第29話 劣勢交渉戦術
「ささ、見学少年。中へどうぞ。」
生徒会長は中に入った瞬間、ぐるりとその場で回転しこちらへ向き直った。そして指先を生徒会室の中央の方に向けて中に入るように催促した。
「失礼します。」
そう言って中に入る。
そういえば戦場やら戦いやら火ぶたなどと言っていたが、望むべき結果とはなんだろうか。そもそも負けるってどのような状況だ?
瀬名は考えながら生徒会室の奥まで進む。
生徒会室はごちゃごちゃしていた。もともとあるであろう物たちが、私物に埋もれていた。竹刀に何かの頭の骨、提灯に野ざらしに置かれ埃を被った金色のトロフィー。明らかにここにあるべき物ではないだろうと思う物もたくさんあった。これが生徒会室か。
まるで倉庫みたいだ。だけどちゃんと机の上は綺麗で、作業はできそうだった。
瀬名は生徒会室を奥まで進み、窓の目の前にたどり着いた。窓の先の景色を見る。そこからはグランドが一望できた。
生徒会室があるのは、下駄箱兼玄関がある中央館の三階。ちょうど職員室の真上にある。そんな場所にある生徒会室からはグラウンドどころか、校門、更には周辺の街まで見渡せる。この街に高層ビルなどはあまりないので本当に、遠くまで見渡せている。無駄にすごい景色だ。
そこで背後からカチャっと金属音が聞こえる。振り返ると生徒会長が扉の鍵を閉めていた。
……どうやら逃げ道が一つなくなったようだ。ドアを蹴破って強引に逃げるのも不可能ではないが、それではわざわざ生徒会室まで来た理由がなくなってしまう。
ドアがダメとなると必然的に、逃げ道が背後の窓一つになってしまうだろう。
ここは三階、飛び降りるには少々心配が残る。それに下は職員室。もし飛び降りる姿が見られてしまうと少々、いや結構問題になってしまう。見つからないことにこの学校人生を賭けてもいいが、もしもの場合が致命だ。やめておこう。
下がダメなら上という線もあるが、さすがにめんどくさいな。ターザン方式で左か右へ逃げよう。……逃げたら生徒会室に来た意味がなくなるんだって。逃げちゃだめだ。
「そういえばさっきの時間どこいたの?結構探したんだけどなぁ。」
生徒会長がそう言いながら近づいてくる。それに対して俺は動かず窓際で待つ。
たとえ生徒会室に来た意味が無くなろうとも、逃げなくてはならない時が来るかもしれない。その場合は屋上に溜まった水を下へと送り出すパイプを使って逃げよう。
「適当な森の中で寝てました。」
「へぇー、体調は大丈夫なの?」
「問題ないです。」
少し考えた結果、この場の最適解は問題をこれ以上増やさないで満場一致した。理論値は問題を増やさず素早く帰る。
「それじゃ悪いんだけどさ、さっそく本題にさせてもらうね。」
そう言って生徒会長が立ち止まる。距離は1.5mほどか。十分ある。ちゃんと相手の動きを確認しつつ、いつでも逃げられる準備をしつつ、トラップがないかも確認しつつ、奇襲の警戒をする。最初の任務はそれだけだ。
瀬名は相手の一挙手一投足にまで気を配る。さすがにキョロキョロと視線を動かすのは失礼なので、瞳の位置は固定しつつ、視界の端から端まで、そして音に気を付ける。そんな中、生徒会長が動き出す。
「ごめんなさい。」
最初の言葉は謝罪だった。それもしっかりと頭を下げる、本気の方の謝罪だ。だがまだ想定範囲内だ。予想通りであれば、悪の副会長に支配され、気弱な生徒会長が胃を痛くしているのだが。
「それは何に対しての謝罪ですか?」
「体調悪いのに無理やり参加させちゃって、」
……ふむふむ…なるほど…
「ん?」
瀬名の頭に疑問符が思い浮かんだ。素早く昨日の出来事思い出す。その結果ある一言が思い浮かんだ。
「またまた~、冗談はいいって。」
そう言う会長はその場で小腹を突くような動作をしていた。俺が体調不良だと言ったのに、まるで信じていない様子だった。
あれ?となるとなんで会長は俺の体調を心配したんだ?何で知ってるの?
