第22話 ゲームの内容

「アーーツカマッチャッタ。」


この俺の完璧な方言が体育館に響いた。お世辞にも大きな声ではなかったが、無事に全員の耳に届いたと思う。だがそれをかき消すように大声が体育館に響く。


「ちょっと待ったぁ!!そんなの鬼ごっこじゃないよ!ノーカン!ノーカン!」


会長の1人寂しいノーカンが響いていた。不意にノーカンという言葉に班長の面影を感じた。声もリズムも何もかもが似てないのに、なんでだろうか。


「諦めてください。」


「いやだ!見学少年!やれ!役得だろうが!美少女に追いかけられるなんて人生で1度あるかないかのレアだぞ!希少価値だぞ!」


「では皆さんに質問します。僕の代りに美少女に追いかけられる鬼ごっこに参加した人。挙手!」


そこで自分でも手を上げながら、座っている辺りの生徒を見渡す。だがそこで挙手する人はいなかった。一部上げていた気がしなくもないが、計測しなければいないに等しいので皆無だ。


全体を2周ほど見渡した所で、会長の方を向く。


「諦めてください。これが世論です。レアではあるかもしれませんが、役得ではありません。」


瀬名の言うとおり、体育館内は静かだった。反論の声はない。会長の人望は厚つ…言葉選びに失敗した。会長の人気は高そうなのに、不思議だなぁ。


「ぬぅ……ならば見学少年。君にも罰ゲームを与えよう。鬼ごっこをもう一度やって逃げ切れなければ貴様も罰ゲームの参加者だ!」


ビシビシと何度も指を突刺しながら言う。指さし確認よりもビシバシ指さしている。


「じゃあ罰ゲームを受けます。倒立でもしましょうか?」


前世では運動丸な凡人だったが、今世では運動三十丸な自称ハイスペック人間だ。ロシア式腕立て伏せだって可能だ。…やっぱ嘘。無腕で腕立て伏せが出来る領域に、俺はまだいない。あれどうやってんだ?勝手な偏見だけど、あれをやっている人の足首は像の首より太い。


「え?じゃ三点倒立見てみたい!」


なぜに三点倒立?どこから三点は出て来たんだろう。…まぁいいけど。この程度で罰ゲーム回避なら良いだろ。

「安全の為に離れてください」と周囲に注意喚起しながら、瀬名は床に膝をつく。前回りをするように頭を床に付けた所で、ベシっとすごい音がした。そしてすぐさま聞きなれない声が聞こえてきた。


「見学少年止ってください。倒立をしないでください。」


副会長から注意がきた。瀬名は立ち上がって、おっそーい!動くのおっそーい!と念を込めた視線を副会長に送る。

副会長の手には片腕よりも大きな白いハリセンを持っていた。会長は横で、頭を押さえ、座り込むようにうずくまっていた。

そのハリセンはどこから取り出したんだろうか?その技術を俺にも教えてください。


副会長は、瀬名が倒立を止めたのを確認すると、マイクを切った。そして会長の首根っこを掴み角の方に寄った。……首根っこを掴む文化がここにも…、むしろ元凶は副会長じゃないか?


コソコソと内緒話といえる程小さな声で話している。見た感じ6応答ほどした所でコソコソ話は終わり、会長がマイクの元へ戻っていった。そして喋り始める。


「…こちらで審議し結果。見学少年へと罰ゲーム参加を禁止します。」


……?禁止?ちょっと訳がわからないな。頭で理解が出来てない。もうちょっと説明求む。

瀬名はそんなことを考えていたが、会長の言葉は止らず続けられる。


「あっ、でもそこの2人は罰ゲームは続行中ですし、鬼ごっこもやり直します。」


罰ゲーム参加は禁止だけど鬼ごっこは続ける?罰ゲーム続行中?罰ゲームを決める罰ゲーム?鬼ごっこ?やり直しは確定なのか?


