第39話
リビングの方を見ると山芽がドライヤーされていた。もうそろそろ終わりそうな雰囲気を感じる。
まだ少しだけある時間で良い感じのトッピングは作れないかと、冷蔵庫の中を改めて漁る。フライドポテトとか唐揚げなんかあれば良かったが、さすがになかった。
かろうじて冷凍食品ならあったが、この完璧なオムライスに冷凍食品は見劣りしてしまう。さてどうしましょう、どうしましょうと考えているうちに、ドライヤーの音が止まった。
漁る手を止め、使った物を流し台に入れて簡単に水で洗う。そのまま手を洗い最後の暇を潰していると、真葵がドライヤーを片付けに動いていた。
ちょうどいいと、コップやスプーンを用意する。そして先に飲み物を後輩達の元へと持っていく。
両手にコップを持ちながら、氷入れた方が良かったかと思っていたらキングナイトはピンっと思いついた。
スープ用意したらよかったな。時間的にギリギリ作れそうだったし……俺も、まだまだだな。
「お、出来た?」
「へいへい待ってな。」
そんな言葉を残し、メインディッシュを運ぼうとキッチンに戻る。その途中で真葵が風呂場の辺りから戻ってきた。そしてキングナイトの顔を見るなり、突然振り返り背中を見せ進み始めた。
一瞬、先ほどの事を引き摺っているのかと苦い顔をしたが、真葵の顔の向きがオムライスの方に向いていることに気が付いたキングナイトは、心機一転口を開く。
「真葵も待ってな。すぐ持っていくから。」
「…うん、わかった。」
そう言うと、真葵はリビングの方へ戻っていった。微妙に顔を合わせてくれないが、時間が解決してくれるだろう。
「はいお待たせ。」
両手にオムライスのウェイトレススタイル。白シャツでもあれば似合うと思うのだが、エプロンでも十分だろう。
「キングナイトの分は?」
視線をオムライスの方に向けながら、山芽は言った。
あーー、そういう手段もあったのか。でも今から作るのもめんどくさいし、フライパンは1つしかないし、流し台に使うもんぶち込んだ。そして何より、オムライスは作るのが少しめんどくさい。
お腹は減っているので適当に米に塩なりウインナーなりふりかけでも合わせて食べたいが、それではかっこ悪い。後輩の前でそんな姿見せれる訳ないだろ。
「もう食べた。」
ここでめんどくさいと答えたら、めんどくさい雰囲気になりそうなのを感じたので既に事後だと嘘を吐いた。
これでもし腹の音でもならそうものならばかっこ悪いってレベルではない。腹筋意識していこう。
「それよりも、携帯貸してくれないか?なくしちゃった。」
その一言に、2人はほぼ同時に動き出す。座ったままそれぞれスマホへ体を倒し、手を伸ばし、背伸びした。
「いいけど、誰にかけるの。」
「大丈夫なの?」
体勢を戻す途中、2人の目が合った。まるで猫のように動きを止め、互いを凝視し合った。視線が向くのは互いの手にあるスマホただ一つ。しばらく目と目で会話を試みた後、突然動き出した。
「うんうん、大丈夫。買い替えるから。」
そんなキングナイトの言葉を右から左へ受け流しながら二人はほぼ同時に、その手に持つスマホを目の前へと突き出した。そして電源を付ける。互いの視線が集まるのは残り充電量。そしてそのスマホがキングナイトの方へ向かう事が許されたのは、真葵だった。
珍しく勝ち誇った顔をする真葵。そして今更ながら、充電器に無言で接続する山芽。少し、いじけた顔をしていた。
キングナイトはその微笑ましい光景に笑みを浮かべながらスマホを受け取る。
「相手は、おやっさんだよ。色々と聞かないとね。」
だがスマホにロックが掛かっていたので、一度真葵に返して解いてもらった後、再び受け取った。
「やっぱりあの人のこと?」
「頑張ってね。」
「うん、ありがと。」
そう言って立ち上がる。
ここで話しても良いのだが、少々汚い言葉を使う可能性があるので、離れる必要がある。風呂場にでも籠ろうかな、とも思ったが流石に不自然だ。この部屋の外へ出るのは面倒くさい匂いがするので、嫌。なのでキッチンに座り込むことにしよう。
「それじゃいただきますして、ゆっくり味わって食べろよ。」
「いただきます!」
「いただきます。」
その食い気味な返事を後にしてキッチンへと向かう。そして座り込む。ちょうどオムライスをガツガツ食べる2人が見えた。真葵も大変熱心に食べてる。お腹空いていたのかな。
まぁいい、次は豚の角煮でも持ってこよう。お前らの頬もぎ取ってやる。
おやっさんは、俺が電話番号を覚えている数少ない人の一人だ。
ぴぽぱぱと番号を入力した後、耳元に待機させる。そしてコールが終わった瞬間、声を出す。
