第38話

9時。


晩御飯の時間にしてはギリギリセーフといった所だろうか。少なくとも俺の晩御飯は遅すぎる時間になることが確定した。今日も晩御飯抜くか。そして朝ご飯をしっかり食べる予定で行こうか。……食べれるかな?まぁいい。明後日は土曜日、休みだ。いくらでも食べられる。


「作れと申すか。」


「「うん!」」


息ぴったりの返事だった。そんなに食べたいのだろうか?他人の手料理が恋しい年ごろなのか、それともちょうどいい料理人を見つけたのか。


「まぁ良いよ。何食べたい?」


「なんでもいい。」


「お任せで。」


「あいよ。」


一時的にでも安全な休憩場所を提供してくれているのだ。その程度ならばいくらでも作ってやろうではないか。


立ち上がり冷蔵庫の目の前に行く。そして何があるかなーと、遠慮もなしに人んちの冷蔵庫を漁る。


ガサゴソとしていると背後から視線を感じた。ただジーっと覗かれているような気配、なんだか監視されているみたいだ。


何か見るもんでもあるのか?別にリクエストは無いんだろ?お肉たっぷり入れろってか?……さて、どうしましょうか。


粗方漁ってみたが特別珍しいものはなかった。

既に社会人並みの材料が冷蔵庫に揃っている。炊飯器には出来立てのご飯、最低限の調味料に肉は鳥、豚、粗挽き、ベーコン、ハム、野菜はもやし、アスパラガス、ピーマン、玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモ、その他豆腐やら納豆やらヨーグルトなどなど……俺ん家の冷蔵庫より豪華じゃないか。


「すごいな。料理してるのか?」


ラインラップが完全に自炊する人のそれなんだよ。アスパラとか絶対アスパラベーコンぐらいしか使わない具材だろ。お前ら本当に小学生か?


声を上げるとすぐそこから返事が聞こえてきた。やはり想像通り、後ろに着いて来ていたようだ。


「なんか勝手に増えた。」


……増えた?


「雷堂さんに教えてーって言ったら色々と準備してくれたんだ。冷蔵庫も具材も、学校から帰ってきたらいつの間にか増えてたよ。まだ一度も料理教わってないんだけどなぁ。」


つまり、料理教えてーって言ったらお節介な雷堂さんが道具やら色々と揃えたってこと?道具はそろったけどまだ肝心なレシピはまだ教わってないと?


「……賞味期限とか大丈夫なのか?」


「増えたのは5日前だし、大丈夫じゃないの?」


確かにまだ大丈夫……なのかな?もうダメな奴ありそうだな。如何せん、2人、いや3人で処理するには量が多い。……ちゃんと使う分だけ買えや雷堂。


「……雷堂は何してるんだ?」


このアパートは各部屋こそ繋がっていないがシェアハウスのような感じだ。一種の孤児院の形だと思ってもらえれば良い。


そして雷堂はこのアパートの管理人的存在だ。……あー、つまりホームパーティーをやるってことか。可愛い可愛い弟達の初料理だぞ、おら食えって脅すってことか。それならこの量も納得できる。流石雷堂さんだ。


「急に仕事が増えたって怒ってたよ。キャリーバッグ両手に持って出て行ってた。」


……頑張れ、雷堂さん。負けるな、雷堂さん。なむなむ、安らかに成仏してくれ。だがこの冷蔵庫の後処理はちゃんとやってから成仏してくれよ。腐敗物を後輩達の冷蔵庫に残して逝くな。


状況的に、雷堂さんはすぐに帰ってくるだろう。

俺は知っている。キャリーバッグが1つの場合は準備万端で挑む普通のお仕事。そして2つの場合はまともに準備できていない緊急的な仕事か、まとめ上げた上でキャリーバッグ2つの長めのお仕事だ。今回は前者だろう。


さてと、冷凍うどんは……さすがになしか。簡単にできてあんまり時間を使わない物……オムライスでいっか。


頭だけを後ろの方へと振り返らせると、そこに山芽と真葵が居た。


「オムライスでいいか?」


「「うん!」」


元気の良い返事だ。


その元気な返事と共に、2人は動き出す。近くから何かを取り出した。


「はい、エプロン。」

 

