第46話
カッポン
焼肉も終わり、温泉へと向かった。スマホを買いに行く、と言っていたので先に行くかと思ったが、温泉が先だった。
車につられて数十分。
温泉旅館とやらにたどり着いた。緑もしっかりしていて、なんか広そうだった。
「凄いですね。全然人がいないです。」
3人はすでに屋内、それも温泉の中に居た。
温泉内は広すぎると感じず、狭いとも感じさせぬちょうどいい大きさ、絶景と言えるほどの景色はなく竹の壁に囲まれていたが、湯気がゆらゆらとしていた。
「ファミリー用使わせていただきました。」
「これがVIP。」
俺は見た。入り口の受付の人にゴールドに光るカードを見せていたのを。これが、エリート護衛の力なのか?
「温泉、お好きなのですか?」
「どちらかと言えば好きですね。」
別に毎日行きたい!毎週行きたい!冬になったら絶対行く!って感じじゃない。近くにあるならばある。暇で行けるなら行く。それだけだ。
「嬉しそうですね。」
「ええ、嬉しいです。」
まさか本当に温泉に入れるとは思わなかった。
あぁ、全ての疲れが抜けていく。具体的には疲労、筋肉痛、肩こり、神経痛の回復、ストレス解消、健康増進、美肌効果などを感じれる。
「示談金を貰った時よりも嬉しそうですね。」
「……まぁ、誕生日プレゼントで金貰うか物貰うかって感じじゃないんですか?」
ぶっちゃけ、あの時は環境的で物理的な要因でお金所ではなかった。というか急に札束渡されても困るだろ。嬉しさよりも困惑の方が強いだろ。仕事中にチップとしてだったら心の中で狂喜乱舞してそうだけども。
「なるほど。」
「実感があまりないとかもありそうですね。」
やっぱりこれかな。別に宝くじを買ったわけでも株やってるわけでもないので心構えができてない。……結局同じ事思っていないか?
「そうですか。」
それっきり、また会話が無くなる。だが温泉が全てを調和する。気になる事もま、いっかと思えるようになる。
カッポン
ししおどしがある温泉旅館は良い温泉旅館。静かな空間に鳴るこの音は、実に温泉らしさを強調する。ずっと眺めていても、温泉がある限り飽きることは無い。
「傷、すごいですね。」
「ええ。」
そう言われる視線の先には瀬名の体があった。
改めてみると非現実的だ。
それぞれの肩に銃痕が一つづつ、横腹に一つ大きな傷跡、そこに細かい切り傷がチラホラと、食欲が失せる体をしている。
痛そうな見た目ではあるが、痛くはない。古傷というやつのだろうか。水が染みることも、激しく運動したら傷口が開くという訳でもなかった。なんだか成長と共に傷跡も小さくなっているような気がするが気のせいなのだろうか?よくわからない。
それに比べるとロイの体は綺麗だった。多少かすり傷のような物が見えるが、その程度で筋肉質だった。
「そんなのだから勘違いされるんですよ。」
「…そうですね。」
こ、この流れ、お説教か?
