第5話 2回目の登校

……最近幼稚園児での事件が増えてきましたね。」


「そういえばよく見る気がしますね。何か変化ってありましたっけ?」


「ちょっと経済が不況に入り始めたぐらいでしょうか。」


「確か事件は地方の幼稚園ばかりでしたっけ、案外不満が溜まったからとか適当な理由かもしれませんね。」


「最近の政府はそこらへんの動きがないですからね。」


いつの間にか会話はニュース談話になっていた。ランニングの速度は徒歩より早いが、一人で走っている人に比べて遅いといったところだ。そんな中、平然としゃべることができる男はただ者ではないなと思った。

先ほどまで喉が枯れて、ぜぇぜぇ言っていたとはとても思えない。そしてペットボトル一本でそこまで回復したと考えるとこの人は化け物なのかもしれない。それにペットボトルも握りつぶしていた。絶対化け物だ。


「さてとっ、つきました。ここが私の家です。」


「ぉぉ……」


都心にある普通の一軒家だった。二階建てで一人で住むには広すぎるだろう。もしかして既婚者なのだろうか。


「上がっていってくださいよ。お礼がしたいです。」


「いえ、大丈夫ですよ。」


「いえいえ、遠慮なさらず。」


男はそう言って扉の鍵を取り出し開けた。


「走って疲れましたでしょ?一杯だけでも飲んでいってください。」


「……そこまで言われたら…言わ……」


俺は重大な事実を忘れている気がした。いや忘れていた。

冷汗が全身から噴き出る。より一段とシャツが体に引っ付く気がした。


「…どうかされましたか?」


心配してくれる男を無視して俺はスマホを取り出し時間を確認する。


7:17


時間は無常にもたっていた。


「すみません遅刻しそうなので行きます!」


男の反応を待たずに走り出す。全速力だ。若干疲れてきた体に鞭を打ち走る。ついでにとスマホでマップを開く。そして現在地から中学校までの最短ルートを調べ走る。


校門の開門時間は7:30分だ。そして開始時間は8:30。つまり後73分で遅刻だ。おかしい。160分は余裕があったはずだ。なのになぜ後73分しか余裕がないのだ?87分も走っていたのか?半分以上走っていたのか??


だが大丈夫なはずだ。全力で走れば余裕で間に合うはずだ。


瀬名はそう考えている。だが瀬名は忘れていた。今までは男のおすすめのランニングルートを通っていたことを、そして信号に引っかかっる所か見ることすら一度もなかったことを……


最初の道路、最初の信号で足止めを食らった。足を止め、息を整える時間だと考え深呼吸をしていた。4回目で舌打ちが鳴り響く。指がわなわなと震える。6回目でクラウチングスタートの体勢をたった。周囲の目は気にならない。


時間が過ぎている。


俺は特待生なのだ。学力は問題無い。学校での過ごし方はお世辞にも良いとは言えない。主に髪。

少しでも印象を良くするために無遅刻無欠席という称号はあった方が良い。さらにを言えば学校側に気にられているとは思えない。男だし。

ちょっとしたことで特待生が解約される可能性が出てくる。学校が授業料を返金しろと言われたら俺は死ねる。


走って、走って走った。そして俺は校門へとつながらる長い道に着いた。風が吹き、桜の花が邪魔をする。顔を地面に向けて一直線に校門へ走り込む。


無呼吸状態になりながら走る。校門という名のゴールテープを切ったと同時に倒れ込み、激しい呼吸が始まった。


「ハァッハァッハァッ……」


「おぉ間に合ったな。教室急げよ。」


校門を監視する先生からそんな言葉が投げかけられる。まだ激しい呼吸をしながら体を起こす。

校門から見える時計には後2分でチャイムがなると表していた。


8:23


あと2分で遅刻宣言と共に校門が閉められる時間であり、遅刻判定を貰う時間だ。そして後7分で朝の会が始まる。残念なことに我々1年生は3階だ。


息を整えられる時間は無いに等しいと考えて良いだろう。


さらに体を酷使しながら小走りをし、階段を駆け上る。階段の一段一段が跳び箱8段のように思えた。

ガラガラと音を鳴らしながら教室の扉を開ける。教室内はすでに全員が席に着き、先生も教卓にいた。

これは新しい生活ということで緊張しているのか、ただ優等生なのか。どちらにせよ目立っているということは事実だ。


「ギリギリだな。息を整えるのは椅子に座ってからしなさい。」


「……はい。」


視線を感じながら一番前にある席に座る。妙に汗の流れる感覚がわかる。あっという間にチャイムが鳴り朝の会が始まった。内容は1、2時間目についてだった。


朝の会が終わるとバックを持って特別教室側にあるトイレに駆け込む。


タオルで汗を拭い、着替える。それだけで最高の気分だ。頭もさっぱりした。チャイムが鳴る1分前に教室に戻る。


1時間目は昨日よりも本格的なクラス会?みたいなのがあって、事前に購入した教材が置かれている特別教室へ、クラス全員分の教材を取りに行く人を決めた。結果は話し合いにすらならなかった。仲良し8人組から6人が徴収されていた。