「見ちゃったの先生に運ばれていくの。」
へぇ、見たのか。組埜先生にお姫様抱っこされて運ばれていくの。…見られた?お姫様抱っこ?……純粋にはずかしい。
瀬名の頬がわずかに赤くなる。だが即座に至極真面目な様子で、まるで話を逸らすように瀬名は喋りだす。
「許します。」
「え?」
「いえですから、許します。謝罪を受け入れます。」
生憎と瀬名はシリアスに対する対処方法をあまり知らない。それが誠意があるタイプの謝罪であれば尚更だ。
正直、今回の一件はお互い様という面もあるだろう。そもそも怒っていない。むしろどうでもいい。帰りたい。というか関わりたくない。そうだな、もう女子とは関わりたくない。もういいって、遭難者にメロンパンに少女。ここ一週間の大事件の主犯格は全員女性だ。これ以上俺の人生を狂わせないでくれ。静かにオタクさせてくれ。
そうどこか悟った様子を見せる瀬名とは対象的に、会長はどこか腑抜けた顔をしている。
いったい会長はどんな反応を想像していたのだろうか。逆ギレ?拒絶?見学少年がそんなことをするイメージがあったのか。ちょっとショック。
「用はそれだけですか?」
本題は終わったに等しいだろう。これ以上用事がないのであれば、帰りたいのだが…
「あ、うん。」
相変わらず心ここにあらずといった様子の会長はそう返事した。ちゃんと確認を取れた瀬名は、歩いて会長を追い越す。生徒会室の出入り口へと向かい始めた。
「それじゃ失礼します。さようなら。」
「あ、うん、さようなら。…ちょっと待った見学少年、お詫びがまだだぞ。」
背後からそんな声がした。だが瀬名は動じず、むしろ早口でそして早足で答える。
「いりません。そのお気持ちだけで結構です。さようなら。」
瀬名はすでに帰る気分なのだ。そして女子とは関わりたくない。まさに、一石二鳥。この帰るという行為には、すべての利が含まれている。瀬名は相変わらず早歩きで生徒会室の外を目指す。
「そうはいかない。」
会長が走って生徒会室と外を区切る扉の前に陣取り、瀬名が外へ出ることを拒む。ここで強引に逃げては、最初から生徒会室に来なかった時と同じ結果になることを瀬名は知っている。
瀬名は立ち止まり声をあげる。すでに頬は赤くない。冷静さを取り戻している。
「じゃ、お姫様抱っこされたことを他言無用でお願いします。」
はたしてそれが話題になるかは知らないが、なって喜ばしいことではない。
「わかった。それ以外は?」
「ないです。」
「そうは問屋が卸さないぞ!」
まるで威嚇するかのように叫ぶ会長の様子に納得できない瀬名は、ジーっと会長を見つめる。
なぜお詫びをしたがる。わざわざ損をする道をなぜ?まさかとは思うがこの状況を楽しんでたりしないよな?どっかにカメラがあってモニタリングされてたりしないよね?……ありえそう。そうなるとあの生徒会長が誠意のあるタイプの謝罪をした理由もわかる。…いや前日から仕込みをする訳がない……恒例行事ならば…さすがにないか。
生徒会長に望むことと言われると、一つだけすんなりと思いつく。
「じゃ今後関わらないでください。」
「なんで!?」
会長は大変驚いている。全身で驚きを表現している。今ならすんなり外へ逃げることができるだろう。
「それではお願いしますね。」
会長の横を通って外に出ようとする。だが瀬名が一歩踏み出した瞬間、会長は両手を広げ直し、再び瀬名の進行を拒む。
「いやそれは断る!別の事にしなさい!」
まるでお母んのようだ。あーだこーだぴーちくぱーちくと。
瀬名は一歩を踏み出したまま、顔色一つ変えずに溜息を吐く。
「はぁ…、いったい何がお望みなんですか。」
「見学少年がいい感じのお詫びの品なり事を選ぶことだよ。」
もはやそのお詫びがどういう意味のお詫びなのかわからなくなってくる。ちゃんと謝罪の気持ち、ありますか?