「俺だよ、おれおれ。」
「キングナイトか。珍しいな。」
年相応な渋い声が聞こえてくる。
さすがおやっさんだ。おれおれで俺だと分かるとは、次はわたしわたしって言ってみるか。
「要件はわかってるよな。あの女はなんなのだ。」
「知らん。」
「おいおい勘弁してくれよ。おやっさんが知らないなら誰が知ってんだよ。」
そう言うと、少ししておやっさんはまるで息をするように微笑の声を洩らすと、真面目に喋り出した。
「つい2日と少し前に来た。強くなりに来たんだとさ。」
「俺より強いやついるだろ。なんで俺なんだよ。」
最初に思い浮かんだ疑問はそれだった。特別競ったことはないが、自分よりも強い奴と言われたら思い浮かぶ姿が幾つもあった。
「そうかもしれんが、噂が一番出回ってるのはお前だろ。で、どうだった。あいつは強かったか。」
その言葉に、突然の流れにキングナイトは違和感を覚えた。
別におやっさんが偽物だって感じの違和感ではない。
これでもおやっさんと話す機会は沢山あった。大切な話も、ただの雑談も、そりゃ顔を合わせて話すことも、電話で話す事だって何度もあった。だからこそ、いつも通りではない雰囲気をおやっさんから感じた。
まるで急いでいるような、無駄話を強引に切り上げるような勢い……
一瞬、例の女との戦いの顛末がそんなにも興味があるのかとも思ったが、すぐにあり得ないと思った。一般人たる後輩達が、キングナイトが戦っという動画を知っているんだ。おやっさんがその動画を知らない訳がない。そしてその動画を見ればわかるはずだ。
そこでキングナイトは思い出した。この勢いがどんな時に感じたのものか。
「まぁまぁだろ。体力あったら強いんじゃねぇか。」
「ふーーーん。」
ここで確信した。おやっさんは黒だ。
「キモいなおやっさん。」
「おい!」
その後に続くおやっさんの言葉を遮るようにキングナイトは少し怒りながら言った。
「そこにいるんだろ。おやっさんまで小癪なことしやがって。」
「……」
沈黙は肯定とみなす。珍しくキングナイトはおやっさんへの怒りを宿した。
特別難しい事じゃない。
会話の流れを調整するような強引な誘導、まるで他人を気にしているような勢いのない受け答え。
これは前回、厄介ごとを抱えていた時のおやっさんにとても似ていた。そしてちょうど、この町では一人の女性が噂にもなっている。
そもそも底辺組の奴らが、あ!キングナイトだ!珍しい奴と戦ってる!動画取ろ!ってなる訳ないだろ。今まで一度だってなかったわ。どちらかと言えば、すぐに知り合いへと連絡して奴が戦ってるぞ!今すぐ来い!って感じの流れだ。
それが動画取る流れになるのであれば、誰かの差し金だろう。さしずめ理由は例の女の情報収集だろうか。良いご身分だな、おやっさん。
「俺だってな学校あるんだよ、週5で学校あるんだよ。もう平日にこっち来ないからな!土日だってよっぽどの事がないと来てやんないからな!!わかったな!!!」
「…わかったよ、キングナイト。」
「……それぐらいか、俺の用はそれだけだ。おやっさんはなんかあるか?」
「いや、ない。またな。」
「さっきの事はみんなににも伝えといてくれよ。それじゃあな。」
そこで電話をブツリと切る。
なんかもっと言うべき事があったような気がしたが、最低限の事は言えた。何か言う必要があることがあるのならば、電話するなりメールすればいいだけの話だ。よし、そろそろ家に帰るか。
キングナイトは立ち上がった。そして2人の元へ歩き出した。
・・・
「……ひゃー、気が付くか。やっぱキングナイトはヤベェな、おい。」
椅子に座っていたおやっさんはすぐそこにいる一人の女性へと視線を向けた。だけどもその女は、再び疲れたように荒い呼吸をし始めただけで、一言も喋らなかった。それを見かねたおやっさんは口を開く。
「キングナイトも言ってたろ、お前にゃ足らん」
おやっさんがそう言うと、例の女はしかめっ面をした。
「意気込みは十分、だが頼み込む相手がそれ相応の人物ならば最低限っちゅう強さが必要だ。お前が考えているよりもキングナイトはすげーやつなんだよ。わかったろ、最低限も出来ないやつはさっさと帰るか、別の野郎あたれ。」
「…何をすればいい?」
その返事に、おやっさんは長い長い溜息を吐いた。そして呆れたように喋り出す。
「……馬鹿か。それすらわからねぇなら帰れ。無能は邪魔だ。」
おやっさんは椅子から立ち上がった。そして2階へと続く階段がある廊下へと歩き出した。追い出しはしない、だがそれ以上もない。それがおやっさんの答えだった。
