第4話 早起き朝ご飯

目が覚めた。だが部屋は真っ暗のままだった。

カーテンを開けて空を見る。まだ太陽が出ておらず、夜空が綺麗に見えた。


カーテンを閉め、二度寝しようと再びベッドの中に入りる。だが目が冴えてしまっていた。完全に眠気が飛んだ。


側にあるスマホに手を伸ばし、時間を確認する。突然の光に目を細めながら時間を見ると3時だった。


だけどだいたい8時間睡眠。充分な睡眠量だ。そしてお腹が空いた。


俺は昨日のお昼から何も食べていない。約15時間は水しか飲んでいないということだ。腹が減った。


6時にかけておいたアラームを切って、ベッドを飛び出す。抜き足、差し足、忍び足と静かに歩き出す。1階に降りる前に、彼女を寝かせた部屋の扉を少しだけ開け、その隙間から中を覗く。


彼女は依然として眠っていた。とても満足そうな顔が見える。口尻を上げ、眉がニコニコしている。なぜそんなに楽しそうに眠れるのだろうか。これがわからない。


そっと扉を閉め1階に降りる。顔を洗い、さっぱりした後リビングに入る。キッチンには水の入った鍋が放置されていた。


ちょうど良いと、火を付ける。冷蔵庫から具材を取り出し、粉末だしを用意する。冷凍うどんを解凍するために、水が沸騰しきる前に鍋の中に入れておく。


これから作るのはうどん、昨日作ろうと思っていたやつだ。


「………」


火が燃える音だけが聞こえる。暇だ。水が沸騰するまですることがない。ただボーッとしているといつの間にかグツグツと沸騰する音がした。


その音を確認したら粉末だしを入れ、包丁と手を使って具材を切る。その具材をポイポイと鍋に入れ、軽く箸で混ぜる。そして蓋をして放置だ。

粉末だしは市販の関西風だしだ。具材は卵とベーコンとタマネギとネギ、以上だ。子供が好きそうな具材だな。


包丁を洗い終わったら、蓋をとり、ゆっくりと鍋の中を箸でかき混ぜる。卵の白身が透明から白色になった所を確認してから、蓋をして弱火で煮る。


その間にやっとリビングの電気を付ける。慣れない光に細めながらリビングの方へ振り返る。


「あっ…」


電気を付けて初めて気がついた。机の上に、昨日のハンバーガーの皿が残されたままだった。微妙にスパイシーソースが匂いがする…臭い。やはりソース単体はおいしそうじゃない。


皿を素早く流し台に入れ、水で軽く洗う。多少匂いがマシになった。


できればこのまま洗いたいが、鍋の方が完成しそうなので先に朝食にする。


鍋の蓋を取る。湯気と共に優しい匂いが鼻を包み込む。鍋敷きを用意するのが面倒くさくなったのでそのまま箸でうどんを掴む。黄身が完全に固まってしまっていたのが少し残念だ。


麺は食べ終わった。スープを飲み干すには鍋が熱すぎるので少し待ってから飲む。さすがに熱々の鍋に口を付け、唇と舌を火傷する勇気は無い。

先にバーガーの皿を洗い、制服に着替える。


今日はちょっと早めに学校へ向かうことにする。今、彼女と鉢合わせるとつい怒りを露わにしそうだ。バーガー4つ分の罪は重い。たとえバーガー分を差し引いても、声を交わそうとは思えなかった。


制服に着替え、学校指定のバックを持ってリビングに戻ってきた頃には鍋は丁度良い具合に冷めていた。


ゴクゴクとスープを飲み干す。箸ではすくいきれなかった具材と一緒に喉を通る。最高だ。


やはり朝は白湯だ。目が覚める。そして体が落ち着く。指先までもが温まり、気持ちが良い。一説には白湯は「水」を「火」にかけて沸かし気泡(風と定義)もできるため、結果として自然界を満たす要素と同じ要素を持つことから、身体のバランスを整えるとあるらしい。


よって白湯が最強。


さて、鍋も洗い終わったので学校に行きましょうか。


靴をはき、山道を駆け下りる。正面には赤い朝日があって眩しい。だが太陽に向かって走る、というのはちょっとだけ夢に見た景色で嬉しかった。


学校に着くころには明るくなっていた。だが校門は閉まったままだ。それもそのはず、昨日よりも断然速く登校しているのだ。さすがに早すぎだ。


どうしたものかと、立ちすくみながら考える。


まず、このまま校門に残るのはダメだ。門を開放しに来る先生に見つかって職員室で話題になる可能性がある。なので移動しなくてはいけない。


だが不幸なことに、この辺りで丁度良い場所を知らない。当然お店なども開店していない。そこで候補として上がるのが公園ぐらいだが…そこしか思いつかないな。制服姿だと早朝ランニングする人に注目されそうだが、まあしょうがない。