瀬名の脳裏に過る。この体に銃痕作った時、病室で監……動けないというのに底辺組の奴らが現れて昼から夜までぐちぐち言われ続けたのを。
こんな場所に来れたというのに、ぐちぐちと言われたくはない。いや、ここは退屈な場所なんかではなく温泉がある。堪能しながら脳死で返事しておくか。
瀬名がそんな風にゆるゆるな覚悟を決めるが、ロイは的確に言葉を突き通してきた。
「大変ご迷惑をおかけしました。」
そっちかよ。
そう、心の中で突っ込んだ。
「しっかりと教育しておいたのでご安心してください。…もし望むと言うのであれば会合の場をセッティングしますが。」
普段静かな人がキレるのが一番怖い。不思議とそんな事を思い出していた。
「遠慮します。」
別に因縁はない。ちょっと例の筋肉黒人に拳骨なりビンタなり一発お見舞いしてやりたいとは思っているが、それ以上はない。あ、でも負い目に狙いをつけて、俺の上着こっそりと奪い返してこいって言うのは面白そうだ。
結果は3つだろうか。あっさりと上着を回収されて渡されるのか、妹様の所有物となってしまった上着をミッションインポッシブルからの失敗か、ゴミ箱からの行方不明なのか。
ふむ、ありだね。機会があれば頼んでみようか。
また静かになる。なんだが温泉だけでは調和しきれなくなっているような気がする。ししおどしを含んでぎりぎり調和判定できる。
そう考える瀬名の脳裏にはなんだか焦りが生まれ始めていた。この流れはあまり良い物ではないと、感じ始めていた。
そしてそれはすぐに証明された。
「そうえいば、ポポロもあなたと戦ってみたいと言ってました。」
「エ?」
瀬名は全身で驚きと拒絶を現す。
え?嫌なんだけど。別に俺はバーサーカーってだけでバトルジャンキーじゃない。痛いの好きじゃない。
「安心してください。しっかりと止めておいたので。」
もしかしてそれって会話(暴力)ってやつ?……どっちもありえそうだな。
流石に温泉だけでは調和しきれなくなったので口を開く。流れを戻さなければ。
「ロイさんは長風呂派ですか?」
「どちらかといえば短いですかね。数分も浸かると満足できますから。」
「先に上がって…いえ、先に帰ってもらって大丈夫ですよ。場所は覚えましたので、一人で帰れますよ。」
焼肉へ行くのに街へと直進、そして温泉行くのにもほぼ直進。瀬名はこの辺りの道路事情を知らないので何とも言えないが、点と点を繋げば車よりも早く家に帰れるかもしれないと思っていた。
それを聞いていたロイは苦笑していた。
なんだと、細目でそちらを伺ってみるが、ロイも同じように瞳を閉じていた。
そしてゆっくりと語り出す。
「これでも本当に、申し訳ないと思っているのですよ。妹様を助けていただいた方にあのような仕打ちをだなんて、我らの名折れです。」
ほへ~~~人道的精神があったのかと考えていたが、突然気になる言葉が聞こえてきた。温泉の効能に絆されていた瀬名は遠慮なく聞いた。
「…名折れ?もしかして何かしらの高名な方だったりします?」
「違いますよ。ちゃんと普通の人生を歩んできました。」
ちゃんと普通?普通にちゃんと?普通にちゃんとか表現方法があるのか?
瀬名は気になった。だがここはまだ踏み込むべきラインではないと感じていた。ひっそりと身を引く。
「ちょっと気になりますね。どうして護衛?という職を選んだんですか?」
改めてロイの方を見る。今度はちゃんと目と目が合った。
「流れ、ですね。ポポロに誘われて始めました。」
「なるほど……、ちなみに俺がそのグループに加入するってあり得たりします?」
身を引く代わりと言ってはなんだが、えぐいカーブを投げる。安心して欲しい。あくまで冗談のように、まるで気心の知れたからこそのからかいのように言う。
きっと、場の雰囲気は相変わらず良いものだったのだろう。
だが温泉では隠し切れない緊張感を彼はひっそりと感じた。瀬名にとってその返事の内容はそれなりに大切であった。
「私は歓迎しますよ。先の一見で色々と知りましたし、技術という面では問題ないでしょう。あとは知識と経験さえあれば。」
あー…社交辞令と本心を見分けられない。どっちだろうか。これはどっちだろか。わからない。控えめな拒絶のようにも思えるし、正当な評価のようにも思える。
ま、いいや。温泉浸かろ。
瀬名は体勢を崩し、正座から胡坐へと変える。改めて肩まで浸かる。
「何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくださいね。ぜひ力になりたいです。」
「それは良いですね。いざと言う時に頼らせてもらいますよ。」