後で残れた2人が喜んでる。うるさい。だがやつらはクラスのムードメーカーとしてこれからの行事も引っ張って行ってくれるだろう。


1時間目と2時間目の休憩時間、俺は本を読む。その本はライトノベル。過去の名作達だ。最近の作品はあまり好きになれない。名作こそあるが、それ以上に俺に合わない作品が多すぎる。そんな作品に限られた軍資金を費やすことは出来ない。よって安心信頼の過去作品に手を出しているのだ。

だが過去の名作達はもはや通販限定だ。都心の書店であろうと田舎の書店であろうと存在していなかった。通販で買う場合は、書店で買うよりは料金が高いが良い買い物だった。本棚が幸せに溢れている。


恐らく青春の友となる小説と楽しい一時を過ごしていると横から声がかかる。


「ぎりぎりだったな。」


そう声をかけたのは隣の席の男子だ。名前は覚えていない。何を隠そう俺は担任の先生以外覚えてはいない。正直言って名前を覚えるのは友達になりたいと思う人だけでいいと思っている。だいたいはねぇ、ちょっといい?、君、と始まり、相手が反応してくれたら会話は成立する。


反応してくれなかったら?諦めろ。それかリトライだ。俺には関係ないことだ。


「そうだな。」


ただ、言葉に返事を返しただけ。瀬名にはそれ以上会話を広げる気がなかったのだ。


「寝坊?」


「そんな所。」


今日の出来事を説明するとなるとめんどくさくなる。昨日、遭難者が家に泊まって、ちょっと事件があって気まずくなって、早起きして登校したら、早すぎて、仲良くなったランニングマンとランニングしてたら遅刻ぎりぎりになって、全力で走った結果がぎりぎり間に合った。


初対面で何言ってんだって話。初対面じゃなくても何言ってんだって思う。


「瀬名は何処に住んでいるんだ?」


「…田舎住み。」


「ふぅーーん。じゃあ瀬名も自転車登校?」


………なんだこいつ。喧嘩売っているのか?


突然話しかけてきて、個人情報を聞き出そうとしてくる。前座すらない。俺を舐めているのだろうか…いやこれが上級階級のいじめと言う奴だろうか?


底辺であった国光小学校のいじめの1つとして、ストーカーと俺が呼ぶ行為がある。


まず、標的にされた者は日常会話の流れで、なんとなーく、次いで感覚で、オマケのように個人情報を聞き出される。おまえん家公園近く?などと生活に関することだ。

情報が集まったらいじめが始まる。


やーいやーいお前んち貧乏〜やら、お前のとおちゃんハゲ頭!といじめが始まる。その内容は家から休日までストーカーをした結果から見た目や所有物だけまである。

このストーカーはただのいじめでは無く下剋上行為でもある。国光小学校には当たり前のように激しい上下階級社会がある。暗黙の了解もたくさんある。そして最後に勝つのは拳だ。教師でさえ、ある一定のラインさえ越えなければ静観という姿勢を取っている。つまりパワーイズジャスティス。


あとハゲをネタにするガキは問答無用で教頭から拳骨だ。

そういえば卒業までハゲをネタにし続けるガキもいたな。卒業式でさえ大声で教頭のハゲと叫び、乱闘が始まったのは記憶に新しい。面白かった。声を出して笑ったな。


この男子はどうするべきか。放置というのは一見よさそうな手段だが、逆効果だ。売られた喧嘩を放置していると舐められる。舐められると下級カースト認定される。そして戦争を始めることになる。

俺は小学校時代、ガキからの称号はイキってる本の虫だった。低学年時代は図書室から借りてきた本を読んでいるのをよく、邪魔された。まぁそういう奴は戦争だよ。転生者を舐めるなと、上下関係をハッキリさせるのだ。


だがこの智美中学校での勝手がわからない。


なので売られた喧嘩を買う体で、軽いジャブを繰り出す。


「なんで尋問を受けているんだ?」


目の前の男子だけに聞こえる声で瀬名はそんなことをつぶやいた。


「えッ!?」


瀬名の想定していた反応とはまったく違う言葉が聞こえた。彼の声は和気あいあいとしていた教室を静寂に変え、時間を止めているようだった。


良かった。上級学校にそんな文化はなさそうだ。少なくとも目の前の男性は違うようだった。


「悪い、忘れてくれ。」


そう言って瀬名は閉じていた開き直し、顔を本に向ける。


「…っえ、あっ…ごめん。」


横目で確認すると、男子は両手を股の間に両手を突っ込んで、縮まりこんで机とにらめっこしてしまった。


思っていたより純情な反応で罪悪感が出て来た。願わくば、今日の出来事に負けずに、幸せな青春を過ごして欲しい。心ながらそう願おう。


2時間目もあっという間に終わった。配られた教材を教室の後にあるロッカーに積み込んで終わりだ。そして3時間目が始まる。


科目は数学、その教科担当者は組埜さんだった。


一応最初の授業でありながら容赦なく授業は進んでいく。クラスの全員を基準に進められているので本当にゆっくりと進んでいる。特にすることはないので自習をしていた。悩むことなくスラスラと終わった。


4時間目、科目国語。女性だった。


オリエンテーションと言わんばかりにミニゲームをした。俺のペアは右だった。先ほどの男子ではないので良かった。まぁそれでも気まずい。右の男子はオドオドしている。完全の俺を恐れているっぽい。


そしてやっと来たお昼休み。俺は飯抜きだった。

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