スマホをバックから取り出し、マップアプリを起動する。


マップを頼りに数分程度で目的地である公園には着いた。早朝ということもあり、公園内には人がまったくいない。だがすぐそこの道路にはランニングをする人も、散歩をする人もいた。だが俺のことなど眼中にないようだ。

俺は自分で思っている以上に自信過剰なのかもしれない。


人がまったく居ない公園内を静かに歩く。


子供の声1つ聞こえない、不気味に思えてしまう公園。まったくいないという見慣れない公園、さらには今世で初めてここまで整備され綺麗な公園ということもあって目新しい物をみるような気分だ。

学校のグランドぐらいあるんじゃないかと思えるほど広い公園には、普段は子供で賑わっていそうな数々の遊具に、小山に広場、砂場にはらっぱ、椅子に噴水。大きさに比例した設備のラインラップだ。


公園内を黙々と歩いていたらある場所に目が行った。俺はまるで本能に従うように、直線的にその場所に行った。


その場所とはトイレだ。


公園内に必ずと言っても設置されているトイレ。この公園のトイレは、思っている以上にハイスペックだった。ショッピングモールで見たことがあるやつだ。


綺麗で、香水の匂いがする。地面にゴミ所か落ち葉すら無く、トイレットペーパーが無残な姿という事も無い。不思議なまでに綺麗なトイレに違和感を感じながらも外に出た。


中には入ったが、別に用はなかったからだ。


俺はそのままトイレの裏側へ向かう。前はそのまま通り抜ける道、左はトイレ、右は道路。正真正銘、公園の端だった。


しゃがんで匂いをかぐ。葉っぱの香りがしてアンモニアなどの匂いは全くしなかった。


道路を背中にして雑草芝生に座り込む。


この公園は自然が豊かだ。中央部分は砂でまったく自然を感じられないが、外周部分は草木が豊富だ。特に今いる場所は草が豊富だ。座り込んでいると草が壁になって視界範囲が狭くなる。まるで秘密基地のように感じられた。


この場所はいい。風が吹き、草木の香り、そして公園なのだ。トイレがある。椅子も沢山あって、座り損ねるといったことはなさそうだ。ただ手洗い場も水飲み場もない。トイレには手洗い場はあるけれど、水飲み場がないのは個人的に低評価だ。だがそれを差し引いてもいい場所だな。


次から時間がある時はこの公園に来よう。そう決めた。


「ぜぇーぜぇーぜぇー」


遠くから近づいて来る異形な声に反応を示した。公園と道路を仕切るようにおかれた網から声がするほうを覗く。


近くに居た犬の散歩をする人もその人を見ている。だがその人は気にする余裕すらないと行った様子だ。息を切らしながら歩いていた。


その人は男だった。まさしくランニングでもしてきたのだろう。動きやすそうな服装に荷物1つ見えない軽装。


そんな男は未だにぜぇぜぇと喘ぎながら道路を通り、この公園内に入ってきた。


俺は地面にしゃがんだ状態でトイレの壁からひょこっと顔だけを出して、その男を見ていた。男が移動するのに合わせて、俺も少しづつ移動して、常に視界に入り込むようにする。


俺がトイレの壁から頭だけを出して男を確認するころには、その人は椅子座り込んで天を仰いでいた。


少し時間がたっても男は相変わらず激しく呼吸している。さしずめ小銭を忘れたんだろう。


俺にも覚えがある。山の上の家に引っ越してから初めての買い出しに行った時だ。遠いとはわかっていたが、遠すぎる道。それまで軽い運動しかしていなかった俺は瀕死だった。


喉が枯れすぎて声が出なかった。いや出す気力すら無かった。そんな状態で街中を歩いた。視線なんて気になるものか。ただ水が欲しい。喉がかわいた。雨降らないかな。最悪唾液でもいい。いやだめだ。靴を舐めるから恵んでくれと狂っていた。


