ep3/獣災
――――奈落の底より、漆黒の暴威が吹き荒れる。
禁忌の大魔宮と呼ばれる
その脅迫的な大口から、
まるで理性など無く、己が肉体の崩壊も
狂気と憎悪に身を
破壊せよ、あらゆるものを。殺戮せよ、命あるものすべてを。
凶獣の軍勢は地響きを上げながら、本能に導かれるように突き進んでいく。
立ち塞がる全てを飲み込み――世界に絶望を撒き散らしながら。
神聖シャキール帝国。
それは世界各地に植民地を持つ、強大な軍事帝国である。
エネルギー資源の最大産出国でもあり、現在世界を席巻する技術革命の発足地としても名高く。世界最大宗教である聖導母神教会を懐に抱え込み、神聖皇帝ドルガスの絶対的な権力によって盤石の支配体制を築いていた。
その帝国の象徴として造られたのが、帝都ドルガーナである。
広い帝都を囲う長大な城壁。新古
石造りの街路には機械仕掛けの霊素駆動車が走り。帝都外まで敷かれた鉄道の上を青白い煙を噴き出しながら、機関車が騒がしく通り抜けていく。
それら全てを
しかし現在――その帝国の象徴を、
【
吹き荒ぶ嵐の中で、けたたましく災害放送が響き渡る。
恐怖に駆られた市民が帝都から逃げ出そうとするが、頼りの駆動車や機関車は動かない。獣災によって発生した瘴気のせいで、都市は機能を完全に喪失していたのだった。
『ズゴォォオオオォォォン……!』
轟音と共に、帝都を
やがて砂煙を掻き分けながら、黒き異形のモンスターたち――
「嫌だあああァァァァ!」「助けてくれえぇぇぇ!」「死にたくないィィィ!!」
その禍々しき凶獣の軍団は、立ち並ぶ建造物を破壊しながら、目につく命あるものを
パニック状態になった市民が、我先にとシェルターに逃げ込む。
しかし各区域のシェルターが満員になると、多くの者が外に取り残された。
絶望の怨嗟と悲鳴が響き渡るが、しばらくすると何も聞こえなくなった。
帝国の下級兵たちも
戦い慣れした民兵が介入することで、かろうじて戦線が維持されていたが、それでも歪蝕獣たちの暴力的な進軍を止める事は出来なかった。
慌てふためく市民とは対照的に、王侯貴族や力ある豪商たちは、黄金宮殿へと優雅に足を運んでいく。皇帝が座す黄金宮殿には、強力な防御結界が張られた上、帝国の最大戦力が集結しているからだ。
貴人たちを丁重に宮殿へと招き入れる帝国上級兵。しかし庇護を求めて殺到した市民に対しては、容赦なく炎の霊術を撃ち放ち、虫ケラのように焼き払うのだった。
城壁外に暮らす最下層の者たちに至っては、逃げる
彼等に出来るのは、紙屑のような家に引き籠もり、震えて奇跡を願うだけだった。
この予測不能な大規模災害は四千年前から確認され、今をも世界各地で
十二年前に、ここシャキール帝国で発生した獣災においては、八万体もの
その後に現帝都が建造され、速やかに
獣災による悲劇を終わらせる為には、
――――しかし、祈る者もいれば、立ち向かう者もいる。
崩壊した市街地で、暴風雨に
その赤髪の女闘士は、キズだらけの鎧を
強靱な意志の宿る
猛々しい拳技で敵を滅砕しながら、しなやかに全身を躍動させるその姿は、まるで野を駆ける虎のようだった。
「はああああぁぁぁぁッ!!」
女闘士が
吹き飛ばされた歪蝕獣は勢いよく壁面に激突し、崩落したガラスやレンガの下敷きになる。しかし、すぐさま瓦礫を蹴散らし立ち上がると、憤怒の咆吼を上げて女闘士を睨み付けた。
その捻れた肉塊の様な姿からは、もはや
「グ#ルfdaア%アgeアァ&terap@ァァse3:ッ!!」
しかしそれは
その隙を突いた女闘士は、歪蝕鬼の頭部をガッチリ抱え込むと、強烈な膝蹴りを二度三度と叩きつけた。たまらず地に膝を点いた歪蝕鬼に向かい、女闘士は重心を沈めると拳に霊力を漲らせ――
「せいやあああぁぁぁッ!!」
超音速の拳を、
『ドパァン!』と爆砕音が過ぎ去れば、歪蝕鬼の頭部がすっかり消滅していた。
それから女闘士は、残心の構えで注意深く伺っていたが、もはや歪蝕鬼が動かないことを確信するや否や、その凜々しかった顔が情けなく歪んだ。
「ううっ……歪蝕獣って、殴ると変な液体が付くからホント嫌ぁ~~!」
涙目で拳に付いた謎液を振り払う女闘士。
しかし背後から、新たな歪蝕獣の叫びを耳にすると、すぐに表情を引き締めて軍勢に突撃していった。
――ところで、何故ここで女闘士は戦い続けているのか?