歩いているその途中、おやっさんはゆっくりと静かに語り始めた。
「聞いたろ、今あいつは人生でいっちゃん大事な時期なんだよ。こんな場所抜け出して、良い人生しようとしてんだよ。優しいからって甘えんな。無駄にあいつを縛るな。いい加減にしねぇと俺が怒るぞ。」
まるで子供を諭すようなような声音。それを聞いていた者の耳にはしっかりと残っていた。
だけども、女は口を開いた。明かりのない廊下を歩くおやっさんへ、まるで吐き出すように言った。
「……それでも、俺は強くならなきゃいけねんだ。」
そのセリフにおやっさんは足を止めた。続けて女は言う。
「俺を強くしてください。」
おやっさんは振り返る。女は顔を伏せていた。そんな様子に少し昔の記憶が蘇る。悪い記憶ではないが、特別良い記憶でもない。この町にとっても比較的平凡な日常の景色。だけど今もなお残り続ける記憶の一旦。
後ろを振り返ったまま、おやっさんは喋り出した。
「今のお前には何が必要か、わかるか。」
その言葉に戸惑いながらも女は返す。
「……た、体力?」
「正解だ。時間はどれだけある?」
おやっさんは女の方へと向き直し、女がいる部屋へと戻り始めた。今日初めておやっさんは、女について知ろうと思ったのだ。
「3か月ぐらいだ、夏には帰らないといけない。」
「なら明日から1か月かけて体力作りあげる。それ以降はお前が頑張れ。」
「頑張れって、何を頑張るんだよ。」
「なんでもかんでも俺がやってやると思うなよ。最低限は作ってやるから残りは自分で頼みこめ。」
その言葉に女は例の男の姿が思い浮かんだ。女は、確かにその通りかと納得した。
「わかった。よろしくお願いします。」
「おうよ。」
この数日で、この女が特別悪い奴ではないことは分かっていた。
最初こそ、女だと身構えたがそん所そこらのクソガキと大差ないという事もわかった。細田さんに色々と聞いてみたが、問題もなさそうだった。そして今日、最後の一押しが終わった。
目は真面目そのものだが、おやっさんの口はクックックと効果音が付きそうな程に口角が上がっていた。
そんな様子を見ていた例の女はつい、ずっと気になっていたことを口に出した。
「なんでこんなに面倒みてくれるんだよ。」
半分家出のように出てきた。生きる為に必要な物すら持ってこずに飛び込んだ。それなのにこのジジイは、突然現れて引きずるようにここまで連れてきて3食ベッドまで出てきた。変なものも感じないし、一体何がしたいのかわからなかった。
「お前みたいな爆弾そこら辺に放っておけるか。馬鹿か?」
その言葉に、自分自身でも分かっているようで女は暗い顔をした。それを見たおやっさんは言葉の選択を間違えたと反省した。
「……ここじゃお前みたいな問題児、結構いる。さすがに女はいねぇがな。…ま、ここじゃよっぽどの事起こさない限り問題ねぇよ。」
それ以上説明が続かないことに女が声を上げる。
「それじゃ説明になってない。」
「ガキの世話見るのが大人の責任ってやつだ。」
「……他人なのにか?」
「それ言ったらお前も他人だろ。」
「だから理由を、」
「別にここじゃ血の繋がってる方が小数派だ。俺たちゃ底辺組。敵に牙を向け、友には肩を並べ、気に入らないやつは尻尾でしばく。それがこの町だ。良い町だろ?……わからない、って顔してんな。」
「よくわからない。」
「ま、頑張れ。明日の午後から訓練するからな。ビシバシやる。手加減されると思うな。ダメと思ったら俺はやらねぇ。キングナイトにも近づけさせねぇ、わかったな。」
「わかった。」
「いい返事だ。飯も訓練の内容も調整する。しばらくはゴリッゴリの体力増強訓練だからな。キツイぞ。」
「わかった。」
そう言う女は、すでに覚悟を決めた目をしていた。いや、それは最初からだったか。
今日一番の笑みをこぼしながらおやっさんは口を開く。
「そういや、お前名前は何と言ったか。」
「秋葉だ。」
「そうか、改めてよろしくな。」
「ああ、よろしく頼む。」
さーて風呂風呂と、軽口をたたきながらおやっさんが再びのっそりと動き出していた。おやっさんは女に背を見せ2階へと歩き出した。
自然とその後を少女は着いていっていた。
少しすれば、これから風呂だっつってんだろと軽く叱られ、少女は元の場所に戻った。手持無沙汰になった秋葉はテレビの電源を付けた。
運が良いことにゴールデンタイムだった。いつもの退屈な内容からしょうもない内容へと変化していた。だけども今日ばかりも良いものに見えた。
・・・
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