ep9/冥界庭園にて(後編)
ルミルオーヴェは「ほら。あの光の玉をご
その視線に
「あれはあなたの
でも、時間が
前のめりで「そうか。なら――」と、
しかしそんなリゼータを、ルミルオーヴェは涼やかな眼で
「ただ、あなたはもう三度も死にかけている事を忘れないで。それによって、あなたの
「真滅だと……?」
その言霊に強力な圧を感じたリゼータが、怯えるような視線で説明を求めると、ルミルオーヴェは顔の前で両手を組み、淡々と宇宙の真理について語り始めた。
「
これ以上のダメージを受けて、あなたの心魂が砕け散れば、もはや輪廻転生を選ぶこともできず、存在そのものが消滅して無となる。それが真滅よ」
リゼータが真滅という状態を想像した瞬間、死を意識した時に感じた恐怖よりも、何千何億倍もの強烈な恐怖が――それだけで心臓が止まり、死んでしまいそうになる程の――心の底から
「はっ、はっ、はっ、はっ……!」顔を真っ青にして、
そのあまりにも
いつの間にか立ち上がっていたルミルオーヴェが「落ち着いて。大丈夫よ」と、リゼータの
「でも
そしてリゼータ。今のあなたに言うのは酷かもしれないけど、時間が
そうして冥界の盟主は、改まった口調でリゼータに決断を求める。
「現世に戻り苦痛の生を選ぶ? それとも輪廻の河に飛び込んで来世に希望をかける? もしくは……私とここで永劫の時を過ごすなんていうのもアリかもね?」
重く厚い沈黙が、ルミルオーヴェの庭園を支配する。
がっくりと椅子に座り込み、両手で頭を抱えながら苦悩するリゼータ。
むろん、出来ることならリゼータも現世に戻りたかった。しかし
そんなリゼータの横顔を、ルミルオーヴェもまた苦しそうに見詰めていた。
時間にして
『リゼータ! こんな所で死ぬなんて、僕は絶対に許さないぞ!』
『リゼ君! お願いだから目を開けて! お願いだからっ!』
『リゼ兄ぃ! やだよっ! 帰って来てよおぉぉっ!』
『起きてくださいリゼータ! こんなの……こんなの嫌ですっ……!』
その叫びに
もう
『ほら、目を覚ましてリゼータ。あなたを愛する人がこんなにいるのよ』
そして今度は――ひときわ温かくて優しい――女の声が聞こえた。
しかし、どこかで聞いた事はあるのだが、どうにも思い出せない。それでも、その声は太陽のように暖かく、力強く、
リゼータの
(…………ああ。会いたい。みんなに会いたい……!)
リゼータは激しく思い知った。そして心の底から理解した。
大切な人の言葉というものが、これほどにまでに心を揺さぶることを。
胸を焦がすこの衝動の前では、合理的な判断も、千年に一度の悟りも、永遠不変の真理も――何もかもが、ちっぽけに思えることを。
これからも想像を絶する苦難があるだろう。
それでも現世への
また愛する者たちと出会うために。笑って語り合うために。
気が付けば――
とてつもなく恐ろしいが。凍て付くほどに恐ろしいが。
リゼータは顔を上げる。その
「……そう。やはりあなたは愚かね。けれどその道を選ぶというのなら、私は幸運を祈りながら、ただ見送るだけよ。それにどうやら……小さなお
何かを
「――――にゃあぉ」
リゼータ驚いて上空を見やると――そこにいたのは、翼の
十年ぶりに再会した空猫が、薄暗い闇の中を可愛らしく舞っていた。
「お前もいたのか。久しぶりだな」
庭園に降りた空猫に
空猫が死の
彼等から受けた借りは大きすぎて、どうやって返せばいいのか分からない。そんなリゼータの気持ちなどつゆ知らず、空猫は
そして、ついに
リゼータは空猫に導かれるように、光り輝く扉の前に立つ。
それから、見守るように
「ルミルオーヴェ。十年前に……三年前と今回もだが。お前が生き返らせてくれたおかげで、俺は生きる喜びを見つけることが出来た。何よりも大切な宝物を得ることが出来た。
ここでお前に会ったことは、きっと忘れてしまうだろう。だが俺の
リゼータの感謝を受けて、
その表情が気にかかったリゼータだったが、
それからリゼータは少しだけ
「なぁ聞かせてくれ、ルミルオーヴェ。今も昔も……どうして俺だけ、こんなに特別の扱いをしてくれるんだ? 他の死者には、俺と同じように
茶会のおかげで心魂の痛みが収まった気がするし、俺が答えを見付けるまで
それは感謝はしているし、疑っているわけでもないんだが……お前にも何か目的があるんじゃないのか?」
その問いに、しばらく
そこに隠すような意図を感じたリゼータだったが、それ以上の追及はあえて
「……まぁ、いいさ。いつか本当の理由を教えてくれ。本当に世話になった。じゃあ…………またな」
ルミルオーヴェはくすくすと笑いながら、冗談めかした調子で応じる。
「ふふふ……ええ、いつでも
「ははは、確かにな……違いない」
それが、二人が交わした最後のやり取りになった。
リゼータは空猫と共に、温かな光の中に歩を進めていき――やがて消えた。
そして、甘い薔薇の
久方ぶりの客人はもういない。リゼータが去り、空猫も去った。
空を見上げれば果てしなき暗黒。
残ったのは
やがて――ルミルオーヴェの
「……
それは、
「私にはあなたに感謝される資格なんてない――この罪深い私には。
それは、
絶望に満ちた
「……リゼータ。いつか
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
これくらいの長さだったら、前後編に分ける必要も無かったか。でも一呼吸置いた方が良いときってあるからな。
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誤字脱字の報告もしていただけると助かります。
※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
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