第3話 優雅な晩食?
水を一杯、飲みきって食事を終える。目の前にはスープすらない、空になった容器と箸とスプーンとコップが乗ったお盆があるだけだ。
やはり増量無料という言葉は素晴らしい。二倍ちゃんぽんがちゃんぽんの値段で食べられる。素晴らしいことだ。
お腹いっぱいにはなったが腹八分目という奴だろう。満足感はあるが気怠さも、眠気もなかった。
満足した俺はお盆を返却し、1階の食品量販店へ行く。
目的は晩ご飯の具材だ。
今日は時間に余裕があるのでガッツリ手作りをする。いつもはお手軽料理か冷凍食品だ。毎週毎週買いに行くのは面倒くさい。通販だって、9割9分山道前に放置され、配達完了報告が届くのだ。もう諦めて専用の小屋を建てたぞ。田舎のバス停のように雨宿りができ、椅子もあって、人が5人寝転べるほどの広さを持つ小屋だ。
ちゃんと離れた山奥まで届けてくれること事態はありがたい。だが通販だというのに毎回山を下って、荷物を取りに行かないといけないことは果たして通販と言えるのだろうか?玄関の前まで来いよ。サイン貰いに来いよ。許さない。
怒りと感謝の狭間で苦しめ配達員。
さて、必要な物は揃った。帰ろう。
迷うことなく1直線に具材をかごに入れ、今会計が終わった所だ。リュックに食料を詰め込み背負う。そして自宅方面へ向けて歩を進める。
走ると目立つので歩く。俺が走るのは朝だけだ。朝であれば何かに遅れた一般学生に思われる。だがそれ以外の時間帯はどんな理由であろうと、珍しいに分類されてしまう。なので俺は目立たないために歩く必要性があるのだ。
俺は街中は歩いていた。だが街を出てからは走りだした。街外なら目立たない。そもそも俺を見る人がいないのだ。心置きなく走ることができる。
そこから約1時間半。やっと家がある山が見えてきた。それと同時に、喜ぶべき物もあることを確認出来た。
おっ来てる。
さすが卒業式でも働いている。通販の人。ありがとうございます。あいがたやー
通販小屋にダンボールが置かれていた。通販小屋は先ほど言った家に続く山道の前にある通販のために用意した専用の小屋だ。
実に7つのダンボール。注文通りだ。これでイベントへ向けて本格的に動ける。
ニヤリと笑いながら家までの山道を駆け上る。先ほど購入した食料などは玄関の横にある胸の辺りまでの高さまである靴箱の上に置く。そしたら再び通販小屋へ行き、一度に2つずつ、右手に1つ、左手に1つのダンボールを持って家に帰る。それを3回繰り返した。
持ってきた荷物は全て1階の作業部屋に置いておく。7つ全てを持ち運び終わってからダンボールをカッターで切り、中身をご開帳する。
中には依頼した部品が入っていた。更に笑みの量が増える。
この部品で最終工程が、例の物の装飾が終わる。そしてイベントにはまだ1ヶ月以上期間がある。今回は余裕だな。俺は魔王のようにガハハと笑いながら作業部屋を後にした。
靴箱の上に放置された食料を持ちキッチンに行く前に、玄関に置いているヘアピンを5つ着ける。前髪3つで耳上2つだ。これで日常生活の支障は無くなる。酷く不細工な髪型だが気にする人などいないから問題無い。
ちなみにヘアゴムは髪が引っ張られて痛いからダメだ。
食料を冷蔵庫にしまう。早く晩ご飯を食べて、バイトをしたい気分だったが、ちょっとシャツが汗でベタベタするし、汗臭い。気持ちばかり焦ってしまい、走ったのが悪かった。
まずは風呂に入った。その後、寝間着に着替え、早速料理を開始する。
今夜のメニューはハンバーガーだ。パンズを手作りにするのはさすがに手間なので市販のパンズを買った。市販のパンズは一袋4セット。つまり4つのハンバーガーを作ることになる。近いうちにハンバーガーを作る気はないので、今日で処理しないと廃棄処分になってしまう。だから4つも作ることになるのだ。
パンズは軽く焼くだけなので最後だ。まずはパティ。肉からだ。
そして完成したものがこちらです。
カリカリに焼いた肉に、カリカリに焦がしたチーズ、そしてとろーりとなんとか原型を保っている溶かしたチーズ、レタスに二重トマトにスパイシーソース。完成だ。今回のハンバーガーはアメリカンな4つのバーガー、ちょっと胸焼けしそう。