その実力をもってすれば、戦場化した帝都からの逃走は容易い筈だ。
しかし女闘士は頑なにこの場を離れようとせず、延々と戦いを繰り広げていた。
「お姉さんを信じなさい! もう少しの我慢だからね!」
女闘士が力強い笑顔で呼びかけた先には――身を寄せ合う子供たちの姿があった。
混乱で肉親と離れ離れになり、火の海の中を彷徨っていた迷い子たち。それを見かねて保護をした女闘士は、守りながらの戦闘をすることになってしまったのだった。
「チィ……それにしてもキリがないわね……ここらで大技といきましょうか!」
襲い来る歪蝕獣たちの攻撃を躱しながら、女闘士は心内で
“大地の盟主にして
詠唱が完了した瞬間、女闘士の
その荒れ狂う光源には、炎の虎を象った紋章が浮かび上がっていた。
「てやああああああああああぁぁぁっ!」
猛々しい叫びを上げ、高々と
そして炎を
「くらいなさいっ!
『ボゴオオオオオオオオオオォォォォォォッ!!』
剛蹴が着弾すると同時に、荒れ狂う爆炎が
やがて砂煙が晴れれば――そこにはもはや歪蝕獣の痕跡はまるでなく、虎の
『やったああぁぁぁぁぁっ!!』と、子供たちの
女闘士は
「ふうっ…………さすがに疲れたわね……」
安堵の溜息を吐く女闘士。しかしそれは危機が去ったという理由からだけではない。
子供たちの反応を、紋章を見せた瞬間から注意深く
(よかった……まだ私が
もしも相手が大人ならば、確実に気付かれていただろう。
彼女が宿す炎虎紋が、
もしも罪紋者だと知られれば、子供たちに救助を拒否される可能性があった。
それは一刻を争うこの状況において、致命的な
(全く……我ながら無駄な苦労を背負ってるわね)
女闘士が苦笑いを浮かべ、子供たちの下へ向かおうとしたその時だった。
頭上から『バサリ、バサリ、バサリ』という不吉な羽音が響く。
慌てて天を
「そ、そんな……! 嘘でしょ……!?」
醜悪な黒の
それは小城ほどのサイズはあろう、巨大な竜型の歪蝕獣だった。
「
突如強襲した死の化身に、女闘士の戦意が砕け散りそうになる。
千年を生きた
そしてそれが歪蝕獣へと転化した場合は、更に等級が上がるとされ、いくら女闘士が並外れた実力を持っていたとしても、勝てる見込みなど皆無に等しかった。
(私だけなら、逃げれるかもしれない。でも……)
女闘士の
彼等は竜種からしてみれば、チリ同然の存在だろう。
ここで自分が見捨てたら、間違いなく死んでしまう。
(でも……果たして命を賭けてまで、守る必要があるの?)
女闘士の脳裏を、
そもそも他人に過ぎないのだ。今までは女闘士の手に負える範囲の危険だったから助けただけで、命を投げ打ってまで守ろうとするなど馬鹿げている。
(それに私にはやり遂げなきゃいけない事がある……こんな所で死ねないのよ……!)
