第24話 色々事後処理

瀬名を保健室のベッドに降ろす。疲れているのか、すでに目を瞑っていた。


「いったい何をしたの?」


その声を聞いて少し驚いた。明らかに怒っているときの声、顔、動き。

逆に聞かせて欲しい、何があったのだ?最低限関係性を持ち合わせているように見えるが、元々面識があったのだろうか?


「何、と言われてもな……鬼ごっこをしたというべきか。」


「鬼ごっこ?…ちょっと想像できない。もうちょっと状況説明お願い。」


組埜先生は先ほどの出来事を頭に思い浮かべながら途切れ途切れながらも説明し始めた。


「いつものように、生徒会が司会を行い、その過程で少人数で鬼ごっこが行われた。」


「…つまり、激しく動いたということですか?自分の意思で?」


「とても激しく動いていたな。少なくとも半分は自分の意思だと思われる。」


その一言で保健室の先生は呆れるように「はぁ」とため息を吐いた。ため息と共に落ち着いたと思われるので、組埜先生は疑問の声をあげる。


「何があったのだ?」


そう聞くと、突然保健室の先生の雰囲気が変わる。


「え?…これって言って良かったっけ?」


「何が言ってはダメなのだ?」


その保健室の先生の言葉に、組埜は小首を傾げる。なかなか貴重な状況だというのに、保健室の先生は全く気にすること無く、うーん…とこめかみに手を当てて考え始める。


「ちょっと待って、思い出すかから。」


組埜先生が次の言葉をただ待っていると、なんの突拍子もなく保健室の先生はゆっくりと、こめかみに置いていた手を元に戻した。そして、とてもすがすがしそうな様子で言う。


「ま、いっか。」


その言葉に本当に大丈夫なのかと疑問が浮かんだが、そちらの方が都合が良いので黙る。

しばらく待っていたが言葉は続かなかった。意識をそちらの方に向けてみると、再びうーん…と手で顎を支えながら悩んだ様子を見せながら言った。


「…どう説明したらいいのか……」


その一言で、不安で溢れてきた。そんな感情を抑制しながら待っていると、保健室の先生は再び突然動き出す。その動きは顎に置いた手を戻すどころか、立ち上がる所までいった。そして自然な流れで、保健室の先生は瀬名が休んでいるベッドの目の前まで行った。


「見た方が早いよ。」


そう言いながら瀬名の元へと手を持っていき、何やらガサゴソと動かしている。いったい何を?と思いながら、組埜先生も瀬名に近づく。だが完全に近づく前にそれが見え、つい1度立ち止まってしまった。

いつもより神妙な面持ちで言う。


「……虐待か?」


彼女の手によってシャツがはだけさせられ、彼の腹は露わになっていた。まるで隠すように白い湿布が貼られているが、2枚の湿布を持ってしても青黒い痣ははみ出ている。驚く事にそれだけではなく、所々擦り傷とは思えないほどの古傷が存在していた。


「わからない。でも感じが違うと思う。」


まるで自分に自信がないように、いつもと比べ弱々しい言葉を吐いた。


それらを見た組埜先生は思った。


確かに、見た方が早い。彼女がそれを知っているということは、湿布を貼ったのはも彼女なのだろう。


「どう説明された。」


「彼の口からは何一つ聞いてないよ。」


果たしてそれは聞いていないのか、聞けなかったのか。それはそうと、


「ずいぶんとしおらしいな。」


いつもであれば、1回の会話で仲良く腕を組み合う所まで進む気迫を持っているというのに、今回はとても消極的だとしか言いようがない。この前の職員会議の様子とも真反対だ。


「アブノーラル?な所だし…そうガツガツ突っ込める所では…」


それはアブノーマルだ、と心の中でつっこむ。


「…今回は努力でどうにかなる問題でもないか。」


家族の約束、教育方針、問題、それかその他の精神的損害。そのたった1つでも関係しているのか、関係していないのか、それすらわかっていない。現在わかっているのは肉体的の損害の一部のみ。それも重度で隠匿性の高い損傷。……簡単に解決しそうにはないな。


保健室の先生はその言葉にウンウンと頷いた。


「努力以前に、そもそも解決する気もしないしね。」


「そうだな。」


わかっている情報を並べるのなら、病院搬送されるような事件が3つ。育ってきた環境と持ち合わせる学力の反比例さ。そして優秀な学力に比例した身体能力。思春期真っ只中だというのに、まるで成熟しているような平静さ。更に痛みに対する耐性……そのような事件が3つも関わっているのなら警察からも注目視されているのではないだろうか?


