第32話 逆十字騎士団 2/3

「リョウコ様、このたびはありがとうございましたの。ご恩は必ずお返ししますわ」

「くくく、これは借りにしておいてやる。いつか相まみえるその日までな!」

「おいおい、ちょいと待ってくれよ。せっかく来たんだからメシくらい食っていきなって」


 レヴナントがぶわっとコウモリを発生させて消えようとするのを、リョウコが引き止める。


「ちょうど試してる最中の料理があってなあ。味見をしてくれると助かるんだよ」

「なっ、リョウコ様のお手伝いができるのですか! それならばぜひ!」

「くくく、そこまで言うのならば味見とやらをしてやろう。これで借りはひとつ返したぞ」


 とある事件がきっかけで、メアリーはリョウコに心酔し、隙あらば弟子入りしようとしている。

 そしてレヴナントは主君が心酔するリョウコをライバル視しているのであった。


「それでどんなお料理を作るんですか?」

「それは出来てのお楽しみ……ってほどのもんでもねえな。カツ丼だよ」

「カツ丼? カツ丼ならもうメニューにあるじゃないですか?」

「それにもうひと工夫したいっつう話だ」


 新作料理の味見と聞いて、よだれを垂らしているのはトウカである。

 このところ、暇さえあれば間田木食堂に入り浸っているのでレギュラーメニューは一通り食べてしまっていたのだ。


「ま、まずはスタンダードなカツ丼からだな。食べ比べてもらうのが一番わかりやすいだろうよ」


 そう言ってリョウコは冷蔵庫から豚のロース肉を取り出す。

 包丁の先で筋を切り、肉たたきで伸ばしたらまた肉を寄せて整形した。両面に小麦粉をはたき、卵液にくぐらせたら荒く挽いたパン粉をぎゅうっと押し付けていく。


「そういえば、パン粉はふんわりつけるって聞いたことがある気がするんですけど、リョウコさんはぎゅぎゅって押し付けるんですね」

「フライの揚げ方にも色々あるからなあ。あっしは衣が厚めに付いてる方が好きだからこうしてるが、薄衣にするならもっと細かいパン粉をふわっとつけた方がいいな。天ぷらなんかだと揚げてる途中に衣を垂らして、大きくするやり方もあるぜ」


「へえ、揚げ物にも色々あるんですねえ。あれ、でもリョウコさんのお店は天ぷらってやってないですよね。なんでです?」

「うちは揚げ油にラードを入れてるからな。ラードはうっすら甘くて香ばしいからとんかつやらフライには向くんだが、天ぷらだとくどくなっちまう。サラダ油だけにすればフライも天ぷらもできるが、どっちつかずの味になっちまうんだよなあ」


「天ぷらにも何か特別な油を入れるんですか?」

「あっしが作るなら、サラダ油に2割くらいごま油を加えるな。ごま油の香りが立って、風味がよくなる。ごま油が多いほうが衣がさっくりするって話もあるが、こっちはよくわかんねえ。衣の作り方や温度の方がよっぽど影響がある気がするねえ」


 そんなことを話しながら、とんかつの下拵したごしらえを終えたリョウコがパン粉に包まれた豚肉を次々にフライヤーに沈めていく。

 しゅおしゅおと油の弾ける音がして、とんかつがだんだんと色づいていった。


「家で揚げるんなら、とんかつは1枚か2枚ずつな。油の温度が安定しないと衣がベタッとしたり、反対に焦げちまったりする。業務用のフライヤーなら油がたっぷり入ってるから気にする必要はそんなにねえが、それでもこんな温度計がついてたりするんだな」


 リョウコが指で示した先には、アナログ式の温度計があった。

 その針は170℃を少し越えたところでふらふらと揺れている。


「慣れれば菜箸を突っ込んだときの泡立ち方とか、衣を少し入れてその揚がり方で温度を見極めたりもできるんだがな。まあ、人間の感覚ってなぁアテにならないこともある。そんなに高けぇもんでもねえし、家で揚げもんをやるなら温度計がひとつあると便利だな」


 油の海を泳ぐとんかつたちが、きつね色に染まったところでひとつずつ引き上げていく。フライヤーに備え付けの金網に縦に並べていき、余計な油を切る。


「これで数分待ったら揚げ上がりよ。衣がカラッとしたらあとは予熱で火を通すのがコツだな」

「二度揚げっていうのはしないんですか? まずは低温で揚げて、最後に高温で揚げるみたいな」

「あー、そういう方法もあるにはある。だが、それにはフライヤーがふたつねえと厳しいな。1台しかねえフライヤーの温度をしょっちゅう切り替えてたら、うちみたいな定食屋じゃあとても間に合わねえよ」

「なるほどー、他にも揚げ物料理はたくさんありますもんね」


 トウカは壁に貼られた間田木食堂のメニューを改めて見直す。

 とんかつはもちろん、コロッケ、メンチカツ、アジフライにエビフライに唐揚げなどなど、揚げ物の目白押しだ。とんかつ専用に温度を変えることは不可能だろう。


「ま、二度揚げは失敗しにくいからな。家でやるならいいやり方だと思うぜ」

「えっ、二度揚げの方がプロっぽい気がするんですけど、違うんですか?」

「何がプロっぽいかって聞かれたらよくわかんねえが……きっちりやれば一度揚げでも二度揚げでも味に変わりはねえと思うぞ?」


 ほどほどに時間の過ぎたところで、リョウコは予熱の通ったとんかつをまな板に置き、菜切包丁で一気に切っていく。衣の割れるざくざくという音に、トウカは思わずよだれを垂らした。その横で、メアリーとレヴナントも生唾を飲み込んでいる。


「あー、我慢のきかねえ顔をしてるな。とりあえず、素のままのとんかつをちっくらつまむかい?」

「もちろんです!」

「や、やぶさかではございませんわ」

「くくく、貴様がどうしてもと望むのであれば食してやろう」


 カウンターに並ぶ三人の前に、切り分けられたとんかつが並べられていった。

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