第45話


「「「カンパーイ。」」」


そう、氷の入った水の近づけ合わせ言った。冷え切った水が喉を刺激する。くぅぅっ…最高だぜ。


そこは、どこにでもあるような焼肉食べ放題の店内だった。言われるがままついていった結果、こうなった。理解はできない。ただ、美味しそうな匂いがする。


「オラ、肉食え、肉食え。」


そう言いながら筋肉黒人はタッチパネルを連打していた。


事の始まり、というほどの事は起こらなかったが説明はしておこう。


相変わらずロックなミュージックしか聞こえてこない室内で、暇を潰す。俺は後部座席、2人は前部。2人をジーっと観察するが、何か得られる訳でもなく窓の外を眺めていた。


筋肉黒人が運転する車が街に近づく頃、良心があったのか、大音量の音楽は普通以下にまで下がっていた。


イヤァ、初メテ大音量デキイタゼ。との一声を始めにどうでもいい日常会話が始まっていた。だからといっても代わり映えもない室内に、瀬名は窓の外を眺めながら受け答えしていると、車は駐車場へと突入した。


知らない地形、見慣れない場所に観察していると、筋肉黒人が「ヘェ~~イ」と肩を掴みながら進むことを促して来た。


そしてどこにでもあるような焼肉食べ放題の店内に入った。どうやら予約されていたようですぐにテーブルへと座りこみ、乾杯をした所だった。


そこからぴぴぴと注文パネルを連打する所に繋がる。あまりの連打速度に瀬名は言う。


「自分が頼んだ分は自分で食べてくださいね。」


「任セロ!」


「ご飯中、ネギタン、タレタン2つづつ。」


「アイヨ!キングハ何食う?」


「あとで自分で頼んでおきます。」


「アイヨ!」


そう言うと筋肉黒人は少しだけ静かにボタンを連打し始めた。


……心配だ。


そう思うが、数分後にはそれが杞憂だと思えるぐらいの速度で筋肉黒人は肉を喰らっていた。ウマウマ言いながら食べていた。それとは別に白人の方も静かに食べていた。狙い澄まされた箸使いで、音もたてずに的確に焼けた肉を取っていた。本当にそこに居るのかというほど静かにご飯を食べる。


なんかすごい。


そう思いながら瀬名はトングを掴む。そして肉を焼く。


正直、そこまで食べる気にはなれなかった。別に遠慮とかではない。そもそも食べ放題だ。遠慮も糞もない。


今は適当にサイドメニューやら野菜やら食べて腹の準備をしているのだ。

さすがに寝起きで肉は重かった。体は大丈夫と言っているのだが、俺の精神は重い…と言っていた。だから、そこまで食べる気になれず、肉を焼いて、アイスを食べて、トウモロコシを摘まんでいた。


すると箸が、瀬名の取り皿へと伸びた。


「肉食いなっ!!」


そう言いながら、肉を積んでいった。


「寝起きなのでもうちょっと後で食べます。そして肉を積むな。俺は薄い肉が好きだやめろ。」


そう言いながら右手のトングで筋肉黒人の肉が摘まれた箸を掴み止める。そして左手で皿に置かれた肉を箸で操作し始めた。すると筋肉黒人がもう片方の腕にも箸を装備した。反射的に、瀬名はもう一つのトングに手を伸ばす。


それを見かねた白人が声をあげた。


「それなら先に話でも進めますか。」


そう言うと白人は箸を置いた。


「まずは自己紹介からですね。」


その言葉を聞くと筋肉黒人の箸の勢いは弱まり、自分のスペースに戻っていった。その変わりと言ってはなんだが、網の上にある肉を全部筋肉黒人の皿に置いてやった。ついでに網替えも頼む。


