第51話

3日目水曜日


昨日?


当然、逃げ切ったさ。俺には脚力がある。登った先には男子トイレがある。そして息を殺すことぐらい容易。脅しにも屈しない。


捕まる道理などどこにもない。


そんな事はどうでもよくて、昼休み。会長が現れた。またもや昼一だった。


「一緒にたべよ!」


昨日の出来事もある。断る理由はなかった。


「わかりました。」


リュックを片手に立ち上がる。


「よっしゃ行くぞ!」


そうして連れて行かれたのは生徒会室だった。


前世ではほぼ入る事はなかったのが、今世では縁があるようだ。


中へと入る。驚いた事に、誰もいなかった。


「誰もいないんですか?」


「そうだよ。」


「そうですか。」


居たら居たらで何かしらめんどくさそうだが、居ないは居ないでめんどくさそうだ。


会長が、来客用と思われるグループ机に座ったので俺も対面の位置に座る。そして取り出す。


りんご1/4カットラップ包み。


「もしかしてそれが昼ごはん?」


そう言う会長の目の前には2段弁当箱が見えた。


それが一般的な昼食だったりするのだろう。


だがめんどくさい。電子レンジの一つでもあれば、冷凍食品詰め込んで持ってくるという選択肢も無いことも無いのだが、そうでないならば無しだ。


「はい。」


「うさぎさんだったりする?」


「そうかもしれません。」


そう言い切ると、瀬名はぼりぼりとリンゴを齧りだした。


困ったことに、周辺店舗に良い感じの総菜パンが無いのだ。それは入学前にしっかりと確認した事である。


良い感じの具体的な部分には、好みの具材、お値段250円以下、店舗が近いの3つがある。


唯一当て嵌まるのが学校の購買なのだが、あそこはダメだ。確率が低すぎる。パチンコと同じだよ。


500円出せるようになると、それなりに素晴らしい弁当が売られているのだが、ワンコインは容認できない。それは浪費である。


いや別に、それを気にしなくてもいい金額が手に入る予定ではあるが、定期収入ではないので無しだ。俺は眼鏡クイックイッしながら先を見据えた未来への投資を行うのだ。


さて、ものの数秒で昼食は終わった。それに比べ、会長は箸すら持っていない。


視線が合う。顔が驚きに近い何かをしていた。


なんだか気まずくなった見学少年は手を合わせた。そして言った。


「ごちそうさま。」


「それでお腹いっぱいになれるの?」


答えはNO。圧倒的にNO。ありない、無理、絶対無理。


だがそう言ってはただひたすらに困惑が残るだけ。だからこう言った。


「昼はあんまり食べない主義なんで。」


実に素晴らしい理由だ。なんの可笑しな点1つない。


「意識高い系ってやつ?」


「そうかもしれません。」


パカリと弁当の蓋が開く。一汁三菜のように栄養バランスが良さそうな弁当だった。


やっと会長が箸を手に持つ。だけどまだつけない。


「もしかして一人暮らしだったりする?」


「ですね。」


そういえば一人暮らしが異常だという事を思い出した。小学校ではある意味における普通だったが、この智美中学校では明らかに異常の部類に入るのだろう。なんだか違和感が無さ過ぎて、忘れていた。


「食べ盛りなのに?」


それはどういう問いなのだろうか。…ま、こういう時はあれだ。オウム返しだ。


「なのにです。」


「食べる?」


わざわざ会長はお弁当箱の端を持ち、見やすいように傾けてくれていた。


「手作りですよ~~」


すっごいセールスポイントだ。異性の手作り弁当、価値がない訳がない。……それにしては綺麗すぎる弁当だな。どちらかと言えば洋食、メインディッシュと思われるハンバーグが2段目のお弁当箱のおおよそ半分を占めている。


そのハンバーグは冷凍食品感を感じさせず、妙に綺麗なフォルムをしていた。

弁当箱に入る様にと、通常の1/3ぐらいに小さなハンバーグ。もはやミニチュアの領域に入りつつある。


これを生徒会長が作ったなんて信じられない。……やっぱり信じられない。


朝からハンバーグ?料理大好き女子か?それともメイドイン聖母様か?