なぜかコンビニを見つけれず、自動販売機も見つけられなかった。人で溢れている大通りをまるで精神異常者のように歩きながら、例のショッピングモールに辿りついた。


記憶は無かった。気がついたらペットボトルの蓋を開けて中身を飲んでいた。感じる視線。迫る店員。顔を青くする俺…


店員が優しい人でよかった。店長が優しい人でよかった。あの時は生きた心地がしなかった。


恐らく、あの男は水筒を忘れ、小銭を忘れ、スマホを忘れ、助けも呼べない悲しいコミュ障なのだろう。


ちょうどそこに自動販売機があった。そして水もあった。なぜかお茶はなかった。よくわからないラインラップだ。


内ポケットから秘伝の500円玉を取り出し、その自動販売機へ向かう。ちなみに自動販売機はこういった小道?にしかない。たくさんの店が並ぶ大通りには自動販売機がない。コンビニも無かった。お菓子とファーストフードしかない。ファーストフード?…水貰ったら良かったじゃん。お礼代わりにご飯食べたらよかったな…


買うのはいろやか。ミネラルウォーターだ。100円。人によっては水を100円も払って買うのは馬鹿というらしい。だが付加価値という物がある。富士山で食べるカップ麺と自宅で食べるカップ麺が同じ価値は違うといった風に需要と供給がある。


あの男にとってこの水は100円以上の価値がある。つまり俺は100円で100円以上の恩を売れると同意義。


だから何?って話だが、俺は知っている。その喉の渇きの辛さが。そんな時に颯爽と現れて喉から手が出るほど欲す水を貰えたら、その人に惚れる気がする。そのまま優雅に去って行ったらファンになる。俺もそんな格好いいオタクになりたい。

まぁ少なくともいろやかは90円でも110円でもダメだ。100円だから良いという持論だ。


1枚から4枚になった秘伝の玉を内ポケットに入れながら、片手にいろやかを持って男に近づく。


「大丈夫ですか?」


そう言いながらいろやかを差し出す。そもそも公園なのに水飲み場がないのは何でだろうか?前世では、街中の公園であればどんなに小さくてもあった記憶がある。ここはまさに街中ではないのか?


まったくわからない。これを解決するには市か区の役員に質問するしかなさそうだ。


「ぜぇ……水!」


男は1度時間を止め、目の前の物を叫んだ。そしてゴクゴクと飲む。飲んでいる。勢いのまま、あっという間に100円は男の中に消えていった。


「ふぅ…ありがとうございます心優しき人。」


「いえ、お構いなく。」


男は頭を下げながら感謝を告げてくる。予想以上の反応に戸惑いながら返しの言葉を返した。


ただちょっと気になるのはペットボトルが握りつぶされていることだ。怖い。


「なんとお礼を言ったらいいか…」


「ただの気まぐれですよ。」


そう何度も感謝を素直に伝えられると照れるな。


「その服装…もしかして学生さんですか?ずいぶんと早いですね。」


「早起きしてしまいましてね。今暇で困っているところですよ。」


瀬名はあははと枯れ果てた笑みを浮かべた。


良くて20分経過しているだろう。だがその程度。いろいろ計算して先ほど校門についた時間は5:30と考える。そこから20分。今は5:50分だ。

校門の開門時間は7:30分だ。最低でも後100分は学校の校門は開かない。さらに朝の会、開始時間は8:30。暇だ。朝の会開始時間までは160分。ふざけているのだろうか?


「…もしよろしければ一緒に走りませんか?お礼もしたいです。」


「お礼はともかく、走るのは良いですね。おすすめのルートとかってありますか?」


持久力は大切。片道2時間は伊達では無いのだ。今となってはそこまで必要性は無いが、定期的にランニングしなくては体力は落ちる。よってランニングは大切だ。


わざわざ土、日曜日の数時間をランニングに費やす価値がある。走るのはいい。風が気持ちいい。ちゃんと運動しやすい服装なら汗すらも気持ちよく感じられる。運動後の風呂も、風呂上がりの一杯も最高なのだ。辛いのは慣れていない最初だけだ。1度慣れてしまったら、後は楽だ。


「はい!それでは行きましょう♪」


男は走り出した。それに着いていくように俺も走る。公園を出た辺りで男は俺に合わせてスピードを落としてくれた。併走しながら男が声をあげる。


「走るのは好きなんですか?」


少し大きな声でそう言った。


「はい、毎日走る程度には好きです。」


俺もそれに答えるように少し大きな声を出す。


「おっ、通ですね~普段何処走られてます?」


「俺は田舎……」


2人は走りながら会話を交わし合う。男に合わせて走行ルートを変え、街を走って行く。なぜか途切れることもなく、会話は続いてた。自然と会話が成立する。自然と言葉が出てくる。


たしか前世で何度かそんなことがあったけな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る