第2話 俺の立ち位置

輝くような黄髪を持つ少女がアメジストのように輝く瞳でこちらを見ている。


「ねえ?無視しないでよ。ここで何をしているの?」


落ち着け。まだ好奇心の範疇。まだ少しだけ興味を持たれただけ。面白みのない平凡な自分を演じるんだ。

過度に答えず。自分を語らず。質疑応答をせず。つまり返答ロボットになれってことだ。


「空を見てました。」


「なんで?」


「校門がうるさくて、逃げてきました。」


少しだけ激しく鼓動していた心臓がやっと落ち着いてきた。

状況を改めて見て驚いた。美しい金髪だ。なんか輝きかたが違う気がする。もしかして外人さんなのだろうか?


今の時代に女性の旅行は難しい。移住なんてもってのほかだ。旅行に関しては一番初めが難しいだけで、何度も繰り返していると5分も立たずに終わるようになる。手続き用の書類を見たことがあるが、見ただけで目が回りそうな内容だった。


「あ~~、確かに校舎内まで聞こえてきたね。」


彼女はそう言って、俺の横に座り込んできた。顔は空を向いている。


「はい。」


動揺が声に現れなかったようで安心した。予期せぬ行動だった。


今世で初めて出会った同年代の女性が、手を伸ばせば届く範囲にいるというのに特別な感情がわかなくて良かった。俺は俺のままだった。2回目の人生だからといって変わっていないようだ。ちょっと緊張し始めて足が震えてくる程度だ。つま先立ちをしているんじゃないかってぐらいブルブルしている。


彼女はそれだけを聞くためだけに話しかけてきたのだろうか?自由奔放だな。良い女性訓練になる。


「空見てて楽しい?」


「暇つぶしで見ていただけなので。」


そこで瀬名は再び空を見る。


「ふーーん。それなら遅く来れば良かったのに。もしかして楽しみすぎて眠れなかったの?」


まるで煽るように聞いてくる。だがその声音は真面目そのものだった。目線は空に向けたままで、とても落ち着いて見えた。


「いえ、家が遠いので早く来ただけです。まだ2回ぐらいしかこの学校には来たことが無かったので。」


「ふーん。じゃまたね。」


彼女は突拍子もなく、そして興味もなさそうにそう言って立ち上がり、校舎に消えていった。


……また?


恐ろしい言葉を残して消えた。言動もチグハグだ。声の質はとても興味がなさそうなのに対して、言葉の意味は再び会おうというような意味合いだ。いや社交辞令か?


よかった。そう思うと酷く危険性と恐怖感がなくなる。


そして困った。用意していた対女子自衛用防護壁髪が効かない敵が現れた。いや防御が薄いところを突かれたというべきか?それとも初見でありながら偏見を持たず、勇敢に話しかける超陽キャか。

どちらにせよ俺は二度と気を抜かない覚悟を決めた。


今のところ、彼女に嫌な感情はない。いたって普通の女性に見えた。だがまだ数分間だけ小話をした程度である。まだ何も知らない。この程度の判断材料であれこれ言うべきでは無い。つまり忘れろってことだ。


今日はまだ何事も起こっていない。ちょっと対女子自衛用防壁髪に対して特効を持つ人が現れてしまっただけだ。


そこで瀬名は空を見上げたままゆっくりと目を閉じて、気持ちと記憶を整える。


よし、休憩はもういいだろう。


瀬名は逃げるように立ち上がり、中庭を離れ校舎に入る。まずは玄関に戻って地図を見る。


智美中学校は3階建て、本校舎(中央館)、西館、東館、部活棟+体育館、北館と合わせて5つある。本校舎の1階は3学年の教室と玄関がある。3階が1年生、2階が2年生、1階が3年生という風に高学年になるにつれて利便性が高くなるようになっている。防災なら高学年が生き残る可能性が高いだろう。だが不審者の場合は先輩方が最前線に立つことになるだろう。

ちなみに広場を取り囲むように校舎がある。広場の前に北館、後に本校舎、左に西館、右は東館というふうだ。


俺はそっと特別教室がある西館の方へ行き、男子トイレに入る。

サッと汗でべたべたになった下着を着替えて汗をタオルで拭く。さらにタオルを首に巻き、頭を濡らす。冷たくて気持ちいい。


時間の余裕はまだまだある。だがその時間が肉体を休めるための時間と考えたら、この生活リズムは悪くない。教室で休むのはリスクがある。だがここなら、男子トイレならば、問題はないだろう。どうせ30分早く家を出るかどうかの話だ。


タオルで濡れた髪を拭き取り、洋風便所の個室に入る。扉にリュックを引っかけ、スマホを取り出し、カバーの上に座る。


アラームをSHRが始まる3分前にかけ、情報収集のためにとツウィターを開く。だが流れてくるものはどうでも良い話ばかりだ。まぁ朝だからしょうが無いのだろうけど。このトイレは居心地が良いので良しとしよう。さすが水準が高い。良い設備だ。