女闘士の心の奥深く、刻み込まれた誓いが熱をもつ。その誓いは彼女にとって何よりも大切なものだった。
ゆえに子供たちを置いて逃げるのは仕方のないこと。自分は決して悪くない。充分よくやったはずだ。
そう思い、背後を振り返ると――
あまりにも無力で、吹けば散るような
それでも生きたい。どうにか生き延びたい。“お願い助けて”と。
子供たちは瞳に涙を浮かべながら、そう必死に訴えかけていた。
「っ…………ああもうっ! やったろうじゃないっ!!」
女闘士は己の甘さに
その闘気に応えるように、砂埃を巻き上げながら
捻れ歪んだ漆黒の巨体に、その倍はあろう
本来なら千年級ともなれば、人類を超える知能を持つ竜も多い。
だがその歪蝕竜は、まるで知性というものが感じられなかった。
狂気と憎悪で造成された顔面。その口元からは汚れた
「ギシqfャアgア4%)アア64ア#)アアgaア9ア9"#|ァァ8ァ0dg3ァァgッ4ッッ!!!」
この世のものとは思えぬ
子供たちが過呼吸を起こし、中には気絶する者までいた。
女闘士も意地で立っていたが、気を抜けばすぐに座り込んでしまいそうだった。
「あ、足が
自分の足を殴りつける女闘士。だが、足は震えるばかりで使い物にならない。
そうこうしているうちに、歪蝕竜の口元で青白い雷火が
「
竜霊滅破とは、高位竜種のみが扱う霊術である。
その威力は強力無比であり、山一つを軽々と吹き飛ばすと
何であれ、放たれれば射線上のものを滅ぼし尽くすだろう。
「この子たちは――――絶対に私が守るんだからっ!」
それでも女闘士は一歩も引こうとしない。
死の恐怖に足と唇を震わせ、血の気の引いた顔に
それはまるで、我が子を守ろうとする母親のようだった。
そしてついに、歪蝕竜から
『ズバアアアアァァァァァッ!』
突如天空から飛来した双剣使いが、
「ガギャ&%ア4アア!koア68アア$&aアアty3ァァ$%]ァァ134ァ!!?」
青黒い血飛沫を撒き散らしながら、激痛にのたうち回る歪蝕竜。
もはや竜霊滅破を撃つどころではなく、蓄積された力はあえなく霧散してしまう。
「………え? えええっ?」
突然の事態に混乱する女闘士。
その傍らに、ふわりと双剣使いが舞い降りた。
刃のように
我に返った女闘士は、目の前の男が
「……あんた馬鹿なのか? もう少し遅かったら死んでたぞ」
口を開くや否や、双剣使いは女闘士を
しかしその口調は優しく、
「まぁ……そんな馬鹿は嫌いじゃないけどな」
双剣使いは子供たちを一瞥した後、女闘士に穏やかな微笑みを向けた。
「ッッッッ…………!?」
その瞬間――女闘士の全身を激しい電撃が襲った。
熱く
それはまさしく――絵に描いたような見事な一目惚れだった。
ぼうっと立ち尽くす女闘士を尻目に、双剣使いが歪蝕竜へと向き直る。
右剣に暴竜紋、左剣に六翼紋。両手の甲それぞれに
そんな今にも飛び出しそうな姿に、女闘士は思わず声をかけてしまう。
「あ……あのっ! あなたの名前を教えてくれないっ!?」
双剣使いは
それからしばらく思案すると――やがて自嘲するように己の名を告げた。
「……リゼータだ。この辺りじゃ
そう言い残して飛び去った双剣使い――リゼータの姿を、女闘士が熱っぽい眼差しで見送っていると、突然『ワッ!』と、子供たちの歓声が上がった。
子供たちの視線の先を追えば、
大剣を
そして、先ほど自分たちを救ってくれた――双剣使いのリゼータ。
それらの特徴から、女闘士は彼等が何者なのかを即座に理解した。
「
声援を送る子供たちの傍らで、女闘士は祈るようにその名を呼んだ。
その光景はまるで――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
応援・感想・評価などをつけて頂けると嬉しいです。
誤字脱字の報告もしていただけると助かります。
※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます