ep10/愛しき者たち
初めに見えたのは――突き抜けるような青い空だった。
どこからか吹いて来た風が、夏の
そんな光景に“良い
「――リゼータ! 僕の事が分かるか!? ちゃんと話はできるか!?」
その
そんな親友の姿を見て、リゼータの意識は急速に
「……大丈夫だ。ありがとうゲルト」
リゼータが応じると、ゲルトは大きく
「みんなっ! 反魂の術は成功したみたいだ! 意識もしっかりしてるぞ!」
ゲルトの
必死に涙を
ジルミードは感極まった様子で、ふらふらとリゼータに近付くと、無言で空いている左手を握った。泣きはらしたその眼は真っ赤で、ひっくひっくと肩を震わせている。
ゲルトは天を
(こんなに良い仲間に恵まれて……本当に俺は幸せ者だな)
ゲルト、アローゼ、ラピア、ジルミード。
幼い頃から苦楽を共にして、生き抜いて来た仲間たち。リゼータにとって、いつしか彼等は『仲間』を超えて『家族』と言っても過言では無い存在となっていた。
四人はリゼータに寄り
自分の事を心から心配し、喜びの涙を流してくれる――そんな仲間たちを見つめながら、リゼータは心の底から生きている事を感謝した。名前も思い出せぬ誰かに向けて。
そんな時だった。リゼータの脳裏にふとした疑問が湧き上がったのは。
(……むっ? そういえば……どうして俺は生きているんだ?)
ゆっくりと周囲を見渡せば、ここが
その寒々しい光景を見ていると、先程まで
はたして歪蝕竜は自爆し、その寸前にリゼータが仲間たちを
「俺は……生きているのか? あの爆発を喰らって」
リゼータの問い掛けに、ゲルトは申し訳なさそうに答えた。
「……いや、君の肉体はボロボロだったよ。でも、あそこの彼女が強力な
そうだ……あなたもこっちに来てほしい。改めて礼を言わせてくれ!」
リゼータが
その女闘士はリゼータと目が合うと――ビクリと身を
そしてそんな彼女に、リゼータは見覚えがあった。
(彼女は……たしか歪蝕竜から、子供たちを守ろうとしていた……)
赤い炎のような髪。日焼けした小麦色の肌。
リゼータの観察眼が確かならば――その鍛えられた肉体と
そして彼女は
(……おっと。今は
リゼータは心配そうな仲間たちを尻目に、ふらつく足取りで命の恩人である女闘士に歩み寄ると、深々と頭を下げながら感謝を述べた。
「……ありがとう。あんたのおかげで助かったよ」
「そ、そんなに
あなたがいなかったら、あのまま私たちは
それは全く
その女闘士の力強く
「でも……まさかあなたが、かの有名な
その反応でリゼータの心情を
「あっ、言っておくけど、私はあなたの悪い噂なんて全然信じてないから!」
女闘士は周囲を見回すと、リゼータに身を寄せて「ちなみに……私も罪紋者なの。ほら見て」と
その予想だにしなかった告白に、リゼータは
「だからあなたの事を馬鹿になんてしてないわ。あなたは
星のように輝く女闘士の瞳には、溢れんばかりの敬意が宿っていた。
それから先程の戦いを思い出したのか、興奮気味にまくし立てる。
「そうそう。さっきの歪蝕竜との戦い本当にすごかったわ! リゼータってば、一体どんな心臓をしてるわけ? ううん、メンタルだけじゃなくて、霊術も剣術も凄かった!