瀬名は頭がパンクしそうになっていた。むしろ考えることをやめていて虚無の境地にまで至ったまでもある。だが会長の言葉によって、思考の海から戻された。


「見学少年。取引をしよう。」


「取引?」


突然の言葉に瀬名は興味を持った。

どうなったらそんな言葉が思いつくのか。気になる所である。


「見学少年がそのお姉さん達から逃げ切ったら、この私が何でもお願いを叶えてしんぜよう。」


「ほう。」


瀬名は大変興味深そうにつぶやいた。


やらなきゃ罰ゲームから、やったらご褒美になったか。この言葉は似ているようで千差万別。ノルマ達成しなかったら罰ゲームからノルマ達成したらボーナスぐらいの差がある。……ごめんちょっとその差がわからない。後者はともかく、前者の場合は、そんな事を言う上司をぶん殴って退職届を叩き付ければいいんだ。


「あんなことからそんなことまで何でも叶えてくれるのですか?」


瀬名は一番気になっていた点を聞いた。


「ぉ~?なんだい少年。やる気になったの?まぁ何でも良いよ?でも大衆の面前で言えるような内容にし、」


イヤンと効果音がつきそうな言葉を遮って宣言する。今度は俺が会長を指さしながら言う。背筋を伸ばし、指もピンっと伸ばし真面目な顔で言う。


「デコピンします。」


「へ?」


呆気なくも小さな声がマイクを通して、全生徒に届けられた。ずいぶんと可愛らしい声だった。だが瀬名はたたみかける。


「人差し指ではなく中指でします。全身の力を使ってぶん殴ります。息を整え、充分な準備をし、全力で本気で全身全霊ありったけの持てる全ての力を100パーセントの力をパワーに変換し、死ぬ気で最大出力なフルパワーで百万馬力の如く渾身の力を中指に込めます。俺の総力を筋肉に回し実力の限りを尽くし、肉体が持つ全ての力の限りを、持てる力の全てを力の及ぶ限り、神の御加護があらん限りありったけを力いっぱいを、死力と必死を込めたベストで貴方の額に叩き込むことを誓います。」


瀬名はほとんど息継ぎすることなく、それを言い切った。その言葉を聞いて一部の人は感じた。こいつも会長と同類だと。


これは俺が暇で仕方なかった幼少期、暇つぶしに頑張った声優志望練習のおかげだ。声優になる気はないけど。

ちょっと試しに女声を出してみたら、今世でも女声が出せたのでやる気が出た。ちょっと男女比が可笑しくなってる世界だ。女声でちょっと悪戯しようと本気で練習した。まだ使える機会は一度も来ていないけど。容易な場面で使う気はない。ここぞというときに、至高の女声を出すためにずっと溜めている。機会はまだこないのかな…


「フハハッハッ!面白い!だがな、貴様ごときが勝てると思うなよ!かたや卓球部全国出場あり!かたや陸上部全国出場経験あり!圧倒的に経験が違うのだ!雑魚め!」


思っていたより対戦相手が強そうな称号を持っていた。瀬名は侮ることを止める。まるで興が冷めたとでも言わんばりの変貌っぷりだった。


「フッ……ルールを確認しよう。制限時間は1分。鬼は2人のみ。全ての責任は会長の元にある。相違ないですね?」


「そうだ。だが始める前に確認しよう。…卓球と陸上の人、やる気はありますか?」


会長は今までの魔王のような悪役強者ムーブを止め、真面目な司会者の声に戻った。


「まったく。」

「ない。」


タイミング良く、それもさも当然の如く、お前の負ける姿が見たいと言わんばかりに、鬼ごっこ参加者は言った。


……たしかその2人は、捕まえた方が罰ゲーム回避だったか。2人で争うぐらいなら2人仲良く、会長がデコピンするのを見守るって手段もあるのか。その場合だと俺は1分間待つだけでデコピン出来るのか。つまり俺は会長を相手にするよりも、女子生徒と交渉すればデコピン率爆上がり?


