第47話
自宅の前にたどり着く。
すっかり良い時間になってしまったが、不満はない。なかなか楽しいドライブだった。
車を出て、別れの挨拶をする。
どうやら、今日は温泉でスッキリしたままで居たいからと、このまま帰るらしい。そして来週辺りにまた来ることが確定した。
いつの間にか予定が埋まりつつある現状に恐怖を感じる。
奴は来る。
2ヵ月以内、いや6週間以内に来る。
オタク友達との約束の日が来てしまう。
その約束の日の為の準備があるというのに、この一週間は何もせずに終わってしまった。そろそろ本気にならなければならない。
そう危機感を感じながら、この遮る事のない田舎道を帰る彼らに最後まで手を振っる。ささやかながら感謝の気持ちを体現する。
そうした後、瀬名も自宅へと帰る。
彼もまた、このままスッキリした状態で汗をかきたくないからと、ゆっくりと登って行く。
扉も窓も破壊されていないことに、ひっそりと安心しながらも扉を開ける。
今日は浴衣のままで居ようかと、計画を立てた。手洗い顔洗いが終われば、リビングへと向かう。
そこには予期せぬ人物がいた。
「おかえり。」
椅子に座りながら、こちらを見ていた。部屋の明かりもつけず、どこかどんよりとした空気を感じた。
少し目を見開き驚きながらも、瀬名はいつも通りその人物に対して挨拶を返す。
「ただいま。突然どうしたの父さん?」
今世における親族、父がそこにはいた。
言葉を吐き出した余韻で息を吸う。そこでやっと息苦しさを感じていた。
「玄関が開いてたから、中に入って待ってたんだ。」
そこじゃなくて、と瀬名が思う。
「ちょっとした出張中のはずでしょ?どうしてここに居るの?」
そう首を傾げながら言う。
本当になんでこんな場所にいるんだろうか。
父はちょっとした出張中で他県にいる。ここに来るには、どのような移動手段を使おうとも片道2、3時間程度では済まない。だからこそ一人暮らしが許される流れを作れた。
一瞬、夢の世界かと思ってしまった。車に揺られている途中で眠ってしまったんじゃないかと考えてしまっていた。……もしそうだとしたら、きっと今頃は幸せな世界にいただろう。
「連絡したけど返事が無かったから…本当に心配したんだよ。」
現在、瀬名のスマホは亡くなったままだった。この家に固定電話は無く、唯一の連絡手段はPCを使った連絡手段のみ。ちょうど、怠けに怠けていた休日は、一度もメールボックスを確認していなかった。
「ちょっと学校で疲れてて見れてなかった。ごめんなさい。」
「気を付けてね。そういえば誰かと居たみたいだけど、誰なの?」
「スマホ壊した人。ちょっとした弁償?されてた。」
「大丈夫な人たちなのか?」
「大丈夫だよ。今度紹介しようか?」
「…仲良くなったんだな。」
「なんか温泉で意気投合した。」
そう言いながら浴衣の袖をゆらゆらと揺らして見せる。しばらくしたら、その腕を止め動き出す。台所へ移動しコップに水を汲み、飲む。ゆっくりと息を吐き出してから言う。
「何時から居たの?」
「夕方ごろかな。」
「何か食べた?」
「食べてないな。」
「何か作るよ。リクエストある?」
そう言いながら料理の準備をし始める。
そこら辺にあった手ごろなビニール紐を伸ばし、切り取る。そしてたすき掛けをし、動きやすくする。
「いいよ、確認できたからもう帰るし。」
「ここから街まで何時間かかると思ってるの?ここで食べたほうがいいよ。」
「わかった。何か手伝うことある?」
引っ越す前、同じ屋根の下で過ごしていた時から料理は俺の仕事であった。今回ばかりは父も大人しく任せてくれる。
「大丈夫。それでは改めて、何かリクエストあります?」
「何でも良いよ、あるもので適当に。」
わざわざリクエストを聞いておいてなんだが、そこまでレシピが豊富な訳ではない。やはり運搬の面を考えると、この家の備蓄は必要最低限とオマケになってしまう。
さてさてどうしようかと、悩みながら備蓄確認をしていると回鍋肉の箱を見つけた。
久しぶりに食べたいと思い買ったっきり、2週間ほど放置していた一品だ。今見ても、食べたいと思えた。
「回鍋肉でいい?」
「うん、何でもいいよ。」
消費期限に問題なく、肉野菜と、ここ一週間は使ってこなかった具材たちが冷蔵庫で待っている。もしかしたら一人鍋か一人しゃぶを開催することになるかもしれない。
確認も取れたのでさっそく作業に入る。
極論、具材を切って炒めてタレを絡めさせるだけなのですぐに終わる。
その途中冷凍ご飯をレンチンしていると、父が口を開いた。
「何か足らない物とかあったりしないか?次来るとき買ってくるよ。」
「特に困った事はないよ。」
「でも、それ冷凍ご飯だよね。」
「あーー、そもそも炊飯器ないから。」
「そうだったの?」
驚く声が聞こえてきた。
「毎回数㎏背負ってあの距離を移動するのは大変だから買わなかったんですよ。」
筋トレと割り切ってやるかも考えたが、さすがにめんどくさ過ぎた。パン、パスタ麺、うどん(冷凍ご飯)を常備しているこの家、さらに消費者は一人という情報を鑑みれば、必然的に米の購入頻度は遅く、不定期になる可能性が高い。それでは筋トレにはならない。毎週買ってくるぐらいのペースじゃないと意味が居ない。
「そっか。」
また静かな料理が始まる。なんだか視線を感じるが、気にせず進めていく。
そして料理が完成したら言う。
「手でも洗って来たらどうですか?」
「あ、そうだね。」
そう言うと父はリビングを離れた。
その隙にお茶碗にご飯をよそって卵スープ置いて、回鍋肉を大皿に移し、テーブルに置いた。そして簡単に台所の片づけをする。父が帰ってくるのを見計らって、コップを2つ持ちながらテーブルへと向かう。
それぞれの位置にコップを置くと、椅子に座る。
そして手を合わせて言う。
「いただきます。」
父も少し遅れて「いただきます」と言った。
かちゃかちゃと静かな食事音が聞こえてくる。
この家にはテレビすらなく、周囲に騒々しい存在はない。今まで経験した事がないほど静かな食事だと、そんな風に思った。
俺自身、黙々と食べるタイプだ。喋ることが嫌いとは言わないが、特別好みはしない。
「学校はどうだ?友達は出来たか?」
「数人ぐらいで来たんじゃないんかな?」
そこで瀬名は振り返る。まったくをもって暇のない学校生活だった。あの生徒会長よりも大変な生活を送っている自信がある。……それは言い過ぎかな?
