第25話 スマホと水分

……そうですか、ありがとうございます。」


ペコリと軽く頭を下げ、その場を後にする。

ここはショッピングモール内の一階。そこはインフォメーション。いわゆる迷子センター。とりあえずこのショッピングモールについての疑問だったらここに聞けと言われる場所である。たぶん。


つい先ほど落とし物はないか、スマホはないかと聞いた所だ。結果は聞くまでもない。お亡くなりどころか、姿形すら見てないと言われた。かなしい。


だがその程度でしょげる俺でも、諦める俺でもない。次は現地調査だ。三階、例の戦闘地へ向かう。


エスカレーターをすいすい登ったらすぐ目の前だ。相変わらず改装中のお店がある。まぁ、オープンイベント開催予定!のポスターにはまだ数週間先の日にちが記述されているので当然だ。


戦闘跡地周辺をぐるぐると探し回る。椅子の下とか、観葉植物の周りとか、色々だ。顔を地面すれすれまで落としたりして全力で探し回る。だがない。

もしかしたら飛んで下に落ちてしまったかも知れないので、下の階へにも行きスマホだった残骸が無いのかも軽ーく見る。エスカレーター付近はしっかりとよく見る。


無かったので3階に戻る。そして再び顔をガンガン動かして探し回る。同じ場所を探した気がするが関係無い。二度見、三度見、指さし確認。ここが最後の希望なのだ。


だがそんな俺の気も知らないで現実は非情である。諦めよう、ここにスマホはないか、と諦めかけていた時、ふと目についた物があった。


それはオープンイベント開催予定!のポスターだった。


すっと静かに近づいてポスターと睨めっこする。


………もしかして、このオープンイベント開催予定!のポスターが貼られている改装中のお店。その改装中のお店と一般スペースを区切る白い壁の内側に俺のスマホがあるのでは?


この垂直でとっかかりすらない白い壁を登るのは無理だろう。ラムアタックでこの白い壁を粉砕して強引に調べに入っても良いが、さすがに迷惑だろう。それに警察呼ばれたら捕まりそう。


と、なると業務員用通路を通って、内側へ行くぐらいか。……くらいか。


視線をチラリと、周囲の光景には似合わない業務員用通路の入口へと向ける。


……人は居ない。人目も無い。防犯カメラ…捕まる前には探しきれる………捕まったら意味ないじゃん。……いや当然のように中に入れば、…学生服。学生が中に入る理由はあり得るのか?バイトはどうだ?


スマホを取り……調べ………スマホ……くそが。……どっちにせよ先ほどからあちらこちらと怪しい動きをしていたのが防犯カメラに記録されている。手遅れだろう。


なら事情を話して協力して貰うか。誰に?誰を脅せゲッホゲホン。…誰にお話しをすれば協力して貰える?そもそも従業員の姿が見えない。見えるのは……強いて上げるなら店舗の従業員……どうやって店から引き剥がせと?説得でどうこうなる話には見えない。知り合いなんているはずも無いな。ここ人脈弱者ポイント。


………万事、休す…か。そもそも内側にあるとは限らない。…あはは、……はぁ。帰るか。腹減った。公園で水分補給して帰ろう。


そう思い、振り返る。だがその途中で時計屋のイケメンと目が合ってしまった。つい、動きを止めてしまう。わずか数秒後反応せずそのまま帰れば良かったと思いながらも、動けずに居た。


考えて見よう。時計屋の店主は、ずっとそこにいた。つまり、先ほど奇行を全て見られていたということだ。しかもずっと見られていたような感じがする。……そういえばさっきも似たようなことあったな。たしかあれはチャーハン観葉植物……今回は癒しがないのでノーカンですね。ただひたすらに恥しかない。


恥ずかしい。これが不真面目な奴なら問題ない。むしろギャッハッハと笑ってくれたらこの野郎!と笑い話にできる。だが今回のお相手はまじめの大まじめおじい様。紳士の中のイケメン。時計屋の店主様だ。


俺はいったいどんな反応をすればいいのだろうか。いや、会釈してそのまま帰ろう。どうせもう会う機会はもうないのだから。……前回も似たようなこと言ってなかったっけ?……記憶消しとこ。


「こんばんは。」


首をクイッと会釈する前に、あいさつが飛んできた。あいさつをされたら返さねば無作法というもの。だけど…困ったな。


「こんばんは。」


「どうされましたか?何か探しているようでしたが。」


逃げる前に声をかけられてしまった。これでは逃げれない。

まぁ音速に勝てるわけはない。諦めて、時計屋のイケメンの元へ近づく。だけど、逆に考えれば丁度良い機会だ。これでスマホの在処がハッキリするかもしれない。


「どうやらスマホを亡くしてしまったようで、もしかしたらここにあるのではと思ったのですが、やっぱり無かったですね。いや~~買い直さないといけなくなっちゃいました。」


