第27話 現代青空教室

人が全く見えない寂しい原っぱを歩く。どこからかガヤガヤとした声が聞こえてくるが、都会である以上避けられない問題だろう。車の走行音のように、セルフノイズキャンセリングするしかない。


耳を意識から外し目の前の景色に集中する。


特別いい風が吹くわけでも、快適な空間でも、最高のコンディションでもないけど、学校の教室でちょこんと良い子で座っているよりは……、座ったまま終わる授業の方がいいかもしれない。ただ座っているだけで学校が終わるのだ。精神的余裕があれば、そちらの方がよかった。


ただでさえ入学式で精神をすり減らしていたというのに、一向に回復することもないまま時間が過ぎてしまっている。どこかで流れを変えなければならない。そう今週末に。土日は引きこもってやる。


さて、時間はあまりたっておらず、後1時間ほどは自由だろう。はたして本当に自由なのかは知らないが……精神的には自由ではないが、肉体的には自由という表現が適切であるな。


よっこらしょっと。


あの集団からもそれなりに離れ、そろそろ座って休もうかと悩んでいるとちょうどいい感じの椅子があったので座る。

住宅地の中の公園だというのに木々のおかげで建物が見えない、なかなか素晴らしいお散歩ロードが公園の中にあった。そのお散歩ロードを進んでいると突然、木々に隙間ができる。そこは野球が出来そうなほどの大きさを持つ芝生の広場だった。その広場の端の方にある一つ長椅子。


背後の木が日陰になり、吹き抜けた広場から届けられる風が心地よく感じる。


わざわざ、歓迎会の最中でありながらこんな所に来るのは、暇つぶしに遊ぼうぜと、体力が有り余っている男子生徒ぐらいだろう。


つまり安全。


ここはちょっとした森の中を突き進むお散歩ロードから、ここは少しだけ見にくい。そしてこの長椅子の背後はちょっとした森。


生徒会長様に見つかる可能性は低く、見つかったら背後の森に即、退、散。昨日の鬼ごっこの延長戦じゃ、今度は貴様が鬼だぞ。捕まえてみな、生徒会長様?


ばーかばーかと心の中で煽りまくっていると自然と、頭がボケーとしてきた。しばらくして、何やってんだろ?と謎の問いが出てきた。急に何もかもが馬鹿馬鹿しくなる。


続けて、まるで液体のようにも公園のベンチにたれかかる。もちろん、周囲には誰もいないので、目線を気にする必要はない。そのまま体を横に倒して、椅子の上に寝っ転がる。…これならいい感じの芝生の上で寝転がった方がいいな。それに周囲が見えない。最低限索敵はしておいた方がいいだろう。


瀬名は座りなおす。


ただ目の前の景色を見て、のんびりと過ごしているとある事が思いついた。


ここは公園。そして最初に点呼らしきことはされなかった。つまり、公園から離れてもばれないのではないのだろうか?最終的に5時間目の出席確認の時に存在していれば、問題ないのではないだろうか?


出入口付近を見張れる範囲に先生が存在していることは確認している。だがここは広大な公園。出入口以外の監視は甘い。いや、もしかしたら監視カメラを使った厳重な監視体制かもしれないが、その場合は大人しく補導されるだけなので…ダメじゃん。


瀬名は、ダンッと勢いよく椅子に座り直し脚を組みながら長椅子のふちに両手を置く。そして頭を120°ほど後ろに倒し、ちょっとした森の先に微かに見える壁を見つめる。


そこら辺の壁をよじ登り、脱出すれば完全犯罪可能だと思っていたのだが、残念。


壁はフェンス。壁周辺には木々が生えており、やはり隠密性が高い。脱出することは容易だと、俺の頭脳によって証明された。


だけどそもそもの話、俺は所持金はゼロ。たとえ安全で完璧に脱走できても、やることがない。1時程度では帰宅して追加物資を得ることはできない。知り合いもいないので……いや一人だけ顔見知りがいたわ。ランニングマン、元気かな?


