第23話 ベンチプレス
無事に二度目の鬼ごっこが終わり、瀬名は目的の事を果たすために会長に向かって歩き出す。その顔はとても和やかだ。もはやすがすがしいまである。
それとは対照的に会長の顔色は悪い。体どころか顔すら全く動かさず、口元だけを動かし言う。
「どうしよう白石先生。どうしよう。」
「大人しくデコピンされたらどうですか?」
トゲトゲしい言葉に傷ついた会長は副会長に向かって叫ぶ。
「やだよ!さっきのアクロバティックな跳躍を見たでしょ?絶対痛い奴じゃん。」
「偶には痛い目を見るべきです。」
その言葉に会長は考え込むように黙った。
会長は理解した。この場には副会長どころか先生方でさえ誰1人として味方がいないことを。いつのまにか歓声は野次へになってるし、その中に私に味方してくれる内容は一つもなかった。
この裏切り共め!!私たちの絆はそんなものだったのか!
そんな思いも、知ろうとも理解しようともしない奴らの顔を…全員だから覚える必要はないのか。……覚えておけ。絶対に、絶対に痛い目にあわせてやる。
今は負けておいてやると謎の闘志を燃やしながら、その顔達を心に刻みつけようと会長は顔を前へ向ける。そこには裏切り者がいて見学少年もいた。その場に立ち止まり、待っていた。
会長は見学少年を睨む。それに対して見学少年顔色一つ変えない。強者の風格とでも言うつもりかおのれ!!
ガヴゥルルルッ!!としばらく威嚇していると、とつぜん天命が現れた。自分でも惚れ惚れするほど良い案だ。即座に沈黙を破る一声を叫ぶ。
「司会者兼会長の権限を持って拒否する!」
だが即座に冷酷な一言が返ってくる。
「司会者兼副会長の権限を持って拒否を拒否します。」
「白石ちゃん!?」
副会長の一言に睨み続けていた顔が崩れ去った。
副会長は味方ではない。それはわかっていた。だが会長は驚いた。なぜならば、副会長の顔が敵のそれと同じだったからだ。目が語っている。痛い目を見ろ馬鹿と。
何度も大変な体験をしてきたがこんなことは一度も無かった。その事実が会長の硬い精神をふにゃふにゃにさせた。
だが持ち前の不死鳥の如く復活力を持ってすぐに精神状態を戻す。だけど現状を再び理解し、冷や汗をかく。
すぐ側には監視人(副会長)と執行人(見学少年)が待機している。更にそれを大衆(生徒)が監視している。
無理矢理にでも体育館の外へ逃げようかとも考えた。先生には怒られてしまうが、デコピンよりはマシだ。司会者は白石ちゃんがいれば大丈夫だし。決して私が不要な訳ではない。めっちゃ必要だからね!!
側には鬼(陸上部・卓球部)がいる。たとえ先生方が許そうとも、鬼らは許さない。更に言うと大衆もそれを納得しない。こう言う状況を四面楚歌というのだろう。
「そろそろ良いですか?」
執行人がそう催促する。そこで会長はやっと気がついた。いつの間にか野次すらも消え、この体育館内は静かになったことを。
「さ、覚悟を決めてください。」
そう言われながら副会長に背中を押される。
「ちょ、ちょっち、や、やめろ!」
そう言いながら後に逃げようとするが、後に下がろうとする力よりも強い力で前に押される。最後にトンっと軽く押し出され、処刑人のすぐ目の前に来てしまった。
やばいやばいやばい絶対痛い絶対恨み買ってる絶対痛いやばいやばい
いくら言葉を並べようとも状況は全く改善しない。そんなことをしている間に状況は進む。
「覚悟の準備はいいですね?」
見学少年がそう言った。ダメが通りそうならダメと言っている。なんなら叫んでいる。会長はもうだめだ、と覚悟を決めたように目をつむる。その体は微妙に震えているように見えた。
……さすがにそこまで怯えられるとやる気がなくなる。もっとかかってこいよお前ごときに負けねぇオーラ出して欲しいんだけど。
瀬名は会長を見る。おでこをわずかに伏せてプルプルと震えていた。
……なんかかわいい。これが噂のかわいそうがかわいいとでもいうのか。ふん。いいだろう。優しくしてやる。
瀬名は肩幅ほど足を開き、腰を軽く落とす。息を吐き出しながら全身の力を抜き、左腕を突き出し、右手を左肩に置きながら親指に中指を装備するする。目標をおでこにセットし、右腕を左肩に装備させる。
息を吐き出しながら、機会を見計らう。
優しくすると言ったな。
時期を見計らう。ここぞというとき、息を止め、残りの3本をぴんっと伸ばし中指を解放しながら右手を首を叩く。