「……少し、当たってみようか。」


「何に当たってみるの?」


「警察の方にな。」


「警察?児童相談所じゃなくて?」


確かにこの場合は、児童相談所の方が正しいのか?……いや、


「まずは情報収集だ。場合によっては児童相談所にも相談するが、それは最後の手段にしたい。」


「…ま、それもそうだね。じゃよろしく。まったく、組埜ちゃんは頼りになるなぁ。」


「いや、それを言うのなら松葉の方だろう。いつも先駆けて動いてくれるのはお前だ。」


「いやいや、いつも頼ったら答えてくれる組埜ちゃんでしょ。」


「これ以上は不毛な争いだろう。私はそろそろ戻らせてもらう。何かあれば連絡しろ。」


「わかった。それじゃまたね。」


そうやって組埜先生は出て行く。まだ6時間目は終わっていない。


保健室の先生は組埜先生が出て行った扉から目線をずらし、瀬名の方を見た。先ほど見た時よりも随分と健やかな寝息をたてていた。

つい好奇心に負け、長い前髪を横にずらしてみた。思った通り、幸せそうに眠っている。これでは、サボりの生徒にしか見えなかった。


・・・


意識が覚醒する。ずいぶんと気分が良い。


いつの間にか眠ってしまったようだ。…いったいいつ眠ってしまったのだ?記憶が曖昧だ。組埜先生にお姫様抱っこされたところまで覚えてる。……ま、いっか。そこまで覚えていたら充分だ。


身体を起こす。腹の痛みどころか、気怠さまで感じなくなっていた。さっすが俺。……ここは…保健室か。結局6時間保健室生活か。まぁ、良い経験だったよ。ほぼ寝ていたけど。


「やっと起きた?まったく、良いご身分だね。」


声がする方向を見ると、保健室の先生がいる。おかしいな。顔が不機嫌そうに見える。そういえば、寝る前の怒っていた気がする……


「すみません。」


そう言いながら、立ち上がる。痛みはない。動作も問題なし。これは完全復活と言えるのでは?


「で、どうしてこんなことになったの?」


「……」


あれ?流れ変わったな。いや変わってはないけど。ちょっと急流から激流に変わっただけだ。


「調子に乗って激しく動いたら、痛みが再発しちゃいました。」


あはは……と乾いた笑みで何かを誤魔化すように言う。何を誤魔化しているのかは俺にもわかっていない。だがそれが通じたのか、保健室の先生のこわばった声が元に戻る。やってみるもんだな。


「ま、いいわ。理由が自分でわかってるならごちゃごちゃ言わないわよ。次からは気をつけなさいよ。」


「はい。」


やった。良いことが連続して続いている。これは確率が収束している。間違いない!もう辛いことは終わったんだ!!今日から俺は花色の人生を送る!!


そう心の中でひっそりと喜んでいると、まるで刺すような鋭い質問が飛んできた。気分は簡単に盛り下がる。


「それはそうと、いったい何やらかされたの?」


「べ、別にやらかしてませんよ。ちゃんとルールに則ってやった事です。」


自然と先ほどのデコピンの様子が頭の中に浮かぶ。

ある程度の状況は組埜先生から説明されたはずだ。その上で、やらかしたのか?と聞く。つまり何か事件が起こったのだろう。もしかして会長ガチ恋勢がキレてたのか?なんか暴動でも起きたのか?お、俺は悪くないぞ。ただデコピンしただけだ。犯罪じゃない!


「そうじゃなくて、逆よ。何かやらかされたの?」


「やらかされた?」


瀬名はしばらくの間、熟考する。


やらかされた。つまり、何かをやられた。……ん?俺が何かやった、のならわかるけど、やられた?俺はちょっと、女子生徒から逃げて、走って、生徒の真上を飛び越えて、デコピンして、組埜先生にお姫様抱っこ……短時間で色々やってるな。強いて言うならお姫様抱っこをやらかされた程度か。…まじでなんだ?


「心当たりないの?」


「はい。」


まったく、ない。いくら考えても一欠片すら浮かんでこない。


「会長ちゃん来てたわよ。」


「なるほど。」


会長ちゃんが来てたのか………会長ちゃんが来てたのか!?それはまたなんで?復讐にでも来たのか?やめて。


「なんかナヨナヨしてたわよ。」


「ナヨナヨ?」


「弱々しいって意味よ。……もしかして最近の若者は知らないの?」


「いえ知ってますよ。珍しい言葉使うなーって思っただけです。あと、僕を若者だと思わない方が良いですよ。」


前世から生きている精神おじさんです。ついでにオタクです。俺を世間一般の若者と判断しない方が良い。


「………それは後で別の人に聞くとして、何か心当たりはないの?」


「まったく。」


そう言いながら首を横に振る。


「過去に類を見ないぐらい申し訳なさそうな様子だったわよ。」


「……はぁ、」


正直、まったく想像できない。あの生徒会長様が、あの天真爛漫そうな人が、あの唯我独尊焼き肉定食お肉おかわり!と叫びそうな奴が、申し訳なさそうにしている様子が全く浮かんでこない。ウッス、ハイ、スミマセンって言っている様子なら浮かんできた。