最後の手段は幾らあっても困らない。
それはそうと、恐ろしいほど順調に頼れる手段が増えていっている。それは良いことなのかもしれない。だけど裏を返せばそれ相応に面倒ごとに巻き込まれているという事で……温泉はすべてを調和する。
胡坐から体操座りへと体勢を変える。そして顎まで温泉に浸かった。
なんだか静かだ。
さきほど焼肉の喧騒を味わったからだろうか。より一層静かに感じる。
その場には2人しかいなかった。ポポロは早々にサウナの方に入っていった。そして俺はなんだかんだサウナに入った記憶がなかった。あとで入ってみようかな。
かっぽん
体の力を抜き、リラックスする。両腕は水面に浮かんでいた。少しだけ冷たい空気が肌を襲う。あぁ……落ち着く。
そうぷかぷかぽかぽかしていると、ロイが喋りだした。
「たしか最新の洗濯機、食器洗浄機、冷蔵庫、草刈鎌、木こり斧、PC一式、」
「なんで聞き覚えのある単語を羅列しているのですか?」
度肝を抜かれながら、信じられないと、水面から顔だけを浮かし、視線を送る。
「記憶力には自信があります。」
そう、大胆不敵に笑いながら言った。
や、やべぇと思いながら言っておく。
「なら覚えていると思うのですが、防犯グッツとフライパン以外いりませんよ。」
そう言うとロイは笑みを止め、真面目に喋り出した。
「……あのような山奥ですからね。」
ロイは顎を上げ、夜空を見上げながらそう言った。真剣に考えてくれているのだろうか。ありがたい。どうせだ、相談してみようか。
「学生なので決まった時間に長時間いないですし、対処法ってあったりするんですかね?」
そう、月曜から金曜日まで確定であの山奥の自宅に居ない時間が生じてしまう。それは数時間以上、帰ってこないことも確定している。
後は簡単だ。たった一つしかない大きな窓を叩き割るなり、ドア破壊するなりして侵入し、山の下に用意しておいた軽トラックにでも電化製品やらんやらを運んで逃走するだけで完全犯罪だ。
未だ防犯カメラすらない。……そう考えると防犯カメラは必要か。花瓶とか天井の照明とか車が駐車できそうな場所の近くの木々に隠し置けば犯人特定に尽力してくれるだろう。
それ、いいな。
防犯は無理だ。ならば報復一択。
やはり山奥で気を抜いている可能性が高い。登山というほどの高低差はないが、ちょっとした山登り程度の道のりが家の前にはある。そんな暑苦しいなか集中力を保ち続けるなど無理だろう。
「……人員は無理でしょうし、そもそもの話なのですが知られない事、でしょうか。」
「やっぱないですよね~~」
そもそもの話、そこに価値があって警備が薄くご近所付き合いもない古民家があるとバレなきゃ誰も侵入はしてこない。普通であればよっぽどの奇跡、いや災難がなけば心配する必要すらないことだ。
だが俺には底辺組がいる。心配が必要になっちゃうんだよなぁ。
「申し訳ありません。数ヶ月程度であれば警護という形も不可能ではないのですが、長期になってしまうとどうしても無理という形になってしまいます。」
なんか、至れり尽くせりって感じだな。一夏ぐらいであれば住み込みの留守番をしてくるってことか?別に旅行好きでもないので長期で家を空ける機会など数える程度もないので活用する機会はなさそうだ。
また適当な考えていた。そうしているとロイは言う。
「……少々考えてみます。」
真面目だ。自分から仕事を増やしていっている。さすがエリート護衛と言ったところか。給料に見合った仕事以上をするタイプのエリートだ。
「いえ、いいですよ。そこまでする事ではないです。」
「ですがここで何もしなければ我らの名折れ。汚名は返上しなければなりません。」
もしかしてその単語気に入ってたりします?……それはともかく、
「すでに過剰なまでに貰ってますからいいですよ。それでも、と言うのなら妹様とやらをちゃんと抑えてその周辺もどうにかしてください。」
忘れてはならない妹様の存在。噂によると後日現れると予言されている。ぜひ筋肉黒人の皆様につきましては、嘘つきになって頂きたい所ではある。
「……善処します。」
その言葉はなぜか小さかった。物理的に声量も小さかった。
不安だ。
だが温泉は全てを調和……してくれないかなぁ。正解平和とか、飢餓問題とか地球温暖化とか。こう、異世界パワーで良い感じに…、は無理だよなぁ。
瀬名はとほほと、息を漏らす。
温泉には実に湯気が漂っていた。
・・・・
風呂を出た。途中、ポポロがサウナから戻ってきて飛び込みやら水泳をやっていたが割愛。更にその途中、なぜか俺ん家の防犯の話になっていたので、案に防犯グッツとしてカメラ頂戴とかGPSくださいな?とお願いしてみたりしていた。