「私はロイと呼ばれてます。」

「俺はポポロ!」


本名なのか偽名なのか判断に困る。なんとなくあだ名ではありそうだ。


「先日はご迷惑をおかけしてしまったようで、申し訳ありませんでした。」


「悪カッタナ。」


キングナイトと瀬名どちらかで名乗るか悩んでいたが、それを待つことは無く2人は喋り出していた。


「別にいいですよ。」


「本当二?」


「もう過ぎた事ですし、面倒くさいです。」


案に、今更何をするというのだと心情で語りながら言う。だが次の瞬間には呆気にとられてしまった。


「それでは、なぜ示談金の受け取りをなさっていないのですか?」


「示談金?」


「はい。」


そう疑問符を浮かべながら過去を思い出す。その間もポポロが皿に乗った大量の肉を食べていた。謝罪と言いながらも容赦のない見事な食べっぷりだ。じゃなくて、思い返さないと。


「母様が何かあるんじゃないかと心配なされていましたよ。」


母様……と連想ゲームをしていると瀬名は思い出した。


筋肉黒人に別れ際に手渡された小切手。8桁千万。

何度も確認したのでよく覚えている。ついでに亡くなったスマホも思い出した。悲しい。


しばらく心の中でシクシクしていると瀬名は思い出した。その後、ポケットに突っこんだままの小切手が、どうなってしまったのか。もはや悲しみすら起きない。


「あー~、大丈夫っすね。もし受け取られるようなことがあったら自分じゃないので、詐欺だと思っといてください。」


「どういう事でしょうか?」


「あの小切手喪失しちゃったので。」


「……どこで?」


「家。」


「間違いないのですか?」


「確かに、洗濯機の中にあるかと。」


「……事後ってやつですか?」


「そうですね。事後です。」


微妙に頭を抱えるロイの姿が見えた。

 

あまりの遠さに家に帰ることなくポケットに千万突っ込みながら通った学校。帰り際に全身ずぶ濡れにされたクソガキのバケツ水。そのまま洗濯機に突っこんで、突撃したぜ底辺組。


確かに洗濯機スタートというボタンを押してた記憶があった。

もう洗濯機の中見たくな……いや、ティッシュじゃないんだから悲劇にはなっていないのでは?ポケットの中だし。くしゃくしゃになってるだけでは?


なら良…くない。株で一発当てる夢がおじゃんになったった。所詮夢は夢ですかそうですか。


「その小切手は残っていますか?」


気持ちを持ち直しキリっとした様子のロイが戻ってきていた。


「今も洗濯機の中にあると思いますよ。」


「後で確認させていただきます。その後、再発行させていただきます。」


「再発行?」


「少々時間はかかりますが、現物が残っているなら比較的早いと思われますよ。」


「そんなサービスが!?」


「大切なのは渡した、という事実よりも受け取った、という事実ですので。ぜひ受け取ってください。」


母様ぱねぇっすわ。一生ついて…はいきません。危ない勢いで変な事言いかけた。これっきりの関係性にしてください。いや、ほんと。まじで。


それはそうと、まじで大金が入ってくるのか?改めて考えるとヤバイな。

もうバイトしなくていいし、学生の間のオタ活の出費を気にする必要なくなる。7割は株に突っ込み資金調達。本当に良いんですか?うはうはですよ?


「受け取ったからアレやれコレやれとか言いません?」


別にあるならあるで喜んでやらせていただきますが。一年間働いたとしても年収一千万。ぜんぜんやります。喜んでやります。


「あくまでそれはそれなので。まぁ別件でお願いすることはあるかもしれませんが。」


何やら不穏な事を言ってる。でも良いと思った。つまり給料もらえるってことですよね?給料もらえるなら労働ってことですよね?雇用ってことですよね?喜んで中卒になって就職させていただきますよ?母様?