そんなこともあろうかと用意しました。2Lコーラ。
へっへ、これで始まる。宴が。
空は暗い。もう7時だ。カーテンを閉め、冷蔵庫からコーラを取り出し、コップに注ぐ。500mlの大きいコップだ。
氷も3つ入れる。シュワシュワと気分が良くなる音がする。
さて、バーガーが乗っている皿の横にコーラー設置、箱型ウェットティッシュも蓋を開けて用意。準備は出来た。
さて、いっただっきまーー
(ガンッガンッ)
……おかしい。変な音がした。この山、そして周辺の森に熊は居ないはずだ。狐は見たことがあるが、ガンッガンッという叩き付ける音は狐や猫のような小型動物では無理なはずだ。
なら誰だ。こんな時間、場所。もう配達の予定の品はない。配達員が迷うということはないだろう。
なら、なおさら誰?
(ガンッガンッ)
まただ。何かを叩き付けるような音。耳を澄ませば、何かざわめき声のような音がする。その音は玄関からだった。
こんな所まで空き巣の被害があるのか。
俺は素早く、キッチンから大きなフライパンとその大きな蓋を持ち出し、玄関に待機する。他に音はしないかと疑い、耳を澄ます。だが音は1カ所からしかしない。
(ガンッガンッ)
今度は声も聞こえた。だが何を言っているかわからない。ギャーギャー何かを言っている。
不思議だ。扉を破壊しようという意思が見えない。むしろ子供が助けを求めるように家の扉を叩いているようだ。
この家にはチャイムなどはない。当然だ。もともとは別荘として作られたのだ。防犯対策など無い。扉にドアアイなどはない。あることと言えば家全体が防音室なだけだ。こんな山奥で一体何から音を守るんですかね?
目の前の扉以外で出入り口は窓ぐらいだ。だがわざわざ窓から家を出る気も、安全かわからない森に囲まれる勇気もない。つまりこの扉一枚で攻防戦をしなくてはならない。
覚悟した。一瞬で決まる。いや決める。
想像する。まずは蓋を靴箱の上に置き、扉の鍵を開け、内扉を開き、素早く後ろに下がりながら蓋を持つ。そしてフライパンで体を守りながら蓋を投擲の構えで警戒態勢だ。
相手がどんな武器を持っているかわからない。文明の利器である銃なら死ぬ。その他なら戦争だ。泥沼な争いだ。安心しろ。俺の運動神経は良い方だ。体力は完璧以上にある。そして自分の指で、チョキを作り出し、相手の目をめがけて突き刺す覚悟もある。
さて、まずは靴をはく。そして音が立たないように蓋を置く。そしたら開戦だ。
閉めた扉の鍵を開け、扉を引く。そして蓋を持ちながら下がる。イメージ通りだ。
かかってこい!
腰を落とし、突撃兼投擲の構えをする。だがその動きは全て無用で終わった。
扉が開くと同時に人が倒れ込んできた。
「ゲフッ」
受け身を取ることなく、流れるまま地面とおでこが激突した。痛そう。
「ちょっと!いきなりないすん…だ……よ……」
目の前の人は勢いよく手で上半身だけを起こし、おでこをさすりながら怒鳴りを上げたが、俺の姿を見て言葉を失った。そして俺も目の前の人を見て言葉を失っていた。
女だった。まごうことなく、黒髪ショートやんちゃ系お姉さんだった。そして俺は死を覚悟する。いったいいくつの罪を作られて犯罪者になることやら。
前世では冴えなそうなサラリーマン相手に女子学生が痴漢と叫べば犯罪になるのだ。この世界では一体どんなレベルまで犯罪になる事だろうか。
この世界では私の歩く道を邪魔したデブという理由だけで犯罪者になりかねない。家に連れこんだとか、変な物を食べさせた、嫌らしい目線だったという理由で犯罪者になりそうだ。実際にニュースでも見た。恐ろしい。
こんな山奥だ。人の目がない分より無罪を証明する手段がない。なんで俺は防犯カメラを用意しなかったんだ!……そんな余裕はないんだよ。趣味でお金が消える。洗濯機だって古い物から乾燥機付きの良い物に買い換えたい。食器洗浄機も買って手間を減らしたい。だがお金がない。趣味で消える。ある分だけ消える。まったく、困ったものだ。
話が脱線した。確か先ほどまでは、無罪を証明する手段がないから都会よりも一段と犯罪者になりやすと言う話だったな。
やるか?ここは山奥。だれも気がつかない。証拠さえ消してしまえば、ここには誰も来なかったって事になる。やるか?