だが聞いて欲しい。その返事は、想像していた物とは全く関係ない言葉だったのだ。
「家に防犯カメラ無いのですか?」
そこで俺は思い出した。
そういえば、この人エリート護衛だった、と。
あれほど立派な家なのに無いのですね不思議ですねぇとちょっとした虐めにあいながらも、そこら辺を考慮して一度自宅の設備を確認してから防犯グッツを玩味してくれるという話になった。
そしてお手数おかけします。最善を尽くします。よろしくお願いいたします。となった。は?ダル。やっぱこの話なしで、と言われなかったので是非お願いしておいた。
そんな流れを含みながらも、今はコーヒー牛乳を煽り、マッサージチェアに3人仲良く和んでいた。
「「「ああぁ~~~」」」
マッサージチェという物は始めてやるが、なかなか良い物だった。今度マッサージという者に挑戦してみるのもいいかもしれない。でも貴重な休日にわざわざ出かけてマッサージしてもらうのも、何かのついでにしてもらうのも違う気がする。
……ま、気分ってことで。
「「「ああぁ~~~」」」
同じモードだからだろうか、同じタイミングで声が漏れる。
最高だった。
その高揚した気分のまま帰る。浴衣まで羽織り帰れて、実に最高潮調兆だった。
やはり、温泉上がりは浴衣だった。日本人だからなのか、オタクだからなのか、俺は和服という物も好みだったので二つの意味で最高峰だった。ポポロさん、ロイさん、ありがとうございます。
ここまで来ると下駄の一つ、最低でもサンダルが欲しくなるな、と思いながら少しの人混みに紛れながら帰路へと進む。
浴衣を羽織り、帰りの車に乗る。火照火照の体にそよ風が心地よい。瀬名は窓を開け、夜空を眺めながら車は進んで行った。
「随分と暗くナッチマッタナ。」
「そうですね~」
気抜けた声で瀬名がそういった。肘をつき夜空を眺めながら言っていた。
「もしよろしければスマホは後日にしませんか。」
「別にいいですよ~どうでもいいですよ~」
もう大満足だった。スマホなんてどうでもいい。どうにでもなる。別に?連絡が必要な場合なんてお父様ぐらいだし?いらなくね?
「ッハッハ!骨抜きジャマイカ!ヤッパリ温泉大好キダロ。」
「ふつうですよ~」
「ふふ、もしよろしければいりますか?」
「なにがですか~?」
「先ほどの温泉旅館のVIPパスです。」
「え?」
車の背もたれから体を起こし、前傾姿勢になる。その顔は驚きに染まっていた。
バックミラー越しに目と目が合う。その顔は揶揄うように欲しいですか?と言っていた。
「……欲しいです。」
少しだけ長考した結果、欲に負けた。スマホなんかより全然欲しい。絶対、一般人が入手でいないタイプのVIPパスだろ。俺の感がそう言っている。
「じゃあげますよ。」
「ッハッハ、それが良イ。存分にツカッチマえ!」
ポポロが豪快に笑い飛ばす。だが瀬名は真剣な顔でロイを見つめていた。
「ほんとですか?」
疑い深くなってしまう。すでにタダ焼肉にタダ温泉まで貰っているというのに、どれほどこのエリート護衛達が聖人君子なのか証明されているはずだというのに、疑ってしまう。
信じられなかった。あの温泉がいつでも入れるようになるなんて、やはり信じられない。
「普段使いませんし、必要になることもありません。もし温泉に入りたくなった会いに行きますね。」
恐らくその場合は車付き、良いじゃないか。
「電話番号は使えるのかわからないのでメールアドレス教えましょうか。」
「一応電話番号も下さると助かります。」
いいよ。個人情報大放出しちゃう。
「〇×と▽□です。」
「わかりました。」
これでロイは俺の電話番号を知っている17人目の人になった。
少しすると金色に光るクレジットカードサイズのカードが投げ渡される。それを名刺のように大切に両手で抱えながら眺めなが言った。
「こんなやつにこんな良い物渡して良いんですか?」
「ダメだったら怒られるだけだ。」
ロイはそれに頷いていた。
改めて金色に輝くカードを見る。
「……いいのか?」
「良イゾ。」
ロイが更に頷いた。
「いつでも使って良いの?期間は?」
「いつでも使えます。期間は一年、1月31日まで。」
「他の注意点とかは?言っておくけどなんにも知らないからな。一から全部教えてください。」
「ダメな事は向こうから説明してくれますよ。あとは常識的な範疇ですので大丈夫ですよ。」
……常識か、ちょっと怖いな。色々とググっておくか。
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