「それはまたなんで?」
「私の気持ちが済まないからだよ。」
「貴方の自己満足に着き合わせないでください。俺は帰りたいんです。」
「ぐぬぬ、強情な見学少年だね。さっさとお願い事をこの生徒会長さんに言うだけでいいんだよ。」
ダメだ。会長が退く未来が見えない。ふみのより厄介だったか。常識がある分、執着心も粘着力も段違いだ。
これはお願い事を言って、終わらせるのが手っ取り早いか。だが何のお願いをすればいい?お詫びの範疇で、会長が納得する内容。何が欲しいと聞いてくれたら、家電!と元気よく言ったというのに。……もういいや、俺は帰りたい。そしてめんどくさい。これは一つ、試してみましょうか。
瀬名はじっくりと間を取り、ゆっくりと喋りだす。真顔から微笑に表情を変え、相手の目を見て話す。
「……それじゃもしも、もしもの時。助けてください。」
「それってどういう意味?」
「言葉のままですよ。」
瀬名は軽く苦笑する。そして後ろを向き、生徒会室全体を見回しながら言う。
「困ったことがあった時、助けてください。」
俺が出した答え、それはもしもの時助けてくださいだ。これで俺がいじめられても生徒会長という最大の後ろ盾を得る。
俺が試すというのは、難しく言って欺瞞。簡単に言って勘違い。場合によっては嘘ともいわれる内容だろう。
普通であれば「じゃ困ったときに助けてください。」で済む話だ。だけどそれでは、先ほどのように「それ以外は?」と会長は聞き返してくること間違いないだろう。
だがそれが謎に趣深い様子で喋られる「…困った時は、助けてくださいね?」であればどうだろうか。もしかしたら会長は何か深刻な様子だと勘違いするかもしれない。
そうなることにより、このお願いは会長が納得して終わるレベルにまで達する。無理だったら無理で、ナイスチャレンジ!だ。だが俺の演技力は高いぞ。会長ごときに突破できるかな?
「わかった。」
その言葉にくッとこぼれそうになる笑みをこらえつつ、真顔で会長の方へ向く。そしていつも通りの声音で言う。
「それじゃ帰りましょう。用はこれだけですね。」
やはり、会長は突破できなかったようだ。それもそのはず。経験豊富な底辺組でさえ見破れる奴は数える程度しかいないのだから。ただの小童ごときに出来るわけないのじゃ!のほほほほ!
強引に会長の横を通り鍵を開け、外に出ようとする。却下の言葉は聞こえてこない。その代わりと言ってはなんだが、背後からこんな声が聞こえ始めていた。
「そうだけど…」
その惜しむような言葉が聞こえた瞬間、瀬名は瞬時に言葉を被せる。
だいたい生徒会室を一歩出た頃だろうか。その瞬間、瀬名はその場に立ち止まる。だが決して後ろは向かない。いつもよりもほんの少しだけ小さな声で、いつも以上に単調な声で再度念押しをする。
「それじゃあお願いしますね、さようなら。」
そう言って再び歩きはじめる。今度は小さな呟きはなかった。
瀬名が階段を降りる。だが背後から追いかけてくる影も、待ち構える姿すら見えない。そこで自然と笑顔になる。
成功した。先ほどの状況では「そうだけど…やっぱりお願い事を言いなさい!」という流れになっていたかもしれない。あぶないあぶない。これは理論値と言っても過言ではないのだろうか。問題は増えていない、そして比較的早く終わった。…理論値と言っても過言ではないのだろうか!?うぇーいうぇーーーーいっ!
瀬名が下駄箱に着き靴を履き替えた頃、やっと学校が終わるという感覚が流れ込んできた。やはり今日も部活動はないのか、グランドに人の影はない。校門に待ち構える影もない。第一関門突破だ。
下り坂を降りながら先ほどの出来事の思い出し、反省会をする。
少し、会長には悪いことをしたかもしれない。だが嘘はついていない。ただ会長が勘違いし、騙されただけだ。見学少年悪くない。それか迷惑料だと思ってくれ会長さん。
まぁ何を言おうが言われようが、たとえ何度先ほどの時間を繰り返そうが、俺は同じことをしていただろう。これ以上の厄介ごとはごめんだと。
そもそもお詫びがあるなら、もっと軽くしてほしかった。あ、見学少年ごめんよ~~お詫びするから許して~~的な感じだったら、よし購買のパン買ってこい。で済ましたのに。…やっぱパン食べたいな。あのメロンパンの味を忘れられない。
お願い事で半年間パシリにすればよかったな。女性ならばあの魑魅魍魎みたいな男子の集団と関わらなくても、パンを買うことができる。半年もあれば全種類コンプできたろうに。まだまだ状況判断能力がたらないねぇ。
あの状況であれば流れでパシリOKを貰えたかもしれない。それにお願い事が合格ラインに達成する可能性もあった。
ま、終わったことを気にしてもしょうがない。疲れている状況でよく理論値を出せた。この流れで明日も乗り切ろう!おー!
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