「……出来なかったのか?」
「挨拶が出来る程度の相手であれば、8、9人ぐらいかな。」
その過半数は女子という情報は黙っておく。
思い返してみると、ちゃんと自己紹介し合った相手が岩神部長しかいない。実質0人だ。
「部活動はもう決めたのか。」
「帰宅部かな。良い感じの部活動が見つけられなかったよ。」
「父さんは、サッカー部だったな。エースじゃなかったけど毎回レギュラーでね。頑張っていたよ。」
「そうなんだ。すごいね。」
「そ、そうだろ。」
いったいどんな反応を期待してたんだろうか。父さんすごい!ってか、それともポジションでも聞いた方が良かったのだろうか。
そんな事を考えながら口を動かす。そして口の中の物を呑み込んだ瞬間思いつく。
円滑なコミュニケーションの為には必要だったのかもしれない。
きっと演じるだけで今よりもずっと仲睦まじい関係になれただろう。笑いながら食卓を囲むシーンもあり得たかもしれない。
だが手遅れと言う奴だ。幼い頃から、俺はこんな感じだった。
俺という人格は幼稚園の時から完成していた。多少、口調や言葉遣いは幼くしていたが、そこまで大きくは変えていない。
最初から俺は普通だというのに、本心で過ごしているのに、父はそれを異常だと捉えているような風潮を感じる。だからちょっぴり苦手だったりする。こんなタイプの人間居ると思うんだけどなぁ。おっとり系ってやつだったか、天然だったか。
今更、態度を変えても胡散臭いだけ。むしろ表面下で、この関係性はより一層酷くなる未来が見えない。いや、それしか見えない。そうなるぐらいなら、このままぎこちない関係でいい。
俺はそう思っている。
だが父は違うようだ。
父は改善しようとしてくる。その理由はなんとなくわかる。この人は善人なのだ。
底辺組と因縁を持つようになって傷を増やした。その度に、心底心配そうに近づいて来て、傷跡の治療までやろうとした。今だって連絡ができないからという理由だけで、せっかくの休日を返上してここにまで現れた。
過保護だ。そう思う。
だからこそ言おう。もう大人だよって、大体のことは1人でどうにかできるから好きな事をしてと。
運が良いことに、示談金を得られた。これで老後に月々30万仕送りも夢ではない。なんなら父を多少心配にさせる代わりに、今すぐにでも100万ぐらい快く渡せられる。
そう、もうなんとでもなるのだ。
自然な笑みで言う。
「父さん大丈夫だよ。」
・・・
何度目だろうか、血の繋がっていない息子から父なんて言葉が出てくるのは。
目を離した瞬間に、息子は問題を起こす。それは毎回、息子が悪い訳ではない。だけど息子にとって良い事でもなかった。
ちゃんと聞こえてきていた。玄関で待っていた僕には聞き覚えのある音が聞こえてきていた。ドアを開けるとそれが何かわかる。
僕の耳には車の走行音が聞こえてきていた。僅かに見えるそれはタクシーではなくて、宅配トラックでもバイクでもなくて大きな車だった
しばらくするとそれが止まり、話し声が聞こえてきた。また動き出す音が聞こえてきた。なぜか室内へと逃げていた。
リビングの中に入り待つ。しばらくするとドアが開いた。嘘であってくれと思いながらも、現実は確かに目の前にあった。
息子が目の前にいた。
ふとした瞬間思い浮かべてしまう。この街にいる事が間違いだったんだと、あの小学校に入れてしまったのが全ての間違いだと。
無理矢理にでも遠くに引っ越して、多少はマシな小学校に転校してしまえば良かったのではないのか、数少ない息子の頼みを拒絶して連れて行ってしまった方がいい未来になったんじゃないか、と。
息子は無関心だ。でも芯がない訳じゃない、むしろ人一倍強く、優しい。
だけども無関心な事が多すぎる。
同級生に事故で刺されて緊急搬送された時も、事故だって笑って、泣きじゃくる同級生の頭を撫でてあげて、元の生活に戻ろうとしていた。
きっと人として素晴らしいことをしているのだろう。過失を許し、仲直りし、良き隣人かそれ以上の関係へと成る。
だけどそれが誇らしいなんて感情はなかった。息子のために怒らないとと思っていた。
いつの日か、退屈そうに寝転がりながら精気のない目をしていた姿が思い浮かび、駆り立てられる。
だというのに、息子は笑いながら、今まで聞いた事がないほど優しい声音でそれを止める。
自分は正しいことをしている。そのはずのに、その一言で決意が揺らいだ。
果たして親として教えられたことはいくつあるだろうか。
……多分一つもない。注意というものを、教えるという意味で叱った記憶がない。
いわゆる天才とでもいうのだろうか。息子が知らないモノを僕は知らない。
げらげら笑う息子を、可笑しな事をする息子を、わがままを言う息子を、自慢をする息子も、甘える息子も、怒る息子も知らない。
育てようなんて思ったことが間違いだったのかもしれない。
……それでも……それでもなお、僕は責任を取らなければならない。そう、育ててしまった責任があるのだから。
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