胸を張り仁王立ちしながら、軽く困ったように頭に片手を当てて、いや~~なかったぜHAHAHAHAと笑い飛ばす。


今思えば、最初に聞けば良かった。…いや、俺なら聞いても信じないな。自分の目で見ないと信じない。最初に聞かなくて良かった。


「それはそれは、残念ですね。」


どうやらスマホの在処を知らないようだ。まぁ知ってた。


瀬名はごく自然な流れで、声のテンションをわずかに下げた。


「ええ……それではそろそろ夕食の準備をしないといけないので帰ります。」


「夕食?自分で作っているのですか?お若いのにすごいですね。」


やっべ余計な事いっちゃった。


瀬名は静かに冷や汗をかくような感覚に襲われた。


これもあれも全部とても親しみやすそうで優しそうな店主と空腹がいけないんだ。つい口がゆるんじゃったんだ。


「……ええ、父が遅いので。それでは。」


これ以上何か失言してしまわないように、今度こそ軽く会釈した後エスカレーターへ向かう。


何か後ろから小さな声が聞こえてきた気がしたけど気にしない。気にしちゃ負けだ。てか最初から勝ち目はない。負け戦だ。だがこれは戦略的撤退であり、大敗ではない。


先ほどの言葉、これが聞いている立場からの認識では、父が(帰ってくるのは)遅いので、だろう。だが正しい意味合いは、父が(来るのはごく稀なので実質)遅いので、だ。


現在俺は一人暮らし。父が俺の住んでいる家に来るのは引っ越ししたての頃に1回来てしばらく泊まっただけだけだ。つまりまだ一回しかない。つまりごく稀。嘘は言っていない。遅いが正しい使い方じゃない?こまけぇことは気にするな。モテねぇぞ。


さて、やることはやってショッピングモールから出た。


疲れたし、腹減ったし、ハンバーガー喰いたいし……今日食べよっかな?わざわざ一度家に帰って財布を取って、買い物に行って、帰る。現在6時と数分と仮定。最速だとしたら家に帰れるのは8時で、財布をもって買い物ができるのが10時。帰るのは12時…12時…いや最速だと片道2時間じゃなくて1時間20分だから……この状況で走れる訳ないだろ…気力もやる気もなにもかもないわ…


もういいわ。疲れた。そう、最初辺りに言ったとおり疲れたのだ。帰って、寝る。


そう決めた瀬名は、ほぼ直線で帰路へ進む。だが俺は忘れていない。ちゃんと公園で水分補給をする。


……嘘ついた。俺は水分補給のこと忘れていた。早く帰るためにと頭に浮かべた地図を頼りに見知らぬ道を最短距離で進んでいたら、偶然見知らぬ公園を見つけた。そして思い出したのだ。さんきゅー公園。このまま忘れていたらとても辛い目に合うところだったぜ。喉が渇いた中、真っ暗な夜道歩け歩け大会だ。倒れるかもしれない。


ちらっと見ただけだが、給水所が見える。この公園は当たりだ。あの、すごく大きい公園に比べたら小さいけど、学校の体育館ほどの大きさはある普通に大きいといえる公園だ。遊具が全体の3割ほどを占める一般的?な公園だ。


給水以外は興味がないので他を気にすることなくグビグビ飲む。腹をタプタプにさせる為に、無理やり喉の奥に入れ込む。これで完全に走る気力はなくなった。


そんな時だった。


パシャ、いやドシャリ


突然頭から水を浴びる。見なくても、全身が濡れているのがわかる。雨なんてそんな生ぬるい量ではなかった。通り雨と言われても納得できない。


疲れた頭でゆっくりと考えていると、給水所の上に向いた蛇口から顔に追い打ちされていることに気が付いた。手を離すと自然と蛇口の栓が閉まり、水が止まる。手で顔の水分を取り払おうと頭に持って行った所で愉快な声が聞こえてきた。


「ひっかかった!!」

「ぎゃはは!」


まるで猫のように機敏にシャーと振り返ると、そこには子供、いやクソガキが2人いた。振り返った反動で濡れた顔の水分の大部分がどこかへ吹き飛ぶ。そして動きが途中で止まり、顔へ持っていった手の位置がお化け屋敷の幽霊だった。


そのクソガキ共の手にはバケツが装備されていて、明らかに犯人だということがわかる。


突然の出来事に、瀬名はここって底辺組だっけ?と考えていたら、クソガキ共は、そのまま笑いを崩さず公園の外へと逃げていく。


…いや、なんだあのクソガキ共は。


しばらくの間、見知らぬクソガキ共が逃げて行った方を眺める。


正直、追いかけてしばき上げても良かったけど、やめた。親御さんにちょっとぉ~~お宅のお息子さん、いったいどういう教育してらっしゃって?ガミガミガミガミとキレても良かったけどやめた。ああ、俺の善意でやめたのだ。けっしてめんどくさい訳ではない。


…はぁ……災難。全身ずぶぬれだよ、ったく。


もはや濡れていない所を見つける方が難しい。いや濡れていない所はあるか?