ちょっと気絶させて、全力で走って2つ遠くの県の公園に放置したら目の前の女性は俺のことを夢だと勘違いしないか?
このフライパンでちょっと頭を小突くだけだ。それだけで気絶してくれるだろう。
大丈夫。ここは異世界。俺は転生者。きっと都合の良い結果になるに決まってる。
そう。このフライパンで倒れている女性の頭を叩くだけで、全てが、
そう思い、突撃の姿勢を戻し、フライパンを持っている手を振り上げる。
「ちょ!まてまて!!泥棒ではない!」
目の前の女性は倒れながらも後ろに後ずさる。手でこちらを制止するようにブンブンと振る。
だが怪しい。怪しい奴ほど自分は怪しい奴ではないと言うのだ。
俺は下げかけたフライパンを再び振り上げる。
「空き巣でもない!乞食でもないぞ!あとは、物乞いでもない!あとは、えっと、えっと…」
正直拍子抜けだった。想像していたよりもずっと邪悪じゃなくて、むしろ可愛い。えっとえっと言い訳を探すように目を逸らす様子に、高まっていた警戒心が消えていた。
「…俺を犯罪者にしない?」
「あ、当たり前だろ!むしろ俺が不法侵入罪で犯罪者だ。」
「口ではなんとでも言える。」
「うな殺生な!」
驚嘆したような顔で悲観そうな声をあげた。
面白い人だなこの人。殺生って言葉は久しぶりに聞いたぞ。
まぁ信じるも何もない。すでに詰んでいるのだ。今さら気絶させても意味が無い。そもそも気絶したからと言って都合良く記憶が飛ぶわけも、夢だと勘違いする天然でもないだろう。
唯一の可能性が殺人の世界なのだが。さすがにそこまでやる気はない。大人しく捕まろう。終身刑にはならないはずだ。そしてこの女性が再びこの家に近づくことはないだろう。前科1になるだけだ。そして親にも連絡がいってめっちゃ気まずいだけだ。
まぁ同じ男だ。父なら納得はしてくれると思う。
賠償金払えなかったらこの家は取り押さえになるんだろうか。パソコンは?オタグッツは?……オワタ。父はパソコンを買ってくれるだろうか?パソコンがないとグレーなバイトが出来ない。肉体労働はいやだな…
全てを察し、諦めた俺は最後に疑問を晴らそうと質問をした。
「それで?何の用でここに来たの?」
俺の予想ではこの別荘を依頼した女性だ。何かの拍子でこの別荘の存在を思い出して、返せと文句を言いに来たのだろう。車で来ようにも地面が荒れているため快適なドライブが出来なくて、もういい…と歩いてくることにした。だが予想よりも距離があって、日が暮れた。もうここまで来たら何が何でも文句言ってやるとの一心でここに来た。だがその家から出て来た男が武装して出来たため言葉を失ったって所だ。
「ま、迷ったんだ。周りには何も無くてここの明かりが見えたから」
彼女はとても不安そうに言った。この大自然どころか夜道にすら慣れていないように思える。
違うのか。それにしても迷ったか…うさんくさいようで本当のように思える。つまりわからないというやつだ。
「そこの道を降りたら山を下りれます。そのまま真っ直ぐ行くと玉城区に着きます。」
ビシッとすぐそこにある山道を指さす。玉城(たましろ)区とは智美中学校がある方向で一番近くにある街で、ただの住宅地だ。
俺は親切に方向を教えてあげた。ただし片道2時間だがな、という情報は教えない。せめてもの嫌がらせでもある。俺の食事を邪魔したのはちょっとだけ、そうどうしてもちょっとだけ許せなかった。
