第12話 イケメンです

会話すら無い現状だったはずだ。周囲の雑音が環境音となり、自分の息ですら意識しなければ感じれない状況。


なのに妄想ができない。


あれを考えよう、これを考えようと、思い浮かべるがすぐに消えていく。

心臓の音がバクバクすることもないし、足がガタガタしている訳では無い。呼吸の速さも普通だ。肩に力が入っていもないし、汗が出ている感触も無いし、爽健美茶の味で喉は潤っている。


俺が緊張しているなんてありえないことだ。だが思考がまとまらないのは事実。


いったいどうした物か、と考えているうちに着く場所にあるのが時計専門店だった。


部屋でいうところの1kほどの大きさ。そのスペースを全て活用して存在しているのがビューファイ。この時計専門店。将来的に縁がなさそうなのに名前を覚えてしまった。明日までに忘れよう。


ショッピングモール内にある店だというのに、店内を移動するスペースは無い。範囲ぎりぎりをショーケースが壁のように置かれている。会計用の机の役割も果たすショーケースが1つ、その隣に2つが重ねられている。L字の開いている空間から店主が見えた。

そして会計スペースにもガラスのような透明な壁があり、まるで宝くじ売り場のように手の甲までは通るが、腕までは通らないほど小さな台形の穴がある。


歳を取ったおじいさんが店主の小さなお店だ。そのおじさんはスーツ姿でどこか執事のようだなと思ってしまった。そして並んでいる時計のお値段は5桁以下は存在しない。


身近な所にこんな物があったとは……こわ。


少女はショーケースを見ていた。何やら店主とも話している。俺は耳を貸さない。聞いたら何か戻れない気がする。そんなモノを見るよりも周囲の警戒をしていた方がマシだ。


瀬名が適当にキョロキョロとしていたら、少女が戻ってきた。


「終わったわ。」


声がした方を向くと、少し上等な紙袋を片手に歩く少女がいた。


「プレゼントは買ったのか?」


見るからにプレゼントだが、ただ気に入ったから個人的に買ったという理由もあり得ない話では無い。瀬名は確認した。


「良い買い物だったわ。ありがとう。」


その答えは瀬名の願望通りで、感謝のオマケ付きだった。正直嬉しくない。義務的な声音ではなく、ちゃんと心の籠もった感謝だったが嬉しくはない。これは俺が少女に悪印象を抱いているからだろう。


「そりゃ良かった。よし帰ろう。」


瀬名はいつもと変わらない声でそういった。瀬名は確かに、絶対、今終わるんだと考えると頬が緩みそうだったが、これからどうやって終わればいんだと、護衛の人はどこにいるんだと考えると感情が消えた。


