ep8/冥界庭園にて(前編)
――――寄る辺なき
己の存在すら不確かで、
唐突にリゼータは、己が
そこは何とも不可思議な――まるで夢の光景のような場所だった。
例えるならば、夜空にぽつねんと浮かぶ小さな庭園だろうか。
外周に備え付けられたガス灯のおかげで、庭園の姿がくっきりと見える。
そこには
ぎこちなく周囲を見回しながら「ここはどこだ?」リゼータは独りごちた。
そしてこの奇妙な庭園に来る前に、自分は何をしていたのかを思い出そうとする。
すると徐々に記憶が
(帝都を
そして仲間を
あの瞬間、己の血が沸騰し、肉が焼ける匂いを
肉体的にも精神的にも痛みに慣れているリゼータだったが、それでも耐え難く、発狂しかねないほどの――とてつもない激痛だった。
(やはり俺は死んだのか? となると……ここは
あらゆる生命は、肉体が滅びた後は霊体となり、冥界に向かうと聞いている。
しかし冥界にしては想像と違いすぎる気もした。ひょっとして、気まぐれな死神にでも誘拐されたのかもしれない――そう
(いや……待て。俺は何度かここに来たことがあるぞ)
次第に、リゼータの眠っていた記憶が
そう。この奇妙な花園に訪れたのは、これが三度目だった。
一度目は十年前の死の森で、二度目は三年前の
完全に忘れていた身としては、その記憶も疑わしかったが。
(どうやらこの世界の記憶は、現世では忘れる仕組みになっているらしい)
そんな仕組みを作ったのは神か悪魔か、それとも自然の
すると前回も同じ思考に辿った事を思い出し、リゼータは大きく
つまり死後の世界を認識するのは不可能ということであり、たとえば何らかの真実や悟りを得たとしても、現世に戻れば綺麗さっぱり忘れてしまうということだ。
それならば――今ここに居る事に、何の意味があるというのか。
途方に暮れるリゼータが、力無く暗黒の空を
(……あれは何だ!?)
それはあまりにも超大な光の河だった。
(あの光の一つ一つが……
そしてその輝く大河に流れているのが、おびただしい数の心魂である事を本能的に理解し、しばらくの間リゼータは、
「――あれは、
不意に、背後で何者かが語りかけてきた。
リゼータが驚いて振り返ると、そこには――
腰まで
その
少女が持つ幻想的な空気を前に、思わず言葉を失ってしまうリゼータ。
そんな彼を
「あの光の河に飛び込めば、あなたの心魂の汚れと傷は洗い流されて、全てを忘れて現世から解放される。そして時が来れば、新しい世界に生まれ直す事が出来るのよ。もしもあなたが、それを望むなら……だけどね」
リゼータは現状に
(あれが……
輪廻ノ河とは、世界各地で語り継がれる伝説上の大河だ。
言い伝えによれば、心魂を司る神霊が管理する河であり、入水すれば心魂が清められ、新しい生命へと転生することが出来るのだという。
本当に存在したのかとリゼータが驚きを隠せずにいると、思い出したように少女が「さて、
一方でそんな彼女の姿に、リゼータは頭の奥が
(俺はこの少女のことを知っている……確か名前は……)
リゼータは口元に拳を当てながら、記憶を探っていき――やがて答えに行き当たる。
「お前は確か……ルミルオーヴェ。冥界の主……
正解とばかりに、少女はにこりと微笑んだ。
「そうよ。覚えてくれていて嬉しいわ。久しぶりねリゼータ」
覚えられていた事がよほど嬉しかったのか、それとも久々の来客に張り切っているのか、ルミオーヴェは浮かれたように身を
それから――ルミルオーヴェによる、ささやかな茶会が開かれた。
無限に広がる
ルミルオーヴェが用意した品々は、
しかし白銀に輝くカップに注がれる紅茶からは、意識を失いそうになるほどの
しばらくしてから、ルミルオーヴェも紅茶に口をつける。
堂に入った上品な立ち振る舞いで、じっくりと
そんな絵画のような光景に見とれながら、リゼータは目の前で紅茶を味わっている
(……冥月霊王、ルミルオーヴェか)
八柱いる精霊の王のうちの一人。冥界の盟主にして真理の守護者。
冬の夜空に輝く
その主な役割は、死後に冥界を訪れる
果たして自分はどちらになるのだろうか――リゼータが己の人生を振り返っていると、ルミルオーヴェが
「それにしても……あなたって愚かよね。今回のこともそう。あなたは誰よりも早く
しかしその
リゼータが「俺が死んだ理由を、お前は知っているのか?」と問えば、ルミルオーヴェは
「ふふふ……あなたの事は常に見ているもの。戦っている時も、食べている時も、寝ている時も、誰かと愛し合っている時も――そう、あらゆる
まるで
一瞬不快感を感じたリゼータだったが、しかし幾億の時を過ごした神のごとき精霊という存在は、人間とはかけ離れた精神を持っているのかもしれないと思えば、腹立たしさも薄れていった。
そしてリゼータの反応を
思い通りの反応を得られなかったのか、面白くなさそうに
「ずっと理解できなかった。どうしてあなたは、そんなに苦難の道ばかりを選ぶの?」
リゼータが「苦難の道?」と問い返せば、ルミルオーヴェは語る。
「あなたの血の
なのにあなたは、いつも誰かの為に傷付いて血を流して、そして――我が身を
リゼータはしばらく考えて「誰に対しても身体を張るわけじゃない。大切な仲間にだけだ」と答えると、ルミルオーヴェは「大切な仲間ね……精霊の私にはよく分からないわ」と、心の
「……でも、苦しんでいるあなたを見ているのは辛いの。どうにかして助けてあげたいと思うわ。こんなのって、精霊らしくないかもしれないけど」
そう告げたルミルオーヴェの哀しげな顔は、まるで人間のように見えた。
重い沈黙がしばらく続いたが――やがて、それを壊すようにリゼータが口火を切る。
「とはいえ、もう誰かの為に身体を張ることはなくなったな。歪蝕竜との戦闘で俺の肉体は確実に崩壊して――死んだんだからな」
そう
リゼータの経験に照らし合わせれば、あの歪蝕竜の自爆に
しかしルミルオーヴェは、すぐにその言葉を否定した。
「そう決めるのは、
落ち着き払った様子で、再び紅茶に口を付けるルミルオーヴェ。
しかし反対に、リゼータはその発言が気になって「……どういうことだ?」と、顔を
「だって――あなたはまだ死んではいないもの」
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〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
ゴスロリ美少女って好きです。水銀燈がいっちゃん好きです。
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※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
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