「泊めてはくれないのか?」
目を見開いて大変驚きながらそう言う。だが当てが外れたというよりもただ単純な疑問のように思える。理解ができない。そう顔に書いてある気がした。
「なぜ泊めないといけないんだ?」
男女2人、都会から隔離された山奥。問題しかない。
「もう2日も何も食べてないんだ。それに辺りはもう暗いし…。」
そう言う姿はとても弱々しかった。彼女の言うことが本当であるならば、泊めるというのも良いんじゃないかと思ってくる。
すでに日は暮れた。月明かりのおかげで、道を間違えることはないだろうが、2日間さまよい歩いていたと考えると、ここで何もせずに送り出すというのはさすがの俺でも良心が痛む。
俺が彼女が家に泊まることを拒絶する理由は、信頼できないの一言に尽きる。どうなるかはわからないんだ。先ほどまで顔を知らなくて、今だって名前すら知らない人をどうやったら信用できるのか。だが泊らせることは無理でも食事の1つを分け与えるくらいは全然問題は無い。
ちなみに別荘から最も近い街は片道1時間、そして最も遠い他県で片道1日弱と言った所だ。
この周辺は山がちな地形で一見迷いそうだが、適当な山の山頂に登れば方向はわかる。
幅1mにも満たない小川はいくつもあるが、幅1mを越える川は最終的に6つある。その内2つが海へ向かう川だが、その途中でちゃんと街が見える。他の4つは街中を通る。つまり川の流れに着いていけば街には絶対着くはずだ。
そんなことを考える暇のなく焦っていたのだろうか。
微妙に汚れた服、疲れ切った顔。嘘のようには見えない。本当に助けを求めただけなのだろうか?だが女性がなぜ迷うような事になるんだろうか。
男女比100:1。その名は伊達では無い。日本では護衛までつけて女性を保護しようという傾向は低いが、ちゃんと巡回警備員による警戒や監視カメラによる監視はされている。そんな女性はいったいどんな状況になれば迷い、2日もさまよう羽目になるのだろうか。そして2日も行方不明でニュースなどは、なぜここまで動きがないのだろうか。これでも毎日ネットトップニュースぐらいは見ている。
ギュルギュルーーー
突然、聞きなじみはないが、聞き覚えだけはある独特な音が目の前の女性の腹から鳴った。視線を向けると。
地面に倒れながら、顔を伏せる彼女がいた。
そういえば2日も何も食べてないんだったか。
まずは、と思い。靴を脱いでからフライパンと蓋を持ってキッチンへ向かう。
フライパンと蓋を収納して、コップを取り出し、水を注ぐ。水が入ったコップを持って玄関に戻る。
「どうぞ。」
「…ありがとう。」
彼女は倒れながらも、水をおいしそうに飲む。少し顔が赤い気がする。熱があるのだろうか。その水の飲み方に、喉が枯れすぎて我慢できないといった様子は見えない。本当に2日間食べ物がなかっただけで、水はあったんだろうか?だが荷物が見えない。
服は動きやすそうなスポーツウェアで腰にウェストポーチがある。そのポーチには280mlのペットボトルは入りそうだが350mlのペットボトルは入らなそうだ。280mlが2日も保つとは思えない。350mlであっても保つ気はしないが。
スポーツウェアということはちょっと登山しようかなと思い登ったら迷ってしまったのだろうか?