「三角巾。」


……なんか家庭科みたいだな。


ひょんなことから料理をすることになった。つい先ほどまでとは温度差がすごい。風邪引きそう。


「それじゃ、お風呂入ってくるよ。よろしくね!ナイト~~」


着替えとお風呂を同時進行。効率的だな。


山芽がタンスから一式を取り出し、そのままお風呂場へと入っていった。そしてこの場には真葵と俺が残された。……さて、さっそく作るか。


まずは炒飯からだ。炒飯といっても、ケチャップがないチキンライスみたいなものだけども。


「オプションはどうする?卵増量とか、お肉2倍とか、3種類の肉三昧とかとか。」


正直、材料費は全部雷堂さんが出しているので好き勝手できる。もうね、卵一パック使ってもいいと思ってる。……そこまで来ると卵焼きとかスクランブルエッグとか目玉焼きのトッピングになりそう。そこまでするならハンバーグ作るわ。目玉焼きハンバーグin半熟卵にフレンチトーストの卵サンドだ。


「大丈夫、任せる。」


その言葉を聞いて、キングナイトの冷蔵庫を漁る手が止まった。そして冷蔵庫の中の材料を確認するその目に鋭さが増す。


困るな。俺の裁量に任せるかぁ。つまり俺のセンスに任せるって事?困るよ。後輩たちに優秀で頼りになる先輩風を吹かす為に頑張らなきゃ。


キングナイトは再び動き出した。

とりあえず野菜は確定できる。玉ねぎ、ピーマン、にんじんの三種の神器。オムライスはこの3つで決まり。ここに個人的好みであるジャガイモを入れることで究極となる、が今回は見送ろう。


さて、問題は肉だ。

俺の好みなら豚、王道ならば鳥、不意を突いた粗挽き。1種類の肉ならば貧乏先輩、3種を選ぶと余裕のない童貞野郎だと見られられる。つまり2種類が最適解。


……安定で行くか。豚と鳥。鳥は一口大を更に小さく刻んだ一口小にしときゃ大丈夫でしょ。


包丁を動かす。野菜は微塵切りだ。スパパパと動かす。


そうしていると急に先ほどの出来事を思い出したので口を開いた。刃の矛先を見つつ言う。


「そういえば、さっき山芽が知っているって言ってたよな。何が知ってるんだ?」


「動画で見たよ。やっぱりすごいね。」


ドンッ


その一撃だけは包丁でまな板を切り裂かん勢いで振り下ろされた。先ほどまで音にするならばトンットンットンットンッ、だが今回はドンッ。明らかに力減を間違えていた。


そんな音を最後にキングナイトの手が止まった。その部屋には、シャワーの音だけが響いていた。


しばらくして、キングナイトはいつも通りの声音で言った。


「……ついさっきの公園での出来事をか?」


「…そうだよ。」


よしOK、間違いない。

先ほどの状況を撮影し拡散した不届きものがいるようだ。


まるでサーカスのライオンのショーを見て楽しむように、アパートの中という安全な場所から例の女との戦いを見ていた。


お前らとは顔見知り以上の関係ではあるはずなのに、助けに来ず、むしろ遠くから巻き込まれないように静かに野次を飛ばしながらあざ笑う。それどころか、肖像権を無視し、撮影し拡散した。


つまるところ、さっき見てたやつら全員にお話をしないといけないようだ。助けに来ないばかりか、不利益になるようなことしやがって。許せねぇ。


残りの野菜を切り刻む。


なんだか包丁の鋭さが増しているような気がする。音が反響するように、より重厚的に聞こえるような気もした。


どうした、肩の力抜けよ。指を調理する羽目になるぞ。と思うが、先に野菜が切り刻み終わってしまった。簡単に片づけ、肉をまな板の上にドンっと置く。


それを切るよりも先に、一度無駄に手を洗う。そして深呼吸する。


「ふっふっふ。」


だめだ、脳があいつ等をどう料理してやろうか考えてやがる。水の音で真葵には聞こえていないと思うが、……そういえば珍しく真葵が言いよどんでいたな。少し、怖がらせてしまったようだ。