ブロッコリー単品に春巻きっぽい何かとまとまりは無く、生活感のある不思議な弁当箱。残念ながら春巻きを手作りか冷凍食品か見分ける技能は持っていない。


「遠慮します。」


そう言いながら視線を逸らし、生徒会室を眺める。


旅の途中、スマホなんかを見る阿呆はいないはずだ。周囲の景色を見る方が良いに決まっている。だから俺も周囲を見る。


会長の弁当何割手作り問題を考えるのも面白そうだが、ここはいと珍しき生徒会室。地味に気になる物が沢山ある。


もし、ここのツアーがあったのならば予約していただろう。


唯一の不満点は、窓が遠すぎるので日向ぼっこができない事だろう。未だに暖房をつける様子のないこの部屋は、わずかに肌寒い。


この程度なら上着一枚もあれば気にならないだろうけど、言葉通りに解決する方法はない。見学少年は上着を持ってきていないのだ。微妙な温度の差、地味に辛い奴だ。


「まったく、遠慮ばかりだね。好意はありがたく受けるものだよ。」


そう言いながら、ハンバーグを箸で切り分け、摘まみ上げていた。惑わすようにゆらゆらと揺らす。


だが瀬名の食欲は微動だにしない。たとえ、それが目が飛びるかもしれない程の高級食材を使われていたとしても、この微妙に寒い空間で湯気を揺らし、旨そうな匂いを醸し出し、黄金の肉汁を滴らせていたとしても、無いだろう。


先ほどの言葉、どこかで聞いたような覚えがある。

だから同じ事を言おう。1つ食べたら2つ目も食べたくなっちゃんだよ?これは0か1の問題だ。それは大きな意味を持つ。だから食べない。そう、焼肉を乗り越えた俺は無敵なのだよ。


だが、ここでノーと言えば延長線が開始されることは目に見える。さて、最適解はなんだろうか。


おやすみなさいと言って昼寝モードに入るのは流石にないだろう。誘ってもらった分際で失礼すぎる。タイマンやぞ。会長と俺のマンツーマンだぞ。言い訳のしようもない。


それではいただきますとでも言うことだろうか。だが残念。そのおかずを掴むことができそうな物を所持していない。素手という手段があるがそれは汚い。相手の箸から……ふむ?


瀬名は連鎖的に思考が回る。そしてそれに納得した瀬名は行動に移した。


「あー」


その場で微妙に口を開く。なぁに、ちょっとした実験だ。


相手はわざわざ箸で掴み上げこちらに差し出しているのだ。明らかにあーんの流れだろう。


勘違い野郎の可能性も無くはないが…俺はこう思った。俺はこういう男だ。いくらでも蔑んでくれ。勘違いさせたお前も悪い。


ダメならダメ。なんならキモいから近づくなとご縁が無くなる。そして自然と帰る事が出来る。なかなかいいリスクとリターンだ。


瀬名は軽い覚悟で待ち望む。


「あーー」


驚いたことに会長は声を出し、腰を浮かせ前屈みになった。それに合わせて俺も膝を浮かす。


デコピンなんてイタズラっぽいことされちゃったりして、とも考えるが会長が突然動き出すことはなかった。そうした少し後、瀬名は口をもう少し開き、閉じた。


勝った。そしてうまい。最低限、箸で掴んで形が崩れない程はあった。さすがだ。うまい。


手作りお弁当とあーんというオタク憧れで貴重なシチュエーションも体験することができた。ありがとう、会長。ありがとう、ハンバーグ。


口を空にして言う。


「まさか本当にするとは思いませんでしたよ。」


「でっしょ!パパ料理上手でっしょ!」


あ、やっぱり会長手作りじゃなかったのね。……手作り(パパ作)ってこと?なるほど、よくわからん。




時間は過ぎ、放課後。その後は特別生産性のない会話だったので割愛。


そんな事よりも大切な事がここにはある。


それは委員会だ。そう、推薦された保健委員だ。


「よろしく。」


そう挨拶してくれるのは、もう一人の保健委員(女)だった。


その時、瀬名はそういえばと思い出した。太古より保健委員は男女1人づつだということに。推薦が発表されていた時、男子が文句の悲鳴を上げていた理由をようやく理解した。


「よろしく。」


そう返し、開催地である保健室に向かう。先の挨拶っきり、同じクラスの者との会話は無かったが、それ以外とはあった。


どうやら見学少年としての地位が築かれているので、様々な学年の人達と会話が生まれていた。全員が見ず知らずだったが、陽キャだった。


俺も同じクラスの保健委員さんと交流を深めるべきだろうか?悩む。ぶっちゃけ深める仲もないように見える。そして委員会という免罪符があるので、必要に迫られれば容易に話せる。会う機会も委員会程度。うむ、別にいいんじゃないかな。


