第28話 流れゆく予感
しばらく謎の2人組に瀬名が頭を下げる状況が続いた。周りがこの光景をみていったいどう思うのだろうか?
少なくとも被害者と加害者の関係して見られるかもしれない。どちらが被害者かは知らないけど。
このまま状況が動かなければ、当然の如くこのお散歩ロードを歩いてきている生徒たちが野次馬へと変化するだろう。集まる視線。痛む良心。そこから上着を貸してもらえる流れってあるかな?……ないな。そんな状況から上着を貸してもらえるわけないだろ。
やはりと言えるか、目の前の謎の二人組は困惑している。だがこのまま逃げ出しそうな雰囲気には見えない。ということは必然的に野次馬が集まってきそうだけど。いや待て、根本的な所から考えよう。
野次馬が来たら目立つじゃん。生徒会長も来るじゃん。詰みじゃん。あぶない、自分で自分の首を絞める所だった。
もういいか。別に上着なんてなくてもなんとかなる。目立つだけだ。むしろ目立ちに行くか。木登りしようかな。…生徒会長が木登りできなかったら完封できるんじゃね?時間いっぱい木の上で休むだけでこの鬼ごっこが終わる。…ふむふむ、いいじゃん。今後の方針が決定。
数秒は経過しただろう。だが十秒とまではいかない頃、瀬名は素早くけろっと頭をあげる。
「いやすみませんね。昨日徹夜したおかげでテンションがおかしくなっちゃいますよ。この話は忘れちゃってください。それじゃご迷惑おかけしました~~」
片手をよっと上げながら駆け足でお散歩ロードの先へと逃げていく。後ろの反応を確認したりはしない。また、気まずい関係者が増えてしまっただけだ。
しばらくの間、そのお散歩ロードを進む。そして瀬名は一瞬だけ背後をチラっと見る。無事に視界一杯に木々が映し出され人間の姿が見えなくなった頃、瀬名はそっと進路を左へ、木々が生え散らかした森のような場所へ向けた。そのまま公園の壁沿いまで進んだ。
そして辺りを見渡す。
背後は壁。フェンスによって区切られ、物理的に制限された最大範囲。
前方は森。草こそ生い茂っていないがそれなりに整えられた木々が視界を埋め尽くす。その木々の隙間に公園としての証が見えるが、わずかなものだ。
充分隠れていると言えよう。さすがに端から端まで探し出そうとしない限り見つかることはないだろう。
目立つのは最終手段だ。さすがに先生から木登りをやめなさいと言われてしまうと、従わなければならない。先生というこの場の最大権力者には勝てないのだ。敗北は必至。
ふんふんふんふんと意味もなく頭を左右に揺らしてみたり、いい湯だなとつぶやいたりババンと小声でささやいたりしながら暇を潰す。
温泉に入りたいなぁ。いくら春といえどまだ寒い。ポカポカしたい。今夜は湯舟を用意するか。いいじゃん。たぶん精神力も回復するでしょ。うん、いいね。うんうん、いいねぇ~~。温泉、いいね。よし休日は温泉宿へ突撃するか。…さすがにめんどくさいわ。今日は木曜日、後2日も待てない。他人の目もあるし。陰キャな俺にとって他人の視線とは、無条件でストレスへと変化するのだ。それに今夜入りたい。俺は今必要としているのだ。
そういえば自宅に大きな浴槽があったな。さっすが別荘。
時間かかるし、今までなんだかんだ使ったことなかった。今夜が試運転か。入浴剤も試してみようかな?そうなると今夜は無理になりそうだな。家に入浴剤ないし、どの入浴剤が良いかがわからない。前世では使ったことがなかったからなぁ。ついでに今は金を持っていない。
帰ってPCで情報収集、そして財布持って徒歩2時間。
さすがに良いかわかりもしない入浴剤ごときにそんな労力を使ってられない。いやハンバーガーの材料を買うという名目ならば…………ありだな。ちょっとまて良く考える。
瀬名は思考の海に潜る。いろいろな単語が、状況が浮かび上がってくる。達成すべき目的、可能な手段、絶対に守るべき事、温泉、重要なポイント、敵、温泉、底辺、ハンバーガー、腹減った、ご飯、焼肉、筋肉、筋肉?…少女、1週間、父………父?スマホ壊れたって連絡しなきゃ。場合によってはとんでもない状況になりかねん。PCでスマホ壊れたってメールしなきゃ。
それと入浴剤は諦めよう。次の買い物辺りに覚えていたら買おう。ハンバーガーも今は諦めよう。さすがに疲れた。今日は帰ったらメールして寝る。それかうどんでも食べる。
しばらく時間が経った。その間、瀬名は最低限の警戒はしつつ考え事をしていた。するとこんな声が聞こえてくる。
「智美中学校の皆さんは最初の場所に集合してくださーーい。」
集合か、早いな。……本当に終わりか?え?本当に終わりだよな?信じられない。てっきり、生徒会長かふみのに見つかって鬼ごっこでも始まると思ってたんだけど。よっしゃ流れが良くなってきている!