何か悲劇的な事件ではなさそうだ。
「ごちそうさま。」
彼女はそう言って倒れたまま手を伸ばしコップを返してくれた。なんか育ちが良さそうだ。第一印象では不良ガールだったんだけどな。所詮は印象か。
「どういたしまして。そんなことより立ち上がったらどうだ?」
さすがにずっとうつ伏せの体勢だと気が滅入る。まるで俺がクズみたいに思えてきて嫌になる。
「……はい。」
彼女はスッと立ち上がり、服の埃を払いコホンと咳払いをする。やはり顔は赤い。
「あの、提案があります。」
「提案?」
急に敬語になった。違和感を感じる。
「はい。泊めて貰わなくて良いので、食事だけでも分けて頂けないでしょうか。今は何も返せる物はありません。後日お礼をさせてください。」
違和感の塊だ。
残念な美人というのを知っているだろうか。わかりやすくいうなら黙っていれば美人といったものだろうか。容姿は清楚なのに話す内容が清楚じゃないといった感じで、せっかくの容姿を持ちながらも、その性格や言動が 残念 である女性のことだ。
ボサボサで短い髪、鋭い目に少し汚れていながら綺麗な肌。黒いマスクにヤンキー座りが似合いそうだ。正確は攻撃的かつ男勝りな性格に見えるが、敬語を使っている。これじゃない感が半端ない。一人称も俺だったというのに…
「お礼はいらない。ご飯は食べて行くと良いよ。泊まりたいなら泊まると良いよ。言っておくけど一番近くの街でも片道1時間ぐらいはかかるからな。あと敬語はやめてくれ。」
「…わかった。よろしくな。お世話になるぜ。」
言葉は大変元気良さそうなのに声に覇気が無い。恐らくお腹が減って力が出ないって所か。
踵を返しリビングに向かう。その途中、
「まずは手を洗って来るといい。」
そう言いながら、一番近くにある扉を開ける。そこには洗面台があった。
「おう、わかった。」
彼女は洗面台がある部屋へ行った。それに対して俺はキッチンへ行く。まずは鍋に水を入れ、沸騰させる。
彼女は2日間も何も食べていないといっていた。いきなり濃厚な物を食べると胃が驚いてしまう。そこでうどんだ。温かく、優しい味。ちょうど家には冷凍うどんが常備されている。
具材を何にしようかと冷蔵庫を開けて中を物色する。すると背後から彼女の声がした。
「うわーぁ!上手そうだ!いただきます!!」
そんな声と共にガツガツとムシャムシャと食べる音がする。そして記憶によると机の上には丁度食べられそうなご飯があった気がする。
恐る恐る後を見ると、予想通りの結果だった。
ムシャムシャとウマーウマーと言いながらハンバーガーを食べている。コーラをゴクゴク飲みながら、次から次へとハンバーガーが彼女の胃の中に消えていく。
俺の晩ご飯であるはずのハンバーガーが無くなっていく。丹精込めて作ったハンバーガーが消えていく。コーラと共に消えていく。新たなコーラをコップに注ぎながら言う。
「ゲプァ……何これ!めっちゃうまいんですけど!」
そうゲップをしながら、覇気がはきはきしながら言った。俺でも何を言っているかわからない。少なくとも、今丁度3つ目のバーガーに手を伸ばし、かぶりついたということは真実だ。
俺はそっと冷蔵庫を閉める。そいて鍋を沸騰させた火を消す。俺の心も、その人に対する思いと一緒に酷く冷めていく気がする。
2日間何も食べていないというのは嘘だったのか?いままでのは全部演技で、ただの飯乞いだったのか?遭難したのは本当だたのかもしれない。だがそれ以外はほぼ嘘だったのか?
なんでスパイシーでカリカリなバーガーが食べれるんだよ!いや食べれるよな…ただ体にあまりよろしくないってだけで全然食べれるよな!本当にクソが!!俺の良心を踏みにじられた。こんなことになるならあのままうつ伏せで居れば良かったんだ。うわぁーーッ!!