あなたの流派って
しかし情熱的に好意を向けられても、リゼータは
普段は嫌われ者として通っており、仲間以外から
いくら相手が自分と同じ罪紋者だといっても、他人から褒められると、どうにも背中がむず
「……ええと、その。子供達は無事なのか?」
「あっ、ええ。あそこに居るわよ。お~~~いっ!」
メルティアが大きく手を振ると、様子を見守っていた子供たちが元気一杯に応じた。
大きく手を振り返す者。飛び上がる者。大声で返事する者。照れながら小さく手を振る者。
(きっと彼女がいたから、子供たちも耐える事が出来たんだろうな)
子供たちに笑いかける女闘士の横顔を
そして彼女に対して――
(……全く。
しかしリゼータはその想いを振り払うように、
「そいつは帝都でも腕の良い情報屋だ。子供たちの親を探して貰うといい」
「いいの!? すっごく助かるわ!」
名刺を受け取った女闘士は、飛び上がらんばかりに喜んでいた。
「俺の名を出せば、優先的に探してくれるはずだ。
「うれしいっ! 本当にありがとうっ!!」
感極まったあまりリゼータに駆け寄り、その
ふと気が付けば、二人の顔は唇が触れるほど近くなっていた。
「「あっ……」」
女闘士の
「「「ギイ%イ)&イイィィ#(ィィィ~`@ィィ+!!!」」」
しかしそんな二人の時間を終わらせたのは、遠くから見つめていた仲間たちが――主にアローゼ、ラピア、ジルミード――
我に返った女闘士が「おほん!」と
「ほっ、本当に
女闘士との急接近にリゼータも内心動揺していたが、その感情をおくびにも出さず、女闘士の話に耳を
しかし偶然にも、語られた内容は、リゼータにとって興味深いものだった。
「私が
「…………そうか」
女闘士の口から語られる、愛しき者たちの想い。
どれだけ自分が大切にされているのか。必要とされているのか。愛されているのか。その想いを改めて知ったリゼータの心を、温かな幸福感が満たしていく。
たとえこの先、何があろうと。どんな
己の命に
「あいつらは……俺の最高の仲間だよ」
「ふふっ……あなたたちって最高ね」
それは今ではない何時かを見ているようで。そして
やがて――燃えるような夕陽が、
長くなった二つの
「……そろそろ私……行かないと」
一方のリゼータは、本心を隠しながら「そうだな」そっけなく返した。
今の己にとっては、何よりも大事にすべきものは空猫ノ絆なのであり、それ以外の者とは必要以上に馴れ合うつもりは無い。
しかし、それでもリゼータは我慢できず――心の中で自分にあれこれと言い訳しながら――ずっと気になっていた事を、女闘士に問い掛けていた。
「……あんたの名前を聞かせてくれないか?」
何でもない質問のはずだが、
その顔は申し訳なさそうに
恐らく、女闘士には自分の
そして今も、真名を名乗れない事に対して――よほど
だがそれをしない女闘士の誠実さに、リゼータは思わず苦笑してしまった。
「……いや、いいんだ。あんたにも何か事情があるんだろう。気にせず――」
「――――メルティア。私の名前は……メルティアよ」
リゼータの言葉を
驚きに目を白黒させるリゼータを尻目に、女闘士――メルティアは苦笑いを浮かべつつも、どこかスッキリしたような顔で真意を語った。
「お
立てた人差し指を唇に当て「しい~っ」と
そんな姿を瞳の奥に焼き付けながら、リゼータは
「じゃあなメルティア。いつかまた会える日を……楽しみにしている」
その言葉を聞いたメルティアは、驚いたように
まるで
「ええ、私もよっ! 絶対にまた会いましょう!」
二人の間に
甘い愛の
けれど今の二人にとっては、そんなやり取りだけで
そして去り
「これからもずっと――リゼータと
その一角である南部の宿屋街は、いつもと何ら変わらぬ夜の姿を見せていた。
雑然と立ち並ぶ屋台からは、
そしてそんな彼等のすぐ横を、
「ふんふんふふん~~♪」
メルティアは、上機嫌で鼻歌を
外装は薄汚れ、身体は傷だらけで疲労困憊。しかし気分は
その理由の一つ目は、リゼータに紹介された情報屋の協力を得て、速やかに子供たちを信頼のおける場所に送り届けれたこと。
そして理由の二つ目は、空猫ノ絆と――特にリゼータに出会えた事だった。
(リゼータかぁ……また会いたいな。いえ……絶対にまた会いに来るわ!)