ランニングマンとは、ペットボトルを握りつぶした運動青年だ。最初で最後にあったのは入学式の翌日だったろうか。…あんま時間たってないな。まだ3日ぐらいしかたってないぞ。濃い時間を過ごしすぎて感覚がバグってる。


視線を前に戻す。そこにはどこまでも透き通るお天道様がある。ええ天気やで。


瀬名は更に視線を下に向ける。相変わらず誰もいない広場。不思議と睡眠を充分にとった記憶はないが、眠気は全くない。わずかに揺れる草が草々としている。ぼーっとそれを眺めているとある考えが浮かんでくる。


……腹減った。音こそ鳴らないが水分では得られない成分が足らないと腹が主張している。


なぜ食べ物食べないのか、だって?目の前の焼肉があるんだぞ、だって?


は?


今、俺は、絶食中だぞ?それに焼肉だぞ?中途半端に食べるという選択肢はない。食べるならがっつり食う。食べたいのに食べれないというのは、もはやお預けに等しい拷問だ。俺がそんな我慢をする訳がないだろ。


だがしっかりと食べてしまうとドン引きされてしまう。俺はもう、なんか食べてるなぁ陰キャ君じゃすまない。すでに見学少年として認知されてしまっている。昨日のオリエンテーションで見た感じ、目元を覆う程度に長い黒髪少年は存在していなかった。ロン毛と短髪は見つけたけど、その中間は見つけられなかった。そもそも黒髪が比率的に少ない。一発で俺だとばれる。ついでに上着がないので目立ちます。白いシャツはとても目立ちます。


…ドン引かれたかといってなんだというのだ?所詮有象無象どもだ。我は腹が減った。その程度でどうこう言われても俺はノーダメージ、…改めて考えると注目されて何か問題があるのだろうか?


謎の陰キャ魂か陰キャ精神かなんかで反射的にダメだという思考になったが、いったいどこに問題があるのだろう?もしかしたら大食い属性として良いイメージにつながるかもしれないだろ。食は三大欲求の一角、食欲様だ。それを忌避するのは信条やら宗教やらの理由があるやつらだけだろう。そんな奴らと友達になっても利点が見えん。オタク話できる未来が全く見えない。


…引かれて嫌だと思ったのは、オタクお友達大作戦が大失敗してしまうかもしれないと考えたからか?


でも、もう特別学校内にオタク友達が欲しいとは思っていないんだけどなぁ。想像よりも強大な敵が多すぎて、学校内にはもう安楽の地がない。例として、アレはオリエンテーションの時に叫んでいた。ふみのという人物。もしくはアイス全味を買おうとしていて首根っこを掴んできた狂人。


確かに、オリエンテーションの時に俺を見つけて「いたぁぁぁぁぁっ!!」と叫んでいた。つまり探していたのだろう。1日か2日か数時間程度は俺を探していたのだろう。


アレがそう簡単に諦めるとは思えないし、俺が大人しく捕まるのもとてもありえない。敵は逃がしてはくれない、だが和解はこっちから願い下げ。そんな中、生徒会長が加わる。うーーーむ、すでに包囲されてますね。


うへーーーと意気消沈しながら、液体のように椅子の上からずり落ちる。不格好の形をしながらも自然と空を見つめる。妙な体勢のせいで少し痛い。だけど動くのはめんどくさい。


そうしてただ空を眺めていると視界に何かが現れた。反射的に視線を合わせると、そこには鳥が飛んでいた。黒色ではないのでカラスではない。何だろうと考えていたが、それが何かを知る前に何処かへ飛んで行ってしまった。


仰け反り、首を酷使して鳥の行く末を最後まで見ていると、いつの間にか先ほどまではあったはずのやる気までもが何処かへ飛んで行ってしまった。


しばらく鳥の進んだ方を見ていたが、どれだけ待っても鳥が戻ってくることはなさそうだったので、素早く椅子に座りなおす。頭と首と背中と足が痛い。


イテテと首を擦りながら目の前の緑生い茂る草原を見る。そうしていたら、不意にある情景が浮かんできた。一つを思い出すと次々に色々な情景が思い浮かんでくる。そうして昨日の出来事が頭の中に流れ込んできた。


しばらく無言でいると、急に瀬名はダラリとだらけた。


そういえば昨日、生徒会長が申し訳なさそうな顔で来たらしいな。どのような理由であろうと、厄介ごとでしかない。


結局、この問いは飯食って見つかるか、我慢して何も得られないか。の二択である…そうだ。この問いは飯食って見つかるか、我慢して何も得られないかの二択なのだ!