「ええ、そうね。」


大層嬉しそうに言う。無事にプレゼントを買い終わったという点だけは少女と同じ感情を抱いているだろう。


そんな時だった。背後からドタドタと複数、そして激しめの足音がした。位置的にエスカレーターだろう。俺の想像だと護衛の人達なのだが…


少女が帰ろうと歩き出すと同時に瀬名は振り返る。するとエスカレーターから人が現れた。最初の1人の頭が見えた所で、横に来ていた少女を後ろに移す。

先頭の1人はサングラスをしていなかった。


そこで最初の1人が声を上げる。


「いたぞ!」


その声に続くように、エスカレーターからぞろぞろと瀬名達を囲むように人が現れる。


全員サングラスなどしていないし、スーツ姿ではない。何処かで見たことがある集団とデブ。


なんでこうもタイミング良く現れるのか。それ以前に気になることがあるとすれば1直線にここまで来たのか、ただ虱潰しに片っ端から探しに来ていたかだ。

少なくとも不審な集団がまとまって走る姿は不審者にしか見えないと思うのだが、警備員の人は仕事をしているのだろうか。


瀬名は小声で少女にいう。


「静かに、何があっても、黙って、下がってろ。」


それに少女はうなずく。視界の中で時計専門店の店主がショーケースに隠れながら何処かに連絡する姿が見えた。多分店主は学生時代はモテモテのイケメンだっただろう。


そこまで確認したところで、前を向く。8人組の視線は俺達に釘付けだ。これは間違いないというやつだろう。

まずはジャブ。軽い挨拶からだ。


「随分と軟弱なお出迎えだな。おままごとか?」


「先ほどはどーも。おかげで面倒ごとに巻き込まれやがったぞクソ野郎が。」


見るからに怒っている。煽る必要は無かったかもしれない。だが煽る。無駄な煽りは青年君子の嗜みだ。


「そりゃ良かった。笑ってやろうか?」


「一回死ぬか?」


「遠慮しとくよ。」


瀬名はやれやれと首を揺らす。


エレベーター前にデブ、左右の通路に4人、ボスっぽいやつの回りにボスと2人。道は潰されたに等しい。背後には時計専門店と改装中のお店。白い壁で見事にオープンイベント開催予定!のポスターが貼られている。端っこでこんなポスターを出しても意味が無いだろうに。


「なぁ何処のもんだ?」


少なくとも国光関係には見えない。この7人は知らんが、このデブは見たことがない。このデブは印象的だ。1度見たら忘れる訳がない。そして底辺組でも見たことないし、底辺組にも見えない。

底辺組にしたら綺麗な服装だ。前金を貰ったか、過去に似たようなことをしたの2つになるが。


「さぁな。あの世で探しとけ。」


良い答えは貰えなかった。だが嬉しい情報はあった。それは少女だけでは無く、俺も逃がす気がないという所だ。

俺をガン無視して数的有利を使って少女だけ狙われたら対処しきれん。さすがにあのデブを相手になると、片づけるのに時間がかかる。この場所が行き止まりなのが一番の問題だ。周囲に人が全くいない。この状況で逃げるとなると単純な身体能力の戦いになる。スタミナは持つが、少女片腕に全力疾走はさすがに追いつかれる。


逃げられる可能性があるとすれば。エスカレーターを流れ下ることだろう。だがいろいろと危険過ぎる。これは最終手段だ。


残念ながらここで少女を見捨てるなんて選択肢はあり得ない。背後には監視カメラがある。もしもの場合は俺まで罪に問われてしまうではないか。俺は少女の絶対的な味方でなければいけないのだ。


結局どこの組かわからないままだったが、相手が底辺ならすぐ見つかる。もし上が関与しているなら女性保護の体制を保つために俺が犯人にされるかまとめて罪人か。そのまま犯罪者でいるか冤罪かは政治的問題が関与するだろう。


俺は意気揚々と前に出る。少女は言いつけ通りその場に立ち止まったままだ。8人組からはボスの取り巻き2人が前に出る。挨拶すらなかった。失礼な奴らだ。最初の1回と、戦闘開始の合図の2回目やらなきゃマナー違反だと習わなかったのか。


取り巻きが先に動いた。2人の拳が俺に向かってくる。それに俺は腹を殴られ倒れ込む。迫真にグハァと喘ぎ声を出しながら。


「あなた!」


少女が悲鳴に近しい声を上げる。声音を無視して言葉だけを見ると夫婦のようだ。まったく嬉しくない。


取り巻きは続けさまに瀬名に蹴りを入れる。背中に、腹に、背中に……鳩尾や頭を狙ってこない素人だった。これは我らに全く関係無い中途半端な組か組すらではに組織だろう。いや馬鹿を演じているのか?…判断できない。保留だ。


瀬名は、あえて攻撃を受けダウンした。本当であればダウンすらしない弱い拳だった。だが瀬名は倒れた。


その理由は単純。これで警察が動く。これは明らかな暴行事件であり、現行犯逮捕範囲内だ。そして俺達には計4人の警察が監視についているのだ!


さぁ警察の皆さん出番ですよ。


瀬名は心の中でそう叫ぶ。まるで場を盛り上げるようにいった。


「おらぁ」

「しねぇ」


……返事が無い。聞こえてくるのは取り巻きとその仲間の忌々しい笑い声だ。


さぁ警察の皆さん出番ですよ。


瀬名は再び同じ事を思った。だが反応が無い。


「はぁ?」


つい声が漏れてしまった。


「あぁ?痛いかぁ?」

「あっははクソがー」


誘拐組は随分と怒っていたようだ。ずいぶんと楽しそう。


無造作に繰り返されていた蹴りが、頻度を上げて瀬名に襲いかかってくる。だが瀬名は悲鳴をあげる事無く考え事をしていた。先ほどとは比べものにならない程頭が働いていた。


……そうだな。警察は4人。さすがに8人に突撃するのは危険と判断し…いや少女だけでも確保して逃げる…相手の目的は誘拐だから安全保障…ショッピングモールの包囲…護衛vs警察?別の所でやって欲しかったなぁ…