メルティアにとって彼は、今まで会った誰よりも好ましい異性だった。
その見た目も、心根も、仕草も、そして強さも。全てがメルティアの心を揺さぶった。しかし何よりも、その有り様が――同じ罪紋者として――心から尊敬することが出来たのだ。
(やっぱり
罪紋者と一般人――恵紋者が共存して生きる世界。それこそがメルティアの願いだった。
母神教会が絶対的な支配力を持つこの世界において、恵紋者だけが人生を
その理不尽な現実に、いつしかメルティアの心は
だがリゼータは罪紋者でありながら、
今もくっきりと、メルティアの目に焼き付いている。刻印の違いなどまるで気にせずに、リゼータを救うために必死になっていた四人の仲間たちが。
あの関係こそが、ずっと自分が想い
(よし……リゼータに負けずに私も頑張るわよっ!)
決意を新たしたメルティアが、力強く夜空を見上げた時。
そんな彼女を見付けて、慌ただしく声を張り上げる少女がいた。
「あ~~~~いたいた! メルちゃん、やっと見つけたし~~!」
声の主である露出多目の桃髪少女は、行き交う人波を必死に
それから息を整えると、バツの悪そうな顔をしているメルティアに向けて――よほど
「メルちゃんは、いつもいつも心配ばかりかけて! ずっと不安だったし!」
「そ、そうねピーナ。本当にごめんなさい」
メルティアが即座に謝罪するが、桃髪少女――ピーナの怒りはまるで収まらない。
「いえっ、反省が全然足りないし! 今日ばっかりは絶対に許さないんだからっ! いくら待っても合流地点に来ないし! 今までどこで何をしてたんだし!?」
「そんなにガミガミ言わないでよぉ……こっちも色々とあったのよ」
「ガミガミとは何だし! それじゃまるで、うちが怒りんぼみたいじゃない! ひじょ~にひじょ~にひじょ~~に心外だし! うちがこうして心を鬼にしているのは、メルちゃんの為を思ってであって――」
「ひぃ~~ごめんなさ~~い! 私が全部悪いんですぅ~~~!」
激怒するピーナに、全面降伏するメルティア。
それからしばらく正座でお説教を受け、足の
「いたたた……と、とにかく……あなたも無事で何よりよ。それで、例の件は?」
メルティアが足を
「保護した罪紋者たちは、炊き出しをしながら、合流地点で待たせてるし」
「それで……移住希望者はどれくらいなの?」
「最後に確認した時は三百二十二人かな? 現在はもっと増えてそうだし」
それを聞いたメルティアは、真剣な表情で頭の中の
「三百人と少しか……流石は帝都ドルガーナ。かなり多いわね」
「確かに人数は多いけど、
「流石はじいやの占いよね。もしも獣災が来るのを予知できていなかったら、どれだけの罪紋者たちが命を落としていたか……考えただけでゾッとするわ」
「うんうん。さすがはジュリオ様だし。ところで、私からも質問なんだけど……」
メルティアが大きな瞳をパチクリさせて「何かしら?」と尋ねると、温和な笑みを浮かべていたピーナの顔に、再び鬼の影が浮かび始めた。
「よく見たら
「ぎくうっ!」
「ぎくうっ、じゃな~~~いっ! メルちゃんのあんぽんたんぽんたん! 今日という今日という今日は……トサカにきたし~~っ!!」
「ひいいっ!?」
「メルちゃんに何かあったら、たくさん悲しむ人がいる事を思い出すし!」
「そ、それは……ごめんなさい」
その剣幕は先程のものより激しく、そして本気でピーナが怒っていることが伝わったため、メルティアは叱られた子供のように縮こまるしかなかった。
しょぼんと
そして誰にも聞こえないように静かに――今までの彼女の振る舞いが、
「デメルテス・フォリアーナ・アマルダ・メルティア・リィン・バトラミス三百七十六世様。どうかもう少し
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〈作者コメント〉
どうも。クレボシと申します。
これにて第1部の1章終了です。ここまで読んでいただいてありがとうございました。2章から展開が大きく動くので、よければ続きもご覧ください。
応援・感想・評価などをつけて頂けると嬉しいです。
誤字脱字の報告もしていただけると助かります。
※タイトル(ABYSS×BLAZER)はアビスブレイザーと読みます。ブレザーじゃないですよ。
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