それなら俺は後者を選ぶね。そしてジュースを飲む。それにあそこにはトウモロコシがなかった。まったく、焼肉の風上にも置けないな。焼肉と言ったらトウモロコシだろ。ついでにバターも用意しろ。ジャガイモも忘れるなよ。俺はジャガイモが大好きだ。


あーーあ、すっきりした。


目立つのが嫌だったのは生徒会長に見つかるのが嫌だったからか。納得納得。これはゲームなのだ。歓迎会とは名ばかり。見つかれば厄介事、逃げ切れば問題先送り。それは強制参加の鬼ごっこ第二ランド。まさに、進むも地獄退くも地獄、どっちを選んでもいばらの道。どう進もうとも前門の虎に後門の狼は確定事項。


一瞬、もう捕まって終わってしまおうかとも考えたが、どれほどの損失があるかわからない。それに一瞬で終わる訳がない。いや終わるかもしれないが、終わらないかもしれない。辛いねぇ。


この広場どころか、この辺りには人は見えない。しばらくはここで英気を養おうではないか。やはり問題は先送りに限る。面倒ごとは誰かに押し付けてしまえ。…付けてしまいたいなぁ。


瀬名は足をぶらぶらさせながら、ゆったりとする。この広場は結構良い。なんか秘密の場所感があって好きだ。マンションとか建物が全く見えなかったらまさにそれなんだけどなぁ。…編集で消してみるか。そう、消しゴムマジックでやるの……


ポケットに手突っ込もうとした所で、スマホがお亡くなりの現状を思い出し、一人静かにげんなりとした。


消しゴムマジックで消されたのは俺のスマホだったか…


まるでKOされたかのごとく、力もなく椅子にもたれかかる。そして再びぼけーーっと目の前の景色を眺める。


空が青い…とても青い…


そうやって空を眺めていた。すると突然声がした。


「……あれ?誰かと思えば見学少年だ。」


「ほんとだ。こんな所にいたんだ。」


声のする方を見るとお散歩ロードから男女の二人組がこちらを見ていた。この椅子はほんと、お気持ち程度の見つかりづらさだった。役に立たん。


目の前の2人はゆっくりと歩きながらこちらに向かっていた。ごく自然な流れでこちらに近づいて来ている。当然の如く、俺はその2人の姿を見た事も名前も知らない。

そんな人たちは、それにしてもこんな所にいたんだ、と言った。何か用事があるのだろうか。全く心当たりはないけど、厄介ごとの香りがしてきた。


瀬名は椅子に座り直し、いつでも動けるようにと心構えを作る。そして2人がある程度近づいてきて、そこらへんで立ち止まれという意味合いも込めて自分から話しかける。


「何か用がありますか?」


「いや、私たちは特にないけど。会長さんが探してましたよ。」


ほう、伝言係か。助かる。見た感じ捕らえにきたって感じじゃない。フェイントかもしれないが、この距離なら問題ない。その場合は顔面に蹴りの一撃ぐらいは覚悟してもらうがな。


「どれぐらい本気で探していましたか?酒のつまみ程度に軽いものなのか、がっつり探しているのか。教えてください。」


誠心誠意 、真心を込めて、さすがに頭までは下げないが下げる気持ちで言う。


「特別探してるって感じはしなかったですね。一応探してるって感じでしたよ。ちなみに昨日何かありましたか?やはり昨日の復讐だったりするのですか?」


復讐って……第三者視点から見たらそう見えるのか。でもやっぱり申し訳なさそうな会長さんに説明ができない。本当になんだ?ま、いっか逃げ切ったらモーマンタイ。


「おそらく両方かと。まったく、これから隠れ鬼が始まると考えると気がめいりますよ。」


「あーー…、そうですか。…面白そうですね。昨日のようにすごいのを期待してます。頑張ってください。」


…隠れ鬼にそんな過激な動きはありませんよ?言葉こそ鬼ごっこの派生形ではあるが、結局はかくれんぼですよ?……見つかるまでは予定調和ってこと?ひどいな。


「頑張れよ~~」


男の方も手をふりふりと振りながらお散歩ロードに帰っていく。…いいこと考えた。


「ちょっと待ってくださ~~い。」


俺は立ち上がり離れていく二人組に近づいていく。二人ともなんだろう?と疑問そうな顔をしていた。


「この時間だけ上着かしてくれませんか?」


前置きはめんどくさい。率直に、本題だけを側にいた男の方に言う。続けて言葉を早口で並べる。


「もちろん、タダとは言いません。いや今は持ち合わせがないので後日という流れにはなりますが。」


「は、はぁ…。」


呆れ顔とでも言うのだろうか。だが俺は止まらない。更に前へと片足を踏み出しながら前傾姿勢で下から顔を、近づけていく。これで親しい仲であれば、両手を上下にブンブンさせながらだった。てか手が伸びかけていた。危ない危ない。