そんな事を考えていると委員会が始まる。


驚いた事に最初の委員会は簡単な説明と、長を決める事であり、あっという間に終わった。何事も事件はなく。帰る事ができた。


そう、何もなかった。

2回くらい保健室の先生と目が合いニコっとなったが、その程度で意味深な視線も何もなかった。


詰まる所、仕事内容はいつも通り、いや前世通りの保健委員だった。




土曜日


ロイポポロコンビが来た。スマホを得た。そしてなんだかんだ来週また会う事になった。なんだか日常に取り込まれてつつあるような気がする。


ま、いっか。


これと言って不満点も、問題点も見当たらない。むしろただ飯ただ遊びと良いこと尽くしである。


うぇるかむかもーん。




週が変わり火曜日、部活動が始まった。


だが関係ない。俺は帰る。


一応、遊戯部という部活に入部届を出したが、それは仮初の姿。幽霊部員、見学少年こそが真の姿。


という事なので帰ります。


帰りの会の終わる。だけどここで速攻で教室を出て行ってしまえば組埜先生に怪しまれるかもしれない。だからゆっくりと帰り始めた。


人に紛れ靴を履き替える。


驚いた事に自分以外にも家を目指す生徒が居た。片手で数えられる程度だが、確かに居た。


そして校門には先生が居た。いつの日か見た笑顔輝くマッチョだった。


一瞬、足が止まりかけた。


最速とは言わずとも、それなりに早い帰宅だ。だというのに、先生は既に校門にいる。まるで監視員だとでも言わんばかりにその場に立っていた。


その上、先生の顔はこちらに向いているのだ。長い前髪のおかげでアイコンタクトは出来ていないはず。だが、確にこちらを向いているという圧を感じる。


別に義務ではないので大丈夫だ。俺以外にも帰宅しようとする影は少ないがある。だから大丈夫だ。そう言い聞かせ平然を装いながら歩き続ける。


すると声を掛けてきた。


「たしか……見学少年だったかな。部活動はどうしたんだい?」


一瞬、全力疾走で逃げだそうと思ったが辞めた。


俺ならば逃げ切れるという自信があったが、その場合、後日個人面談開催という可能性が生まれるので辞めた。


ここはコミュニケーションだ。大丈夫、紳士に説明すれば納得してくれるはずだ。


瀬名は足を止め、口を開く。


「家が遠いので。」


「へー何時間ぐらいかかるの?」


「2時間。」


「2時間!?」


過度に反応していた。愉快な男だ。


「徒歩で、」


「とっほ!?」


過度な反応。今度は言葉を被せてきた。


「ついでに一人暮らしです。」


「一人暮らし!?」


過度というよりも過激な反応だ。数少ない視線がこちら集中している。それはこのノリツッコミに対して視線を集めているのか、同い年ぐらいの人物が一人暮らしをしているという事実に驚いているのか…恐らく両方だろうか。


ま、小学校バレてるから今更一人暮らしを知られた程度で、どうってことないけれども。


それは兎も角、コンプライアンスというか個人情報というか、配慮ってのがあると思ったんだけどな。無い感じですか?自分から言ったからノーカン?誘導尋問って言うんですよ、それ。


さて、説明は終わったろう。片道2時間な上に、一人暮らしという苦労学生的な理由は免罪符になりえる。別に部活動をやらなくて良い理由にはならないが、やらない理由にはなる。


それじゃさようならをしようとしていると、先生は口を開いた。


「ん?そういえば遊戯部に所属していなかったかな?」


……なんで知ってんだよ。全員分の所属部活知ってんのか?きっしょこわ。これがハイレベル中学校教師の普通なのか?きっしょこわ。ちゃんと給料貰ってるか?きっしょこわ。


まぁ、今回ばかりは俺のミスか。恐らく無所属であれば声を掛けられなかっただろう。事実、周囲にいる数少ない生徒たちは静かに帰れている。


記憶の片隅に僅かにある同学年の姿も一人だけ確認することもできた。赤髪のオールバックと、特徴的な髪形と髪色なのでなんとか覚えている。名前は知らないけども。


きっとこれは、変に保守心が現れて入部届を出してしまったせいだ。それが原因だ。


そんな事を思いながらも早口で言い切る。


「勘違いです。」


そして早足で帰路を進んだ。


その背を止める声はなかった。もし、声を掛けられてしまっていればこの教員との関係性が極めて悪くなりそうだったので助かった。


瀬名はまた一つ学んだ。恐らく次があれば、間違えることはないだろう。

後は、退部届を出せばいい。今すぐ出せば、勘違いというセリフが嘘にはならないだろうが、その場合もなぜ?と組埜先生による面談が始まってしまうだろう。組埜先生なら平然とやるというイメージがある。