「あんた達ッ!そんなことをしたタダと済むで思ってるんじゃないんでしょねッ!」


相変わらず静かに考え事をしている最中だった。突如としてそんな叫びに近い悲鳴が聞こえてきた。さすがの蹴りも止まっていた。彼らと同様に声がする方を向けば少女がいた。紙袋を両手で抱えて、下半身を震えさせながら叫ぶ姿があった。


恐怖を吹っ切って声を上げたことは賞賛にあげるが俺は言ったはずだ、静かに、何があっても、黙れと。おかげで8人組の意識がそちらに向いてしまった。

けれども、時間稼ぎする必要はもうないか。警察は動く様子はないし、このまま無駄に蹴られるのも意味が無くなった。このまま完全被害者ENDで終わらそうと思ったのにな。まぁ良い、作戦変更。完全正当防衛GGにしよう。


「先にそっち終わらせません?それを楽しむのは後でしょ?」


「それもそうだな。さっさと終わらせよう。やれ。」


ボスのかけ声に合わせて、左右の通路から1人ずつ前に出た。

包囲網は壊さず動く。最低限の基礎は出来てるようだ。だが敵から意識を外すのは良くないな。ちょうど取り巻きらかの蹴りも収まっているし、動くなら今だな。


瀬名はまるでまな板の上の生きた魚のように、宙に舞い上がり取り巻きに蹴りと拳を、正確に鳩尾に打ち込んだ。

数ヶ月ぶりだが体は鈍っていないようだ。取り巻きは、腹を押さえながら倒れ込む。

そんな状況を見逃さない俺、すぐさま立ち上がり2人の取り巻きに対して1人1人丁寧に横腹を蹴り上げ、少しだけ近づいていた2人にぶつけようと腹を蹴り飛ばす。


「オラァッ!!、オラァ!!」


倒れていた取り巻きは無事に蹴り飛ばされ、宙を舞った。

そこまで体重はなかった。軽い。これでどのような結果になろうと腹を蹴られた2人は再起は不可能あろう。まずは2人。あと6人だ。


「おっ、当たった。」


宙を舞っていた取り巻きは、放物線を描くように速度を保ちながら近づいてくる2人に直撃した。勢いを流すこともなく、取り巻き共々後に倒れていった。

嬉しい誤算だ。さすがにここまで演技をする必要はないだろう。間違いない、素人だ。いや今のは不意打ちか?……まぁいっか。


8人組は絶句していた。威嚇すらしない。威嚇しなくなったイキリは死んだと同意義。勝ったな。


瀬名は振り返り、数歩歩いて少女の目の前に行く。そして少女のおでこを軽くデコピンする。


「何があっても黙ってろって言ったじゃん。」


「……」


少女は口を半開きした状態で止っていて返事をしない。めずらしく2回目のメンタルケアをしようと思ったのに。まぁいい。デコピンが出来て俺は機嫌が良い。なんか今まで溜まったモノが流れていった感じ。少女も放心状態で気にした様子はない。これは怒られる可能性はない。


上機嫌な瀬名は、ニヤついた笑みを浮かべながら振り返る。そしてとても楽しそうに言った。


「さぁ続けようか。」


その言葉にハッと意識を取り戻したようにボスが声を上げた。


「こんなことしてタダで済むと思ってるんじゃねぇぞッ!!」


「うわぁ……幼女と同じ事言ってる。」


煽りと少女への悪口を併合して行った。だが少女は怒鳴り声を上げない。そしてボスの顔が真っ赤に染まった。煽り+悪口=ベストマッチ。ふはは、俺は大変気分が良い。たぶん和やかに、そしてニチャァと笑っていることだろう。


「ッッッ!?死ねェェー」


そう叫びながらボスが1人で突っ込んでくる。沸点が低い。拳を肩より上にあげながら大きな動きで走っている。じゃっかんヨレヨレとした動き。お前、本当に頭脳でもあるボスか?


