り乱して「きゃああぁぁ!」と叫びながら落下するリサだったが、はたして少女が
状況を瞬時に察知したフードの男が、素早く動いて抱き止めたからだ。
ふわりと優しく地に下ろされた少女は、混乱しつつも礼を言おうとする。
「あ、ありがとう。おにーさ…………えっ!?」
しかし男の手元を見たリサは絶句する。
そして目を皿のように見開くと、一瞬で顔を真っ青してガタガタと震え出した。
何故ならば、男の両掌にはそれぞれに
「みぎゃあああぁぁぁ~~~~~~~~~ッ!!?」
恐怖のあまり、乙女の
そうこうしているうちに、いつの間にかリゼータは群衆の中から姿を消していた。
凱旋パレードは庶民にとっては最高の娯楽だ。外で陽気に酒を酌み交わしながら、延々と空猫ノ絆を
古びた石造りの壁には
もはや
その
「すぅ……すぅ……」後ろには静かに寝息を立て、ベッドに横たわる女の姿があった。
リゼータはパレードを観覧した後に、宿屋で情報交換を約束していた同業の女と出会い、いくらか会話を交わしてから情交に及んだ。
それから
「それにしても……みんな立派になったもんだな」
帝都の空を見上げながら、
舞い散る紙吹雪の中で、大衆に祝福される四人の仲間の姿を思い出す。
誰もが彼等を英雄と
(あれから十年か。運が良いのか悪いのか……よくもまぁ生き
遠き日の情景が、リゼータの脳裏に蘇る。
かつて死の森に置き去りにされたリゼータだったが、雪に埋もれていた所をとある人物――後に師と呼ぶ男――に助けられて九死に一生を得た。
だが、それからも大変だった。
師に連れられて来たのは、
数年は師に守られながらどうにか暮らすことが出来たが、師が亡くなってからは幼い身一つで生き抜いていかなければならなかった。
しかし、スラムでリゼータは
一癖も二癖もある彼等だったが、いつしか家族と呼べるほど大切な存在になった。
そして
それからも、ずっと必死で
時には大怪我や大病にかかり、死にかけたことだって何度もある。
それでも
(……だが今。俺の存在があいつらの
リゼータの野性的で
その脳裏には、昼間に出会った父娘の会話が蘇っていた。
“ああそうさ。盗み、たかり、強盗、放火、人殺し……悪い事はなんだってするらしい。狡猾で卑劣で残虐な最低野郎。とにかく
それはあまりにも酷い
むろん、リゼータも自分を
生きていく為に犯罪をしたこともある。不本意だが人を殺めたこともある。
しかし誓って、汚い欲望を満たす為に非道を働いたことなど一度も無い。
忌み嫌われる罪紋者でありながら、探獄者として名を上げたリゼータ。
そんな彼への
リゼータとしては、自分に悪評が立つ事はもはや仕方が無いと思うが、それによって
罪紋者である自分がいる事で、受けられないクエストがあったり、各所で嫌がらせをされたりした事は一度や二度ではない。
リゼータにとって、空猫ノ絆は何よりも大切な仲間だ。
彼らと共に
しかし自分がいることで、輝かしい彼等の未来に影を差してしまっている。
どうするのが最良の道なのか――まだ答えは出ていない。
「………ままならないな」
今日一番の
リゼータは雲一つ無い青空を見上げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
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※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
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