よし、幽霊部員続行だ。夏の始まり辺りに、入ったはいいけど合わなかったと、退部届を出しに行こうと心に決めた。





そこから2日か、3日か。


まぁ、そんなことはどうでもいい。見つけた奴らだ。



その時は買いだしに出かけた夕方に近い夜だった。


学校終わり、速攻で家に帰る。

示談金の活用方法という激重重大任務が生まれ、未来投資計画という設計図を寝る間も惜しんで作っていた。


不思議と数轍程度では終わり決まらなかった。だが、大まかな使用用途等は決めたので、後は残りの使い道だ。一番の候補は、家電類の買い替え。だけど、中学校を卒業してからもそこに住むというイメージがあまりわかなかった。周辺高校に進学するという未来が全く見えなかったのだ。


それに日常的に消費する物ではないので、必要になったら買えばいい理論が展開される。うむ、悩む。


まぁ、そんな事はどうでも良くて、俺は疲れた。


だからリフレッシュをしようと決めた。そして俺はカリカリバーガーを弔おうと決めた。

実にちょうどいい。美味しいご飯に、運動。まさにリフレッシュの代名詞。迷いは無かったので素早く、財布を片手に走り出したのだった。


学校から家に帰り、再び学校付近に戻るという行為をしているとあっという間に夜になっていた。




そして見つけたクソガキ。


バケツで水をぶっかけ、大切な紙を濡らし、寒がる夜にこの俺を放り出したクソガキ2人組だ。


恐らく帰る途中だろうか。だが関係ない。クソガキはこちらに向かって走り出している。そしてクソガキの住居は後方。絶好の機会だった。


最初だから警戒もされない。この機会を逃さぬようにと、絶対に逃がさぬようにと、精神を研ぎ澄ます。


動き出すのは一瞬、タイミングを見計らい、跳び出る。


両方の胸ぐらを掴み、持ち上げる。そして満面の笑みだ。


「ヘーーイボーーイ、ハウアーユードゥーイング?」


「な、なんだおまえ!」

「はなせ!!」


離せと言われたので素直に片方は離す。そしてもう一人には罰を与える。


「バケツの恨みだ。存分に楽しめ。」


「はぁ?」


その顔は困惑に染まっていた。……まさか忘れたのか?罪一個追加じゃぼけかす。許さん。


ずっと考えていた。最適な罰を。虐待にもいじめにもならない最適な復讐を。

そして一つの答えにたどり着いたのだ。


頭ぐりぐり。

脇に抱え、両方のこめかみを中指の第二関節での一点攻撃。あのおやっさんでも騒ぎ出す一撃だ。存分に堪能してくれ。


「うぎゃーー」


ああ、気分が良い。クズが苦しむ様子は実にいい。


満足感に包まれていると、蹴られたことに気が付いた。


離してやったもう一人がそう罵倒しながら蹴りを繰り出していた。


「クソ野郎!」


2度、3度と繰り返し蹴る。だが腰が入っていない。痛くもかゆくも無い。


だが根性はあるようだ。仲間を見捨てず逃げ出さなかった。それだけで、ほんのちょっとだけ、好感度が上がった。-10がー8になる程度だがな。ちなみにもし逃げ出していたらー50にまで落ちていたのだが。


まぁいい、これで終わらせてやる。


すでに罰を与えた者は離し、次の者を捕まえる。そして甘美な叫びを響き出す。


すると声が聞こえてきた。


「あんた何やってるのよ!」


クソガキでも俺でもない第三者の声だった。


反射的に手を止め、目をそちらに向ける。

どこかで見た事のある制服姿の女だった。バックを振り回しながらこちらに迫ってきていた。

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貞操概念異変  庭顔宅 @tomaranaize

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