完全な個室で…個室…男子トイレ…絶対防壁法律の加護付き。そうだ、便所飯をやろう。これで教室の角にいる影から、教室に存在しているのかすら怪しい影になれる。


キーン……


チャイムが鳴った。時間は良い頃合いだ。チャイム存在のおかげで、意味が全くなくなったアラームを切って3階にある教室へ向かう。


玄関に戻って目の前にある階段を登り切り、すぐ横手にある教室が1-A。俺の教室だ。


静かに横スライドドアを開け、中に入る。中ではいくつかの集団がすでに完成されていた。まだ入学式すら始まっていないのにもう集団が出来上がっている。厳しい世界だ。女子だけの集団もあれば、女(1~4人)に男子が加われた集団に、男子だけの集団。さすが学年最多女子記録を持つAクラスだ。男子だけの集団が5つしかない。


俺は黒板に張り出されている席を見る。


そこで俺は言葉を失う。


予測はしていた。何となく教室を見て予感はしていた。いや信じたくなかっただけだろう。1クラス約40人、6席が7列。このAクラスは41人だった。


そして俺の出席番号は19番だ。廊下側の前から1,2,3と続いていき、19番は4列目一番前だ。教卓が目の前にある。最前線の中心だ。


目立つ。嫌だ。


だが泣き言をいつまでも垂れ流すほど怨念深くはない。己の運命を認め、自分の席に座る。そして2分間、自分の机とにらめっこする。


チャイムが鳴った。小学校どころか前世から聞いてきたとても懐かしいチャイムだ。その音と同時に担任が入ってくるのと同時に男子と女子の小さな歓声が上がる。


この教室に入ってきた先生は女性だった。それも黒いスーツを着こなすイケメンだっった。キリキリイケメンとほのぼのお姉さんと酔っ払いお姉さん(三十路)は男女共に学生の夢の担任だと、ネット有志投票の結果で判明している。


先生は教卓の前に行き、静かに名簿を置きながら自己紹介をする。


「まずは入学おめでとう。私がこれから1年間、君たちの担任をする組埜 霧鶴(くみの むつる)だ。よろしく。さて今日はこのままホームルームだ。1時間しかない親睦会だ。そうだな、まずは何か私に質問はあるか?」


前世では静かに終わった記憶しか無い質問タイム。ここでクラスの中心人物が決まるといっても過言ではない。そんな人はこのクラスにはいるのだろうか。


だが中心人物ではなく、勇者が声を上げた。


「先生は彼氏っているの?」


名も知らぬ女性だ。見るからに自信満々、恐怖という言葉を知らなそうな人だ。


「いない。」


組埜先生は素っ気なく言った。見た目にふさわしい厳しさがある。男性の味方はしないが、女性の味方もしないという感じに見える。幻の都合の良い堅物教師なのだろうか。


「先生……」


最初の勇者に続くように次々と女子が質問を投げ飛ばす。だが組埜先生はいずれも簡潔に答えていた。


もしかして大当たりの先生を引いたかもしれない。ガチャ最高。愛してる。神引きだけを愛している。


当然のように男子はだんまりだった。さすがに声を上げる英雄はいなかった。もしも声を上げた瞬間教室がどのような反応になるのか気になったんだけどな。


他人の不幸は蜜の味ってね。


「さて、次は出席番号一番から自己紹介だ。名前、出身校は最低限言いなさい。」


出席番号一番が立ち上がり自分の名前を言い始める。物静かそうな女性だ。見た目通り自己紹介も名前と出身校だけの呆気ないものだった。


やはりあったか自己紹介タイム。別に問題はない。興味のない人の名前なんて覚える奴は少数派だ。だが問題は出身校。俺が通っていた小学校は、県内屈指のヤバい校だ。


当然のように同小学校でこの中学校に進学できた人はいなかった。Aクラスと言うこともあって、多少は印象に補正がかかるだろうが本当に少しだろう。なにより外見が陰キャだ。もうこれは3年間がどのような生活になるかは判断に苦しむものでは無い。