そうと決まれば会長が何か言う前に行動!……何が対価として渡せる?何も無くね?……諦めるか。


「お願いしますよぉぉっ~~!!私のデコピンと見学少年の恋事情と隷従がかかってるんですよ!お願いします!!」


……知らない単語が聞こえてきたな。何々?恋事情と隷従?前者はふみの関係だろう。だが隷従ってなんだよ。なんで俺の奴隷運命がかかってんのか。ぜっったいいや。というかリスクとリターンが見合ってない。成功すればデコピン。失敗すれば奴隷。おかしいな。ハイリスクハイリターンとローリスクローリターンの理論が崩壊している。これが社会か。それともなんだ?デコピン=奴隷の理論があるのか?わけわからん。


俺も応戦しなきゃ。このままじゃダメだ。


瀬名は鬼2人が何かを言う前に素早く息を整え、ハキハキとした声で叫ぶ。


「副会長!契約内容と違う点があります。即座に罰するべきだと提言します!」


「副会長!私は正当なる権利を主張する!!私には見学少年の恋事情を知る権利がある!!」


会長は負けじと声を張り上げる。瀬名と会長の間には火花が散っていた。

だがその全てを副会長は切り捨てる。


「却下。会長は後日自分の力で手に入れなさい。そして見学少年。後で私だけにこっそり教えてください。」


「副会長!?」

「白石先生!?」


瀬名は貴様も同類か!と思い、会長は驚いた風を装いながら後で私にも教えくれるよね!と思っていた。


「時間が迫っています。さっさとその茶番を終わらせなさい。」


茶番って言われちゃったと瀬名は悲しんでいた。だが会長は違い、即座に交渉にはいる。


「お願いします!見学少年を確保したら罰ゲーム無しでいいです!お願いします!」


そこで頭を下げた。もはやプライドすらない。平然と権力を振りかざしやがって。


「副会長!ゲーム内容の改変行為が行われています。処罰を!」


「見学少年。あまり時間がありません。そして罰ゲーム自体が我々の独断です。静粛に。」


あっ、ダメな奴だ。罰ゲームの存在そのものが独裁者の判断だったわ。最初から権力振りかざしていた。俺に勝ち目はない。


「はっはー!残念だったな少年!さぁお願いします!捕まえたら罰ゲーム回避ですよ

!」


プギャーと顔で少年を笑い、上から目線で女子生徒2人にお願いする。なんでお願いしてる立場でありながら、偉そうなんだ。


「まぁそれなら。」

「良いでしょう。」


「よっしゃ!」


会長はそこでわかりやすくガッツポーズをした。


女子生徒2人は、罰ゲームがなくなるならまあいいかと言わんばかりの態度だった。……会長のデコピンされる姿見たくありませんか?あるけど罰ゲームの方がダルい?……だめぇ?、だめみたいですね……


もはや交渉は無駄だろう。不服ながら瀬名は前準備にとりかかる。


「……ルールを再度確認します。制限時間は1分。時間確認は副会長にお願いします。鬼は2人。逃げる人は1人。範囲は体育館内。責任は会長持ち。無事逃げ切ることができれば、デコピン。逃げ切られなければ……なんですか?」


そういえば俺の罰ゲームを決めていなかった。……別に言う必要なかったのでは?誤魔化し通せたのでは?いや俺への罰は俺の恋事情だっけ?


言いながらそう思ったが、既に手遅れだった。会長が満面の笑みで言う。


「見学少年の恋事情を赤裸々に話して貰うぞ!」


…どうやら実質告白は確定らしい。まぁいいや。それなら俺は組埜先生に告白してやる。だが振られるとわかっていて告白などしたくない。恋心?は心の奥底に留めておくのが奥ゆかしいってやつだ。俺は全力で抵抗するぜ?足と中指で。


会長の顔を見るとやる気満々らしい。このまま進めて良いだろう。瀬名は事務的に進行を進める。絶対デコピンしてやるぞと心に決めながら。


「副会長。開始の宣言を。」


「はい。それでは開始。」


前置きが全くない。これで今のは練習で、とか言われたらキレる自信がある。それはさて置き、ゲームスタートだ。


さっそく走り出す。とりあえず右へ走り出す。


正直勝てる気がしない。やる気だけはあるが、勝てる気が全くしない。


ただでさえ人数不利だというのに、鬼は中央付近に居て、俺は端にいる。すでに背水の陣だろう。数の利を完全に生かされたら20秒で死ぬ自信がある。まぁ俺なら40秒は持たせるけど。