あれは嘘だ。優しくする理由なんてない。こんな絶好な機会を逃すわけがないだろう。
右手で首を叩くのはただの演出だ。音が出て痛そうに見える。
パチンっとまるでビンタのような音がする。だがそれをかき消すように悲痛な叫びが放たれる。
「イッッターーーーーイッ!!」
会長は頭を手で押さえながら地面に座りこむ。チラッと見えた会長のおでこは赤くなっていた。
それに満足した瀬名は壁沿いを通りながら元の場所に戻る。
背後から「ウゥ…おでこ赤くなってない?」「すごい赤いですね。」「うわぁーーんさすって!」と一児の母が誕生していたが、どうでもいい。なんか周りがうるさいし、見学少年に見学少年うるさいけどどうでもいい。
そんなことより大変な事になってしまった。
瀬名は壁沿いを歩いていた。だがついには壁に手をつき、体の体重を分散させる。少しだけ楽になった。
重い足取りで、元の体育館後の角へ向かう。
その原因は腹痛。
それも普通の腹痛ではない。目眩と立ちくらみと吐き気と酔いを腹に詰め込んだような痛み。
そう、筋肉黒人によって腹に蓄積ダメージが極限まで溜まり、すでに部位破壊されながら更に攻撃された腹が再び痛みを訴えている。ちょっと時間がたって治ってきたのに、調子に乗って走って跳んで、ばっかじゃねぇの。やってらんね……まだ精神的な部分がないのでまだマシだな。
瀬名はやっと体育館の角に着いた。時計を見てみると、この授業が終わるのは後20分ほどだということがわかる。まだまだ時間あるじゃん。何が時間が押してるだよ。嘘ついたな副会長?この恨みはらさでおくべきか……
よっこらしょっと、ゆっくりと床に座り込む。壁を背もたれにしながらズルズルと引きずりながら地面に座り込む。……これ…めっちゃ肩甲骨に負担あるな。痛い。次からは倒れ込むように床に倒れ込むわ。
前の方を見てみると、どうやら会長の怒りの矛先は罰ゲームに向かっているようだ。どんまい。なむなむ。
……やっばい、立ってるのも辛いし座ってるのも辛い。どうしろっちゅうねん。もういい、寝っ転がろ。いや寝る。
そこで瀬名は目を閉じ、体を横に倒す。
怒られても良い。もうお父様に連絡がいかないレベルだったらなんでもいいや。もう優等生なんちゃらももういい。敵は滅ぼす。やられる前に逃げ切る。その方が効率的だし、確かだ。いちいち対応するなんて馬鹿みたい。
そうして横に倒れ続けていると突然、ドスンと頭が壁に激突した。それに反応するよりも先に体が地面と激突した。
体の芯に響くような痛みを我慢しながら手で頭を押さえる。
想像とは全く違う痛みに驚いた。……そういえばここ、四つ角だったな。倒れ込んだ先がちょうど壁と頭がごっつこする距離って、運悪すぎだろ。
そう思いながら腕の力を抜く。自然と床に落ちていった。
はぁ、痛い。腕枕をする気力すらなくなった。ちょっと頭を浮かせて、腕をちょっと動かすだけで腕枕になるというのに。する気が全く起きない。
痛みで寝ることもできないのでぐてーっと安静にしていたら、こちらに近づいてくる足音が聞こえてくる。誰じゃ邪魔するなら蹴るぞ。
「瀬名、大丈夫…そうには見えないな。」
組埜先生!?……落ち着いた。そうだよね。先生だし、体調が悪そうな生徒の対応をすることは普通だな。
突然の人物だろうと、彼は痛いので腕どこらかまぶた一つ動かさないで言う。
「ちょっと調子に乗って無茶しちゃって筋肉痛になっちゃっただけですよ。」
「嘘ではないな?」
「……………」
やっべ、黙秘権を行使する。
目を瞑ったまま微動だにしない瀬名の様子を見て、組埜はしっかりと待ってから声をかけた。周囲はぎゃーぎゃーとうるさいというのに不思議な静かさが2人の間を行き来していた。
「保健室に行こう。立てるか?」
「ちょっと肉離れかもしれないので安静にしておきます。」
息を吐くように嘘をつく。だがバレなきゃ犯罪じゃない。つまりバレなきゃ嘘じゃない。敬愛する這い寄る混沌さんが言ってた。
本心を言うのなら、保健室で休みたい。この場所では、授業終了後ちょっと会話イベントとか視線とかありそうで嫌だ。だけど動きたくない。今動いたら取り返しがつかない痛みが俺を襲う。絶対に動きたくない。やっと痛みが治まってきたんだ。絶対に動きたくない。絶対に動きたくない。大切なことはなんどでも言うぞ。
「そうか……連れて行こう。」
ん?