瀬名は満面の笑みでそう思った。だが瞬時に顔色を変える。
とでも言うとでも思ったかぼけ!!俺の第六感がビンビンに嫌な予感を主張してきているんだよ。この程度で終わる訳ないだろ!!いい加減にしろ!!どうせあの先生は買収されて俺をおびき寄せる為の罠なんだろ?…さすがに本当だった場合クソめんどくさい。大人しく従おう。罠だったら木登りを始めよう。
瀬名は立ち上がり、森の中を突き進みながら最初にいた広場へ向かった。
広場には智美中学校の制服を着た生徒が沢山いた。どうやら罠ではなかったらしい。瀬名はしれっと集団の中へと突き進む。やはり白いシャツは目立つが、今となっては許容範囲内だ。圧倒的な人込みの前では無意味に等しい。
しばらくすると点呼が始まった。そして締めの挨拶が始まった。今度も体育の先生だった。それも終わり何事もないように、智美中学校へと戻り始める。
そして現在の俺は、椅子に座って次の授業の始まりを待っていた。
どうやら5時間目は自由時間のようで、本来は授業中であるはずなのに、他クラスの生徒がこのクラスにいるのが見えた。どうやら皆は友愛を育めたようだ。
信じられない。やはり信じられない。このまま何事も今日という日が終わるのだろうか。いやありえない。俺の第六感がありえないと叫んでいる。
だがなんだ?既存の問題か、新たな問題か。そのどちらかさえ分かれば色々と対策できるというのに。まぁその対策といっても心構えができる、ぐらいなのだが。もしかしたら家に帰ったら爆弾が大爆発しているという線もありえるかもな。…ありえちゃうか……。
どっちにしても地獄じゃねぇか。このままイベントも、家に帰ったらイベントもどちらも地獄だ。休ませてほしい。強制イベントってクソだよね。もっと異世界スローライフしようぜ。
今は自由時間っぽいので俺も男子トイレに逃げても良かったか、先生方が来るまでのひと時の自由時間の可能性があるので逃げられない。お腹が痛くてトイレに籠っていたは可能だろうか?
ありえないありえないと疑心暗鬼になりながら、不意に先ほどの出来事を思い出し、最後にジュースを腹一杯にかきこめば良かったなぁと思っていた。その時、突然教室の扉が勢いよく開いた。
バンッと遠慮がない音を出しながら扉が開く。瀬名はフッと鼻で笑う。
ついに来たか。その勢いは先生じゃないだろ。そしてこの勢い。すなわち怒りがあるということ。そしてこの時間帯。探し続けても見つからなかったことに対する怒り。お前だろ、ふみ
「見学少年いる?」
の…じゃないな。声がふみのじゃない。
瀬名は声の主を見る。やはり声的にも姿的にも会長だった。今回もたった一人らしい。
「お、いた。やっほー見学少年。昨日ぶり。」
「…どうも。」
やはりというべきか、俺が目的のようだ。その内容は恐らく、保健室の先生が言っていた申し訳なさそうな何かだろう。やはりというべきか、副会長はいない。悪の副会長説が俺の中で超有力候補となった。
耳を澄ませば、会長がこちらに向かって歩いてくる足音が鮮明に聞こえてくる。いつの間にかクラスから聞こえてきていたはずの雑音はなくなっていた。
どうやら俺たちは注目を浴びているようだ。それもそうか。得体のしれない陰キャと学校の長たる生徒会長の組み合わせ。珍しいってもんじゃないな。俺の立ち位置も観客側であったのなら、ガン見しちゃうだろう。これが野次馬精神か。
「ここで話すのもなんだから、ちょっと来て。」
生徒会長が笑顔のままコイコイと手招きした。
ここでは話せない内容か。ついていくのも一興かもしれないが1つ、いや2つは問題がある。
「授業遅れちゃいますよ?」
長話になりそうな気配がある。そして今の時間がどのような時間なのかわからない。完全に自由時間なのか、ひと時の自由時間なのか。…組埜先生、教えてください。流れでわかるはずじゃなかったんですか?