だが……どうやら俺は運が良いようだな。


鬼はまるで競うように一つの塊になりながら瀬名を追いかけていた。見た感じ本気で捕まえようとしている。だが鬼同士の仲はあまり良くないようだ。私は負けない、お前が負けろと瞳に書いてある。犬猿の仲なのだろうか。


これなら適当に逃げていれば勝てるな。余裕だ。


瀬名はほくそ笑む。そしてチラチラと鬼の位置を定期的に確認しつつ余裕を持って、走り続ける。


残り40秒


フィールドは長方形で、まるでチーズの穴のように生徒が座り込んでできた点が辺となり、辺が円となり、円が壁となっている。その円の配置は不規則でまるで迷路のような地形になっていた。


そんなジグザク道しかないおかげで、陸上部は全力を出せていないようだ。所詮、直線でしか戦えない戦士よ。おかげさまで俺の方が速い。


陸上部らしき姉貴は卓球部の前の位置をずっと確保している。卓球部はどうにか前に出ようと頑張っているが、難しそうだ。そもそも陸上部に足で勝てると思っているのだろうか?


残り20秒


やっと鬼は連携という言葉をやっと覚えたようだ。プライドよりも勝利を取るらしい。後にいる卓球部が動き、一つの塊が二つに分裂する。瀬名を角へと追い込んでいく。


残り10秒


陸上部らしき姉貴が回り込んできている。背後には卓球部。……なんで陸上部が回り込んでるんだ?あれ?


残り9秒


一本道。それもここは角だ。進める道は右前と後の2つだけ、そして鬼もそれぞれの道に1人づつ迫ってきている。そこで理解した。


あっ、これ3秒も持たんやつだ。


残り8秒 


鬼との距離、5m。逃げ道は……鬼の横ををすり抜けるぐらいか。だがそれでは鬼と接触してしまうかもしれない。それは最終手段だ。


残り7秒


鬼との距離、3m。後3歩でタッチされてしまう。万事休すか。


と言うわけが無いだろ。俺はキングナイトだぞ。その称号は伊達ではないわ。

道がないなら作ればいい。俺がルール確認の時に何度も責任は会長持ちと言ってきたのはこの為だ!


瀬名は突然進行方向を変える。行き先は右。観客という名の人達が座り込み、無意識ながら壁となっている場所だ。

瀬名の突然の行動に、観客達は大変驚いた顔をしている。それも当然だ。だって走っている人が突然、座っている自分に向かって全力で走りかかってきているのだ。そして止る様子がないときた。もしも俺だったら、そのままドロップキックされないか心配で仕方が無い。


だが関係無いね。道は天にある。進め。

12人の円。その中央にはドーナッツよりも大きな穴が開いている。


瀬名は人の壁を飛び越え、中の穴へ飛び込む。


俺の走高跳の記録は1m80cmぐらい。人が座っているときの高さは1m以下。余裕で頭の上を飛び越えられるのだ。


観客は驚き、まったく怯えてはいないが、怯えるように座りながら後退る。


そんな様子は後知らず、瀬名は再び跳び上がる。座り込んでいる観客の頭上を再び飛び越え、観客の包囲網から抜け出し、道に着地する。


飛び上がり過ぎて、更に奥の観客に激突事故を起こさなくて良かった。


息を整えるように、ほっと息を吐くと瀬名は軽々と走り出す。


残り2秒


もはや鬼の姿は見えない。瀬名は1直線に会長の元へ走り出す。


残り0秒


「終了。勝者、見学少年。」


副会長は無事に役目を果たし、ゲームセットのコールを行った。周囲から「おぉ~」と歓声があがる。その歓声に励まされるように、拍手が始まる。いつの間しか拍手喝采へと変わった。


もはや過剰とも思えるほどの歓声となっていた。そこまで讃えられるような事をしたのだろうか?

その中で「やるじゃん見学少年!」やら「見学少年すげーな!」「あれが噂のハイスペック陰キャって奴か?」と聞こえてくる。俺のあだ名が決まった瞬間だった。

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