瀬名は溜息の代わりに舌打ちをした。


辺りはすでに暗い。ガキはさっさとおうちに帰れと心の中で捨て吐く。そして濡れたシャツに鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。


クンクン…変なにおいはしない。普通の水か。これで花火の後始末した水だったら容赦なく市中引きずり回しの刑に処した。


肌にへばりつく髪を手で水分を絞ろうかと思ったが、めんどくさいので髪を手でセンター分けにするだけにした。濡れているので一回で髪は纏まった。服を絞るのもめんどくさいので放置。どうせ1時間もしたら渇くでしょ。鞄の中にタオルはあるが……汗臭いのでやだ。


さて…帰るか。


そうして、瀬名は静かに帰路についた。歩くのすら怠くなっていたが、どうしようもないので、歩き続ける。


真剣に、そこら辺で野宿して、出来た空き時間を睡眠時間に充てようかとも考えたが、服が濡れてしまっているので無理……本当に無理か?


彼はすでに文明の景色からはかけ離れ、自然の中を進んでいた。せっかくの夜道だというのに、雲一つない綺麗な月明かりに涼しい風が吹いているというのに、全く気にすることはなく、帰路を進んでいる。まったく、最高の散歩日和だというのに。


今だから言える。腹に水を貯めたのは間違いだった。少し走ってでも早く帰りたい。もはや涼しくない。濡れた服のおかげで寒いのだ。風邪ひいたらどうしてくれるの?クソガキども。ゆるさん。絶対何かしらの罰を与える。覚えておけよ。


と、考えていた。…何が言いたいんだっけ?


……あれ?……………そうだ、今は涼しそうな風が吹いている。そこら辺の木に服を干したら完全に乾ききるのではないのだろうか?生乾き臭のしない制服が完成するのではないのだろうか?明日は体育もない。必要な物資はゼロ。財布が欲しいが……断食と考えたら全然ありだ。


ここは森。人の気配はゼロ以下。一部例外(遭難者と配達員)以外が存在することはあり得ない。その一部例外(遭難者と配達員)も現れる確率はフロー小数点以下。そして今は春。害虫は少ない、と思う。全裸睡眠してもいいのではないだろうか?なってみようではないか裸族というやつに。


…何言ってんだ俺。さすがの俺も全裸で地べたには眠れない。寝たくない。それぐらいなら徹夜する。肌を土で化粧なんぞしたくない。髪も…いや木を背もたれにして座ったまま寝るのはどうだろうか?学校指定のリュック君を椅子にしたら下半身も汚れないのでは?


歩きながら考えていた。しばらく考えた後、ついに足を止めた。


全然ありなのでは?断食はきつい。だがきついのは最初だけ。三日も経てば悟りが開けている。


…それぐらいか。いや時計がないから遅刻の可能性がが…いや、今は暫定7時。つまり11時間睡眠が可能。そして俺はさすがに12時間も寝るほど疲れていない。


ふむふむふむふむ……いいんじゃないかな?


そうと決まれば道を外れて、森の方へ進む。

しばらく探索という名の周囲の安全確認をしていると、木製でぼろぼろの小屋を見つけた。屋根は崩壊し、壁も所々壊れ、穴が開いている。


怖がる様子は全くなく、大胆にがっぽがっぽ近づく。そして「誰かいますか~」と一応確認した後で扉をゆっくりを開ける。中には錆びれた農具が置かれていた。

その農具のラインラップに機械とかはなく鉄器性ばかりだ。


小屋の中からは夜空がきれいに見えた。状況から見て、恐らく放棄されているようだ。当然のごとく、周囲に住民など見たことがないのでほぼ確定だろう。


ラッキー、今日はこの場所を宿地とする。といきたいところだが、地面は相変わらず土だ。多少踏み固められているが、しょせんは土だ。ついでに小屋の材料である木が腐っているように思える。少し触るだけでぼろぼろ崩れそう。俺の危険レーダーがビンビンしている。


その代わりといってはなんだが、小屋の周囲には木がない。つまり朝日をダイレクトに浴びれる。なので寝坊対策ができる。まぁ朝日で目覚めるという証拠は何一つとしてないけど。


なので目の前に小屋があるというのに、その目の前で気を背もたれにして寝るというなかなかシュールな状況になる。ついでに全裸。完全に不審者だ。


もしもこの土地の所有者が来たら半殺しにされそう。まぁ事情を説明したらわかってくれでしょ。まぁ広く言えば、お隣さんだ。仲良くしましょ?今度なんか菓子折でも持ってきますよ?お高いやつでもなんでも持ってきますよ?


最終確認として、再び周囲を探索した後に自分が背漏れにする木を見定める。

そして服を干してベルトで固定しておく。その木の根元にリュックを地面に置いて、その上に座り込む。


ボーっと夜空を見ているといつの間にか、朝になっていた。

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