まぁそれを望んでいたんだけど。むしろ自然に疎遠ルート入れて嬉しい。ささやか微力ながら退学ルートになる事だけは辞めてくださいと祈っておく。


自分の番が来た。立ち上がる。隠された目線で黒板を見ながら言う。


「瀬名 騎士です。国光小学校から来ました。」


そして素早く座った。


出身校を言った瞬間、先ほどまでざわざわと聞こえていた小声が止まり教室が静まりかえった。

想像より、俺の小学校の名前の効力が強すぎて驚いた。よろしくおねがいしますを忘れてしまった。


国の光と言いながら悪の意味で輝く小学校。笑えるな。


「次の人。自己紹介を。」


あまりに静かになりすぎて、時間が止まったのかと思った。

結局、組埜先生から催促で止まっていた自己紹介は再び始まった。気まずい。次の人、ごめんなさい。この空気はさぞかし地獄だろう。

だがその空気はさらにその次の人で変わった。


「私は多矢拿 浅陽鳴(たやな あさひな)です。出身校は御立小学校で、バレークラブに所属してました!バレーできる人一緒にやろうね!」


それに続くように次の人が素早く立ち上がり、ハキハキと自己紹介を始まる。


「俺は虎田 満流(とらだ みちる)です!峰山小学でバレーでエースやってました。浅陽鳴さん!一生にバレーやりましょう!!」


その空気だけではなく、最初からあった簡潔で終わるという流れも壊した。

そこからは順調で同じく峰山小学校で、やら俺はサッカーやってますと良い流れで進んでいた。

ちなみに峰山小学校はエリート集団だ。目の敵にしておこう。


出身小学校をまとめると、4つ+1つ(自分)だった。

最初からあった集団は同小学校ということだろう。想像より厳しくなくて良かった。


それから入学式のために体育館へ移動したり、教室に戻ってきて配り物があり、そのまま終わったりした。


午前中で学校が終わり、クラスがこれからお昼ご飯行こうという流れの中、俺は一人玄関へ向かう。呼び止められるどころか、視線すら感じなかったので、お役御免で正しいようだ。


これで完全に俺の立ち位置が決まった。


俺はさらに気がついたことがある。恐らく、この中学校の大半はエリート校から来たのだろう。それは男女問わずだ。なので必然的に、男子は女子との付き合い方というものを理解しており、女子も男子との付き合い方がわかっているのだろう。


つまり俺が想像しているような女性絶対政権の可能性が低いということだ。


だがもう手遅れ。これ以上酷くならないのならもうどうでも良い。


さて、今日は朝は5時起きの6時10分に家を出た。その間何も食べていない。お腹が空いた。ペコペコだ。弁当はない。これから2時間も我慢できない。走ったら途中で倒れる。間違いない。明日からは間食を持ってこよう。


なので久しぶりの外食だ。適当にちゃんぽんを食べよう。二倍ちゃんぽんだ。


近くにあるショッピングモール内にあるフードコートへ行く。そこにはラーメンやらハンバーガーやらちゃんぽんやら肉、魚介と毎日通っても飽きない程度には豊富なラインラップだ。さらにここはショッピングモールだ。ゲームセンターから服屋までもあり学生憩いの場となりそうだ。


その豊富な品揃え類に比例して、学生の量は増えるだろう。


俺が今後ここに立ち入るのは1階の食品量販店ぐらいだろう。まぁここまで大規模な食品量販店で無くても、食料は揃えられるので近寄ることすらないだろうな。



・・・


41人。誰一人欠けることなく座られた椅子の上に、今日からまた三年間を共に過ごすことになる学生が現れる。


それほど問題児はいなさそうだ。一人いかれた奴がいるのだが。


さすがに目の前にいるのは、度肝を抜かれた。


伸びきったようで、整えられた髪は頬に到達し、かろうじて耳元に髪はない。きっと髪に隠された目はその髪以上に黒い瞳なのだろう。


国光小学校から来た異端児。ある意味でのこの学校で一番の問題児。


国光小学校はこの国で一番名高い小学校だろう。もちろん悪い意味でだ。国が運営している小学校で、なぜか毎年問題児が存在している。立地は悪くない。その地域の治安が悪い訳でもない。


ならばなぜ、そうなってしまったかというと、問題がある子供が移されるようになっただけだ。


孤児院で問題があった少年達が、その学校に集められるようになったのだ。悪化は早かった。だが他の学校での問題行為が数字でわかるレベルで減ったため、許されるになったと言うべきだろうか。


さて、そんな学校から来たこの問題児はどうなることか。


過酷な幼少期を過ごしたからなのか、酷く落ち着いて見える。まだ中学生というのに悟りを開いているように思える。いや、この場合は諦めの境地に達しているというべきなのだろうか。少なくとも子供が出して良い雰囲気ではない。

もしかしたら、その問題児は天才といわれる人種だからなのかもしれない。天才だから見えている世界が違い、雰囲気も異常に思えるだけなのか。

読書が好きで、静かな子はよく見ることがある。実際このクラスにもいる。だがその人とは明らかに違う。落ち着きのレベルが違うのだ。まるで機械のよう。


それは目元が見えないから受ける印象なのだろうか。そもそもなぜ髪をそれほどに、伸ばしているのか。考えてもわからないことばかり。


まだ1日目。時間はある。理解するには時間が必要だろう。



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