その言葉を口にするよりもはやく、体を動かされ謎の浮遊感を感じた。そして背中と膝に人肌の感触を感じた。そこでやっとまぶたを開く。
すぐそこには組埜先生の顔があった。
ビビッと刺激が全身に走り、反射的に動くことはなかった。その刺激が痛みなのか、それ以外なのか俺にはわからなかった。急に気温が何度か上がった気がする。ちょっと熱いな。
「な、なにを。」
いまいち現状を理解できず、疑問の声が出てきた。
「背負うよりもこちらの方が楽なんだ。すまないな。」
すまないな、じゃないよ。俺の記憶によると、今お姫様抱っこされている気がするんですけど。良いんですか?……そうじゃない。ちょっと違う。
そう思っている間に、組埜先生は体育館の外に出た。丁度良いタイミングかとも思い言う。
「重いでしょ?下ろした方が良いんじゃ無いんですか?」
かと言って歩きたくないのだが……ここまでされたらしょうがない。自分の足で歩くとしよう。お姫様抱っこされてるってことが周知の事実になれば、絶対からかわれる。嫌だ。顔も知らない奴らからからかられたくない。
もしもこれが底辺組にでも知られようものなら……殺してしまうかもしれない。ウザさと組埜先生に対する尊敬の意からぶち殺すかもしれない。……想像してたら我慢できなくなった。次会ったら尻蹴り上げてやろう。何回連続成功にするかな?
「確かに重いな。」
……重いな。じゃないよ。なんで軽々と持ち上げられてんだ?俺は重い。80kgぐらいあるはずだ。ダンベルどころかベンチプレスレベルだぞ。そして組埜先生は数学教師。頭脳もあって筋肉もある……怖い。
逆らったらヤられることを理解した瀬名は、それ以上何かを言わない。静かに抱っこされる。首根っこを咥えられた子猫の気分はこんな感じなのだろう。悪くない。
慣れないお姫様抱っこに少しだけ緊張しながら視覚、嗅覚、触覚。と5覚の3つを総動員し、しっかりと現状を楽しむ。腹痛などしったことか!そんなん気にしてたら楽しめねえよ!!むしろ痛覚で感覚が研ぎ澄まされるね……そういえば痛みがないな。よくやったアドレナリン愛してるぜッ!!
視線はちゃんと天井に固定し、瞳孔ではなく眼球で美しい顔を見る。鼻息が聞えないレベルの深呼吸。感触……感じない、くっそ痛覚め!!その代わりといってはなんだが良いことが気がついた。組埜先生の呼吸の音が最高のASMRだということに。これぞ役得。鬼ごっこごときとは大差どころか比べるのが失礼になるほどだ。
だがそんな時間はあっという間で、保健室についた。そして組埜はわずかな動きで扉を開く。
「ちゃんとノックしてから入り……組埜ちゃん?その人はどうしたの?」
「体調不良者だ。大丈夫そうなのかも見て欲しい。」
「見て欲しいって、そんなに重傷なら…、瀬名君?」
「ああ。」
組埜先生が瀬名の代わりにそう答える。答えるつもりではあったのだが、声を出す前に答えられた。そして組埜先生に運ばれて、先ほども使ったベッドに降ろされる。少し名残惜しいがしょうがない。
今は奥のカーテンは開いていた。やはり朝は誰かがいたのあろう。
「いったい何をしたの?」
おっと声のトーンがおかしい。瀬名君?の時からちょっと変だったが、今回は間違いない。マジレスするときのガチトーンだ。
瀬名は静かにまぶたを閉じた。狸寝入りするとにした。
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