ボスの動きに合わせて、俺は左頬を蹴る上げる。まるでトビウオのように飛んでいき、動かなくなった。頭からゴツンといった様子はないので大丈夫であろう。首をゴキッとした場合は知らん。

周囲を見ると、未だに取り巻きの下敷きになったままの2人の姿が見える。行動が遅い。さっさと抜け出して立ち上がるべきだろう。さすがに素人だろう。俺が太鼓判押すね。


さて、それはそうと延長行為だ。


瀬名はその場でぼーっとする。時間稼ぐ必要は無いがあって損はない。このまま8人をやるのもいいかもしれないが、正当防衛の範囲問題が出てくる。背後には防犯カメラがある。まぁ時間は俺の味方だ。

もう少女が誘拐されないように守っとけば完璧なんだ。


そんな瀬名の思惑にそぐわず、デブが叫ぶ。


「全員でやればやれる。やれ!」


お前が本当のボスじゃないのか?


その声に下敷き状態の2人は立ち上がり、左右の道を封鎖していた残りの2人と一緒に4人で殴りかかってくる。息だけは揃っているようで1vs1を4回繰り返すことは無理だろう。


なので出来る状況を作り出す。


左の2人に瀬名は突っ込んだ。一番前に居る人と完全に拳の範囲内に入る前に、1度動きを止める。そうすることで相手の拳を空振りさせる。そして再び走り出し、勢いを付けた右拳を鳩尾に落とす。そのまま勢いを保ちその人を2人目の方に押しだす。

2人目はそれに対応しきれずに、体勢が崩れた。瀬名は続け様に、もう片方の左拳で2人目の横腹を殴り飛ばす。2人はVの字を描くように綺麗に吹っ飛んだ。


耳を澄ませば、残りの2人が少女に向かってではなく、俺に向かって来ているのがわかる。つまり、このまま右を向けば残りの2人がいるが、右側に蹴り飛ばす少女がいる。それは負け筋だ。負け筋を丁寧に消すように左回りで回し蹴りをする。

もしも残りの2人が俺の方に来ずに少女誘拐に動けば状況が変わっただろうに、残念だろうな。


瀬名の左足が2人の方を向く頃には、まだ距離があった。もしも爪先が伸びたのなら顎に直撃しただろう。


だが伸びない。なので左足を突き出しながら更に飛び込む。無事に喉を靴先で突き飛ばした。喉を押さえながら倒れていく。痛そう…。


最後の1人は瀬名の背後にいた。


瀬名は腰をうねらせ、上半身だけ最後の1人の方を向く。翼のように広げた左手で相手の腕を掴む。それを起点にして右の拳を上へ持っていく。だが最後の1人は宙に浮いている瀬名の全体重と重力に耐えることが出来ず、地面に沈んでいった。


無様にも瀬名はその人の腹に落ちていく。すぐさま起き上がり、鳩尾を正確に殴る。さらに脇を掴み、喉を突いた人に向かった振り下ろす。


これでとんでもないマゾでない限り起き上がる事は無いだろう。瀬名は静かに額の汗を拭う。


これで残りはデブだけだ。俺の回りでは4人が醜くのたうち回っている。気持ちが悪い。だが残念なことに俺には人を気絶させる技術がない。いままで幾度と鳩尾をやってきたが気絶させることが出来た人はいない。どうやれば気絶させれるのだろうか?わからん。


「も、もしかしてキング…」


「おっとお喋りな口はお前か?」


「ヒッ!?」


キング、その言葉に瀬名は反射的に止めてた。そして怒っていた。少女がその言葉を覚えてたら身バレするではないか!と。

だが少し考えてどうせバレることだと忘れていた。少し調べたらわかることだ。こっちの界隈ではそれなりに有名人なのだ俺は。エリート護衛であれば1日でバレるだろう。


キングナイト。初めは笑われるために付けられたあだ名だった。それはある時から別名として、称号として権威のように使われるようになった。

キングナイトを知っているということは国光関係か?だがあのデブは絶対に見たことが無い。それだけは確証を持って言える。


「で、今なら見逃すけど?」


これは煽りのようで、本心だった。もうどうでも良い。このデブだって戦力差ぐらいわかっているだろう。


「ゥッ、しねぇッ!!」


どうやらバカのようだ。まぁ誇りを大切にする奴は好きだ。


瀬名の言葉を無視してデブが動き出す。ドタドタと地響きがした。


ちなみにデブが一番危険だ。デブはデブだ。鈍そうだが一番危険だ。重量イズパワー。シンプルな巨体と体重は危ない。あれはお相撲さんライト級と換算してもいいレベルだ。


デブはエスカレーターの前に構えていたので距離がまだある。このまま助走をつけて突撃されたら、受け止められない。このままでは、背後にいる少女にまで危害がいってしまう。