「ソレハソウト、何カ欲シイ物は無イノか?」


「欲しいもの?」


突然なんだ。


「そう!何かアルダロ?」


「そりゃまぁありますけども。」


健康的で年頃な青年が欲しいものは何一つとして無いという方が異常である。俺も、ちょっとそこら辺の健康的で年頃な青年よりも欲しい物が多いだけの、いたって健全な青少年である。


「ホラ言ってみ?」


部下の不始末的なあれか?ここは言い得だろう。乞食の如く、貪欲にお願いしてみよう。ここで押せた分だけ千万が浮いていく。


「スマホください。」


「ああ、ワカッタ。後デ買いに行コウ。」


ポポロは至極当然のように言っていた。ちらっとロイの方も見てみると、芳しい反応はしない。これはプロだからというべきか、本当に心当たりがないのか。まぁ良い、アレは亡くなったものだ。これ以上、余計な事は辞めておこう。


「本気で言ってます?」


「モチロン、どんとこいや。コレデモ結構貰ッテルンダゼ。」


「きゃーーすごい!」


とりあえず褒めておく。


「他二はナイノか?」


「えー、じゃ温泉入りたいです。」


「お!いいじゃねぇか!」


「突然大きな声出さないでくださいよ。」


というか良いのかよ。てっきり拒否されると思っていたんだが、ラッキー。これで俺の休日が最高の物になる。やっぱり言うだけ言ってみるもんだな。


「久しぶりニ温泉行クか。」


そうロイの方を向き問い掛けるかのように言うと、ロイは頷きながら言う。


「わかりました。」


この流れ、勝ったな。そう思うが確認は怠らない。そういうのが一番問題を起こすのだ。僕知ってる。


「いつ行くつもりなんですか?」


「今日!」


すごい行動力だな。そのおかげでこの休日が最高の物になるんだけどね。でも焼肉の後の温泉……特にシナジー効果は無いな。うん。


「言っておきますが着替えもお金もないですよ。」


「任せろ!」


あ、すっごい一言で終わらせてくる。めっちゃ頼もしい。


「本当に良いんですか?」


「おあびダカラな!気二するな!」


「おあびじゃなくて、お詫びですよ。」


「お詫びダ!気二するな!」


そこまで言ってもらえるならば大丈夫だろうか。


「ありがとうございます。」


ペコリと頭を下げ、満足した瀬名は注文パネルを手に取る。そして注文履歴を確認してから肉を注文していく。ついでにご飯と卵スープも。


「他二はアルカ?」


「もういいですよ。温泉だけで大満足です。」


心の底から笑みを浮かべながら言う。


「ほら、ガキ!欲シイモノぐらい沢山アルだロ!」


……なぜ俺の周りには勢いが強い奴らしかいないのだろうか。まだ焼肉は始まったばかり。ないを押し通すのは難しいだろうか……流れ的に示談金は理由にはならなそう。まさかスマホと温泉の2つ程度では納得しないと?どれだけ給料もらってんだよ。これがエリート護衛様か。


判断権は向こうにある。ここまで来たら遠慮は無しだ。なんなら無理難題でも言ってしまえばよい。


「じゃ、最新の洗濯機。」


「ソシテ?」


「最新の食器洗浄機?」


「ソシテ?」


「最新の冷蔵庫!」


「ソシテ?」


機械か?ソシテしか言わなくなった。返事が変わらない。ということは、覚えきれない程言ってしまえば勝ちか。よし、全部言ってしまえ。


「草刈鎌。」


「ソシテ?」


「最高の木こり斧。」


「ソシテ?」


「最高級のPCセット。」


「ソシテ?」


「部屋に置ける洗濯物干し。」


「ソシテ?」


「図書カード。」


「ソシテ?」


「タンブラーグラス。」


・・・・


数十程は言った。だがソシテは止まらない。まさか後日全部輸送されてきたりしないよな?なんか恐怖を感じる。全部覚えてたりしないよな?……ま、いいか。忘れたら忘れた。覚えてたらラッキー…ラッキーか?。仮にポポロが全部覚えていたとしても何が届くかはわからない。


中盤辺りからは適当に答えてる。なのでいまいち何が届くのかわからない。

流石にオタクグッツを求めたりはしなかった。そこまで入ると歯止めがきかなくなる自信がある。


「一番いいフライパンを頼む。」


それでも言葉は続けていくく。もはや口を止めた方が負けな気がしている。何が負けなのかはわからないが、負けは負けである。何か何かと頭をフル回転させながら言っていると、俺の勝ちが確定した。