……どうやら、真面目に考える時間のようだな。これは今後に関わる重大な事件だ。


あの脳天気そうな性格で申し訳なさそうにする状況……自分に非があった時に後悔してるから?


……ハッ!、もしかして本当はめっちゃ気弱な子なのでは?だけど周りの期待に応えるように無茶をした結果があの生徒会長だ。内心大丈夫かなとか弱音吐いてりして……なにそのギャップ。めっちゃ推せる。許せる。むしろ貢ぐ。


……そういえば、


「来たのは会長さんだけですか?」


「そうよ。」


そうか。来たのは会長ちゃんだけか。……副会長はいないのか?結構仲よさそうだったけど。実は不仲?ビジネス的な関係だった?


……ハッ!、もしかして生徒会を裏で牛耳っているのは副会長なのでは?間違いない!副会長に言われて、嫌々ながらもあんなことをやってたんだ。心の中で泣きながら、デコピンまでされたんだぞ。覚えておけ副会長。俺が、お前のおでこをぶん殴る。それに、あのハリセンを取り出す手際!間違いない!!


許せねぇ。


もしかしたら自分の尻は自分で拭えって生徒会室から尻蹴り飛ばされて来たかも知れないけど、その場合は申し訳なさそうな様子に説明ができない。猫を被ってるぐらいしか説明ができない……ありえなくはない。だけどわざわざ謝るのに、過去に類を見ないぐらい申し訳なさそうな顔を作るか?


なので満場一致で、悪の副会長です。


「考えこむのはいいけど、そろそろ帰る準備を始めた方が良いわよ。」


「はい?」


突然保健室の先生からそんなことを言われる。なんだと疑問に思って視線を向けると、保健室の先生はどこかをツンツンと指さす。その指先を追ってみると、そこには時計があった。そして完全に理解した。


5時42分


「ありゃま。」


完全下校時間は、6時とされていたはずだ。つまり後18分以内に学校を出て行かないと問題ってこと。何が問題なのかは知らない。


「それでは、帰ります。さようなら。」


「はいさようなら。…身体は大丈夫なのよね?送っていきましょうか?」


「大丈夫ですよ。いったい何時間寝たと思ってるんですか。夜にちゃんと眠れるか心配なくらいですよ。」


保健室では、1~4時間目の4時間と……6時間目終了付近から現在…2時間35分ぐらいかな。つまり6時間35分睡眠だ。案外寝ているようで、寝ていないようで……学校でこれだけ寝ているのなら寝過ぎだろう。


授業は50分の6限分。つまり授業時間は5時間。授業中全部寝ていたとしても、それを超える6時間35分睡眠。圧倒的だな。もうこの記録を更新することはないだろう。


「それじゃ気をつけて帰りなさいよ。」


「はい、さようなら。」


そして失礼しますと保健室を出て行く。

とりあえず、会長は後回しでいいだろう。心当たりが無いならその時に考えたらいいじゃない。


自分の教室へと繋がる階段を上っていると気がついた。部活動をしている人達の声が聞こえてこない。部活動も今日の分の活動は終わったようだ。

静かに教室の扉を開け、中に入る。教室に残ってお喋りしている人達がいた。だけど扉を開いても気がつかれなかったので、静かにリュックを回収する。そして出て行く。

最後まで気づかれることなくミッションをこなすことができた。やったぜ。


下駄箱に向かい靴を履き替え外に出る。そしてそのまま学校を出る。誰1人としてすれ違わない。声すら聞こえない。空はすでにオレンジ色になっていた。そんな中、両脇に桜が植え置かれ、花びら散る下り道をゆっくりと歩く。


なんか雰囲気がいいな。


視線の先からは道路やら住宅地が見えてしまうし、車の走行音が聞こえてしまうけど、それさえ省けば最高の散歩道だ。


帰る頃には夜になっていることは確定している。ならば急ぐ必要は無い。ゆっくりと帰ろう。


とりあえず、ショッピングモールだ。目的はスマホ探し。もしかしたらあるかもしれない。そんな希望的観測は充分以上な魅力と輝きがある。



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