なので俺はフードロス問題を無視して、ポケットに入っていたバーガーを顔面に投げつける。


ドッチボールは小学生で最もホットな遊び兼戦争だ。俺のボールの扱いレベルは高いぞ。


瀬名の投げたベーコンレタスバーガーは見事に当たった。ベーコンレタスバーガーがばら撒きながら、デブが怯んだ。


すぐさま走り出し、勢いをつけ、足、腰、肩、腕全部を使い俺が出せる最大火力を鳩尾にぶち込む。


脂肪の壁を貫通し、デブが気絶するように倒れていった。


しばらくその様子を見ていた俺は、心の中でそっとガッツポーズをする。


やった!初めて気絶させてた!!


痛みに悶える様子がない。鳩尾を殴られて無事でいられるのは幽霊だけだ。つまり俺はまた一段強くなった。


瀬名は喜びを共有しようと後を向く。


「なぁ見たか!俺、」


「危ない!!」


少女は鬼気迫る様子でそう叫んだ。瀬名は理解できずに首を傾げかけた。すぐさま、そこに誰かの太い腕が回ってくる。


瀬名は対応出来ずに片腕で首を締め付けるように絞められる。すんでのところで顎を引いたことで脈までも絞められるは防がれた。


「クソが!!イッテェッ!!キタネェッ!コロスぅ!」


デブ、激怒の姿……それに対し瀬名は


「ァッ!!?ヤッテヤロォジャネェカ!!ブタァ!!」


瀬名、煽情の姿。気絶しなかった罪は重い。


だが瀬名は地味にピンチであった。


瀬名の煽りに感銘を受けたデブが腕を引き締める力を上げる。それ事態は問題無い。そのまま息が出来ずにやられるなんてことはない。だがこの状況を打破する姿が見えなかった。


瀬名の本気の拳、それも鳩尾を耐えきったデブが、ただ力が入った拳で横腹を殴った程度では意味が無いだろう。顔を殴ろうにも体勢が悪い。今俺は背後から首を絞められている。俺の腕は360℃回転などしない。


そういえばさっきも似たようなことがあったな。それは忘れもしないメロンパン事件……今回はへそが天井を向いていないのでノーカウント。


俺の体重をデブにのせた程度でも、デブが揺らぐことはない。つまりこの状況から脱出できない。


どうしよう?


まぁ警察待つか。いやさすがに誘拐組が回復する方が早くないか?………


もしかしてやばい?


そう悩んでた頃だった。またエスカレーターからドスドスと足音がした。今度は一つの足音だった。


本格的にやばいと、もういい瀬名、激怒の姿!!正当防衛なんぞ知ったことかと、体をねじ曲げてデブの首をねじ折ろうと動く前にそれは来た。


まずデブが吹き飛んだ。


何言ってるかわからないかもしれないが事実だ。


急に腕の力が緩み、エスカレーターとは反対へ飛んでいた。少女がヒィと悲鳴を上げながら、横に後退る。

瀬名はデブを気にする様子を見せず、体勢を直しつつ、真っ先に顔を上げてエレベーターからきた新たな敵を見る、前に瀬名の腹に膝が打ち込まれた。


いままでとは比べものにならない程の痛みが腹を襲った。鳩尾では無いはずなのに、意識が飛びかけた。


だが、邪魔な感情が命の危機を感じ飛んでいった。


痛みをバネに、ねじ曲がる勢いで体をねじりながら手を地面につけ、蹴りを出す。敵は反応が遅れ、防御はなかった。無防備な横腹全力で蹴り下ろす。体の芯に響くような一撃になるはずだった。


瀬名の蹴りで敵は多少揺らぐだけで、敵の足は、その基板は微動だにすることがなかった。そして敵の姿見た。その姿に驚き、戸惑い、次の動きが遅れてしまった。


次に無防備になるのは瀬名だった。


へそが天を向いている。


そこに腰の捻りが入った高威力の拳が振り下ろされた。


地面に叩き付けられながら、悟った。


筋肉の質が違う。


敵は黒いスーツだった。サングラスを装備した筋肉黒人だ。やはりスーツがピチピチしていた。


そこで瀬名の意識は無くなった。

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