「フライパン?」


やっと止まった。

他にも色々聞き返したくなるような欲しい物多かったと思うんだけどな……ポポロの感性がわからない。


「撃退用ですね。山奥なので、何かと不審者が多いんですよ。あ、5つは欲しいです。」


先日理解したのだ。思っている以上にフライパンの有用性が広いということに。ある程度面積があるので一時的に何かを隠すこともでき、バッドとして雑に使うこともでき、料理もすることできる。片手で扱えるので二刀流も可能。ドラミングで相手を威圧ですることもできる。更には軽犯罪法も軽々と乗り越えることもできる。これはもう現代の神器だろ。


「よし、シオに頼ンデ一番良イ防犯グッツを用意サセル。」


「そういう系は役に立たないと思いますよ。必要なのは自宅にいる時に確実に敵に対応出来て、自宅に居ない時に奪われても相手があまり喜ばないような品が良いですね。つまりフライパンも安物の方がいいです。あ、敵に不快感を与えるトラップ的な防犯グッツはください。」


「オ、オウ。」


ポポロが気後れしている?なるほどオタク特有の早口が対処法であったか。つまり、相手の処理能力を上回れば良いのだ。完全に理解した。相手が理解するよりも先に、押し通す。


「あ、ということは最新の機械や価値のある物はいりませんね。空き巣に入られたら怒りでどうにかなります。その分相手に不快感を与えるトラップ的な防犯グッツをお願いします。どうせなら核シェルター的な金庫があると嬉しいです。それか隠し地下のスペースが欲しいですね。水害土砂火災なんでもござれなやつです。サイズはほんの30cm程度で良いですよ。最低でも5×10は欲しいっすよ。」


ま、こんな所かと瀬名は水を飲み、口を休める。そうしながらポポロの反応を伺っていると、ポポロは自信満々に言った。


「ワカッタ!シオに言ッテオく!」


……これで良かったのか?ま、いっか。それよりも肉だ。


注文した肉も焼けている。アイスが溶けてしまっている。口直しの枝豆をまだ食べていない。


もぐもぐと口を動かしていると、ポポロは偶に首を傾げ何かを思い浮かべながら指を折り曲げていた。最終的に何もいらねぇから防犯グッツとフライパン寄こせって言ったはずなんだが……知らね。


ロイはウーロン茶を飲んで休んでいた。静かに動くから気が付けば肉が消えてるんだよな。気が抜けない。いつの間にか俺が育て上げた最高の肉までも取られているのだ。これ以上取られてたまるかよ。


そうして肉を喰らっていると、偶にポポロの動きが止まる。ついには「ナンダッケ?」と呟きながら固まっていた。なのでポポロの皿に肉を乗せておく。


すると箸を手に取り、食べた。


追加で肉を置く。


それを食べる。


もぐもぐとポポロが口を動かすと思えば、突然止まる。ごっくんと口の中を空にし、ポポロは静かに呟いた。「……ナンダッケ?」と。


俺の勝ちだね。

すかさず問い掛ける。


「ポポロは普段何しているの?」


「オレか?色々ヤッテルナ。」


「色々?例えば?」


「誰かガヤッテルコトをヤッテル。ゲームトカ、映画トカ、買い物トカ。」


「ワイワイするのが好きって事か。」


「イグザクトリィー!」


「カラオケとか行かないのか?」


「一緒に行クヤツが居ナインダヨ~!イベントトカ在レバ居ルンダケドナ、普段カラ行クッテ野郎がイナイダヨ!」


「ありゃま。」


「そうだ!キングボーイ、」


「お断りします。」


「ナンデ?行ク流レダッタロ!」


「そこのロイさん誘ってくださいよ。」


「コイツは来テモ歌ワナインダヨ。」


「へー、ロイさんが歌うとこ見てみたいなぁ。」


「お?行クカ!?」


「遠慮します。」


「ならば私も遠慮します。」


「ハァ?オイオイソリャナイゼ!」


・・・・

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