生徒会長も、所詮は生徒会長だ。さすがに話し合いが理由で授業に遅れてしまってもセーフにはならないだろう。いや生徒会長の人望的に可能ではないか?だが公務ではない。うーーん…リスクを背負ってまですることじゃないな。
「あぁー…それもそっか。」
ふむ?聞き分けがいいな。ふみのなら気にしない!気にしない!と言いながら何処かへ誘拐していただろう。……ちょっとまって、長話は確定なのか?遅刻が考えられるほどの話し合いをするつもりなのか?
「それじゃぁ、放課後時間ちょーだい。絶対時間ちょーだい。」
「えぇー……」
めっちゃ気が進まない。嫌な予感の正体はこれか。正直めっちゃ逃げたい。とんでもなく逃げたい。このまま後ろの窓から飛び降りて6限目をすっぽぬかして逃げたい。
「お願い!10分とか30分でいいから!!」
その理論でいくと50分か90分もあり得そうですね……はぁ、さすがにすべてから逃げ出すほどではないか。
「わかりました。」
今年は厄年だ。諦めよう。努力と忍耐の一年だ。どうせ今日逃げても明日追いかけてくるだろ。それならさっさと終わらせた方がいい。
「ほんと?やったー!それじゃ放課後生徒会室まで来てね。皆には話しておいて、今日一日は生徒会室をフリーにしておくから!それじゃあね!」
そう言って生徒会長はどこかへ帰っていった。しばらくの間、瀬名は会長が出て行った扉の方を見ていた。放心状態と表現するのが正しいだろう。
しばらくして立ち上がり、開けっ放しになっている扉を閉めてから再び座りなおす。そこらへんでやっと会話がクラスに雑談が戻ってきていた。だがそんなこともどうでもいいと、瀬名は静かに手を組み、顎を乗せる。
………今日一日?生徒会室?フリー?二人っきり?一日も?……こわ。何をするつもりだ。いったい何をするつもりだ?怖すぎる。俺の第六感が発動するレベルの嫌な予感。…ッ、フゥーー…フゥーー……ッフゥーーーーーゥゥッフーー……覚悟を決めるか。約束はした。もうしちゃった。しちゃったのだ。覚悟を決めろ!キングナイト!
そう覚悟を決める瀬名は、どこか鬼気迫る様子だった。底辺組と殴り合う時よりも険しい顔をしているだろう。
そこからの記憶はあまりない。気が付いたら生徒会室前に来てしまった。来てしまったのだ。時間は放課後、約束の時間だ。
もう逃げたりしない。約束した。つまり約束される前に、逃げればいい。そして逃げられなかった俺は敗北者。…敗北者ァ。
コンッコンッと生徒会室の扉をノックする。
しばらくしたが返事がない。いつもの俺ならここで帰っていただろう。帰りたい。くっそ、約束ごときが俺を束縛するな!
「あ、見学少年だ。待った?」
「いえ、今来たところです。」
生徒会長の声が聞こえた瞬間、瀬名は気分をケロッと直し気持ちを整える。俺はまだ敗北者ではない。むしろここからが本番、ここからが戦場だ。生徒会室という名の戦場だ。
生徒会長が生徒会室の扉の鍵を開けて中に入る。開戦の火ぶたは切られた。この部屋に一歩でも入った瞬間、いや生徒会長がたった一歩でも部屋の中へと足を踏み入れたこの瞬間からすでに始まっている。
俺と自分との戦い。勝ち目がない闘い。…負け戦だったか。結局敗北者、負け犬め。
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