「ふぅーー……うまかった…………」
大変満足そうですね。タダで食う飯はうまいか?他人の楽しみを奪った気分はどうだ?食べ物の恨みはすごいんだよ?ねっぇ?今どんな気持ち?ねぇ今どんな気持ち?…は?寝てるんだが?こいつ食うだけ食って寝やがった。
つい気持ちよく寝ている彼女の頭に拳骨を落としたくなる気持ちをぎゅっと抑え込んで、行動に移る。
さすがに寝ている人を叩き起こすような悪行はしない。想定外だが彼女ここで一晩明かすことになるのだろう。まぁ文句は無い。
だが明日も学校だ。日中、家には居ない。そのための対策をする。ほんの気持ち程度だが、何もしないより良いだろう。
対策と言ってもただ貴重品がある部屋に鍵をかけるだけだ。と言っても、鍵をかけるのは2部屋だけだ。1つ目は1階の作業部屋。2つ目は仕事部屋。それ以外はどうなろうがいい。彼女が泊めてくれないのかと言った所で諦めていた。本当に大切な物以外は無くなることを覚悟している。その大切な物以外にはオタグッツも含まれている。
鍵はかけ終わったので、彼女を移動させようと近づく。
彼女は机に突っ伏して寝ていた。先ほどまでハンバーガーがあった皿に頬を沈めながら気持ちよさそうに眠っていた。
うわ…ほっぺにスパイシーソースがついてる。子供か。
そばに置いておいたウェットティッシュを使い、頬と口元の汚れを拭う。だが目を覚まさない。ずいぶんと疲れていたんだろうな。
彼女を2階にある空き部屋に移そうと椅子を移動させると、ある事実にも気がついた。
手も汚れてる。すぐ側にはウェットティッシュがあるというのにだ。
2日間さまよっていたのは本当だったのかな。だが警戒心はないのか。ここには男である俺しか居ないという事実を知っているのだろうか?
「全く……」
そう呟きながら手もウェットティッシュで拭く。そして彼女をお姫様抱っこしながら2階の空き部屋へ運び、ベッドに寝かせる。
その空き部屋には初めからあるベッドと机と椅子しかない。特に使い道が思いつかなかったので最初のまま放置したままだ。
お姫様抱っこにした理由は楽に運べるからだ。階段の幅は広く、彼女を背負ったりするよりも素早く移動させることが出来る。
空き部屋の掃除はちゃんとしている。いつかここにもオタグッツが飾られる日を思い描きながら綺麗に掃除している。
ポケットから手帳とボールペンを取り出し、メモを机の上に残す。
内容は、私は出かけます。家にある物は勝手に食べる、使うして良いです。家の鍵を閉めずに、出て行ってください。といった物だ。
せいぜい虫歯になって苦しめ。
そう思いながら部屋を出る。1階に戻りながらも彼女のことを考えてしまった。今日の出来事を何度思い出しても彼女は俺を言いがかりをつけ犯罪者にするタイプには見えなかった。
泊めてくれないのかと彼女が言ったときだって、脅して無理矢理ということは無かった。ただそこまで気が回らなかったのか、こんな山奥、1人では勝てないと思っただけかも知れないのだが。
だけど、もしかしたら俺は前科持ちにならなくて済むのか?そう思わずには居られなかった。
無いとは思っていても希望を持ってしまう。悲しい価値観だ。
俺は彼女を強気でありながら優しいと思った。だが見た目がわかることは全てでは無い。心の内側までもわからない。どのような結果も覚悟しておこう。食べ物恨みを我慢できたんだ。何が来たってもう怖くない。そうだろ?
前科持ちの学生…学校生活が最悪なものになるな。いや、そもそも退学か。特待生だって外されるだろう。外されてしまったら、あの学校に通うことは財産的にも無理になる。
まぁ想像より早く、そうなってしまっただけだな。中卒か、治安が悪くて安い中学校か……もう良くないか?わざわざお金を払って苦労をしにいくのか?もういいだろう。俺には前世の知識というものがある。前世52年の記憶がある。そのアドバンテージがあれば、中卒なんてレッテルは何とかなるだろう。
そうだと決めつけ、そこで考えることをやめた。
晩ご飯を食べる気も仕事をする気もなかったので、リビングの明かりを消した。さっさと寝る準備を終わらせ、寝室へ行く。そしてスマホでアラームをかける。
まだ8時にすらなっていない。ずいぶんと早い就寝だ。だが気にもならなかった。ベッドに入る。今夜は眠れないと覚悟していたが杞憂で、すんなり意識が飛んでいった。
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