申し訳ねぇ。


気を改めて包丁を持ち直す。その音は穏やかで優しめに出来た。だけどもシャワーの音がよく聞こえてきていた。


しばらくすると山芽が風呂場から出てきた。


「出たよ~~真葵もはいっちゃったら?」


「うん!入る!」


今まで聞いたことがないほど食い気味に、そして元気よい返事をして風呂場へ消えて行った。……悲しいな。


「……何かあったの?」


冷蔵庫から牛乳を取り出しながら、山芽が言った。


「ちょっとな。」


「ふ~~~ん。」


直接紙パックに口をつけ、ゴクゴクと飲んでいた。相変わらず俺はギコギコと肉を刻む。


「ねーーまだー?」


いつの間にか牛乳を元の場所に戻し、こちらを眺める山芽がいた。


「あとは、肉切手って、炒めて、卵やって…だな。まだ半分も終わってないよ。待ってなさい。」


「おそーい、やーーい、キングナイトのノロチン!」


そう文句を言いながらテレビをつけに離れて行った。だがテレビのリモコンをぽちっと押して、戻ってきていた。


「まだなんかあるのか?」


「べつにーー」


それっきり会話は続かなかった。テレビとシャワーと料理の音が聞こえてくる。テレビではよくわからないお笑い番組が聞こえてきた。


だけども山芽が相変わらず近くにいた。


「見てて楽しい?」


「うん、なんかテキパキしてて面白いよ。」


「そうか、これがプロの技ってやつだ。真似するなよ。」


「なんで?」


「危ないからだよ。」


「じゃなんでナイトは出来るの?」


「慣れだよ慣れ。経験を積めばいつか山芽にもできるようになるよ。」


「ほんと?」


「おう、できるできる。」


野菜に比べ肉はすぐに切り終わった。次は炒める。新品の調味料たちが沢山あるが、封を開けるのがめんどくさいのでほとんど使わない。ぱぱっとフライパンに入れる。長年の経験がある俺はわざわざ計量スプーンやら計量カップを使わない。これが現代チートだ。よく覚えておけ。


「ねぇ、何してたの?」


「何がだ?」


「ずっと来なかったじゃん。」


ぶーぶーと口で文句を主張してくる。


なるほど、数か月間底辺組の住処である神庄慈区に現れなかった事にご不満のようだ。


「こっちにもこっちの生活があるんだよ。」


「えーーー」


「あのな、お前たちと違って片道数時間かかるのだよ。今日だって学校があったのに例の女とやらでわざわざ来たんだぞ。勘弁してくれ。せめて土日にしてくれ。」


「つまり土日なら来てくれるってこと?」


「……極力遠慮してくれ。」


「にっしし、わかったよー~~、キングナイト~~~」


まるでおもちゃを貰った子供のよう。遠慮する気配が見えない。


「やめろやめろやめてくれ。中学校は宿題すごいんだぞ。宿題で休みが一日消えるんだぞ。」


「……お嬢様学校って怖い所なんだね。」


お嬢様学校とは、俺が智美中学校を面白おかしく過剰に伝えたものだ。お陰でごく自然と底辺組から離れられた。


「別にお嬢様学校だからじゃねぇぞ。中学になったら宿題で休みが一日消える。」


「え?」


「さぁ、さぁ覚悟したまえ山芽後輩。」


うへぇ~~~~とやる気のない鳴き声が聞こえてくる。まぁ、長期休みとかはどんなに頑張っても一日以上休みは消える。嘘は言っていない。


事前準備がやっと終わったので米を入れる。それを木べらで炒めていると真葵が風呂場から出てきた。ラフな格好にタオルを首掛け、ドライヤーをその手に持っていた。


真葵が何も言わずとも山芽は動き出した。


「はいはーい。」


そう言いながら2人はリビングの方へ行き、ドライヤーをかけ始めた。2人一組でお互いにドライヤーをかけあう。ほのぼの空間がそこに漂っていた。


……なんかいいな。弟がいる生活こんなのなのかな。生憎と前世で姉と姉がいるぐらいしか経験はないが、あまりよろしくない生活だった。頼られるのと利用されるのは違うのだよ。


ここらへんで終盤の卵の工程に入る。卵を2個…3個でもいいな。いや2個の方が慣れてる。2個にしよう。


なぜかフライパンが1つしかないので、色々と手間取る。ちゃんと大きいの2つと小さいの1つ用意しろよ雷堂。苦情言わなきゃ。


卵も完成したので盛り付けをしようと準備を始める。


「お皿どこ~?」


そう声をかけるが、反応がない。ドライヤーの音でかき消されてしまったようだ。まぁ棚のどっかにあるだろう。


ちゃんと大きな皿が2つあるか心配したが、問題なかった。キッチリ2つだけあった。


ハイッ……ハイッっと少々手間取りながら、2つのオムライスを作り上げた。


俺のオムライスは肉の旨味で調理した炒飯に、卵焼きのような卵で包み込み、最後にケチャップのお絵描きで完成だ。

あのトロトロ卵は嫌いだから卵焼きなのだ。オクラも嫌いだ。サラダのわかめも嫌いだ。だが納豆と味噌汁のわかめは大丈夫。


傷一つない卵焼きにケッチャップでハートを書く。この完璧なフォルムのオムライスも現代チートの一つだ。お、青のりある。


本当に最後に青のりをぱらっと振りかけ、少しだけ彩りをよくした。

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