「改めまして先ほど言った通りこの歓迎会の時間だけ上着を貸してもらえませんでしょうか?やはりこの姿では目立ちますし、見つかりやすい。ですが一時間ほども逃げなければならない。ですがやはり白いシャツは目立ちます。生徒会長様から逃げるためには最低限の準備が必要だと考えました。ですが私にはあてがない。そこでちょうど目の前にいる貴方様という訳ですよ。」


そこで男はわずかに、半歩ほど下がる。ここぞとばかりに俺は更に一歩前に踏み出す。もちろん、早口は止まらない。止められない。止まらせない。この速度についていけない奴は標的以外は置いていけ。


隣の女子は、激しいバトルを期待していた。すなわち敵。なので女子の方はじゃっかん空気になるように物理的にも精神的にも距離をおいて、男と二人っきりの空気にさせる。そして断れない雰囲気を作る。もしも失敗してもドン引きされるだけなのでセーフ。


俺的には前者にできたら良いんだけどなぁーチラッチラッチラ………さて俺は成果が必要だ。前知識がない。関係性がない。手段もない。時間もたぶんない。そんな中、結果が必要だ。ごりごり行くぞ。言葉を並べて成果を勝ち取れ。頑張れ俺。


「もちろん、タダではありません。千円でどうですか?」


「え?」


そこで瀬名は、心なしか目がキラッと光った気がした。


想像以上の反応。そこでわかった。イケる。気弱系男子だ。この戦い勝てる。可能性は2つ、逃げられるか、0円で貸してもらえるか。


「いやいやすみません。いえ、そうですよね、千円じゃ足りませんよね?三千円でお願いします。」


「…いや、」


「わかります!上着がないという辛さはよくわかります!寒いですもんね‼それに注目も浴びます、三千じゃ全然たりませんよね、一万円でお願いします。」


念には念を。そして欲を出していく。確実に貸してもらえるが為に、そして相手の一般的な優しさで0円で貸してもらえるために、金額を跳ね上げる。相手の動揺を誘っていく。


「え!?…い」


「すみません時間的に洗って後日というのは無理がありますよね。すみません忘れていました。クリーニング代の相場というものをわからないのでプラス一万円で計二万円でお願いします。」


「ちょっとま」


「わかりました。お客さん特別ですよ?三万円にします。ですが私も学生という身分で難しいものです。これ以上は払えません。三万円でお願いします。」


そこでやっと頭を下げる。ぎりぎり頭が相手のお腹に当たらない程度に納めながらもしっかりと頭を下げる。


決まった……これが俺の全力…


しばらく無言なままその状況が過ぎた。すると頭がどんどん冷静になっていく。そして後悔が蒸発するように生まれてきた。


まず、3万ってなんだよ。上着が何枚買えると思ってるよお前。リスクマネジメントを知らないのか馬鹿め。

そして、やりすぎた。頭を下げるのはやりすぎたかもしれない。これではドン引き逃亡されて終わりではないか。この状況からうーーーん、わかりました。いいですよ。とでも言われると思ったのか?馬鹿め。


いや、この怒涛の勢い、これで断るかっこ悪い男いねぇよな?てかここまで下から見上げた物言いなんだぞ。いや隣に女子がいたわ。不確定要素、特異点、有耶無耶。その女子がこの男にどのような影響を与えているかは想像もできない。てかこれからどう行動するのかも想像できない。


あーーーもーーーーーいい。10万までは覚悟する。勉強代として我慢してやる。は?足らねぇよなぁ?十倍の30万だ!とか言われたらビンタして最低…とつぶやいてから逃げる。それで終わりだ。さぁ返答はなんだ?

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